後始末屋の特異点   作:緋寺

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躁鬱

 破壊された潜水艦を曳航しながら軍港都市を目指すこととなったうみどり。その間は後始末屋としての業務を一旦休止し、補給とカテゴリーBの今後についてを優先する。

 今回も他の鎮守府には、後始末屋が再び事件に巻き込まれたため、後始末の作業に入ることが出来るようになるまで時間がかかると通達が行っている。そのため、以前の軍港都市の時と同じように、他の鎮守府でまた現場を維持してもらう方向に。

 前回のことで後始末屋という存在の重要性、()()()()()は、他の鎮守府もよくわかっているため、これには快く了承してもらえた。むしろ、うみどりに何かあったのかと心配されるほど。あまりおおっぴらに出来ない内容が多いため、軍港都市の時と同じような事件に巻き込まれたとだけは伝えられている。

 

 潜水艦曳航のため、うみどりはかなりスピードを落として運航されている。だとしても、うみどり内に影響を与えるようなことはない。明るい間は相変わらず自由時間。夕方から夜にかけての時間におおわしと合流。そこからまた時間をかけて軍港都市へと向かう。

 白雲も加えたうみどりの純粋種達は、この自由時間をいつも通り鍛錬に使おうと考え、トレーニングウェアに着替えた後、トレーニングルームに集合。基礎トレーニングをしっかりやっていくため、コーチとして長門が引き受けてくれているのだが、今日は少々空気が違った。

 

「……君達は何というか、意気込みが違うね」

 

 時雨が何処か驚いているような声で話すのは、電と白雲に対してである。

 

 白雲は当然ながらここで身体を鍛えるということをするのが初めて。そのため、まずは基礎の基礎からやっていく。人間に対しての不信感などが、時雨と同じように一極化されたことで、見た目は深海棲艦であっても性格はかなり艦娘寄りとなっているのだから、こういう場にも抵抗なく現れた。

 問題は電。いつもは戦うことを避けるような性格も相まって、鍛錬の場に来ても少しだけ後ろ向きなのが基本。しかし、今の電は違う。見た目だけで言えばやる気満々。いつでもやれると言わんばかり。

 

「白雲はわかったのです」

「何をだい?」

「お姉様を守るためには、力が必要だと。白雲はまだまだ未熟。生まれたばかりの赤子に過ぎません。故に、お姉様をあのような目に遭わせてしまった。ならば白雲に出来ることはただ一つ。二度と同じことが無いように、白雲自身がより強い力を得ること。白雲はお姉様を守るための力を手に入れるため、人間も頼りたいのです」

 

 深雪の重傷を自分のせいだと思ってしまっている白雲は、とにかく早く強くなりたい、深雪の隣に立てるくらいに成長したいと望んでいた。

 本人が言う通り、白雲は生まれ落ちてからまだ日は浅い。うみどりに加わってからならさらにである。カテゴリーMとしての特性で、最初からある程度戦える力を持っているとしても、訓練を受けているわけではない我流。それだけでは戦場では通用しないということが、先の戦いで文字通り痛いほどわかってしまった。

 そのため、白雲はまずうみどりで行なわれている訓練をその身に受けることで、今よりも強くなろうと考えた。せっかくここの人間は信用出来るようになったのだから、人間を頼ってでも。

 

「なるほどね、白雲はわかったよ。で、電は?」

「電も白雲ちゃんと同じなのです。電がもっともっと強かったら、深雪ちゃんがあんな痛いことにはなってなかったはずなのです。だから、もっともっと、力が欲しいのです。みんなを守れる力が」

 

 白雲はまだわからなくもないが、電の口からこんな言葉が出るとは、時雨も思っていなかった。

 

 深雪といいとこ探しをしたにもかかわらず、ネガティブな思考は止まらない。足手纏いになってしまった。だから深雪が傷付いた。深雪がここまで成長しているのに、自分はまだ立ち止まってしまっている。それなのに自分はという気持ちが、少々間違った方向に向かってしまっているようにも見えた。

 見える笑顔は空元気。力を求める姿は無理をしている。本来の性格からも逸脱している力を求める姿は、どちらかといえば()()()()()ようにすら見える。

 

「……深雪、君は何か言うことはないのかい」

「えっ、あ、ああ……」

 

 そして深雪もいつもと違った。昨晩に見た悪夢のことをまだ引っ張っている。自分の手で人間を殺してしまったという事実が、未だに深雪の頭にこびりついてしまっていた。夢での光景も、鮮明に刻まれてしまっている。

 そのせいで、今の深雪はかなり消極的になってしまっていた。今までは電も白雲も引っ張っていくように前を向いていたものが、悩みを隠せないくらいに憂鬱な表情を見せつつ、何処か心ここに在らずという雰囲気を持っていた。

 

「……まぁいいさ。やる気がある者はやればいいし、無い者は何もしなければいい。うみどりはそういうやり方なんだから、僕が何か言えることじゃない。深雪、やる気がないなら、今日は見学がいいんじゃないかな」

「あ、あたしはやる気がないわけじゃあ」

「僕にはそう見えるというだけだよ。やる気があるならもっとビシッと姿勢を正すべきじゃないかな。いつもとまるで違うじゃないか」

 

 時雨にまで言われてしまっては立つ瀬が無いと、大きく溜息を吐いて部屋の端へ。今日は鍛錬を見学するだけにすることとした。悩んでいるままでは、鍛錬でも怪我をしてしまいかねない。ガタガタの精神で鍛えられるほど、ヒトのカラダは単純では無い。

 

 そんな深雪の姿を見て、電はやはり自分のせいでと思ってしまう。深雪が落ち込んでいるのは自分が弱かったからと考え、俄然鍛錬にやる気を見せていく。

 しかし、この気持ちは間違いなくいい方では無い。ネガティブ寄りのやる気だ。強くなりたいという気持ちのせいで、持ち前の優しさが鳴りを潜めてしまい、深雪のためにと少々攻撃的になってしまっていた。

 

「本当に大丈夫かな。僕は少し心配だよ」

「時雨の心配は私もわかる。3人とも、昨日の戦いのせいだな」

 

 長門も少々心配そうである。3人とも、昨日と比べるとテンションがまるで違うと言ってもいい。白雲は人間を信頼して鍛錬を共に行なうという、どちらかといえばいい方向ではあるのだが、深雪と電は本来の性格を逸脱するような変わりよう。

 特に怖いのは電である。気が急いていると言ってもいい程に、早く強くなりたいという気持ちが溢れているかのようだった。見た目は前向きだが、本来の性格からは考えられないような変貌。力を得たいと考えるにしても、戦いを好まず、守ることに力を使う電なのに、今や進んで戦いに出たいと言い出しそうな程の好戦的なやる気。

 

「こういう状態を私もよく知っている。元特殊部隊だったものでな」

「やっぱり、こういう人間はよくいるものなのかい?」

「ああ、新兵という言い方で正しいかはわからないが、初めて過酷な作戦を経験すると、どうしてもな」

 

 かくいう長門も経験があるらしい。長門はどちらかといえば深雪寄り。恐怖によって手が震えるという精神的な病に陥ったらしい。しかし、持ち前の正義感で乗り越え、割り切ることが出来たことで一皮剥けたと長門は語る。

 その割り切るためのきっかけは人それぞれなので、長門のその経験が深雪達の参考になるかは何とも言えないとも。むしろ、深雪の悩みを聞いているわけではないので、まだ触れられないというのが現状。この鍛錬が終わったところで、面と向かって話をしてみるのもアリだと長門は考えている。

 

「まずは話してみなくてはわかるまい。君も話せる時は話してみてくれないか」

「僕がかい?」

「考え方は十人十色。君のような視点も必要だ」

 

 神風や丹陽とはまた違った感性を持つ者の言葉も必要だろう。時雨だってその役割を持つことが出来るはずだ。

 

 深雪は今ここにいる者全てと話してもいいくらいの状況。どうすれば敵の命を奪うことを割り切れるのかという非常に簡単で非常に難しい問題に直面しているのだから。

 勿論、参考になる意見ならない意見と混在しているだろうが、聞くことに意味がある。他者の考え方はこういうものがあるのだと知ることが出来れば、その分視野が拡がるのだから。

 

「さて、ひとまず今からは鍛錬の時間だ。身体を動かすことでわかることもある。君は何か悩みは無いのか?」

「ありがたいことに、僕には悩みは無いよ。強いて言うなら、あの小さい奴に傷一つ付けられなかったのが気に入らないくらいさ。それは、こうやって練度を上げていけば変わるだろう」

「そうであってほしいがな。いや、弱気は良くない。まずは出来ることをするのが我々だ。心身共に鍛えることで、また何かが見えてくるかもしれん」

 

 やれることは限られてくる。今はひとまず、身体を動かしていくしかない。

 

 

 

 

 電達が基礎トレーニングを続ける中、深雪はそれをぼんやりと眺めていた。こんな気持ちで鍛錬をしても身にならない。そう思うと、自分が情けなく感じてしまう。

 だが、どうしてもあの時の感覚、夢の中での映像が頭から離れない。そのせいで、鍛錬にすら身が入らない。

 

 次にまた戦う相手も、おそらく()()()。神風が言うように、見た目だけでなく心も人間を辞めたただのバケモノの可能性は高く、放置していれば間違いなく周りに不幸を撒き散らす存在であっても、それはそれとして人間ではあったのだ。

 そう思うと、攻撃が出来なくなってしまう。あの時は関係なく攻撃が出来たのに、一度意識してしまうと、命を奪うことに躊躇してしまう。

 

「よう、しおらしい顔してんじゃねぇか」

 

 そんな深雪に声をかけたのは、意外にもスキャンプだった。トレーニングルームで活動をしている際には、万が一のことを考えて救護班の誰かが顔を見せに来たりするものなのだが、それが今回はスキャンプだった。だからだろう、スキャンプはタオルやらドリンクやらが載ったカートを引き、トレーニングルームを訪れたようだ。

 臨時とはいえ救護班として活動し、今では文句を言いながらも否定はしないくらいまでに慣れている。酒匂とも関係は良好と言えるようだ。

 

「……ああ、ちょっと、な」

「大方、ぶっ殺した奴が元々人間だったから、今更日和ってるってとこだろ」

 

 スキャンプにすら言い当てられたことにドキリとする。

 

 ちなみにこれは、事前に聞いていたから言えただけ。それを話したのは、スキャンプにも深く関わりがある者、ボスこと丹陽である。

 深雪のところに行くなら気にかけてくれないかと頼まれたため、渋々了承した。近くに酒匂がいたというのも拍車をかけている。

 

「あたいだったら躊躇なく殺っちまうぞ。あたいの命を奪おうとする奴は、死んで詫びろって話だ」

 

 いつも喧嘩腰のスタンスだからこそ、こうやって割り切れる。

 

「あたいはテメェより長く生きてるし長く戦ってる。だから、これくらいなら割り切れる。人間もここの連中以外はクソ喰らえだからな。殺すことに躊躇なんて無ぇよ」

「……すげぇな、お前は」

「何もすごくねぇよ。あたい達は何のために生きてんだって話だ」

 

 何のために生まれて、何をして生きるのか。スキャンプの場合は、これまでの地獄のような艦生を切り捨てて、今ここで自由に生きることが目的となった。それもこれも、ここでわかり合える人間と出会えたから。

 それを邪魔する者は、誰だって敵だと、簡単に言ってのける。今の敵は、深海棲艦よりも自由を邪魔するクソだとも。

 

「クズは天秤に載せる価値も無ぇ。そもそもその時点で、テメェはあたいと違う。天秤に載せちまってる時点で、テメェは何も出来ねぇよ」

 

 価値観の違いが如実に出ていると実感出来た。同じ艦娘なのにこうも違うのかと逆に感心してしまった。

 スキャンプが非情なのかと言われたら、そうではない。ただ、これまでの経験上、敵を始末することに躊躇はなく、その敵が元々何であっても敵は敵だと割り切れるだけの胆力があるだけだ。

 

「ま、悩みたきゃ好きなだけ悩めよ。ただ、あんまりウジウジされると目障りだからな。こんな奴に負けたかと思うと気分が悪ぃ。さっさと割り切れよ。ありゃあ人間じゃねぇ」

 

 それだけ言い残し、休憩中の時雨にタオルを投げた。救護班としての職務も全うするようである。

 

 

 

 

 深雪の中で何かが変わりそうではあった。だが、まだ少し足りない。

 




電と白雲は躁、深雪は鬱。どちらもいい状態ではありませんね。
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