思い詰め過ぎている電と、悩みで何も出来なくなってしまっている深雪。この2人を見兼ねた長門は、トレーニングをその場で終了。今の心持ちでは鍛えたところで身にならないとして、鍛えることを禁じた。
そんなことを言われても納得いかない電は、その場で猛抗議をする。
「な、長門さん、電はまだやれるのですぅ!」
「やれるかもしれないが、意味がないと言っているんだ。電はまずその気持ちを整理するんだ。白雲も似たようなものならば、同じように心を落ち着かせるといい」
白雲はまだ比較的マシな方。深雪のために強くなりたいという気持ちは、あの敗北よりも前からあったことであり、敗北によりそれがより顕著になっただけ。
「無理をしたならば、お姉様が悲しむのでしょう。でしたら、白雲は今は一歩でも二歩でも下がりましょう。本心は、今以上の力をつけて、お姉様をお守りしたいのですが」
「充分落ち着けてはいるように見えるが、やはり君もまだ自分の限界を理解していない。止めなければやり続けていただろう?」
「限界までやっていたでしょうね。お姉様を守る力を得るために最も近い道は、自らを酷使し、痛めつけ、それをも力として取り込むことに他なりませぬ」
マシであることがわかるのが、電のように意固地にならないこと。一度落ち着いて考えてみるといいと言われて、素直に応じたこと。
あくまでも深雪のためにという部分が大きく、その深雪が今、元人間を殺してしまったことで思い詰めてしまっている。ならば、そちらに寄り添うことこそが深雪のためになると切り替えることが出来た。強くなればなるほど、深雪に近付けると信じて。
とはいえ、勿論自分が足手纏いになってしまうという危機感も持っているため、鍛えられるものならば鍛えたいとも思っている。戦場で並び立つためには、今のままではまだまだ足りないと実感しているからである。
「本当のトレーニングは、無理をすることではなく程よくすること。それも理解出来ないうちは、トレーニングルームは使用禁止。一度仲間達と話をしてみることだ」
長門に完全に追い出されるカタチとなってしまい、電は唖然とする。強くなりたいという感情を、ここまで強く否定されるとは思っていなかったからだ。
「君達がいないと張り合いがないからね。僕も今日はそろそろやめることにするよ」
「身体は休めるに越したことはない。時雨も知らないうちに疲労が溜まっているかもしれないからな。ゆっくり休むように」
「ありがとう。僕は
1人でトレーニングするのも味気ないと、時雨もここで止めることにした。とはいえ、まだ半端なところだったため、もう少しこなしてからと3人を先に出ていかせて。
今の3人と共に行動しようとは思わないようである。
急遽やることが無くなった、いや、
「……仲間達と話してみろ……か」
長門に言われたことを反芻するように口に出す深雪。少なくとも今に至るまでに3人と話をしているが、考え方があまり変わっていない。本当にそれでいいのかという疑問がどうしても出てくる。元人間の敵達は、本当にもうバケモノなのか。
実際、やってきたことは人間から遠くかけ離れていることだ。艦娘とも深海棲艦とも違う、あらゆる方向──肉体的にも精神的にも攻撃をしてくる。事実、深雪を始末するために、その妹の命を使ったカテゴリーYを利用したくらいだ。それを『正義』『平和のための行動』として認識しているからタチが悪い。
そんな極端な思考を持つ者が、果たして人間と言えるのか。歪み、狂い、壊れた結果、艦娘達ですら攻撃し、時には利用すらする。そんな者達は守るべき人間なのか。見た目だけでなく心までおかしくなっている者達を、人間と言えるのか。
「みんな……割り切ってんのかな」
そんな呟きを聞いていたのは白雲である。故に、すぐに反応した。
「白雲は、あれが人間でも違っていても、手をかけることに何の戸惑いも躊躇いもありません。深雪お姉様を傷付けるのならば尚更です」
白雲には元人間を殺すことに躊躇などない。深雪がそれを嫌がるからしないだけであるが、深雪がそういう意志を知りたがっていそうなので、詰まることなく言ってのけた。
白雲は白雲で、歪んでしまっているところはあると言える。そこはやはりカテゴリーM。呪いがしっかり作用しているのだろう。それに加えて、敵に改造されたという恨みもあるのだ。こう考えていてもおかしくはないし、その気持ちを容易に否定することも出来ない。
「……そっか、ありがとな」
「いえ。お姉様のお悩みは重々承知の上でこんなことを話すのは申し訳ないことかと存じます。しかし、始末しなければお姉様の心の安寧は訪れないとあらば、容赦などしません」
極端なカタチかもしれないが、これもまた答え。白雲の選択。
「1つの意見として持っておくよ」
「そうしていただければ。白雲のこの考え方が正しいとは思いません。しかし、
「最後はそこに行き着くんだろうか……間違ってないと思うことをやるってところに」
それが難しいから、深雪は今、鬱々とした気持ちになっているのだ。何が正しくて何が間違っているのかが判断出来ない。故に、落とし所がわからない。だから悩む。
「だからこそ力をつけたいのですが……長門様にはこれがよろしくないと思われている様子。白雲には何が悪いかが見当付かずで」
「鍛えることはいいことだと思うぜ。でも、それで身体を壊したら意味が無いんだ。壊れるまで鍛えても、多分それは壊れる
そんな深雪と白雲の会話は、電にも強く突き刺さる。早く強くなりたい、戦えるようになりたい。今すぐにでも、深雪と並び立てるくらいの力が欲しい。そのためには、過酷な鍛錬が必要だ。それこそ、身体が壊れるくらいの。
「それに、
むしろ、より深刻な方向に向かっているかもしれない。答えが導き出せないまま、ウダウダと考え続けて先程の時間は使ってしまった。
「つくづく思ったよ。本当の強さは心の強さなんだなって。あたしは、まだまだだ」
それが理解出来ているだけでも、深雪はまた一段階成長している。とはいえ、迷いが全く晴れないのはどうにも出来ないのだが。それを解決してくれるのは、仲間との会話。
「あー、くそ、長門さんともちゃんと話しておきゃよかった。今更戻るのもなんかアレだし、失敗したな」
「それでは、後から話をしてみればよろしいのでは? 昼餉にも時間はあります故」
「だな。聞けるヒトには全部聞いてみよう」
鬱々しくなっているとはいえ、少しだけ前向きになってきた深雪。考えが纏まらないにしても、自分の答えを見つけるために立ち上がることは出来ていた。元々がポジティブに振り切れているだけあって、エンジンがかかってくれれば、例えゆっくりであっても前に進むことは出来そうである。
しかし、電はそうもいかない。深雪のこの前向きな行動にも、劣等感を刺激されることになってしまう。深雪はこうなのに、なんで自分はこんなに上手く出来ないのかと落ち込み、それを覆すことが出来るだけの力が欲しいとまた悪い方向へと進んでしまう。
深雪は前に進めたが、電は後ろに向かって進んでいるに等しい。そもそも向いている方向が違う。
「なんで……なんで深雪ちゃんは、そんなに前を向いていられるのです?」
その思いが、口から零れ落ちた。
「電……?」
「電は、そんなに前向きになれないのです。前に進めなくなってしまうのです。でも、深雪ちゃんはその間も進んでいっちゃう。電は置いてけぼりにされちゃう。今はもう、全然追いつけないのです。だから、だから電は、壊れるくらいに鍛えないと、そうでもしないと深雪ちゃんと並んで歩くことも出来ないのです!」
言葉と一緒に、涙も零れる。自分にここまでの激情があるなんて思っていなかったが、それに任せていろいろ出てしまった。
「でも……でも、深雪ちゃんはもう先を見てる。敵を斃した後のことを話してる。電はそこまで行けてないのです。やっぱり、もう追いつけないのです……。このままじゃ、このままじゃ電はただの足手纏い……」
「んなこたぁ無ぇ」
バッと電の肩を掴む。しっかりと、目を見て話せるように。
「さっきも言ったろ。あたしはお前をそんな風に思ったことは無いって。それに、電の方が凄いところはいっぱいあるともな。お前はそれだけじゃ足りないっつったけど、あたしにはそれで充分足りてるんだ」
「深雪ちゃんは足りてるかもしれないのです。でも、電には全然、全然足りてないのです!」
その肩を掴む手を、電は払い除けた。それほどまでに電は追い詰められていた。
「深雪ちゃんは、
ボロボロと泣きながら、思いの丈をぶつける。電の心の奥底にあった暗い闇。劣等感と、深雪に対する羨望、そして嫉妬。自分にあるものを全て持ち、自分に無いものを沢山持っている深雪が、羨ましくて、妬ましい。
でも、そんな気持ちを抱いたところで持っていないものが手に入るわけでも無い。だから努力しようとした。身体が壊れてもいいから、鍛えて鍛えて、鍛え続けて、せめて隣に立とうと考えた。でも、それも封じられてしまった。
「……あたしの持ってないもの、電も持ってるじゃねぇかよ。これもさっき言ったことだぜ。正直、あたしも電のそれが羨ましいくらいだ」
「それ以上に! それ以上に……深雪ちゃんはいっぱい持ってるのです。持ちすぎなのです……」
深雪の言葉も、今の電には届かない。意固地になってしまい、考え方が変わらない。
深雪が持っておらず電が持っているモノが1つだとしたら、その逆は10も20もある。どうしてもそう考えてしまう。
「……ぅ、うぅぅっ!」
「い、電……!?」
泣きじゃくりながら、電は駆け出して行ってしまった。その背に手を伸ばすものの、深雪は電を追うことが出来なかった。今は何を言っても無駄だとわかる。それに、深雪が言うからダメなところもある。
「……お姉様、今の電様は、お一人にしてあげた方がいいと思います」
白雲も一連の流れを見て口出し出来なかった。本来なら身を挺してでも止めなくてはいけなかったかもしれないが、電の気持ちもわかってしまったから。
あの時、深雪の腕が焼き切られた時に、自分の弱さを知った。もっと強くなければ、深雪を守ることが出来ないと思った。覚醒した深雪に救われた時も、さらに強くなければ守るどころか並び立つことも出来ないと思った。だから、電の気持ちは痛いほど理解出来る。
「あの電様を放っておく仲間はいないでしょう。お姉様が話をしようとしても、余計に刺激してしまうだけでしょうし」
「……そう、だな。また話せるようになる、よな」
「はい、きっと、電様もわかってくださるはずです」
これまでずっと一緒にいたからこそ生まれた闇。だが、これを乗り越えた時にこそ、より深い絆になるだろう。
電爆発。深雪ばかりが先に進んでしまったことで、ついに闇が溢れてしまいました。