電が酒匂達と食堂で話し込んでいる裏では、深雪が白雲と共にうみどり内を散策していた。何か話が聞けそうな相手を探しながらである。
長門からの助言を受け、まずはここにいる者達と話し、どうやって割り切っているかを知っていく。それが自分に合うかどうかはわからないが、話を聞くだけでも、何かしらの参考になるはずだ。
「誰に聞くのがいいんだろうな……」
「白雲にはとんとわかりませぬ。まだこちらの人間達のことを理解しておりませんから」
迷いのある深雪と、迷う段階まで行けていない白雲。特に白雲は、ついさっきうみどりの人間が信用出来るようになったようなもの。自ら踏み込もうとしなかったのだから、知るわけがない。
深雪が真っ先に思い浮かんだのは、先程助言をくれた長門であるのだが、追い出された身でもう一度トレーニングルームに戻るのは少し気が引けた。そのため、まずあの時に長門と話をしておくべきだったと今更ながら後悔している。
そうなると、次に話を聞くべき相手は加賀や妙高、那珂辺りの、よく戦場に出ることになっているうみどりのエース達。あと話しやすいのは神風か。
「神風、探してみるか」
「かしこまりました。神風様ですね」
神風は中柄との戦いで敗北したこともあり、精神鍛錬が必要だと今何処かでトレーニング中だろう。精神鍛錬をどのようにやっているかがわからないため、ただ闇雲に探し回るしかない。
「もしかして仮想空間でやってるかもしれないのか」
「仮想空間……とは?」
「白雲は知らないもんな。ここ、凄い鍛錬が出来るんだよ」
掻い摘んで説明をすると、白雲は驚きが隠せなかったようで、目を見開いて小さくあり得ないと呟いてしまうほどだった。
それほどまでに人類の文化の変化、驚異的な成長、いや、成長を超えた
「白雲も、それをやらせていただけるのでしょうか」
「ああ、今の悩みを解決出来たら、白雲もやらせてもらえると思うぜ。練度は上がらないけど、技術が伸びるからな」
「なるほど……。では、時が来たら白雲も使わせていただきます」
その時が来ることに思いを馳せて、ひとまず人探しとして歩き回ることにした。
そうして深雪達が辿り着いたのは、デッキ。今はここに人が集まりやすい状況にあるため、ひとまずここまで出向いてみた。
すると、やはりと言っていいかはわからないが、潜水艦勢がそれなりの人数ここに集まっている。日光の下で自由に生活出来ていることが余程嬉しいのか、日向ぼっこをしている者ばかりである。
「ここで話が聞けそうなのは……ああ、いた」
深雪が目を向けたのは、デッキの先端の方。以前にも聞いていた、伊203のお気に入りの場所。今ももしかしたらいるかもしれないと思ったためにここに来た。
案の定、伊203はそこにいた。潜水艦勢の陽の光を楽しんでいる姿を眺めなら、ぼんやりと風を感じていた。
「うっす、フーミィ」
「ん、どうかした?」
「ちょっと、話がしたくてな」
白雲と共に隣へ。伊203はそれを拒むようなことはしない。特等席には自分が陣取っているため、他は何をしてくれても構わないと言わんばかり。
白雲は伊203に対して若干警戒心がある。潜水艦が苦手というところがあるからだ。しかし、うみどりに加わるきっかけとなった戦闘で、自分は勿論のこと、深雪のことを救ってくれた恩人ということもある。そのため、深雪も感謝していることもあり、受け入れようと努力はしている。
「フーミィはさ、あの見えない潜水艦騒ぎの時に……そいつらを斃してくれたんだよな」
「うん」
「相手は、その、元々人間だったんだよな。なのに」
ここまで話した時点で、伊203は察していた。速さに拘る者は、頭の回転も本当に速い。
「戦場は命の奪い合い。あちらもこちらの命を狙ってる。だから、こちらも狙った。それだけ」
淡々と言う伊203に、深雪は言葉を詰まらせる。だが、伊203が持つ考えはそれだ。深雪が問い、答えてもらいたい言葉は全てそこに集約されている。
あちらが殺そうとしてくるのだから、殺されても仕方ない。あちらは罪悪感も何もなく、こちらを攻撃してくるのだろう。だから、こちらが罪悪感に苛まれてやる筋合いはない。覚悟もなく攻撃をしてくるあちらが悪い。そんな割り切り方をしている。
それがいいことか悪いことかはわからない。しかし、伊203は伊203なりに考え、それでも躊躇することなくそれを行なった。
戦場では考えている時間が勿体ない。直感的に、どうすることが仲間達の命を救えるかを選択し、疑問に思うことなく実行した。
「それだけってお前……」
「それが一番速い。遅かったら深雪がやられてた」
仲間を思った結果、速さを求めた結果、元々持っていた頭の回転の速さは、怒りと共に凄まじい速さで行われた。その結果、仲間の命の方に天秤が傾いたに過ぎない。
「因果応報。やろうとしたことは返ってくると思いながら戦う。それが戦争。罪悪感なんて持ってる時間はない。遅くなるから」
そう言われてしまうと、深雪も何も言えない。悪意を以て行動を起こすならば、悪意によって淘汰されても何も文句は言わせないのだから。
そもそもうみどりの面々には悪意なんてモノはカケラも無いのだから、あちらからの一方的な悪意をぶつけられているに過ぎない。故に、因果応報と言ってのけた。
「私は、悪い相手を始末することを悪いことと思ってない。罪悪感を持つ理由が見えない」
伊203の回答は、それで締め括られた。深雪はもう、何も言えなかった。
「フーミィ様の言葉、白雲は同意いたします」
次の意見を探している中、白雲が深雪に話す。先程の伊203の考え方には、白雲も全面的に同意する方向だった。『仲間』という部分が『深雪』に置き換わるのだが。
「悪意なく悪意を振り回す者に対して、罪悪感を持つ必要など無いのです。ですが、お姉様はとてもお優しい。お姉様の命を狙う不逞の輩にすら、その温情をかけているのですから。白雲は、それはお姉様の美徳だと思っております」
今の深雪のことを思いつつ、しっかりと上げる。それでこそ白雲。少しでも和らぐように、罪悪感が少しでも薄らぐように。
「悩む必要などないのです。後悔させようと甚振るわけでもない。悦を得るために苦しめるわけでもない。お姉様は、懸命に自己を、仲間を守るために行動した結果、あの者を始末するという決断をしたのです。かの者は、お姉様とは真逆でした。ああなっても仕方ない存在です。そうでなければ、薄雲様の命を冒涜するような行為などしません」
あの時の戦いは仕方なかったと肯定する。白雲であっても、同じように深海千島棲姫を始末していただろう。
ああしないと冒涜を繰り返していた。薄雲の命を悪事に使われるなど許せない。白雲は、そこは感情的に動くと断言した。
「……ありがとな、白雲。少し楽にはなったよ。納得するのは難しいけどな」
「ゆっくりと、時間をかけて納得していけばいいのです。白雲はいつもお側に」
「……悪いな。でも、たまには電にも気をかけてやってくれないか」
こうしている間にも、電は自分以上に悩んでいるかと思うと、それはそれで気が気でない。今は触れられないかもしれないが、出来ることならその気持ちの整理を手伝いたい。しかし、気持ちの整理を阻害するのがまさに自分であることも理解しているからこそ、今は距離をとっている。
安易な考えではあるが、自分で無ければ電の気持ちを落ち着かせることは出来るかもしれない。白雲であっても、何か出来るのではないかと。
「……白雲も、電様を刺激してしまいかねません。なので、その言葉は承伏しかねます」
「そう、なのか?」
「はい。電様は白雲の名も出していました。何もせずとも特異な力を得てしまったことを、妬ましいと思っているのかもしれません。ですので、今は白雲も電様には触れないようにした方がいいかもしれぬと思った次第でございます」
電のことを考えた結果が、今の行動。羨望と嫉妬は簡単には払拭することなんて出来ないのだから、今は下手な刺激はしない方がいいとした。
白雲のその考え方が間違っているとは言えない。深雪よりも白雲の方が与える刺激が小さいかもしれないが、刺激は刺激である。太い針でも細い針でも、痛いモノは痛い。
「……そっか。じゃあ、もう少し時間を置いた方がいいな。悪い、巻き込んじまって」
「いえ、全く問題ございません」
クスリと笑みを浮かべる白雲に、少しだけ心が落ち着いた。とはいえ、まだまだ悩みが深い。納得出来る答えが見つからない。
トボトボと歩く2人は、またもやトレーニングルームに辿り着いてしまった。鍛錬をするわけではないのだが、誰か話せる者がいないかと中を覗くと、そこでは自主練……いや、もはや擬似的なライブをしている那珂が。ステージ衣装ではなくトレーニングウェアではあるのだが、相変わらずサマになっている。
また、そのダンスを見るために潜水艦の面々も見学に来ていたりした。30年間篭っていたからか、アイドルという娯楽には心ときめくものがあるようだ。潜水艦の中では見たことがないような表情で盛り上がっているくらいである。
「な、なんか大盛況だな」
こんなトレーニングルームを見たことがなかったため、深雪は少したじろいでしまう。
「あの方は、芸者が何かなのですか」
「近いもんかな。あたしもあの人にはいろいろ教えてもらった」
「なんとも煌びやかな舞。美しさと凛々しさが共存しているように感じます。あれも人間の生み出した文化なのでしょうか」
「ああ、でも那珂ちゃんはそれを戦闘にも活かしてる。マジですげぇよ」
入口から覗いているうちに、トレーニングも兼ねたライブが終わったようで、ニコニコしながら観客をしていたカテゴリーB達に手を振って応えている。
そして、深雪と白雲の視線を感じたことで、ちょいちょいと手招きして呼び寄せる。
「トレーニング禁止なのは長門さんから聞いてるけど、こっち来て♪」
「う、うす。呼ばれたからにゃ行かねぇと」
拒むわけにもいかないため、深雪はおずおずと前に出た。カテゴリーB達も、深雪の姿を見て盛り下がるようなことはせず、何が起きるのかと首を傾げる。
深雪と白雲が那珂に近付いたところで、ギュッと手を握られたかと思うと、いきなり社交ダンスのようにクルクルと回り出す。
「えっ、ちょ」
「今は気持ちが暗くなっちゃってるんだよね? それじゃあ、那珂ちゃんのライブでテンション上げていこー! 今度はみんなで参加型! 手を取り合って、音楽に合わせて身体を動かしてみようね!」
那珂に言われたことで観客達も立ち上がり、互いに手を取ったりし始めた。深雪が那珂に持っていかれたからか、白雲はポツンと立っていたが、観客の1人がその手を取り、恭しくお辞儀。驚きながら深雪を見つめるが、今は楽しんでおけとアイコンタクトしたため、よくわからないながらも頷いた。
トレーニングというよりは、殆どお遊びの踊り。音楽にただ合わせるだけではあるのだが、緩やかに身体を動かすことで嫌なことを振り払おうという那珂の気持ちが見え隠れしていた。
「聞いてるよ、深雪ちゃんの悩み」
踊りながら、小声で話してきた。ビクッと震える深雪だったが、那珂は気にせず踊り続ける。
「那珂ちゃんも、カテゴリーMの命を奪う時、本当に辛かった。こうやってみんなで楽しく踊っていられればよかったのに、それも出来なくて沈めるしかなかったんだもん。那珂ちゃんがしたいのは、沈めることじゃなくて
激しい踊りじゃないからか息も上がらず、淡々と話す那珂に、深雪は驚きを隠せない。
「だから、那珂ちゃんはまだ割り切れてない。長くやっていてもね。迷って迷って、トドメが刺せなくて、長門さんや妙高さんになすりつけちゃってるところもあると思う。だからせめて、自分でやるからには
始末をつけることに対して迷いがあるということは、自分に正しさを持っていないことに等しい。本当にこうすることが正解なのかなんて思い始めたらキリがなく、敵としても迷いある者にやられるなんて納得が出来ないだろう。
だから、やることはやると心の中で決めている。那珂の中の天秤は、常に人間の平和に大きく傾いている。カテゴリーMもそうだが、今の敵、カテゴリーKやその信者のやり方も、人間の平和には程遠い。故に、迷わず手を下すのだ。より多くの笑顔のために。
「……それは、本当にやるべきことなのかな」
「そうやって迷うことが失礼なんだよ。自分の正義を貫かないと、自分が悪だと認めてるだけだからね。だから、深雪ちゃんは自分を信じてあげて」
ニコッと笑って、少しだけ踊りを激しくする。ステップが速くなり、少しだけ余裕がなくなる。
「さ、一度悩みは忘れて楽しもう♪ 無理せず身体を動かすことは、ストレス発散になるからね♪」
「う、うす」
那珂にも同じような悩みがあった。しかも、未だに割り切れていないと本心を見せてくれた。
しかし、割り切れていなくても、迷わずに戦うことを選択した。モヤモヤしているかもしれないが、その行動自体が、戦えぬ者の平和を守る、艦娘としての戦いに繋がると考えて。
天秤を放棄して、因果応報と敵を始末する者がいることを知った。割り切れなくても、ここまで迷うことなく戦える者がいることを知った。
深雪は仲間と話すことで、自分とは違う者がまだまだ沢山いることを理解していく。そして、その考えが様々であるが、向いている方向が同じであることも。
白雲の手を取ったカテゴリーBが誰かは決まっています。那珂ちゃんのライブで盛り上がることが出来る艦娘といえば、自分は四駆というイメージが強いので。