一度悩みを忘れて踊ろうと那珂に誘われ、そこにいた観客のカテゴリーBも巻き込み、トレーニングルームで身体を動かした深雪。少し息は弾んでいるが、少しだけサッパリしたように感じた。
悩みに悩んでウジウジしているよりは、一度やりたいようにしてスッキリする必要もあるのだと実感する。
「ふぃー……これはこれでトレーニングにもなるなぁ」
「相変わらず深雪ちゃんは運動神経がいいね♪ すぐ追いついてきてくれちゃうから、バックダンサーとして本当にお願いしたいよ♪」
那珂からは大絶賛されている深雪。踊り始めたら曲調もいろいろ変えられ、ゆったりとした曲から激しい曲まで何曲か踊る羽目になっていた。それもあって、深雪は疲れた息遣いになっていたし、慣れていない白雲に至っては、その場から立ち上がれないくらいに消耗していた。
白雲の手を取ったカテゴリーBが心配そうに肩を貸し、トレーニングルームの端に座らせると、救護班が置いていってくれたドリンクやタオルをすぐに白雲に渡す。
「あ、ありがとう、存じます」
「ううん、大丈夫大丈夫。こんなことをするの、初めてだったのかな。あまり激しくしなかったつもりだけど、大変だった?」
那珂と同じように、笑顔で白雲に接するのが、那珂のライブを特に楽しんでいたカテゴリーB、舞風。非常に陽気な性格で、趣味はダンスと言い切るくらいに身体を動かすことが好きな駆逐艦。
これでも他のカテゴリーBと同じく、人間には不信感を持っている1人。しかし、ここで那珂のライブを通して人間が艦娘に対してどのように思っているかを理解することが出来た。そのおかげで、うみどりの面々でも特に那珂のことは信用に値すると考えているようである。
「これくらい出来ねば、戦うことも出来ないのでしょう。こういったカタチで、自らを鍛えることが出来ることがわかっただけでも上々です」
「あはは、それならよかった。ダンスならいくらでも付き合うからさ、またやりたくなったら言ってね」
久しぶりに踊れたとニコニコの舞風に、白雲は穏やかな気持ちになった。深雪と共にいる時とはまた違った温かさに、自然と笑みが溢れる。
「はい、是非とも。白雲は身体を鍛えなければなりません。舞踊でその力が得られるというのならば、白雲は喜んでその申し出を受けましょう。その時は、お姉様も共に」
「そうだな。正直、那珂ちゃんとこうやって踊ってたら、今だけでも嫌なこと忘れられたよ。あたしも鍛えたいし、またお願いしようかな」
「まっかせて♪」
トレーニングルームでの一件はこれでおしまい。那珂から話を聞くだけでなく、潜水艦のカテゴリーBと少し近づけたのは上々。白雲にもまた、少し変化を齎すこととなった。
時間は昼。食事時ということで食堂へ。だが、少しだけ危惧していることがある。
「電……いるかな」
顔を合わせ辛い電が、同じように昼食のために食堂にいること。今はまだ刺激するだけだろうから、なるべく顔は合わせたくないところ。
お互いに考えを纏めたところで、どういうカタチでもいいからその思いの丈をぶつけたい。だが、それはまだ早いと判断している。
少し重い気持ちで食堂に入ろうとすると、その姿を見たことで駆け寄ってくる子日の姿があった。
「やっほーい。深雪ちゃん、待ってたよー」
「待ってた?」
「うん。うちの隊長から
隊長、つまりは酒匂からの言葉を子日が持っているとのこと。こんな状況でわざわざ酒匂から言いたいことがあるというのはあまり考えられないので、心して聞く。
「えーっと、『電ちゃんは今、救護隊で預かっています』だって」
「救護隊で、か」
「うん。何があったのかは子日もちょろっとだけど聞いてるよ。だから、ちゃんとした心構えが出来るまでは救護隊で面倒を見るってことにしたんだ」
それを聞いて、深雪は少し安心した。酒匂ならば電の心を癒してくれるだろうし、深雪のことも考えて距離を取ってくれているとわかる。
お互いに考える時間が必要なのは当然のこと。その時間を、物理的に作ってくれたのはありがたい。うまく顔を合わせないようにタイミングを合わせてくれているようなので、深雪は今は甘んじてそれを受けることにした。
正直なところ、深雪自身も今すぐに何か出来るとは思っていない。電の求める答えを持っているわけでもなく、かけられる声も無い。深雪という存在が、今の電のコンプレックスを強く激しく刺激してしまうのだから、落ち着くまでは距離を取るべきなのだ。
自分だけでは簡単に出来ることでは無いのだから、そこは仲間を頼る。自分に出来ないことがやれる仲間がいるのだから、頼らない理由がない。
「わかった。じゃあ、あたしからも言伝いいかな」
「オッケー、何て言っとく?」
「
一方的に捲し立て、泣きじゃくりながら距離を取ったのは電の方である。しかし深雪は、そうであっても電が悪いとかそういうことを考えない。むしろ、自分が不甲斐ないと思ってしまうタイプ。
自分も大きな悩みを抱えているのだから、せめてそれが解決するまでは距離を置こうと、無意識に自分に非があるように持っていく。それがいいことなのか悪いことなのかはわからない。だが、電を傷付けないようにしようという気遣いが見て取れる。
「ん、わかった。そのまま伝えておくよ。伝言役は子日がやるから、何かあったら、また言ってね」
「ああ、頼んだ。あたしも割と重症みたいだからさ」
「うん、酒匂さんから聞いたよ。深雪ちゃんの悩みは、みんなが通った道だからね」
今は電達が食堂にいないため、一度腰を据えて話そうと中に入ることを促した。ここには昼食を摂りに来たのだから、食べながらでも大丈夫だろうと。
それはそれで少し騒つくのが食堂にいるカテゴリーB達である。泣きじゃくる電を見て何があったと騒ぎそうになったが、今度はあのスキャンプを黙らせ、うみどりでここまで柔らかくすることに成功した深雪に悩みがあるというのだ。
潜水艦の雰囲気を変えてくれた立役者でもある深雪の悩みとあらばとガタガタ動き出すものの、後から入ってきた那珂などがちょっと落ち着いてねーと騒ぎを大きくしないようにしてくれていた。
「子日も深雪ちゃんの気持ち、わかるよ。カテゴリーMを説得出来なかった時、どうしてもそのままにしておけないから沈めなくちゃいけないもんね」
那珂と同じようにカテゴリーMに対しての戦い方を話題に上げて、自分の考えを語る子日。
不可抗力で元人間を殺すことになってしまった深雪と、殆ど同じ状況と言える。
「割り切ることなんて出来ないよ。本来死ぬべきじゃないヒトが死ぬことになるんだもん。多かれ少なかれ、ね」
「……ああ」
「でも、どちらか選ばなくちゃいけないんだよね。だって、子日達がいる場所って
戦場に身を置いている時点で、命のやり取りは絶対に付き纏う。やらなきゃやられる状況というのは常にそこにあるのだから。
「2択しかないのが困ったところだよね。
だから、割り切れなくてもその選択をせざるを得ない。あとは、その選択をするまでの時間。
「子日はね、すっごく迷って迷って、迷い尽くして、結局一番命が救われる道を選ぶことにした」
「……カテゴリーMを……殺す道か」
「うん。1人死ぬか10人死ぬか選べって言われてるようなもの。しかも、どちらも救うが絶対に出来ない。そうなったら……多く救われる方を選んじゃう。だって、考えてる内に1人が10人を殺しちゃうんだよ。その上、その10人の中に自分も入っちゃってるんだもん。選択の余地が無いんだよね」
はぁ、と子日にしては大きな溜息を吐いた。
当たり前だが、誰だってこの戦いを楽しんでいるわけがない。命のやり取りという緊張感しか無い場で、生きていくために躍起になっているのが戦争だ。そうしなければ死んでしまうと言われたら、死なない道を選ぶのは至極当然のこと。
特に子日は、深海棲艦からの攻撃によって命を落としかけ、選択の余地なく艦娘となっているタイプだ。こと救われる命の数に関しては敏感と言ってもいい。1人を救うために他の全てが殺されるくらいならば、自ら手を汚してでもその1人を殺すだろう。その生かす1人が加害者ならば尚更だ。
「だから、子日はずっと割り切ってないし、迷ってもいるよ。ただ、他の人のことを考えたら、やらなくちゃいけない。それがこの戦争なんだって、納得するしかないから」
少し悲しい笑顔。子日とて、この戦争の被害者。それでも、迷いの中で決断はしている。そうしなければ、どうにもならないから。
「多くの命が救われる選択を取り続けることで、より多くの命が救われないかもしれないってのが辛いことだけど、子日達は今目の前にあることしか触れないから。それを全力でやるだけだよ」
子日の考えはここまで。割り切ることも出来ず、迷いを断ち切ることも出来ない。しかし、やらねば他の者の命が危ないのだから、やらざるを得ない。だから、やる。子日はこの考えの下で動いている。
深雪も子日の考え方に対して、そういう考え方もあるのだと心に留めておく。今の迷いに、一筋の光が射したようにも思えた。
「こんな感じで良かったかな」
深雪との話が終わった後、食堂の隅に陣取っていた時雨と話す子日。率先して深雪とその話をしたのは、時雨にも少しお願いされていたというのがあったからだ。
「ありがとう、子日。あれで深雪にも発破をかけられたと思う」
「こういうこと、自分でやればいいのに」
「僕はそういうことをするように見えないだろう?」
時雨とて、今の深雪のことは少し気になっている。張り合いがないと突っぱねるように離れたものの、その実、深雪に深いところを話しやすい子日に今の件をお願いしていたのだ。
自分でやればと言っても、キャラじゃないと自分ではやろうとしないのは、まさにカテゴリーMとして捻くれた時雨ならではと言える。
「敵を人間だと思って攻撃出来ないなんて、これからの戦場で戦えないのと同じ。そんな深雪は見ていられないのさ。特異点として狙われるのは間違いないんだから。むしろ、あのままでいられたら迷惑だよ」
「またまたぁ、ただ深雪ちゃんのことが心配なだけなくせにぃ」
「まさか、深雪は僕にとって永遠の好敵手みたいなものさ。勿論、基本的に勝つのは僕だけどね」
そういうことにしておいてあげると、子日が生温かい笑みを見せた。時雨はフンと鼻で笑い、チラリと深雪の方を見ると、子日が退散したことでカテゴリーB達が群がり始めるのが見えた。
「あーあ、あんなに親身になられちゃって。好かれている証拠じゃないか」
「だねぇ。でも、この悩みは簡単には解決しないよ」
「だろうね。深雪にも僕や白雲のような
冗談でそんなことを言う始末。しかし、子日はあははと笑ってスルーした。
「時雨、どうしたっぽい?」
そこに、昼食を特盛で貰ってきた夕立がニコニコしながらやってくる。
「夕立、君は敵を斃すことを躊躇するかい?」
「敵なら全部斃すっぽい。なんでそんなこと聞くっぽい?」
「その敵が、元々人間だったとしても?」
「ぽい。だって敵として殺し合いの場に出てきてるんでしょ? だったらキッチリ息の根を止めるっぽい。相手が人間でも、艦娘だったとしても」
「夕立らしくて何よりだよ」
考え方は本当に人それぞれ。深雪は短期間でそれを多く知ることが出来た。自分の考えはすぐには纏まらないものの、その答えに繋がるものは、いくつも手に入れることが出来ている。
深雪は少しずつ仲間達の声を聞いて、自分の考えを纏めていきます。迷いはあれど、それをそのままにしている者の声まで聞けましたから。