後始末屋の特異点   作:緋寺

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心構え

 昼食を終え、また仲間達に話を聞いていく道を辿る深雪。白雲はこれを()()と呼ぶようになってきている。

 

「いろいろ聞けたけど、やっぱ割り切れてない奴の方が多いんだな」

「そうですね。潜水艦の方々も、いざ人間を殺せるかと言われたら、尻込みをするという答えが多かったです」

 

 食堂でカテゴリーBに群がられた時、ついでだと全員に今の悩みについて聞いてみたのだが、やはり回答はまちまちである。

 スキャンプのように自分の命を狙ってくるのならば躊躇なく始末出来るという者もいれば、見た目は深海棲艦であるとはいえ人間ではあることにも変わりはないため抵抗があるという者もいた。やはり考え方は十人十色である。

 人間に不信感を持ち、それを30年も拗らせ続けていたとしても、その人間に対して明確な殺意を持つ者はいない。命を狙ってくるのならやり返すと考える者はいたが。

 

「とはいえ、悩みながらも手にかける選択をする方も多かったですね」

「ああ。そうしないと自分のやられちまうし、仲間も危ない目に遭っちまう。あたしもそれは嫌だ」

 

 自分はまだしも、仲間がやられるところを見るのは気分が悪い。しかもそれが、自分が躊躇ったことによってなら尚更だ。

 そんなことが起きたら、その人間以上に自分が許せなくなるだろう。何故あの時、止められなかったんだと。

 

「……割り切れねぇよなぁ。いや、割り切らなくちゃいけないとは思うんだけどさ」

 

 神風や丹陽、伊203のように、完全に割り切って手にかけるというのも間違っていない。むしろそれが最善なのだと思う。しかし、命を奪うという行為に対して、そう簡単に割り切ることが出来るわけがない。

 そういう意味では、那珂や子日の意見は受け入れられるものであった。割り切れないけど、迷わないと那珂は言った。迷っているけど、選択はすると子日は言った。

 

 その2つに共通するのは、『覚悟』である。

 

 那珂は割り切ることは出来ないが、そうなった時には戦うという覚悟を持っている。子日は迷ってしまうことを見越して、最初から斃す方向を選択する覚悟を持っている。

 深雪にはまだ、覚悟が足りない。これまでそれを意識することなく戦ってきたというのがわかる。

 

「あたし、まだまともに戦ってこなかったんだな。今やっと自覚出来た」

 

 これまでの実戦の相手は、勝てなかった出洲、救うことが出来た白雲、斃すことに戸惑いが出なかったイロハ級の潜水艦と、わかりやすく()()()()()()を避けることが出来ていた。

 だが、これからは当事者と言ってもいい。巻き込まれるのではなく、狙われる。否が応でも自ら対応しなくてはいけなくなる。その初戦が深海千島棲姫だっただけ。

 

「割り切れなくても、迷いがあっても、せめて覚悟だけはしておかないとダメだな。それに、躊躇いがあったら仲間を頼ることも」

「はい、白雲のことも頼ってくださいまし。全力を以て応える所存でございます」

「ああ、何かあった時は頼むぜ。でも、妹に嫌なことやらせるほど悪い姉ちゃんじゃあねぇよ」

 

 ニカッと笑う深雪に、クスクスと微笑む白雲。この姉妹は、ゆっくりとだが前に進んでいる。

 

 

 

 

 午後からもやることは変わらない。だが、少しだけ違うのは、今後の方針を誰かに相談したいという気持ちが出てきたこと。

 自分にはまだ、戦う覚悟が足りていなかった。それに気付けたことで、より精神的な面を鍛えたいと考えた。それをどうやってやっていけばいいかを決めるには、誰に相談するべきか。

 

「やっぱここは、ハルカちゃんとかかな」

「これからを決めたいのならば、提督様がよろしいでしょうね」

 

 うみどりの長ならば、深雪のこれからについて何かいい案を出してくれるかもしれない。

 

 そうと決まればと、早速執務室へ向かった2人。いろんなところにいる潜水艦勢も、流石に執務室の近くにまでは来ておらず、これまでのことを考えると静かな通路を通ってその部屋まで辿り着いた。

 もしかしたら今は込み入っているかもしれない。そのため、扉を軽くノックして、ちゃんと返事が来るのを待ってから中へと入った。少し時間があったのは、執務の真っ最中だったからか。

 

「いらっしゃい深雪ちゃん、白雲ちゃん。話は聞いているけど、ここに来るということは、これからのことの相談かしら」

 

 察するのが伊203並みに早いと驚きつつ、その通りだと首を縦に振る。やっぱりと、伊豆提督は2人に座るように促した。

 伊豆提督からしてみれば、やはり深雪はこれまでと比べると元気がないように見えた。落ち着いているのではなく、落ち込んでいる。

 

 座った2人にイリスがお茶を用意する。いつでもすぐにそれが出てくるのが、この執務室の凄いところ。予測している訳ではないが、非常に準備がいい。

 

「スパッと割り切るというのは難しいことだと思うわ。人間でも深雪ちゃんと同じように悩む子がいるんだもの」

「そうなのか?」

「ええ。害獣駆除ならそこまででも、相手がヒトのカタチ……それだけじゃない、アタシ達の言葉まで使ってくるんだもの。アタシ達にはそれが、()()()()みたいに錯覚しちゃうの」

 

 初めての実戦ではこうはならなかったが、初めて明確に意思のある相手を撃破したことで、こうなってしまう者は意外といる。

 イロハ級のような見た目からわかりやすくバケモノ然としているならこんなことにはならない。力を持つイロハ級だとヒト型になるが、まず言葉を使う者がいないために、まだマシと言える。しかし、姫級のようなバケモノからさらに進化した知性ある敵──人語を解する敵と戦い、勝利し、その()()()()()を耳にしたことで、トラウマになってしまう者は少なからずいるのだ。

 

 艦娘は人間同士の戦いは想定していない。姫級だって見た目は人間に近くても、その実まるで違う生命体だ。しかし、どうしても外見に引っ張られてしまうのも人間である。

 それを乗り越えて初めて、真に艦娘となったと言われることもあるらしい。伊豆提督はそういう言い方をするつもりはないようだが。

 

「こういうの、何か乗り越える方法は無いかな。みんなはどうやって乗り越えてるのかなって」

「これまで、どれだけ話をしてきたのかしら」

「そうだな……割といろんな話は聞けたよ」

 

 午前中の成果を話すと、伊豆提督は苦笑しながらも親身になって聞いてくれた。お茶を淹れ終えたイリスも、伊豆提督の隣に座って耳を傾ける。

 

「聞いてきてわかったと思うけれど、乗り越え方は人それぞれ。でも共通しているのが」

「覚悟……だよな」

「その言葉を使うと途端に重くなるから、意味合いが殆ど同じ『心構え』と言おうかしらね。深雪ちゃんはもう、これからの戦いがそうなっていくことがわかっているでしょう?」

 

 勿論だと頷く深雪。出洲一派が特異点を狙っている以上、今後も前回の戦いと同じように精神的なダメージも取り入れて襲撃を企てると考えるのが妥当。一度やってきたなら、それからずっと同じ手段を使ってくるのは目に見えている。

 前回は薄雲の命を使ったカテゴリーYだったが、それだけで済むとは思えない。深雪には姉妹がまだまだいるのだ。その命を全て手中に収めているとしたら、これからずっと、姉妹と戦わなければならないまである。

 

「わかっているのなら、それに対して構えておくことは出来るわ。不意打ちじゃないんだもの。でも、それが出来れば苦労はしないわよね」

「……まぁ、そうだよなぁ」

「姉妹に似ている深海棲艦が現れた時、純粋種の艦娘だって怯んだり及び腰になったりするというのがあるらしいわ。丹陽ちゃんから聞いたんだけれどね」

 

 午前中に丹陽といろいろ話をしていたらしい。その時に、やはり深雪のこの話題は出している。故に察しが早かった。

 そこから伊豆提督なりに考えて、今は言葉を選んでいる。深雪にはどんな言葉が一番聞き取りやすいか。

 

「アタシの見解は、()()()()()()()()()()()、なの。わざわざ辛い戦いに身を投じなくてもいい。ここは後始末屋なんだから、本来の業務は戦いではなく片付けなんだもの」

 

 勿論、後始末の最中に現れる敵に関しては処理しなくてはならない。しかし、それを相手にするのが辛かったら、他の仲間達を頼ればいい。自分でやらねばならない理由なんて何処にもないのだ。

 

「でも、戦うと決めたなら、迷ってちゃいけないわ。前に出るだけ出て、やっぱり無理と言われても、仲間達が困っちゃうもの。だから、前に出るならしっかりやり遂げる。出来ないなら最初から後ろにいる。選択肢はこの2つ。中途半端は自分だけじゃなく仲間も危険に晒すものね」

 

 難しい問題ではあるが、最終的には選択肢は2つ。前に出るか、後ろにいるか。そして、少しでも迷いがあるなら後ろにいるべき。これが伊豆提督が考えるこれからの第一段階。

 

「……あたしは、あたしが狙われてるってなら、あたし自身で決着をつけたいって思ってる」

「でも、迷いがあるのならそれが敗北に繋がるわ」

「わかってる。だから、今は多分前に出ちゃダメだ。でも、いつかあたし自身の手で決着がつけたい。まだ心構えは出来てないけど、そういう思いだけはある」

 

 現状を理解出来ている深雪に、伊豆提督は微笑んだ。これでワガママを言うようにそれでも前に出たいと駄々を捏ねたら説教だったが、これならばまだ見ていられる。

 

「ハルカちゃん、あたしに時間を貰えないかな。ダメならダメってスッパリ諦める。あいつらとの戦いには一切出ないで、仲間に全部任せる。そうしないと、多分足手纏いになっちまう。でも、もし前を向けたら、その時はあたしをあいつらとの戦いに出してくれ。その判断、ハルカちゃんに任せるから」

 

 少し話しただけでも、考えが纏まりつつある。今はそれだけでも充分だ。

 

「ええ、わかったわ。深雪ちゃんの思い、確かに受け取った。でも、前を向くためといって無理だけはしちゃダメよ。例えば、VRを使って姉妹艦と戦うシミュレーションを繰り返すとか」

 

 深雪の表情が強張った。それはそれで手段として考えていたらしい。伊豆提督は苦笑しつつも、それは許さないと正面から念を押したのだった。

 

 

 

 

 深雪と白雲が執務室から出ていった後、伊豆提督は自分の席に頭を向ける。

 

「もう大丈夫よ」

 

 その机の裏側には、息を潜めていた電がいた。付き添いとして酒匂も一緒に。

 

 実は深雪が訪ねる前に、電もこれからのことを相談しにきていたのだ。劣等感と羨望と嫉妬に呑み込まれ、深雪に酷いことを言ってしまった。だが考えが纏まらない。そのため、これから何をしていくのがいいのかを導いてほしいと。

 提案したのは酒匂。スキャンプのように一時的に救護班に入ってもらうことを認めてもらうのも同時に、いいアイディアが無いかを聞こうとも思って。

 

 だが、そのタイミングで深雪が来てしまった。今は立て込んでいると時間を貰えばよかったものを、これはいい機会だということで、あえて深雪の心の声を聞いてもらうことにしたのだ。

 その結果がコレ。ある意味盗み聞きなのだが、伊豆提督公認なのでギリギリである。

 

「深雪ちゃんは、ああやって前に進もうとしているわ。しかも、難しいならスッパリ諦めるなんてことも言ったわね。電ちゃんにも迷いがあると思うけれど、どうしていきたい?」

 

 そう言われても簡単に纏められないのが電もである。むしろ、あの状態からでも自分の意志を示し、前を向こうとしている深雪を見て、深雪がああなのに自分なんてと劣等感がまた刺激されてしまっている。

 深雪の弱さを知ることが出来ると思って公認の盗み聞きをさせたのだが、それがまた悪い方向に進みかけてしまった。目が泳ぎ、だんまりの電に、伊豆提督もこれにはうーんと悩んでしまう。

 

「こうなったら、ひとまずは酒匂ちゃんにお任せするわ」

「うん、大丈夫。救護班が責任を持って預かるからね」

「で、軍港についたら少しだけ(いとま)をあげる。その時に、トシちゃんのところに行ってきなさい。電ちゃんには、絶対にいい方向に向かえる子がそこで待ってるから」

 

 軍港都市の鎮守府、保全提督管轄の艦娘達で、電に良い影響を与えそうな者と聞いて、酒匂はピンと来た。

 

「暁ちゃん、だね」

「ええ。彼女なら、電ちゃんに前を向かせてくれるかもしれない。だってあの子も、とても悩んでいたんだもの」

 

 姉妹艦の名前が聞こえてピクリと動いたものの、電は最後までオドオドし続けていた。

 

 

 

 

 前を向ける者、深雪。後ろを向き続ける者、電。これまで同じ道を歩いていたものの、ここで道を違えた。だが、きっかけがあればまた交わることだろう。

 そのきっかけは、おそらく軍港都市にある。

 




最後に頼るのは、やはり姉妹艦。
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