後始末屋の特異点   作:緋寺

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自分が出来ること

 深雪が歩を進めている頃、電は酒匂から救護班の本拠地とも言える医務室で仕事を学んでいた。戦闘とは違うカタチで戦場で貢献出来る手段として、傷ついた者達を救うことを覚えておけば、いつか間違いなく役に立つ。

 しかし、電の表情は相変わらず浮かない。何をやるにしても、深雪には当たり散らしてしまったことを思い出してしまい、何であんなことをしてしまったんだと落ち込む。そして、だから自分はと劣等感に苛まれることになった。

 ここまでネガティブにハマり続ける者もなかなかいない。その気持ちはわかったとしても、前向きになれないにも程があった。

 

 今教えられているのは、的確な応急処置の方法。出血を止めるだけでも生存確率が上がるのだから、これは知っておいて損はない。

 これを教えているのは、勿論救護班の基本的な仕事というのもあるのだが、酒匂としては()()()()()()()()()という点でも、電には良い刺激になるのではと考えて。

 

「それだとちょっと優しすぎるかな。血を止めるためなら、少しキツめにするといいよ」

「な、なのです」

 

 元々持っている才能なのか、電はこういった仲間を助けるための行動が思った以上に得意である。こういうところから、生粋のサポート役なのではと予想出来た。

 一度教えたらすぐに出来るというわけではないが、何度かやらせればしっかり覚えるのだから大したものであると、酒匂は内心思っていた。

 

「うん、上手。この結び方なら、簡単には解けないし、血もちゃんと止まるね」

「よかったのです……」

 

 薄くではあるが、電は自分の成果を見て笑みを浮かべた。劣等感が少しだけ和らいだか、自分にも出来ることを知ることが出来たからか。

 

「酒匂達は、こうやって仲間達の命を少しでも伸ばしていくの。ドックまで保てば、あとは妖精さん達が必ず生かしてくれるからね。でも、逆に言えばそれをしないと死ぬ可能性があるってこと」

 

 死という言葉にゾクリと身体が震える電。そんな責任重大なことを、自分なんかがやっていいのかと思い込んでしまい、うっと息が詰まる。途端に救護班という仕事も怖くなってきてしまう。

 本来の電なら、すぐさま褒め称えるように言いながら、自分も教えてもらえて光栄、もっとやれるようになりたいなどと考えるだろう。しかし、今はそんな言葉すら思い浮かばず、もし失敗して命を落とすようなことになってしまったらどうしよう、とまさにネガティブ思考がスパイラルを形成していた。

 

「でも心配しないで。いざという時は仲間を頼ればいいんだもん。危ないと思ったらみんなでやるし、自分に出来ないことは仲間を頼る。その分、仲間が出来ないことを全力で頑張るんだ」

 

 ここまで言われても、電はまだ前を向けない。仲間を頼ればいいと言われても、それを自分の落ち度と考えてしまう。この負のスパイラルは簡単に抜け出すことが出来ず、電は何があってもドツボに落ちていく。

 おそらくこれは、説教しても悪化し、優しく手を取っても悪化する。放置も1人で勝手に悪化。非常に深刻な状態。

 

 酒匂はここで考える。どうすれば電が前を向けるか。おそらく成功体験が必要なのはわかっているのだが、今この現状でそんな体験が出来るとは到底思えない。演習はそれこそドツボにハマるだろうし、そもそも身体を壊しかねないトレーニングをしようとしたことで今は禁じられている。発散する手段がないとも言えるだろう。

 だからといって事件を求めているわけではない。払拭出来るような何かがあった場合、それは誰かが不幸になることである。そんなもの求めてはいない。

 

「こんにちはー、ちょっといい?」

 

 そんなことを考えていると、医務室に何者かが入ってくる。誰かがいることを察して、ちゃんと挨拶をして。

 そこにいたのは潜水艦から移住してきた純粋な艦娘、清霜。その後ろには、おそらく清霜に付き合っていたであろう長門の姿も。

 

 電はビクッと震えるが、清霜は何も気にせずにズカズカと医務室に入って、酒匂に近付く。

 

「傷薬があるって聞いたんだけど、何処にあるの?」

「傷薬? 何処か怪我したの?」

「長門さんとトレーニングしてた時に、ちょっとやらかしちゃった」

 

 言いながら清霜が腕を見せると、何処かに擦り付けてしまったかのような擦り傷がそこにあった。

 これまでに使ったことがない機材を使ってみたことと、少し張り切ってしまったことで、手を滑らせてしまい、擦り傷に至ってしまったようだ。

 

「電ちゃん、手当てしてみよっか」

「えっ、あ、は、はい……やってみるのです」

 

 酒匂に言われて、清霜の手当てを始める電。擦り傷程度なら誰にでも出来ることではあるのだが、ここで電がそれをやることで、救護班がどういうものなのかを知ってもらう。

 最初は覚束ない手付きではあったが、しっかりと教わったように処置をしていき、最後は絆創膏を貼って終了。たったそれだけではあるのだが、今の電には達成感のようなものも得ることが出来ている。

 

「ん、ありがとー。いやぁ、まだまだ戦艦には遠いなぁ」

「努力は認めるが、あまり無理をしてはいけないと思うぞ。あれは明らかに過剰なトレーニングだ」

 

 長門が呆れたように言うが、清霜はフンスフンスと鼻息荒く言い返す。

 

「もっと強くなるためには、あれくらいのトレーニングは必要だもん。戦艦はアレくらい出来るんでしょ?」

「戦艦だから出来るのであって、駆逐艦である君にはオーバーワークなんだ」

「でもでも、30年欠かさずトレーニングしてたし!」

 

 何やら言い合いみたいになってきたので、電がアワアワし始める。長門は困った顔をし始め、なんと返そうかと迷っていた。

 相手は駆逐艦、しかし30年選手という、いわば長門の先輩にもなる。非常に扱いに困る存在。

 

「清霜ちゃんは、戦艦を目指してるんだよね」

 

 ここで助け舟を出すように酒匂が間に入った。清霜がどういう艦娘であるかを把握し、その気持ちに寄り添うように優しく語りかける。

 勿論、酒匂からしてみても、清霜は大先輩にあたる。しかし、中身は見た目に相応しており、子供っぽく無邪気。ならば、それに向けた接し方で話を聞くのが筋というもの。

 

「そうなの! 駆逐艦としては頑張ってすごく強くなったけど、やっぱり戦艦にはなりたいと思ってるからね」

「でも、無理して頑張ったら余計にゴールが遠くなっちゃうよ。こうやって怪我をしてたら尚更だからね」

 

 納得させるように説明するものの、清霜はあまり受け入れたくないようである。

 

「酒匂の言う通りだ。私も過剰なトレーニングをしてきたから戦艦となったわけじゃあない。身体に見合ったことをしてきたからこそ、うまく鍛えることが出来ているんだ。私よりも長く生きている君ならわかってくれると思うんだが」

「でもでも、30年やっても戦艦どころか軽巡洋艦にもなれないんだよ? だったらもっと頑張らないと、常識はひっくり返せないよ」

 

 駆逐艦から戦艦になろうということは、清霜の言う通り常識をひっくり返すことだ。普通ならばあり得ないこと。

 中には巡洋艦から空母になることが出来た艦娘もいるらしいが、それは最初から水上機の運用が可能だったため、そこに特化した艦種変更と言える。似たようなモノだからこその切り替え。それをある意味存在が真逆と言ってもいい駆逐艦と戦艦で変わろうとしているのだから、無理と断じることも出来る。

 

 しかし、酒匂も長門も絶対に無理とは言わない。諦めろとも言わない。期待を持たせ続けることも酷な気がするが、実際艦娘も思った以上に謎が多い存在だ。今でこそ人間が艦娘のシステムを使えるようにはなっているが、それでも未判明なシステムはあったりするのだから、もしかしたら駆逐艦が戦艦になれるシステムが組み込まれているのかもしれない。

 だから、夢を奪うことなく、努力の方向性が無謀にならないように指揮しているのだ。30年間の努力が無駄とも言わない。それでも駆逐艦の域を出ないのは悲しいことではあるのだが、否定なんてするわけがない。清霜はそれだけ夢が強いのだから。

 

「……あ、あの」

 

 そんな清霜を見て、電がおずおずと手を挙げる。清霜は笑顔でなぁにと応える。

 

「清霜ちゃんは……その、自分には無理って、思ったこと……無いのです?」

 

 ネガティブな思考を清霜は持ったことないのかと、電は質問した。清霜は戦艦を目指して頑張っていると言っているが、それは電と同じように、艦種から来る劣等感や挫折、強い力への羨望や嫉妬が理由なのではとも考えた。

 

「うーん、実際あったかなぁ。私には戦艦になることは無理かもしれないって。どれだけやっても強くなれなくて、すっごく頑張っても限界が来て。しかも、周りはどんどん強くなってる。私、置いてかれてるって思っちゃった」

 

 それは潜水艦に加わるよりも前の話。まともに鎮守府で活動している時のこと。戦艦に強く憧れて、努力をし、そして限界が訪れ、挫折もした。

 自分はこれ以上は無理なんだ、戦艦になんかなれっこないんだと現実を見てしまい、自分よりも強い駆逐艦が山ほどいたというのもあって、劣等感にも苛まれた。戦艦どころか駆逐艦の中でもそんなに強くないじゃないかと思い、塞ぎ込んでしまったこともあるらしい。

 

 まさに今の電に近い状態。何かにつけて劣等感に蝕まれ、前を向くことが出来ない。強い仲間を見ると、それに比べて自分はと比較して、余計に酷い状態となっていった。

 

「でもね、その時に私の尊敬するすっごい戦艦のヒトが言ってくれたの。他と比べるからダメなんだって。私は私にしか出来ないことを成し遂げようとしてるんだから、まず比べることが間違ってるってね」

 

 この言葉が、清霜の心に再び火をつけたらしい。

 

「そこからまた頑張って努力したよ。周りは強くなってるけど、そんなことお構いなしに、戦艦になるために必死に。司令官もそれを許してくれたし、その尊敬する戦艦のヒト──武蔵さんも、私が頑張ってるのを応援してくれた。その時の仲間達と、私のことは否定しなかったし、一緒に付き合ってくれたんだ」

 

 その結果、戦艦にはなれなかったものの、清霜は新たな力を開花させた。それが、誰も至っていない、戦艦護衛駆逐艦という特殊な駆逐艦の力。そして、強行輸送駆逐艦という二つ目の姿。

 

 清霜はこれで満足せず、まだまだ努力を続け、時にはオーバーワークで小さな怪我をしてしまうが、夢に向かって邁進している。もう決して折れることはない。限界を超えたとも言える。

 

「電ちゃん、ちょっとあの時の私に似てるんだよね」

 

 清霜に言われてもドキッとする。戦艦になれずに限界を感じていた清霜と、深雪に引き離されて劣等感を持ってしまった電は、近しい存在だと。

 

「電ちゃんもさ、ヒトと比べるのが違うと思うんだよ。だって、電ちゃんは電ちゃんだもん。やれることは人それぞれだよ。私は戦艦への成長途中で、戦艦護衛駆逐艦なんてものになれたけどさ、これは電ちゃんにはなれないでしょ? それと比べるのはちょっと違うよね?」

 

 目指すモノが違うのだから、そもそもが比べるまでも無い。

 

「それと同じじゃないかなぁ。あ、でも電ちゃんの夢が比べないと出来ないなら仕方ないのかな」

「電は……」

「私は戦艦にはまだなれてないけど、戦艦くらい強い駆逐艦にはなれてると思ってる。まだ私の夢は終わらないけどね。じゃあ、電ちゃんの夢は何?」

 

 夢と言われて答えがすぐに出た。

 

「電は……深雪ちゃんと一緒にいたいのです。ずっと、一緒に」

「その夢を叶えるためには、何をすればいいと思う?」

「深雪ちゃんと、同じくらいの力を」

「違うんじゃないかな。だって、電ちゃんは深雪ちゃんじゃないもん」

 

 同じくらいの力、という言葉が間違っているのだ。追いつくとか、比べるとか、それがそもそも違うのだ。

 

「まずは、電ちゃんが出来ることを全力でやるべきだよ。他のヒトと比べないで、今出来ることを伸ばしていこうよ。ほら、私の怪我を治すの、こんなに手際が良かったし。ヒトには向き不向きがあると思うしね」

 

 清霜は自信満々に自分は戦艦に向いていると思っているようだが、そこが折れていないので誰も否定していない。

 電に向いていることは何か。少なくとも深雪のように戦うことではない。深雪はオールラウンダーだが、電はグラップラー。そういうところからして、深雪と電は違うのだ。身体の柔らかさも、力強さも、体型も、思想も、何もかも違う。

 ならば、まずはそこから探せばいい。ただそれだけ。それが電にはようやく見えてきた。

 

「……ありがとう、なのです。電、少し探してみるのです。自分が出来そうなこと」

「うんうん、それがいいと思うよ。ヒトと比べるんじゃなくて、自分が出来ることをね」

「なのです」

 

 劣等感はまだ払拭出来ないかもしれないが、少なくとも自分がやるべきことは見えてきた。

 そもそも、戦わなければ一緒にいられないというわけではないのだから。そこに気付ければ、電は一気に変わる。

 

 

 

 

「それはそうとして、オーバーワークはやめるんだ」

「戦艦になるためには仕方ないよ。うん、これは私にも出来ること」

「出来ないから怪我をしてるんだ。ちゃんと限界ギリギリのトレーニングを考えるから任せてくれ」

「やったー、長門さんよろしくお願いしまーす」

 




新たなモブからネームドになった艦娘、清霜。電と同じように挫折を知り、でもそこから復帰した艦娘。そうやって乗り越えたおかげで、戦艦護衛駆逐艦として覚醒しました。電も吹っ切れれば新たな力が目覚めるかもしれませんね。
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