時間はさらに進み、夕方も終わりがけという時間に。潜水艦の曳航は順調ではあるのだが、やはり速力が出せないこともあり、未だ航路の半分も満たしていないのは変わらない。そして、ここからが真に危険な時間となってくる。
外が暗くなることにより、まず航空戦力が動きにくくなる。夜間戦闘機を使用すればある程度はこなせるものの、その数は限られてるし、出来たとしてもやはり昼ほどの精度は出ない。
また、夜も深くなればうみどりにいる者達は就寝する。その間は警戒そのものが手薄どころか失われる。そのタイミングを狙われると厄介だ。ただでさえどんな手段を使ってくるかもわからない敵なのだから、そこに環境要因まで加わったら、いくらうみどりといえどひとたまりもないかもしれない。
そこで提案されたのが夜間警備である。うみどりの周囲を艦娘が共に航行し、襲撃を警戒する。もし何か見えた場合はすぐに艦内に連絡し、敵であった場合はすぐさま迎撃出来るようにするのだ。
この時間まで襲撃が無かったということは、あちらも夜襲を狙っていると考えるのが妥当。前回、真昼間に攻撃を仕掛けてきたのは、浮上している潜水艦を纏めて破壊するためだったのだろうが、今はその潜水艦も浮上したままなのだ。いつ攻撃を仕掛けても問題ない。
ならば有利になれる夜を狙う。少なくとも航空戦力が機能しなくなるため戦力は下がり、闇に紛れれば初撃が致命傷にもしやすい。むしろ、夜に来ない理由がない。
それを抑え込むための、夜間警備。最低限の警戒体制でも、あちら側からしたらそれが邪魔になるため、本当にやりたいことが遠のく。その時間さえ作れれば、他の者達も準備が出来て、一気に迎撃態勢を整えることが出来るだろう。
「こればっかりはこれまでと勝手が違うから、丹陽ちゃんと相談させてもらったわ。急で申し訳ないけれど、夜にもお仕事をしてもらうことになるの。みんなの安全のために、お願いされてもらえるかしら」
以前と同じように、うみどりの者達は食堂、潜水艦の者達はレクリエーションルームで、この話を聞くことになっている。
今回の話も、ボスである丹陽の意思に従う方針。うみどりの面々もそうだが、潜水艦勢としても夜間の護衛は必要になるとは思っていた。ついに取り戻した陽の光の下での生活をそんなことで壊されてしまっても困るという話。故に、
実際はおおわしも合流するため、そちらの護衛との連携になるわけだが、とにかく居場所を守るためにも力を貸すという方針は全員に行き渡っている。
「うみどりの方々には休んでいてもらいたいというのもあるので、基本的には私達潜水艦の面々で交替しながらやっていきたいと思います。ただ、交替するたびに航行を止めなくちゃいけないので、軍港に到着する時間が想定より遅くなるでしょう。この辺りは、もう仕方ないかなと思っています」
丹陽が説明する通り、夜間警備のためには一度曳航を止め、外の者を回収しつつ、次の当番の者が外に出る。この時間でどうしても行動が遅くなってしまうのだが、これは必要経費とも言えるだろう。このせいで1日2日と延びるわけでもないため、全員が妥協した。
「今航行している海域は、他の鎮守府の担当海域でもあるの。あちらも夜間に警戒をしている可能性はあるから、もしかしたら姿を見られちゃうかもしれない。でも、それはもう諦めてちょうだい」
「むしろ、緊急事態の時には援軍も見込めるということですよね。本当にいざという時ですが」
「出来る限りアタシ達のことはアタシ達で済ませたいと思うけれど、本当にどうしようもなくなる可能性もあるから、その時にはヘルプを出そうと思うわ」
真っ直ぐ軍港に向かってはいるが、それでも他の鎮守府の担当海域を横切ることにもなる。
うみどりは後始末屋という性質上、あらゆる担当海域の進入を無条件で許可されている存在であるため、それによっていざこざが起きることはないのだが、潜水艦の面々が人目を気にするということがあったとしても諦めてくれと先んじて詫びを入れた。
一応は秘密組織ということになっており、その正体を知るのはこれまで大本営のみ。うみどりも流れで知ることとなり、調査隊もついに知ることになるというくらいの存在だ。
これ以上他者にその存在を知られることはあまりいいことではない。だが、ここまで来ると背に腹はかえられないため、妥協も大事。
「夜間警備の当番はこの後決めますね。夕食後、すぐに作業に取り掛かれるようにしていきたいですね。この後すぐにそちらに行きますから、先に何かしら決めておいてくれて構いません。人数なども細かく決めていきましょう」
その後、突発的なことではあるが、潜水艦の面々は迅速に警備部隊を決めていくことが出来た。
そこはやはり第二次深海戦争を生き延びた歴戦の猛者。一度ゆとりを取り戻してしまえば、そこから全盛期の力を発揮することも難しくは無かった。
夕食後、外ももう暗くなっている時間帯。おおわしとの合流はもう少し後になりそうと連絡が入った。なんでも、こちらに向かっている最中に野良の深海棲艦とかち合ってしまったため、そちらを対処してから向かうとのことらしい。
敵の部隊こそそこまで強力ではなく、むしろそちらに援軍がいるとかそういうことは無いものの、斃してから簡易的な後始末も必要になるため、どうしても時間がかかる。
その間は、うみどり内で決定した夜間警備隊が周辺警戒を担う。敵の出方から考えて、潜水艦勢の約半数を出すことで対処することとなった。2交替制としたらしい。
「こうやってみるとすげぇ多いな」
時間的にはまだ風呂に入る前くらいの早い時間なので、工廠に見送りに来ている深雪は、そこにズラリと並んだ夜間警備隊を見て感嘆の声を上げる。
後始末に向かう時はうみどりの面々が全員ここに集まるのでこれ以上に多いのだが、自分もそこに加わっているため、客観的に見ることはなかなか出来ない。そのため、この人数が出撃態勢になっているところは壮観とも思えた。
「君もここに加われるようにさっさと割り切りなよ」
そんな深雪に時雨が皮肉のように言い放つ。いつもの深雪ならば、そんな言葉に対して強めの反応をするものだが、今の深雪は反論もなく、確かにそうだなと肯定する。
張り合いがないと時雨は溜息を吐くものの、深雪はまだ迷っている最中。結論が出せていないのに、しっかり割り切れている時雨に対して文句も反論もないと考えていた。
「今日一日、いろいろと聞いて回ったんだろう。どうなんだいそこのところは」
「……少しは見えてきたぜ。あたしには覚悟が……いや、違うな。心構えが足りねぇ」
これまで仲間達と話して、まず結論として出たのがそこ。自分には戦いに対しての心構えが足りない。
今後は深海千島棲姫のような敵ばかりがうみどりを襲撃するだろう。しかも、狙いが基本深雪になるのだ。
その敵を斃すことを覚悟しなければ、これからの戦いはやっていけない。相手が元人間であろうとも、それを斃すための心構えを常に持っておかねばならない。
躊躇ったら仲間が傷付く。戸惑ったら自分が傷付く。どう転んでも相手の思うツボになるのだから、それを回避しなくてはならない。
「時雨はさ、そういう心構えってどうしてんだ?」
面と向かって聞いたことがないため、時雨にも話を聞いておくことにした深雪。結論に向かってはいるのだが、未だ晴れない迷いをどうやって払拭しているのか。おそらく電の次に身近だったであろう時雨の考え方は聞いておきたかった。
「心構えも何も。僕には人間への憎しみがまだ残っている。呪いがね。だから、うみどりの人間達は信頼出来るけど、他の連中はまだ無理だ。だから、敵が元々人間であろうと関係ないのさ。そもそも君とは
フッと笑いながら、深雪の悩みは自分にはわからないと言い切った。心の造りが違うのだから、君の悩みは無いんだと。
深雪はそれも素直に納得する。カテゴリーMの呪いは、人間に対しての怒りと憎しみ。艦娘であっても、人間に対しては敵対意識から始まっているのだから、命を奪うことに抵抗などない。
これは白雲も同じ。あくまでも分別が出来るようになっただけ。白雲に至っては、生まれてすぐに人間の社会が見えたため、襲撃しようと目論んだ経験まであるのだ。
「君にも呪いを分けてあげたいくらいさ。白雲もそう思わないかい?」
「時雨様の仰りたいことは理解出来ます。お姉様の悩みは優しすぎるが故の悩み。白雲達の持つ、
「深雪は甘ちゃんなままの方がいいということかい?」
「甘ちゃんではありません。優しく、情に溢れ、気遣いに長ける素晴らしい人柄なのですよ。それを失ってしまったら、お姉様
隣でここまで褒め称えられると深雪もタジタジである。珍しい表情が見えたことで、時雨は苦笑するような表情を見せる。
「僕からしてみれば君は甘すぎる。そう思っている者もいなくはないんだ。うん、丁度いいところにいた。レーベ、ちょっといいかい?」
ここで時雨が手招きしたのは、今から夜間警備に向かおうとしている潜水艦勢の内の1人。艤装をしっかり装備して、いつでも戦えると言わんばかりの気合の入った表情を見せる海外艦。
深雪の前に来ると、特異点を相手にするということでにこやかに握手を求めてきた。深雪も快くそれに対応し、友好の証を見せる。
「君達と離れている間にいろいろ話をしてね。彼女の心境も君は知っておいた方がいい」
「えぇと、あの時の食堂にはいなかったよな」
「うん、みんなから聞いてるよ。だから、ちゃんと挨拶出来るのは今回が初めてかな。僕はZ1、レーベレヒト・マース。長いだろうからレーベと呼んでね」
このZ1の心境も知っておいた方がいいと時雨が言うのは、すぐにわかる。
「ミユキの悩みも聞いてるよ。敵を斃すのが怖いんだよね」
「怖い……そうだな、人間を傷つけることが怖いのかもしれねぇ」
「その気持ちはわかるよ。でも、今の僕達の敵は、僕達に明確な被害を及ぼしているんだ。僕の妹もやられた」
途端にZ1の瞳が濁ったようにも見えた。当時のことを思い出し、怒りの感情が表に出てきているかのような色。
「僕はそんな相手を許せそうにない。人間であってもね。相手のカタチが深海棲艦になっていたとしても、
深雪はその声色でゾクリとした。Z1は本気である。相手が純粋に人間であっても、その殺意を隠そうともしていない。
勿論分別は出来ている。敵の組織に属する者であるならば、例え人間であっても容赦なく始末すると言っているのだ。
「だから僕から言えるのは1つ。
「……っ」
「大切なヒトを失う想像をすれば、自然と引き金は引けるんじゃないかな」
これだけ話して、また優しげな笑みに戻った。
この時だけはZ1の心の奥底が見えたように思えた。
そういう者もいると知れたことは、深雪の中でまた少し変化を齎す。それは、自分が躊躇うことで、こういう考えを持つ者がより増えてしまうのではないかという恐怖だった。
長々と続いてきた深雪達のお悩みフェイズも、そろそろ佳境。これだけの時間を話を聞くことに費やしてきたのですから、本人に納得のいく結論が生まれるはず。