大破した潜水艦曳航中の夜襲を警戒するため、潜水艦の面々が主導となって夜間警備が開始された。その時だけは一時的にうみどりを止めることになるのだが、妖精さんの華麗な操舵テクニックにより、そのタイミングも完璧。
一斉に出撃していく夜間警備隊の背を見届けると、工廠の門が閉まっていく。うみどりはそこから航行を再開し、その周囲を夜間警備隊が囲うようにして護衛につくことになった。
おおわしとの合流の時間が遅れてしまっているというのもあり、この夜間警備は非常に重要。言ってしまえば
とはいえ、あくまでも夜襲を警戒しているだけであり、実際に来るかはわからないため、これだけやっても無駄になる可能性が無いとは言えなかった。
それでもやらないよりはやった方がマシ、やらずに襲撃を受けたら、間違いなく犠牲者が出る。それだけは避けなければならない。故に、これには誰も文句を言わなかった。第二世代であってもである。
「んじゃあ、あたしは風呂入って寝るかな。時雨、お前は?」
「僕もそうするさ。せっかく潜水艦の面々が仕事を買って出てくれたんだ。そのお言葉に甘えないとね」
夜間警備は潜水艦の面々で行なうため、うみどりの面々は先に寝ていてくれても構わないというのが今回の流れ。
勿論、本当にいいのかと伊豆提督は尋ねているが、丹陽筆頭に満場一致で良しとしているらしい。それならばと、伊豆提督もお言葉に甘えることとした。そうは言いながらも伊豆提督とイリスはおおわしとの合流までは起きて待っているとは思われるが。
「君はどうせ何があっても出撃させてもらえないだろうし、出撃する気もないだろう?」
「……気がないってのは間違ってんだけどな。出撃しても、今の心構えじゃあ足手纏いになるのが目に見えてる。だったら出ない方がマシだろ」
「よくわかってるじゃないか。僕もそう思うよ」
出撃禁止とは言われていないものの、深雪は自主的に出撃はしない。相手がまたカテゴリーY、
まだ覚悟はおろか、心構えだって出来ていない。今から眠るまでの時間で、白雲と共に丸一日かけて集めた仲間達の意見を纏めようかと思っているくらいなのだ。
「まぁ、自覚出来てるだけマシじゃないかな。無謀に身体を鍛えようとして自分が壊れることも考えないくらいに周りが見えなくなるよりは」
明らかに電のことを言っているのがわかる。
「……電は今どうしてるか知ってるか?」
「知るわけがないだろう。僕は僕でやることがあったんだから、気にかけてなんていられないよ」
ハッと鼻で笑う時雨だが、そこで言葉は止めない。
「強いて言うなら、トレーニングみたいなことはしていなかったね。そっちで見ていないから。身体を壊すようなことはしていないよ。それくらいは自覚したんじゃないかな」
とは言いながらも、思ったより電のことも気にかけているのがわかる。深雪と電が仲違いをしている状態なんて見たことがなかった時雨としては、割とこの状況にいい思いをしていない。いつもと違うというイメージが違和感を覚えさせる。
白雲がいるため深雪の精神は安定しているが、いなかった場合はもっと大変なことになっていたかもしれない。それこそ、いつも前向きだった深雪が部屋で引き篭もるくらいの。時雨はそういう深雪は見たくなかった。
思った以上にツンデレみたいなことをしていることに、時雨は気付いていない。
「そうか、ならいいんだ。電が余計におかしくなってたら、あたしも嫌だからな」
「自分で見に行くことは出来ないのにかい?」
「ああ。今あたしと顔を合わせるのは電も嫌だろうし、お互いに気持ちの整理がついてない。せめてもう少し前向きになれたらと思う。子日にもそういう言伝頼んだしな」
「変なところで引っ込み思案だね君は」
今はこれでいいんだと深雪は自分の選択に納得している。勇気が持てないと言われたらそれも肯定することだろう。
夜、もう就寝時間というところ。これまでに無かった、添い寝が白雲のみという環境。
電が仲間になってすぐはお互い1人で眠っていたが、悪夢を見るようになってから共に温もりを求め、そのおかげでグッスリと眠れるようになっていた。
しかし、今はその電がここにいない。1人で眠っているのか、それとも他の仲間のところにお邪魔しているのか、その辺りを知らないため、少し気になっていた。
「お姉様、大丈夫でしょうか。白雲だけではお姉様を安心させるには足りないかもしれませんが、どうか落ち着いていただけますよう尽力させていただきます。より密着していただいても構いません。白雲の肢体では包容力が足りないかもしれませぬが、お姉様のやりたいようにしていただければと存じます」
いつもと違い温もりが足りないことは、白雲もわかっている。自分は姉さえいれば問題ないが、深雪には電も必要であることは、正しく理解している。
「いやいや、白雲がいてくれるだけでもありがてぇよ。1人で寝たらあの最悪な夢を見ることになるだろうしな……」
「……白雲も悪い夢を見ました。入渠の最中ですが」
ここで白雲の独白。入渠中には夢を見ることは無いのだが、白雲は身体が深海棲艦にされているためか、例外的に夢を見たらしい。
その内容はあまりにも単純。深雪が左腕を焼き切られた時の夢。それが、もし左腕ではなく
そんな夢を見たからこそ、入渠が終わり、目を覚ました瞬間、目を開いてドックから飛び出し、全裸であるにもかかわらず土下座までした。内容を話すことは憚られたのでその時には言わなかったが、今は落ち着いているので話せると思い、この場で深雪自身に語る。
深雪は言葉もなかった。深雪を思い、深雪に侍り、常に共に歩くと定めた白雲が、その深雪が死ぬところを夢に見て、これまで平然としていられたことを。誰かに語ってもその気持ちが晴れない深雪と違って、白雲は自らを失わず、同じ歩幅で歩き続けていることが、驚きを通り越して尊敬に値した。
「……すげぇな、白雲」
そしてその気持ちが素直に口から出た。最初から不安定だから、どれだけ揺れても最後は元の位置に戻れるのかもしれないが、だとしても凄いと、深雪は感服していた。
「いえ、白雲はまだまだです。本来ならばそのような夢を見ることすらあってはならないこと。まるでお姉様を信じていないかのような空想です。お姉様にすごいなどと言っていただける立場にありません。白雲は日々精進を重ね、お姉様の悪夢を見ることなくこれからも歩めるように努力したく存じます」
「畏まるなよ。お前はあたしの命の恩人でもあるんだ。あんまり自分のことは悪く言わないでくれよな」
深雪に頭を撫でられ、白雲は顔を赤らめながらも小さく頷いた。
「さ、寝ようぜ。こうやって寝れば、少なくともあたし達は嫌な夢を見ずに済むはずだ」
「はい、そうですね。白雲は既に胸がいっぱいです。むしろ眠れるかどうか」
「寝ろ寝ろ。寝てくれないとあたしが悲しい」
この場に電がいないことが悲しいものの、きっと今は誰かの部屋で同じようにしているはず。そう思いながら、深雪はこのまま就寝していく。
はずだった。
突如鳴り響く爆音。うみどりが大きく揺れることは無かったものの、その音の衝撃はかなりのものであり、やってきていた睡魔が吹き飛ばされるレベルであった。
「うおっ!?」
「何事ですか! お姉様、お気をつけください!」
このタイミングで爆音となれば、何が起きたかなんて一目瞭然。むしろ、見るまでもない。
「敵襲……だよな、こんなの!」
言うが早いか、うみどり艦内にけたたましく警報が鳴り響く。こんなこと、前にも何度かあった。予想されていた夜襲が、本当に実行されてしまったのだ。
『艦内の全員は工廠に来てちょうだい! 今回はうみどりも無事で済む保証は無いわ!』
珍しくイリスの声も荒い。夜襲は予想出来ていたが、それ以上の緊急事態になっているように思えた。
うみどり内ならば、おそらく最も安全でいられるのは工廠。何より艤装がそこにあるので、生身よりは間違いなく身が守れるようになる。
「白雲、すぐに行くぞ!」
「かしこまりました!」
着替えている暇もない。どうせ工廠にも着替えはあるため、脇目も振らずに工廠へ向かうことにした。
工廠には既に何人も集まっていた。全員ではないにしても、早いものは既に着替えと艤装の装備を始めており、深雪達もそれに倣う。
「出られる者はすぐに出て! 今回はあまりにも
伊豆提督も反応が普通では無かった。焦りもあるが、とにかく想定外のことが起きているというのが誰の目にもわかる。
そんなことを話しているうちに、もう一度爆音。次はうみどりも大きく揺れ、白雲が体勢を崩しかけたので深雪がうまく支えた。
「大丈夫か!?」
「申し訳ございません。白雲は大丈夫です」
すぐに姿勢を正し、艤装の装備に専念する。
深雪はいち早く装備を完了させ、周囲を確認した。すると、酒匂と共に現れた電の姿が目に入る。この夜は酒匂と共に過ごそうとしていたのかとわかり、内心ホッとしていた。酒匂になら安心して任せられる。電もおそらく深雪が既にいることは察しがついているのだが、お互いになるべく視線を合わせないようにしようと努めてしまうのは、まだケジメが付けられていないからだろう。
「何があったってんだ……勝手が違うってどういうことだ……?」
準備が出来た者から出撃するため、工廠の門が開かれる。その向こうでは既に、夜間警備に出ていた潜水艦の面々が戦闘を開始していた。
ぱっと見でもわかったのは、敵が深海棲艦
だが、それだけなら勝手が違うだなんていう言葉は出てこないだろう。如何に改造個体とはいえ、ただの深海棲艦であることには変わりない。
ならば問題点は、それを指揮する者だろう。イロハ級を指揮するのならば、普通に考えれば姫級。そう相場は決まっている。
「……お姉様、奥をご覧ください」
白雲が
「……なんだ、ありゃ」
そして見えた。敵襲の奥。そこには、深海棲艦でも何でもないモノ、うみどりのような
よく見れば艦艇というよりはタンカー船。夜の闇でよくわからないが、それが微かに光を放ったのが見えた瞬間、またもや爆音と共にうみどりか揺れた。
「うぉっ!? まさか、あれが撃ってきてるのか!?」
「それだけではございません。あれから深海棲艦が発艦しています」
深海棲艦だからか夜目がやたらと利く白雲の言う通り、タンカーから新たな深海棲艦が次々と溢れ出していた。斃しても斃しても敵がその場で補充される状況。
そして、白雲の声が震えている理由もわかる。
「……あれが、あれこそが、白雲を攫い、お姉様との出逢いの場に置いた、元凶の船……」
「マジかよ……」
つまり、今回の夜襲はうみどりを沈めるために本腰を入れてきたと言える。その船すらも持ち出して、本気の戦いに出てきたのだ。
それは、伊豆提督も以前から言っていた言葉で表されることになる。
『海賊船』と。
移動鎮守府ならではの、大海戦が始まります。