夜襲を想定して夜間警備を開始した矢先、本当にやってきてしまった。改造深海棲艦の群れを相手に既に戦闘を開始していただけならばまだ良かった。しかし、その奥、夜の闇の中に存在していたのは、明らかにこちらに対して攻撃をしてきているタンカー船だった。
それは、生まれたばかりの白雲を攫い、そしてあの出会った現場に放置した元凶の船。
「白雲、大丈夫か」
自分を今の姿に変えたモノをその目にしたことで、白雲は震えてしまっていた。ただ恐怖で震えているだけではない。怒りや憎しみも込み上がってきており、瞳が青白く光り輝いていた。
深海棲艦の身体だからか、感情が昂ると、目から光が溢れる。それはまるでオーラのように、強い感情であればあるほど、強く灯火のように輝いた。
「あそこにいる人間が、元凶なのですね」
「多分な。でも、あそこに出洲はいるのか……?」
今の戦場を見る限り、出洲だけでなく他のカテゴリーKも出てきていない。ただただ普通とは一線を画した数の改造深海棲艦が
海賊船自体も攻撃をしてきていることもあり、深海棲艦をどうにかするだけでは、この戦いはジリ貧だ。いつかうみどりの本体を破壊してしまう。そうなったらあちらは目的達成だ。
「うみどりを守らなくちゃいけないだろ。でも、あたし達に何が出来る……」
ただでさえ、海賊船には人間がいる。今でこそ深海棲艦ばかりだが、そのうち元人間の深海棲艦カテゴリーYが現れてもおかしくはない。そうなったら、深雪は戦闘に出られるだろうか。
困ったことに、この状況になっても未だに心構えが出来ていない。深海棲艦ならば戦えるのだが、それが人間だとどうしても抵抗が出てしまった。真の悪人かどうかもわからない、ただ騙されているだけかもしれない。これが悪だともわかっていないかもしれない。そんな人間の命を奪っていいモノなのか。
ここで、夜間警備に出る前にZ1から言われた言葉を思い出す。
『失う前に覚悟は決めた方がいい』
この戦いによって、仲間が失われるかもしれない。こちらが命を奪うことに躊躇っていることで、あちらはむしろそれをラッキーと思いながら悪虐非道の限りを尽くしかねない。深雪が他者のためを思って悩んでいることを利用し、深雪どころか仲間達まで傷付け、命を奪ってしまうかもしれない。
そんなの、嫌に決まっている。自分がウジウジしているせいで、仲間が傷つくところなんて見たいわけがない。
「くそ……あたしはどうすりゃ……」
前を向くことは出来ていても、この悩みはまだ根深いモノであった。
海上、夜の闇の中での戦いは厄介極まりないため、うみどりが探照灯を照らす。おそらくあちら側は夜襲に長けており、暗闇の中でも的確に攻撃を仕掛けてくるだろう。そのため、こちらも戦いやすい状況を作った。
暗闇の中での探照灯なんて目立つことをすれば、これまで以上に集中砲火を受けてしまう。とはいえ、敵は海賊船1隻。そこから深海棲艦が溢れ出すように出撃してくるものの、うみどりを直接狙ってくるのはそれだけ。探照灯をつけようがつけまいが、攻撃の頻度は変わらないため、あえてここは仲間達が戦いやすい場になることを優先した。
戦場が明るくなったことによって、敵の全貌はより明確になる。やはり群れのように現れているのは改造された深海棲艦。これまでと同様に、駆逐艦なのに大型主砲を持っていたり、重巡洋艦なのに艦載機を飛ばしたりと、やりたい放題。
だが、今はまだイロハ級しか出てきていない。指揮をしているであろう姫級は、明るくなっても見当たらない状況。そうなると、指揮者は未だに海賊船の中に留まっているか、
「こうやって攻め込んできてるんだ。まさか指揮者がいないわけじゃないよね」
深雪達よりも早く準備を終え、すぐに出撃していた時雨が、明るくなった戦場で周囲を見回した。
背部の大口径主砲を展開し、両腕に携えて片っ端から撃ち抜いている時雨だが、その数はなかなか減らない。そもそもが頑丈であり、掠めるだけで終わってしまうと、そのまま自己修復まで始めてしまう。その速さは特別速いものではないが、時間を置けば完全に回復してしまうことを考えると、一撃で終わるところにもう一撃入れなくてはならなくなる。その分、残弾が減りやすいということに他ならない。
その上でこの数の暴力である。海賊船の中にどれだけの数がいるのかはわからないが、まだまだ尽きることが無さそうなのが厄介極まりない。
「ぽいぽいぽーい! どんどん殲滅するっぽーい!」
ここで大暴れしているのは、やはり夕立である。弾切れのことなど頭の片隅にすら置いておくこともなく、出せる力を余すところなく発揮していた。
もし弾切れを起こしたとしても、すぐにうみどりへと戻り、補給を受けてからまた出撃するだけでいい。
肉体的な疲労に関してはどうしても取り除けないが、夕立はこれをこのハイテンションで完全に無視している。戦闘終了までテンションが維持され、終わった途端に電池が切れたように倒れる、まるで子供のような戦い方である。
「夕立、大物食いするかい?」
「勿論っぽい! 戦艦も空母も、素敵な
うみどりで培った心のゆとりがうまく効いている。狂犬のように誰の言うことも聞かずに暴れ回るようなことをせず、時雨の声もしっかり聞いて、連携もしっかり出来ているのは大きな変化。
「もう、真っ直ぐ突っ込みすぎだよユーダチ! 潜水艦もいるんだから足下ちゃんと考えてよね!」
そんな夕立でも、海上の敵しか見えていないという欠点はある。むしろ、
ちなみに時雨もそちらだ。大口径主砲を取り回している間は、わかっていても潜水艦を意識することはしないし、そもそも出来ない。そちら側にリソースを全て持っていっているため、ソナーなんて使っていられない。
そのため、それをしっかりとサポートするのがグレカーレの仕事。夜で本来なら潜水艦もかなり見づらい状況にあっても、お構いなしに爆雷を投げ込んでいき、確実に始末していく。
「ぽい、みんなサポートしてくれるから問題ないっぽい!」
「頼り過ぎんなって言ってんの!」
「まあまあ落ち着いて。夕立はこれだから強いんだよ、きっとね」
「アンタも足下気にしてくれないかな!?」
グレカーレが苦労人ポジションみたいになってしまっているが、実際この分担がこの3人ではベストだった。グレカーレが逆に海上を気にしていられなくなっているのだが、時雨と夕立がそれをしっかりと援護している。
時雨に関してはこの2人との連携は完全に即興。だとしても、それなりに綺麗に合わせることが出来ている辺り、戦闘のセンスが見て取れる。狂犬夕立の姉であることが、嫌と言うほどわかると、後にグレカーレは語ることになる。
「おっと……あっちは見過ごせないね」
ただ群れを斃しているわけではない時雨の目に入ったのは、少しずつでも前に進み、海賊船に近付いているZ1の姿。その目は深雪と話していた時のように濁っており、敵対する者であれば人間であろうが殺すという昏い決意を漲らせる表情。
時雨としては、別に人間を攻撃することに対してどうこう言うつもりはない。それがZ1の決めたことだし、文句を言う筋合いもないだろう。しかし、下手をしたらここで死なれる可能性もある。それは文句云々の前に
「夕立、任せていいかい」
「ぽい!」
「ああもう、好き勝手やるなぁ!」
「君に言われたくないよ、
この場を夕立とグレカーレに任せ、時雨はZ1の元へ。
それと同じくして、Z1の動向が目に付いたのは、救護班の子日。酒匂達は緊急時に備えてうみどりの近くで戦っているが、子日と秋月だけはその場から離れて戦っている。
秋月は別でやらねばならないことがあると子日とは別行動。そのため、単独行動で
「あ、時雨ちゃん! あの子だよね?」
「ああ、レーベは守ってやってほしい。僕もそちらに向かう」
「りょーかい! 今のところ他は大丈夫そうだし!」
しっかり周囲を見た子日としては、Z1以外は問題ないと判断していた。
例えば清霜。拗らせはうみどりで解消され、今は戦艦である長門と共に戦っている。戦艦護衛駆逐艦としての力を遺憾なく発揮し、長門との完璧な連携を見せつけていた。
むしろ長門の方が驚きを隠せないほどである。初めて同じ戦場で戦っている清霜が、30年前の猛者であることを改めて実感できた。
例えば舞風。こちらは那珂と共闘。持ち前の運動神経をフルに活かし、踊るように蹴散らしていく姿は、それだけでもメインが張れるくらいの力なのだが、あくまでも那珂を引き立てるような動きをする。
バックダンサーとしての戦い方に、那珂はそれに応えねばと笑顔を絶やさずより激しく踊る。もう、その戦場は2人のステージとなっていた。
他も同様だ。うみどりの艦娘と、潜水艦の純粋種が、共にこの戦場に勝利を齎すために全力を尽くしている。
敵は海賊船まで持ち出して、うみどりを沈めようとしてきているのだ。今はここが自分達の居場所。それを守るためにも、余計な感情など捨てなくてはならない。
「レーベ! 独断先行は危ないんじゃないかな!」
時雨の声が聞こえても、Z1は振り向きもしない。ある一点を目指して足を止めなかった。
その視線の先は、明らかに海賊船の出入り口と思われる場所。またしても改造深海棲艦が発艦され、戦場に敵を増やすそこには、イロハ級ではない存在もあった。
「姫……だよね、アレ。カテゴリーYかな」
「それを見てわかるのはイリスだけだろう。少なくとも僕にはそれが誰かはわからないから、姉妹が絡んではいないよ」
今のところは、見てわかる自分の姉妹はそこにはいないようだ。だが、そこにいる姫は、何やら様子が違う。
ここで子日がアクロバティックにステップを踏んだかと思えば、軽く海面を蹴った瞬間、イロハ級を悠々と越すほどの跳躍力を発揮した。しかも、当たり前のようにイロハ級を踏みつけたかと思いきや、それを足場に宙返りしながらさらに跳躍。クルリと回りながら足場の深海棲艦に一撃喰らわせ、さらに前に進む。
時雨は少し唖然としかけたが、置いていかれるわけにはいかないと、手に入れたストライカーとしての力も使い、時には主砲を放ち、時にはその拳を使って蹴散らしながら、なるべく速度を落とさないようについていく。
「レーベちゃん、独断先行はあんまりよろしくないよ」
いち早く追いついた子日が隣に降り立ち、邪魔をする深海棲艦を撃つ。Z1も流石にいきなり現れる子日に驚きを隠せず、うわぁと悲鳴を上げた。
「び、ビックリした。何処から来たんだい」
「んー? そりゃあ、真っ直ぐ跳んできただけだよ。ちょっと落ち着こうね」
こうなると落ち着かざるを得なくなるZ1。周囲の敵を撃ちながら、子日に話す。
「さっき、あっちに
「嫌なモノ?」
「……出てきた……」
Z1が視線をそちらに向けると、子日はその目を疑った。
「え……艦娘……!?」
それはどう見ても
しかし、何処か様子がおかしい。行動に一貫性が無いというか、周りの深海棲艦と同じように理性がないようにすら見える。
「違う……あれ、
子日はそれを知っている。軍港の施設に潜入した時に現れた存在、出来損ない。改造に失敗した成れの果て。死ぬことなく、ただ利用されるために生かされている可哀想な存在。施設の時には自爆装置までつけられ、命をあまりにも粗末に使われていた悲惨なモノ。
しかし、その時は深海棲艦の要素を付与された人間というイメージだったが、今回は違う。どう見ても艦娘だった。だが、所々が歪であり、治しようが無いほどに滅茶苦茶になっているのが一目でわかる。
「酷い……」
「……やっぱり、人間は信用出来ない。あんなことを平気でやってくる……っ」
その言葉を呑み込んだZ1。そして、その理由がすぐにわかった。
「マックス……っ!?」
そこには、失ったZ1の妹、Z3──マックス・シュルツの姿をした