海賊船との戦いの最中、改造深海棲艦が溢れてくる海賊船から別のモノが現れ始めた。それは、軍港都市にあった施設を襲撃した際にも現れた『出来損ない』。改造や実験に
施設の時と違うのは、適合出来なかった人間ではなく、
「何よ……あれ……」
うみどりの中。探照灯を照射した後、全方位に張り巡らせているカメラを使って、そこが自らの目で見えるようにしていたイリスが、その出来損ないの姿を見て顔を顰める。
艦内どころか、近海で戦闘をしている仲間達にも自分の思っていることが聞こえるように、放送用のマイクをオン。一瞬キーンと音がしたあと、すぐに話し出す。
「敵艦より、新たな敵が現れたわ。醜く歪んだ艦娘としか言えない存在よ」
なるべく冷静に、声を荒げないようにして、事実のみを口にした。イリスも信じられないモノを見ているようなのだが、極力声が震えないうに。
この言葉で、施設に向かった者はそれが出来損ないだとすぐに察する。敵が使ってくる駒で、醜く歪んだモノと言われたら、それくらいしか思いつかない。
しかし、歪んだ艦娘と言われるとピンと来ないのが現状。施設の時とは別の出来損ないが出てきたというのか。
その答えは、次のイリスの放送によってわかる。
「その敵は、カテゴリーC……なんだけれど、そこに深海の要素を足そうとしたからでしょうね。
これも出洲の研究の一環であるとイリスは予想する。誰もが高次の存在に至れるために、あらゆる手段を講じた結果生み出された、数多くの失敗作の1つ。今現れた艦娘と姿をした歪なバケモノは、カテゴリーCに深海棲艦の要素を無理矢理結合させようとして失敗したモノと言えるだろうか。
それがどういう理由であっても、命の冒涜であることは変わりない。あの艦娘も、最初は世界の平和のために戦おうとした者だっただろうに、何を間違えたらあんな姿になってしまうのだろう。
どうであれ、不幸にも出洲の毒牙にかかったせいで、人間でも艦娘でも、最早深海棲艦ですらない、
「元に戻すのは……もう無理だと思うわ。安らかに眠らせてあげて」
ここで放送を終わらせる。そして、大きな溜息を吐いた。
「話には聞いていたけど、あんなに酷いモノなのね……。何をどうすればあんなモノを作ろうと思えるのよ……」
そんな言葉が出るのも無理はない。あらゆる生物の命を冒涜し続けているあちら側のやり方の一端を見ることになってしまったのだから。
話に聞いているだけでも吐き気がする程のモノ。造られたモノも、
「あれが平和のために必要だって言うなら、私はそんな平和いらないわね」
吐き捨てて、さらにこの戦闘のサポートが出来るように力を尽くしていく。イリスにはイリスの出来ることを進めるしかない。
現れた歪な艦娘は、Z1の妹であるZ3の姿をしていた。しかし、Z1はすぐさま反応したが、時雨や子日はそれがZ1の妹とは思えなかった。その理由は至極当然だった。出来損ないと同様に、その姿が大きく歪んでいたからである。
子日は見ているため知っているが、歪み方は相変わらず。そのZ3は艦娘であることは辛うじてわかるが、深海棲艦の甲殻のような装甲が顔の半分に張り付き、脚には触手のようなモノが巻き付いていた。その触手もZ3の内側から肌を突き破って生えているようで、時折着せられている制服の内側がのたうち回るように蠢く。その目には一切の生気が無く、濁り尽くした瞳が黒い血の涙を流してZ1を見つめていた。
「マックス……なんて姿に……」
そんなモノを見せられては、Z1のメンタルは砕け散りそうになっていた。過去、人間の悪意の犠牲になった妹が、見るに堪えない姿で現れてしまったのだ。
「何を言ってるんだい。アレは敵だよ」
そんなZ1に対し、時雨は冷酷に現実を伝える。見た目通り、アレはもうZ3ではない。ただその見た目をしているだけのバケモノだ。情をかけるような相手でも無く、容赦無く始末しなくてはならない存在。
「それに、敵はアレだけじゃない」
歪んだZ3だけではない。艦娘の出来損ないは、他にもわらわらと出てくる。
その全てがZ3と同じように歪んでいるのだが、モノによっては顔面自体が全て覆い尽くされてしまい、それが誰かもわからないようなモノまで存在していた。
しかし、制服だけはちゃんと着せられていたりするので、あてつけのように誰の姉妹かだけは示してきていた。
「さっきイリスの放送があったろう。あれは元々人間だった艦娘だ。それに何かしたからあんなことになってるんだろう。相手は君の憎むべき人間だけど、それでも手を止めるわけじゃ無いだろう?」
Z1は時雨にそう言われても手が震えていた。
「君はさっき、深雪に対して覚悟を決めろと言ったんだ。君も、覚悟を決めなよ」
一方的ではあるが言葉を交わすのはここまで。Z3が虚ろながらも攻撃を仕掛けてきたのだ。
狙いはその目に入ったからという理由でZ1。そこには悪意も殺意も見えない、ただ操られて攻撃をしてきているのが見える、意思のない攻撃。
「レーベ、ボーッとしてないで避けるんだ!」
しかし、時雨の声が聞こえていないかのように、心ここに在らずなZ1。アレだけ憎しみを持っていたのに、自分の親族が現れた途端コレである。仕方ないとはいえ、このままでは為す術がない。
「ちょっと我慢してね」
そんなZ1を子日が強引に引っ張って回避させた。紙一重になってしまったため、砲撃の衝撃は身体に受けてしまうものの、何とか無傷で済んでいる。
「レーベちゃん、このままだと危ないから、一度うみどりに戻って」
そして、少し冷たく聞こえるように耳元で話す。今のままではまともに戦えない。敵の姿によって、完全に混乱してしまっている。
これにも反応がないZ1に、時雨が痺れを切らして怒鳴り散らす。
「レーベ! 今の君はここにいても意味がないただの足手纏いだ! 戦うつもりがないならさっさと帰ってくれ! 僕達は君を守りながら戦えるほど
そう言っている間にも、Z3の攻撃は止まるところを知らない。精度はそこまで高くないものの、駆逐艦とは思えない火力の砲撃を当たり前のように放つ辺り、この状態でさらに改造されていると思われる。
体内から生えている触手が腕に巻きつき、そこからさらに主砲に接続されているためか、駆逐艦では本来持てないはずの中口径主砲を取り回していた。艤装そのものが歪んでしまっているため、出力も意味がわからないものになっており、直撃は基本的には死ではあるものの、掠めるだけでも致命傷になりかねない。衝撃波もなかなかの威力。
そんな相手に対して、戦意喪失している者を守りながら戦うなんて無理に等しい。その上、時雨は実戦経験がかなり少ないのだ。
カテゴリーMの特性上、最初からある程度戦える状態とはいえ、出てくるのは例外ばかり。今回の出来損ないの艦娘も勿論、その例外に当てはまる。これまでよりはまだ戦いやすい敵かもしれないが、その姿のせいで攻撃を躊躇わせるという精神攻撃をしてきているのが厄介極まりない。
「ちっ……自己修復も兼ね備えているね。しかも速い」
時雨の背部大口径主砲の一撃を回避したZ3は、その際に腕が吹き飛んでいる。しかし、痛みを感じているような素振りも見せず、さらには体内から触手が一気に伸び、失われた腕が即座に再生された。改装されたことによる修復や再構築とは違う、単なる修復。しかし、そのスピードはかなり問題で、一撃で斃さない限り、すぐさま復帰してくると言える。
おそらく出来損ないであるために中身も好き放題弄られているのだろう。壊れても問題ないようなモノなら、適当に弄っても損失があって無いようなモノ。
その結果があのZ3なのだろう。意思のない人形が、好き勝手に攻撃し、ダメージを受けても即死で無ければ即座に修復される。不死身のゾンビみたいにすら見える。
「子日! 何か手段はあるかい!」
時雨の攻撃で致命傷を与えられるのは、大口径主砲による急所への一撃。例えば心臓を撃ち抜く、頭を噴き飛ばすなど。しかし、Z3に施された改造で、妙に回避能力が高い。
時間をかけさせればいいということがわかっている改造。最終的には打ち止めになるのが艦娘なのだから、回避し続けて消耗を誘い、最終的にはその力で圧倒する。そうでなくても
「とりあえず首飛ばしてみる!?」
「狙ってるけど避けられる! 的が小さいんだよ!」
「そりゃあそうだよねぇ!」
砲撃で狙うには的が小さいというのが頭。ヘッドショットを狙ったところで軽々回避されておしまい。
人形の割には回避に関しては本能的に動いているように見える。やたらと生存能力に長けているようにすら感じた。やはりこちらの消耗をメインに考えているようだった。
「3人なら回避をさせない攻撃も出来るだろうけど……」
子日が守っているZ1は、未だ戦意喪失中。バケモノと化したZ3から攻撃を受けたことで、余計に混乱してしまっている。大見得を切ったのにもかかわらず、これだけガタガタになっていることに、時雨は少し苛立ちを見せた。
覚悟を決めろと言った者の覚悟が決まっていない。実際に見ていないからそういうことが言えるだけで、目の前にしたらコレだ。
「レーベ、もう一度言うよ! 戦えないなら帰ってくれ! 君を守っているだけでこちらは手が少なくなる! そうじゃないならさっさと覚悟を決めてくれないか! 深雪にはアレだけのことを言ったんだ!」
Z3からの攻撃を避けながら、その感情を露わにするように叫ぶ。
そこで動いたのは子日。Z1ではなく、時雨に顔を向けた。
「レーベちゃんを連れて帰る!」
「そうしてくれ! その間は僕が引き付ける!」
これはもう強行するしかない。この場にいても何もしないならば、さっさと帰ってもらった方がいい。
「レーベちゃん、ちょっと無理矢理行くよ!」
子日は主砲で両手が包まれてしまっているため、強引に肩をZ1の腹に食い込ませ、無理矢理担ぎ上げた。
ここまでされて初めてZ1は正気を取り戻したが、その時にはもう遅い。子日は大急ぎでその場から離れようとする。
「ちょ、ネノヒ!?」
「ダメだよレーベちゃん、覚悟が決まってないなら戦場に出ちゃダメ。ああいうのが出てくる可能性が考えられなかった子日達にも落ち度はあるけどさ、あっちは何やってくるかわからないんだから。深雪ちゃんだって、自分の妹が攻撃してきてるんだよ」
諭しながら駆け回るのだが、どうしても改造深海棲艦のせいで航路が定まらない。本当ならこんな手段で動き回りたくないのだが、今はもうこうするしかないというのもある。
「あのマックスちゃんは、子日達で終わらせておく。レーベちゃんには無理だから」
「ま、マックスを、沈めるのかい!?」
「当たり前でしょ。アレをそのままにしてたら、全滅するよ。マックスちゃんの手で、みんなが死ぬよ。それでもいいの?」
冷静に、冷酷に忠告した。Z1はうぐっと声を詰まらせる。
ここまで来ても、自分がダブルスタンダードであることに気付けていないのが重症だった。だからこそ、子日は強い言葉で諭す。
「子日も苦しいけど、でも斃さないとみんなが傷付くんだから。悩むのも迷うのも仕方ない。覚悟も決まらないのもわかってる。でも、今をどうにかしないと、誰かの命に関わってくるんだ。だから、邪魔ならここにいてほしくない。傷付かれて救護する方の身にもなって」
ここまで言われて、Z1はようやく自分の愚かさに気付いた。そして、自分の言っていたことが全く説得力がないことを。
勿論憎しみはある。人間が妹をあんなカタチにしたのは間違いない。ああなっているということは、妹は苦しんでいると思うべきだ。解放するためには、躊躇うのではなく覚悟の上で始末するしかない。
「……ネノヒ、もう大丈夫。僕も戦う。ううん、むしろ、僕
「本当に出来る? 躊躇ったらまた引っ込んでもらうよ」
「苦しいよ。だから、トドメは僕が刺せないかもしれない。だから、頼らせて」
おそらくトドメを刺すことには躊躇ってしまう。どんなカタチでも妹は妹だ。ならば、その心の隙は仲間に補ってもらう。
「りょーかい! 次にヘタレたら、今度はこれで殴って気絶させるからね!」
「それはちょっと痛すぎるんじゃないかな!?」
「知ったこっちゃないよ! 勝つためなら子日はやるよ!」
Z1は気を取り直すことが出来た。独断先行はこれでもうやらないはずだ。
だが、艦娘の出来損ないがこれで終わるとは限らない。覚悟を決めてもどうにもならない可能性は充分にある。