後始末屋の特異点   作:緋寺

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選ぶべき道

 腐食性の体液に蝕まれ、瀕死となった時雨は今、第三改装のために工廠の奥へと向かった。治療ならば長時間を有する程の重傷であっても、改装ならば治すのではなく置き換えるという手段となるため、それほど時間がかからずに戻って来れるからである。

 時雨はそれを選択し、また戦場に戻ることを願った。その理由は至極単純なもの。()()()()()()()()()()()である。

 捻くれていない素直な気持ち、本心を曝け出して、その思いを伊豆提督に伝えたことで、改装を決断させた。

 時雨の練度はもう非常に高い。改装もすぐに終わらせて帰ってくるだろう。それが如何に第三改装の初陣であるとしても、彼女は間違いなく戦果を挙げる。それくらいの強い『覚悟』が見てとれた。

 

「……時雨の奴、そこまで」

 

 ここに時雨が来てからの一部始終を見届けた深雪。死ぬ間際の危険な状態なのに、これまでに無い()()()()()()で、心の底にある思いを伝えていた。

 うみどりは自分の居場所。守るべき場所として認識しており、ここを守るためならば命を賭すことも出来ると。その感情には、カテゴリーMの呪いなんて微塵も感じられなかった。

 

「時雨ちゃん……どうか無事でいてほしいのです……」

 

 電は祈るように手を組み、時雨が連れて行かれた工廠の方へと祈りを向けた。改装に失敗はあり得ないだろうが、時雨自身の身体が保つかどうか。おそらくそこにも時雨の命運がかかっている。

 だが、きっと時雨は意地でも命の灯火を消すようなことはないだろう。あれだけの覚悟を持っていて、それが報われないだなんてあり得ない。

 

「絶対大丈夫だ。時雨なら何事もなく戻ってくる。強くなって、な」

「なのです……。そう、ですよね」

 

 こうやって話をしているものの、まだ深雪と電のいざこざは解消していない。今この時だけは、お互いの()()()が無くなっていた。

 だが、ここでやはり()()感情を思い出してしまう。電に芽生えてしまった羨望と嫉妬が。

 

「……電、あたしだって弱いところは沢山あった。今ここで、ずっと燻ってるのがいい証拠だ」

 

 離れることも出来ず、深雪は電にボソリと話す。電は目を合わせられないでいた。

 だが、深雪の目は、これまでとは少し違った。

 

「まだあたしのことを受け入れられないならそれでいい。またゆっくり近付いていこうぜ。今は、まだこれくらいでいいよ」

 

 少しだけ悲しそうな笑みを浮かべ、深雪は次にやるべきことを見定めて、前へと歩き始めた。

 

 電はここで何も言えなかった自分を恥じる。どうしてもまだ、踏ん切りがつかない。本当は謝らなくちゃいけないのに、その言葉が出てこない。

 また今も、深雪は先に前へと歩み出している。自分は出来なかったことを、すぐにやってのける。そんな深雪が羨ましいし妬ましかった。そして、自分はここでも前を向くことが出来ないと落ち込んでしまいそうになった。

 

「おーい、電よぅ。あたいらの応急処置してもらっていいかい?」

 

 そんな電に声をかけるのは、先程の時雨とZ1を輸送する際に、腐食性の体液に触れていることによって怪我を負ってしまった朝霜と満潮。他の者達は既に前線へと戻り、減った戦力を補うために戦い始めている。

 朝霜も満潮も、基本的に怪我をしているのは手。今のままでは主砲を撃つのに支障が出かねない。応急処置で多少なりでもどうにかなるのなら、今すぐにでもどうにかしてもらいたかった。

 

「あ、わ、わかったのです。お薬使いますね」

 

 すぐに応急処置の道具を持ってくる。一応、ここに来るまでに海水で洗浄はしたようだが、それだけではたらないのが腐食性の体液。今でもジクジクと痛みがあるようで、早く早くと急かしていた。

 そんな朝霜に満潮は呆れ、溜息を吐いていた。その満潮も、時雨を大発動艇に乗せたことで、朝霜よりも広範囲に体液が付着してしまっている。痛みは朝霜以上だろうが、冷ややかな表情をしていた。

 

「こんなもん使われるだなんて思ってないからさぁ、思いっきり触っちまったよ」

「……電も予想なんて出来ないのです……」

 

 ケラケラ笑う朝霜の手に、特別な薬を吹きかけていく。少し顔を顰めるものの、すぐに痛みがなくなったようで、さらりと包帯を巻いていった。

 そうされる度に、朝霜はおーと感心したような声を上げる。包帯で縛られた後は、手を開いたり閉じたりして、多少の痛みはあるものの先程とは雲泥の差だと喜んだ。

 

 続いて満潮の方にも処置を施す。範囲が広い分、薬も多めに使い、包帯も朝霜より長く。

 その間も表情を変えることはなく、声を上げることもしない。

 

「ミッチ、痛くねぇのかい」

「痛いわよ。でも、泣き言なんて言ってられないでしょ」

「うへぇ、相変わらず強いねぇ」

 

 満潮も朝霜と同じように処置後の手を握ったりして、支障がないことを確認。これなら大丈夫だと主砲を握る。

 

「ありがと。これで戦えるわ」

「おう、サンキューな。電がこういうことやれるようになってるとはなぁ」

 

 礼を言われて少し照れる電。酒匂から学んだことが活かせて、かつ感謝されたのなら、やってよかったと言えるだろう。

 

 そして、電の中には1つの気持ちが芽生える。命の奪い合いをするのではなく、こうやって仲間を救うために戦場に立ちたい。この技術をもっと知り、みんなのために働きたい。これもまた戦いなのだと。

 

「これでアレかい、深雪の奴も治してやってんのかい?」

「ふぇっ!?」

「その反応なら、最近覚えたてってことかい。んじゃあアレか、深雪が突っ込んでいっちまうから、それをサポートするためにって感じか」

 

 朝霜の勝手な解釈が進んでいくが、電は否定することが出来なかった。もしかしたら、無意識にそういう選択をしていたのかもしれないなんて考えていた。

 

「かぁーっ、健気だねぇ。でも、()()()()()あたいはいいと思うぜ」

「電っぽい……なのです?」

「ああ、なんつーか、仲間思いでさ、戦いじゃない道で戦いを終わらせようってしてる感じがさ。あたいらみたいな第三世代の艦娘も、お前みたいに優しい奴が適合するんだよ」

 

 第三世代──元人間の艦娘にも電はいる。その適合者は、今の電のように、仲間思いで優しい人間が適合することが殆どであるという。

 それの根本にあるこの電が、優しくないわけがない。朝霜はそういうところを見抜いている。

 

「あたいらはさ、お前みたいな優しい艦娘にサポートされて、初めて全力出せんだ。突っ込んでいけるのも、サポーターのおかげだぜ。なぁミッチ」

「……ええ。後ろがあるから、前に行けるわ。アンタみたいなのが、帰る場所を保証してくれるから」

 

 素気ない言葉ではあるものの、満潮の心がわかる一言。そして、電にも確実に刺さる言葉でもあった。

 

 帰る場所を保証する。これは、命を懸けた戦いをする者にとって、一番の安心。

 それは、別に場所だけのことを言っていない。概念的にそれがあるだけで、全力で前を向ける。

 

「……何か、わかった気がするのです。ありがとう、なのです」

 

 電が深くお辞儀をすると、満潮は首を傾げた。朝霜はケラケラ笑い続けていた。

 

「何に対する礼かわからないけど、どういたしまして。朝霜、行くわよ」

「おうよ! 大発どうすんだ?」

「これも使うわよ。こうなったら輸送にはもう使えないわ。だったら、他にも使()()()()があるもの」

 

 戦場を睨み付ける満潮。朝霜も笑顔が不敵なものへと変わった。

 

「んじゃあ、行ってくるぜ。せっかく友軍ってカタチでここに関われたんだ。前回助けてもらった分、ぶち込んできてやるぜ!」

「勢い余ってまた脚無くすんじゃないわよ」

「もうあんなことにゃならねぇ! 行くぜ行くぜ行くぜぇ!」

 

 そして、朝霜と満潮は戦場へと向かう。無人で何も乗っていない大発動艇も引き連れて。

 

 その背中を目で追い、電は少しだけ前を向いた。少しだけでも、気持ちが変わっている気がした。

 

 

 

 

 一方、深雪。向かう場所は、時雨が改装されている工廠。そこには伊豆提督もいる。

 

「お姉様、提督様に何か御用でもあるのですか」

「ああ」

 

 その表情から、迷いが見えなかった。白雲の初めて会った時の、凛とした表情だった。

 

 そしてそこに到着する。入渠ドックとは違う、大掛かりな改装用のドック。そこが今までとは違う音を立てながら稼働していた。

 今頃、この中で時雨は改装が行われている。治療ではなく置き換え。これにより、すぐにでも戦場に戻ることが出来る。それを望んで、時雨は休息ではなく戦闘を選んだ。

 

「ハルカちゃん」

 

 そこで作業中の伊豆提督に声をかける深雪。伊豆提督はこの戦闘で薄汚れてしまった軍服をそのままに、時雨の改装を進めていた。

 本来ならばただこのドックを使うだけで済むのだが、今回の時雨の改装は本来とはかなり違う。提督の権限も必要な、大規模を超えた超大規模改装。それほどまでに時雨の最終型は力を持つものらしく、普通ならそんな簡単に許可が出せるものでもない。幾重にも権限が重なって、初めて可能になること。

 だとしても、時雨の決意は固かったため、そしてこの戦場を打破するためには必要と判断したため、伊豆提督は考えるまでもなく許可をした。

 

「あら、どうしたの深雪ちゃん。時雨ちゃんはもう少し時間がかかるわ」

「……時雨の改装が終わったらでいい。あたしも出撃させてくれ」

 

 少し驚いた顔をする伊豆提督。先程は迷いがあると自ら出撃を見送った深雪が、前言撤回するように出撃を望んだ。

 

「理由は?」

 

 端的に深雪の心変わりについて問う。自ら決めたことを違えるのは何故か。迷いが無くなったということなのかもしれないが、それは何故なのか。

 

「時雨に共感したから」

「共感?」

「アイツ、言ってただろ。すぐにでも戦いに戻りたいのは、居場所を守るためだって」

 

 捻くれ者の時雨が初めて口にした、純粋で素直な言葉。心の底からうみどりを守りたいと願ったが故の選択。それに、深雪も心動かされた。

 

「あたし、敵も人間だからって、自分の在り方を間違えてるんじゃないかって悩んでた。人間の命を奪うことがダメだって。でも、みんなはちゃんと割り切ってた。そうしないと本来死ぬべきじゃない奴まで死ぬかもしれないとか、平和を脅かす奴を野放しには出来ないとか、ちゃんと理に適ってる言葉だった。あたしにはそれでも、本当にそれでいいのかって悩みがある」

 

 拳を握りしめながら、自分の思いを話し続ける。その選択は辛く苦しいものだったのかもしれないと思わせる表情を見せたが、伊豆提督は勿論のこと、ついてきている白雲も何も言わない。

 

「でも、時雨のさっきの言葉でよくわかった。あたしも、このうみどりが無くなるのは嫌だ。せっかくあたし達が手に入れた居場所だ。それを、理不尽なカタチで奪われるなんて嫌に決まってる」

「だから、人間を殺せると?」

 

 伊豆提督が意地悪な問いを投げかける。根本はそこに集約する。

 

「……みんな同じように悩んでるって、ハルカちゃん言ったよな」

「ええ、言ったわ。アタシもまだその悩みを振り払い切れていないわね」

「あたしも悩みは振り切れてない。でも、覚悟の上でここにいる。あたしも、ここで覚悟を決める。迷いながらでも、悩みながらでも、前に進む」

 

 その目は、決意に満ちていた。燻っているのもこれで終わり。時雨があそこまでの心内を見せたのだ。そんな時雨の思いを、自分も汲み取ってやりたいと。

 

「躊躇いはあると思う。でも、あたしの天秤は、やっぱりうみどりに傾いてるんだ。後悔するなら後悔するでもいい。でも、何もせずにうみどりを失って後悔するくらいなら、あたしは人間とはいえ悪を討ち滅ぼして後悔する方を選ぶ。本当に無くなったら嫌なモノを無くすくらいなら、な」

 

 そのうちの1つが時雨だった。ここで本当に時雨を失ってしまうのではないかとすら考えた。今でこそ改装というカタチで生き長らえることが出来ているが、腐食により死にかけた時雨を見たことで、失うことを本当に想像した。

 それが現実になったら、人間の命を奪うことに悩んでいた自分を失望し、これまで以上に戦えなくなる。そうなったらもう、何も出来なくなる。それが一番嫌だった。

 

「だから、あたしは……覚悟を決めたよ。それに、殺した人間の命も背負って生きる。十字架背負っても、膝をつかねぇ。その重みに耐えられるように、精一杯生きてやるんだ」

 

 結果的に、命に優先順位をつけたに過ぎないかもしれない。しかし、選択を誤ると全てを失うことを知った深雪は、非情かもしれないが、守るべきモノと守らなくてもいいモノを線引きすることに成功した。

 今はもう、躊躇わない。うみどりを守るため、居場所を守るために、十字架を背負うと。

 

「……わかったわ。もう、揺らがないのね」

「ああ、もし揺らいだら、白雲にぶん殴ってでも止めてもらうよ」

「白雲にそのようなことが出来るとでも」

「あたしがやれっつったらやれるだろ」

「……いけずです」

 

 ニッと笑う深雪に、白雲は小さく溜息をついた。しかし、白雲が愛する深雪が戻ってきたのだとも実感し、笑顔を見せた。

 

「わかったわ。時雨ちゃんの改装が終わったら、一緒に出撃してもらうわ。一人で戦場に戻れというのも危険だろうし、改装後の慣らしすら無しでの一発勝負になるんだもの。時雨ちゃんをサポートしてあげてちょうだい」

「ああ、じゃあ、準備してくる! 白雲、行くぞ!」

 

 深雪は駆け出し、出撃の準備へと向かった。

 

 

 

 

「……深雪ちゃんの選択、アタシは正しいと思うわ。それに、自分が正しいと思うなら、その道を行きなさい。アタシはその背中を押してあげることしか出来ないもの」

 

 そんな深雪の背中を見て、伊豆提督は何処か安心したように息を吐き、時雨の改装にまた戻った。

 

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