時雨の第三改装が済むまで、そこまで時間はかからない。その間に、深雪と白雲は出撃の準備を整える。
「いつも通りで頼むぜ、妖精さん」
装備はいつも通り、主砲、魚雷、そして発煙装置である。深雪の中ではこれがベストであり、十全の力を発揮出来る最高の装備。
あの時──深海千島棲姫の命を奪った装備と
装備したことによってあの時の感覚も蘇るが、深雪はここで落ち込むことはもう無い。その命を背負い、前に進むと決断したのだから。弱音なんて吐いていたら、うみどりが、自分の居場所が危険に晒されてしまう。ならば、もう前を向き続けるしかない。
そして、ここで現れる全ての敵の命を刈り取る覚悟も持った。生かしておいたら、また脅威になることが目に見えている。情をかけたら、仇で返してくることだってわかっている。だから、ここで終わってもらうしかない。
「お姉様、白雲も整いました」
「おう、頼んだぜ白雲」
「お任せくださいませ。整備も行き届いており、凍結の力もより強く操ることが出来ましょう。まこと、ここの妖精さん達には頭が上がりませぬ」
白雲も準備完了。深海の艤装であっても、艦娘の艤装と同様に完璧に整備されており、破損どころか傷一つ見当たらない程。完全に失われたはずの脚部艤装も、問題なく新品が用意されていた。
こういうところで妖精さんの不思議な部分が見えるが、いちいち言葉にしていたらキリがないので、もう触れないことにしている。暗黙の了解とも言う。
「子日も準備ばんたーん!」
「うおっ、子日! 先に行ったのかと思ってたぜ」
「主砲捨てちゃってたから、装備し直してたんだよぉ。子日の主砲、ちょっと特殊だしね」
深雪と白雲に続き、子日も再出撃準備が完了。Z3の出来損ないを止めるために主砲を投擲し、その爆発で諸共失っており、Z1の主砲を借り受けるものの、タイプが違うためにうまく取り扱うことが出来なかった。そのため、ちゃんと自分専用の主砲を改めて装備し、再戦に向かう。
とはいえ、すぐには向かわない。せっかくだから、時雨の改装を待ち、簡易的な駆逐隊を組んで向かう方がいいだろう。
戦場の人員は足りていないと言ってもいいほどだが、だからといって子日が単独で再出撃するのは少々危険。この戦場ならば、せめて互いを補えるように2人はいた方がいい。
「時雨ちゃんの改装、すぐに終わるよね」
「ああ、多分な。あたし達は時雨と一緒に出る。子日も頼む」
「もっちろん! 最初からそのつもりだったからね。でも、どうやって戦うかは決めてあるの?」
子日に問われ、深雪は停止した。出撃すると言いながらも、何の策もなく敵陣に突撃するつもり満々だった。
敵が改造深海棲艦だけならまだしも、出来損ないがまだ5人残っている上に、海賊船にはカテゴリーYだっている。少なくとも、出来損ないをコントロールしている姫はいるはずだ。それが今わかっている深海鶴棲姫なのかも判断がつかない以上、最悪の可能性──まだまだ敵は出てくる方向で考えるべき。
無闇矢鱈に突っ込んでいっても、消耗を誘われるだけ。即座にうみどりで補給がしてもらえる環境とはいえ、うみどりの資源だって無限ではない。それに、補給だって時間がかかる。その間に押し込まれる可能性もある。
つまり、
「……なーんも考えてねぇや。突っ込んで、邪魔する奴を押し退けて、片っ端から斃して、あっちの船をぶっ潰すってのがいいかなとは思ってたけど」
「わーお強引すぎー」
子日も流石に苦笑した。それでもいいかとは思っているようだが。
「じゃあ、私が策を1つあげる」
そんな深雪達に声をかけたのは、自主的に戦場に出ないようにしている神風。精神的な問題を抱えたために出撃は控えたが、ここで冷静に策を授けることは出来る。
今の自分には出来ないことであっても、仲間達なら可能だと信じている。故に、託すカタチで話す。
「改装された深海棲艦は無視して、出来損ないに狙いを絞るというのはどうかしら」
そう話すのには訳がある。出来損ないのその特性からだ。そもそもが腐食性の体液を撒き散らし、触れるもの全てを傷付ける。その上で首を飛ばして始末出来たかと思いきや、その状態でも動いてきた。そして自爆までしてしまう。
そんな相手に対して有効打が放てるのは限られているのだが、神風が持つ知識から考えた場合、対処出来るのは2人。その渾身の一撃によって肉片すら残さずに消し飛ばす程の砲撃を放った深雪と、液状のモノならば瞬時に凍らせることが出来る白雲。
改造深海棲艦にその力を使っていてはキリがない。そのため、まずは出来損ないにターゲットを絞り、確実に始末する。改造深海棲艦は素材を回収すればまた作れるようだが、出来損ないは簡単には作れないだろう。特に艦娘を素材としているのなら尚更。
「まずは脚をやる。それなら突っ込んでくることもない。そして、修復される前に頭をやる。これが多分最適解。自爆されるまでにラグがあるし、その間に退避ね。一応逆も出来るか。頭をやってから、突っ込んでくる出来損ないの脚をやる」
「そうは言ってくれるけどよぉ。簡単に出来れば苦労はしないぜ?」
単純明快ではあるのだが、深雪にはそれが簡単に出来るとは思っていなかった。
深雪の一撃で頭を消し飛ばすのはわかる。砲撃の直撃で爆散させるよりは体液の問題については安全だと思える。しかし、あちらは異常なスピードもあるため、そんな簡単には当てられない。
だから脚をやると言うのだろうが、頭を狙えないものを脚を狙えとか無理な話だ。
「そこで白雲の力よ」
「神風様、白雲は触れたもののみを凍らせるのです。あの様な面妖な敵に触れるのは至難の業。それに、触れたとて白雲に害があるのです。お姉様のために力を尽くすのは理解出来ますが、そう何体も始末することは」
「何言ってるの。貴女、自分の力をもう少し信じてあげなさいな。貴女の凍結、ある程度
直に見たわけでなく、又聞きではあるのだが、神風は白雲のその力に対して1つ確信があった。それが、凍結した場所から次々と範囲を拡げること。握りしめた鎖を基点に、熱伝導を抑え込むほどに凍結を伝播させることが出来ていた。
そして、触れる場所は
「出力を最大にして、足から凍結させてみなさい。今の貴女なら、海すらある程度凍らせることが出来るわ」
「確かに、足下を凍らせてくれたよな、最初の時に」
「咄嗟ではありましたが……ですが、あの時はすぐに解けて失われたはずです」
「すぐに足を離したからでしょ」
海面に足をつけたまま、出力を上げ続ければ、おそらくかなり広い範囲を凍結させることが出来ると神風は確信していた。その上で、その凍結した場所に触れたもモノもさらに凍らせることが出来るとまで。
それが本当に出来たのだとしても、白雲は消極的。自分だけならまだしも、深雪まで危険に晒すのは流石に抵抗がある。
「それじゃあもう一つ、鎖でも何でもいいから、遠くに触れられるものを使ってみなさいな。ああ、最初から凍結の力を伝播させておいてね」
「鎖……ですか。そういえば、白雲の主砲には鎖はついております。この通り」
ジャラリと音を立てて、白雲は主砲の鎖を見せる。それは深海千島棲姫を想起されるモノであり、深雪も含めて少々気分の良いモノではなかった。
「それで縛りつければ、そこから凍結の力を送り込むことが出来るでしょうねね」
「……簡単に仰いますね」
「貴女なら出来ると信じているもの。これも1つの策として頭の片隅にでも置いておいてちょうだい。敵が液体を使うのなら、貴女は切り札中の切り札よ。多分腐食も凍らせて止めることが出来るわ」
こうは言うものの、白雲は消極的である。そんな白雲の肩をポンと叩き、深雪はニッと笑顔を見せた。
「白雲、無理だけはしないでいいからな。でも、お前のその力は頼りにしてる。上手く使えそうなら使ってみようぜ」
「お姉様がそう仰るのなら……」
策としては非常に単純。しかし、まずは気持ちを乗せなければ、それが上手くいくとは限らない。
そして、その時が来る。工廠の奥から伊豆提督が戻ってきたのだ。時間にして、10分もかかっていない。治療と違って置き換えはここまで早く完了する。
「時雨ちゃんの改装、完了したわ。傷も無くなっているし、身体も動かないところはない。正常なモノになっているわ」
その説明中に、後ろから生まれ変わった時雨がやってくる。出撃することも視野に入れて艤装もしっかり装備して。
「随分と様変わりしたね。でも、自分の成長が自覚出来て、とてもいい」
その変わりように、深雪は驚きを隠せなかった。改二へと改装したときは、そこまで変化を感じなかったと言うか、バージョンアップしたことでアレンジが加わっているという程度だったのに対し、今回は大きく変化を遂げていたからである。
制服も身体にピッタリと密着するようなタイプへと変わり、そのせいか、よりスタイルが良くなったことを強調しているようにすら見えた。露出度なども変わり、脚をニーハイで見せなくする代わりにノースリーブで腕は丸出しにしたりと、本当に大きく変わったと認識させられる。
「腐っていた腕と脚も、何も無かったかのように完璧だよ。これでまた出撃出来る」
手をグーパーと握ったり、脚を軽く曲げたりして、絶好調であることを見せつけた。
だが、変わっていないところも見受けられる。本来の時雨がどうかは深雪は知る由も無いのだが、自分の知る時雨であることを決定付けられるところがすぐにわかった。
「どうだい深雪。これで君には後れを取らないよ。そもそも演習では負けていないけれど」
皮肉屋で捻くれ者の時雨。カテゴリーMとしての、深雪がよく知る時雨が、すぐさま表に出てきた。それによって、少し安心したところもあった。
「……さっきまでは死にかけてたからか、随分しおらしかっただろ。うみどりを守るために早く出撃したいっつってたよな」
「そんなこと言っていたかな。残念ながら覚えていないなぁ。死にかけだったからね」
くくと喉を鳴らして笑う時雨。だが、耳が少し赤くなっているところからして、本心を曝け出してしまったことを恥ずかしがっているようにも見えた。覚えていないなんて嘘。しっかり自分の意思でそれを言っている。
だが、深雪はこれ以上冷やかすことはしなかった。これでこそ、うみどりの時雨。呪いと共存し、人間を嫌い、仲間達に信頼を置く、普通とは違う時雨である。
「君も出撃するのかい。さっきまでは人間は殺せないって頭を抱えていたじゃないか」
「……覚悟を決めたんだ。守りたいものの優先順位をつけるってな」
「はは、それはいい。君は変に気負いすぎなんだよ。もっと気楽に生きた方がいいんじゃないかい?」
「お前なぁ……でも、それは素直に聞いておくぜ。悩みすぎて動けなくなるのは、もうゴメンだ」
互いにニヤッと笑い、徐に深雪が拳を突き出す。察したか、時雨はその拳に自らの拳を突き合わせた。
「もうアイツらの好き勝手にゃさせねぇ」
「時雨改三の初陣だ。この戦いを終わらせる」
「おう、うみどりを……居場所を守るために、行こうぜ!」
ここからが本当の戦い。深雪達も加わり、混沌とした戦いは、より激しさを増す。