覚悟を決めて出撃した深雪が持つカテゴリーWの後光のせいで、敵が群がってくることとなってしまった戦場。仲間達からしてみれば、これまでまばらに襲撃してきた敵に明確な目的が出来てくれたおかげで、逆に戦いやすくなるという利点がある。深雪にとっては厄介極まりないが。
「深雪は誘虫灯か何かかい? 害虫がわらわらわらわら寄ってきているじゃないか」
「おかげで斃しやすいけどね!」
時雨が皮肉を言う中、子日も深雪の戦いを邪魔させないように、群がる敵を始末していく。なるべく消耗は抑えるために、的確に急所狙いで。
「あれはミユキにやらせてあげたいから、邪魔者は全部ぶっ飛ばしちゃうよ。あんなの、酷すぎるもん」
「そうね。私でもわかるわ。純粋種とか関係なしに、あんなの見せられたら、ね」
「That's exactly right. 危なくなったら、私達も手助けしましょう」
合流したグレカーレも、子日に合わせて周囲の敵を寄せ付けないように処理していた。勿論、同じように合流した村雨とヘイウッドもそこに手を貸している。敵が散らばっていなくなりつつあるのだから、深雪の近くで戦い続けるのが、この戦場では一番妥当だと判断して。
これからの深雪の戦いは、こんな雑多な改造深海棲艦に横槍を入れてもらいたくない。それだけ重要な戦い。消耗などは今は度外視する。
その深雪と相対している相手は、艦娘の出来損ない。出洲による実験などの結果、異形と化してしまった憐れな艦娘。歪な姿になっているその艦娘は──
「……初雪だよクソッタレ」
「……はい、白雲も見てわかってしまいました。あれは初雪様……我々の姉ですね」
吹雪型駆逐艦、初雪。深雪と白雲の姉に当たる艦娘。吹雪型はどちらかといえば姉妹というよりは、全員が並列、
とはいえ、姉妹艦であるだけでも縁の深い相手。特に深雪は、艦の時代には同じ駆逐隊にも所属していた仲でもある。
「元々人間で、しかも初雪の適合者だけど、あたしは覚悟を決めてきたんだ。ここで……ここでちゃんと眠らせてやる」
明確な怒りを表に出すが、覚悟を決めてきただけあって、猛進するようなことはなかった。主砲を向けられていても、大きく深呼吸をして息を整える。
こういう時でこそ冷静でいなければ、勝てる戦いも勝てない。沈め、鎮めるためには、自らも静める必要がある。深雪はそこを理解出来ていた。
これまでの時間を考えることに費やしたのは、こういう時にいい傾向を齎す。特に今回は、常に最悪を考えていたことが大きい。そのおかげで、深雪はどんな状況でも一旦考えることが出来るようになっている。悪い経験とて、それもまた経験だ。
「白雲、出来る限りでいい。試してみよう」
「かしこまりました。白雲が消極的では出来るものも出来ませぬ。鎖の凍結は完了いたしました故、出来る限り仕掛けてご覧にいれましょう。
彼奴というのは勿論、深海千島棲姫のこと。鎖を使って敵に自身の力を流し込むという技は、ほぼあの時の燃焼の力を浸透させた鎖で焼き切るそれと同じ。白雲の場合は、焼き切るのではなく触れたものを凍らせる。
鎖を使う戦術というのは、当然ながら初めてのこと。それをぶっつけ本番で繰り出すというのは、いくらカテゴリーMとして最初から戦う力を持っているとしても至難の業。その上、一人で戦っているならまだしも、深雪との連携だ。万が一、その鎖が深雪に絡まってしまった場合、出会ったばかりの時の凍え死にかけた深雪に繋がる。白雲にとっては、それも不安要素。
さらに言えば、この鎖が敵の腐食体液に触れて無事で済むかもわからない。触れた端から腐り、鎖としての体裁を保てなくされる可能性だってある。そうなったらもう、凍結のためには直接触れるしかなくなるだろう。深雪はそこまでしろとは言わないだろうが。
総じて、不安要素がまだまだ大きい策。白雲はここぞという瞬間を見計らって渾身の一撃をぶつけることになる。
「近付くのはまずい。基本は遠くからだ」
「かしこまりました」
初雪の出来損ないは一切の容赦なく砲撃を放ち始めた。狙いは勿論、後光差す深雪。元人間の艦娘をベースとした出来損ないであっても、深海棲艦の要素を足されているため、特異点はハッキリと見えている。そのため、白雲には目もくれずに深雪のみを狙う。
「やっぱりあたしを狙ってくるよな。当てつけみたいによ」
「初雪様だからこそ、というわけではないのでしょうか」
「わかんねぇ。でも、あれは初雪の
砲撃もかなり危なっかしい。身の丈に合わない主砲を扱っているため、放つ度に腕があらぬ方向に折れ曲がる。だが、すぐさま修復が入り元通り。そもそも肥大化した腕を使っての砲撃であるため、微妙に安定しているのがさらに厄介。
とはいえ、連射をすることが出来ないようで、一発放ったら次の砲撃までに隙が出来る。その間が攻撃のチャンス。深雪はすかさず主砲を構える。
どう見ても、それは初雪である。元々は人間であっても、異形の姿となったとしても、深雪にとっては姉である艦娘である。
「躊躇わねぇよ。そのままにしてたら、仲間達がさっきの時雨みたいにされちまうんだろ」
姉を撃つ躊躇いよりも、仲間が死ぬ苦しみが上回っている。それは、瀕死になった時雨を見たから。そして、その思いを聞いたから。
あんな辛い思いを、仲間の誰にもさせたくない。時雨の言う通り、居場所を守りたい。その思いが、全ての躊躇いを呑み込んだ。
「今はこんな手段しかなくて悪いけどな、でも、こうしないと先に進めないんだ。あたし、ここで前を向く」
そして、放つ。その火力は、並の駆逐艦の威力ではなく、触れたものを消し飛ばす程のとんでもない火力。深海千島棲姫の時のように、噴き飛ばすのではなく、
だが、初雪の出来損ないはそれを回避した。深雪は知らないが、Z3の出来損ないも、やたらと回避性能が高かった。それはこちらにも言えることであり、本当に失ってはいけないところには、その余波すらも当たらないように控える程である。
この出来損ないは、
「ちっ……本当に速いな」
その一撃を回避した初雪の出来損ないは、腕が抉り取られていた。それこそ、体液すら撒き散らすことすらなく。
しかし、その箇所が修復される際に、これでもかというほど体液をぶちまけ、腕が再構築された。こういうところは深海千島棲姫とは違うと嫌でも理解させられる。
さらに、回避するのに脚を折り、すぐさま修復するのはZ3の時と同じ。脚からも体液を撒き散らすため、その戦場は次々と穢れが拡がる。
それは機雷と同じように、触れたら脚部艤装が腐食させられそうであるが、海水で中和されているようなので、そこまでのダメージにはならなそうではあるが、なるべく踏まない方がいいだろう。
「試させていただきます……っ!」
その回避した瞬間、初雪の出来損ないに向けて、白雲の鎖が伸びた。初めての投擲であるため、そこまでの精度は見込めなかったものの、それなりにいい場所を狙えていた。
的として狙いやすいのは、肥大化した腕。急所に向かわない攻撃に対しては回避が甘いという特性もあるのか、その腕に鎖が巻き付いた。
だが、その腕は見かけだけではなく、相応の膂力すら発揮した。強く引っ張ると、白雲ごと持っていかれそうになる。
「くっ……やらせはしません」
勿論、白雲も黙ってはいない。その鎖に浸透させた凍結の力をより強く発揮することで、肥大化した腕を凍結させていく。
流石にこの事態は想定していないのか、初雪の出来損ないは無理矢理引っ張ったことで腕がバキリと折れてしまった。凍結の浸透はかなり速いようで、腕そのものが氷塊と化している。
制御出来ていない時よりも出力が上がっているようにさえ思えるのは、妖精さんのチューンナップの賜物かもしれない。むしろ、こうやって使う前提とすら感じる。
「これが、白雲の真の力……っ!」
白雲はこれで自らの力を察する。まずそもそも、
深雪を凍えさせた時は、素手同士の接触だったため、中からじっくり凍らせてしまっていた。だが、今回は鎖経由。深海の艤装の一部である鎖なのだから、凍結の速度は段違い。
よくよく考えてみれば、脚部艤装経由だったために、足下を瞬時に凍らせることも出来た。足を離した上にステップで強い衝撃を受けたからすぐに解けたが、やろうと思えば今でも足下を凍らせることが出来るだろう。
そしてもう一つ重要なこと。白雲に凍結させられた初雪の出来損ないの腕が
「白雲、完璧だ!」
「ありがとう存じます」
白雲の力が非常に有効であることがわかってしまえばこちらのもの。今は腕だけかもしれないが、それだけでも攻撃の手段をいくつか減らすことが出来たようなものである。
修復を封じるというとんでもない力として扱えることがわかったならば、それを多用していくのが一番安全。
「白雲、あたしが抑える。そこを狙って凍らせちまえ!」
「かしこまりました。自信がつきました」
深雪が雷撃も織り交ぜながら、初雪の出来損ないの行動を抑制する。本来の移動ならば脚を破壊しながらも修復してとんでもない速度で回避し続けるのだが、片腕を失ったことによってバランスが崩れたか、その速度が確実に落ちた。
故に、深雪の放つ雷撃が掠め、回避ではなく魚雷の爆発によって脚を失うことも増えている。しかし、修復の速度が異常であり、瞬時に元通り。
それでも脚を失うというのは行動が一瞬でも止まるということに他ならない。その隙があれば、深雪でも白雲でも攻撃は狙える。
深雪の砲撃が、もう片方の腕を抉った。まるで最初からそこになかったように、完全に消し飛ばされていた。
勿論修復されるのだが、一瞬でも両腕を失った状態となったことにより、余計にバランスが保てなくなったため、ついには横転までした。その時には腕が修復されており、すぐさま海面に手をついて立ち上がるものの、もうそんな余裕は与えない。
「お次はこちらです」
白雲の鎖が、片方の脚に巻き付いた。瞬間、バキバキと音を立てて脚が凍結。そんな状態で回避行動をしようとすれば、簡単に折れてしまうだろう。
「これで動けないな。白雲がいなかったら、ここまで上手くいかなかったぜ」
「いえ、お姉様が追い込んでくださったからこそ、白雲の攻撃が当たるのです」
お互いに褒め合いながら、初雪の出来損ないを睨みつける。ジタバタとしているが、片腕と片脚を失ってしまえば、自慢の機動力も扱うことが出来なくなり、まともな攻撃すら不可能になる。
最後の問題は、その姿形のみ。
「……初雪、悪い。そんな姿でいることの方がキツイだろ。ゆっくり眠ってくれ」
深雪の砲撃は、その身体を消し飛ばす。残ったのは、頭と失っていない腕と脚のみだった。
トドメは白雲にやらせるわけにはいかないと、深雪が自ら買って出た。人を殺す、姉を殺す、この行為を自ら行なうことで、
残された部位は、自爆することなくその場に留まる。自爆は胴体にシステムが組み込まれていることが判明したようなもの。
だが、これもそのままにしていたら材料として持っていかれない。そのため、深雪がすかさず超火力で抉り取った。
そこには、初雪の出来損ないがいた痕跡すら残されていなかった。