深雪が戦場に出てから、一気に慌ただしくなったのは間違いない。まばらだった改造深海棲艦が本能的に深雪を狙い始め、出来損ないも深雪を始末するために動き出す。これまで戦っていた者を無視してでも、特異点をどうにかするために行動をしているほど。
だが、初雪と野分の出来損ないを撃破したところで、敵の動きが少々変化した。改造深海棲艦は変わらず深雪に群がってくるが、残された3体の出来損ないは無鉄砲に向かってくることが無くなっている。
「諦めた……ってわけじゃあ、ねぇよな」
その動きの変化に、深雪は最初撤退を勘繰る。これだけやっても特異点を始末することが出来ず、しかしデータはある程度取れたため、一度撤退してそれを整理するつもりかと。
改造深海棲艦を嗾けて撤退する時間を作り、その間に海賊船諸共逃げ果せようと考えているのではないかと。
しかし、それならばもう少し攻撃が減っていてもおかしくはない。なのに、どちらかといえば苛烈さが上がっていた。
改造深海棲艦も戦艦や空母が増えてきており、こちらを数で圧倒しようとしているのが見て取れるほどだ。逃げ腰ならばこんな
別に軍師とかそういう資質を持っているわけではない深雪だが、自分ならこうはしないとは思っている。だから、勘繰った。
「お姉様、もしやこれは、まとめて嗾けてくる算段なのではないでしょうか」
「まとめて……ってことは、残った出来損ないを全部注ぎ込んでくるって感じか」
「はい、白雲ならば、そういう手段を取るかと」
白雲が考えたのは、これまでに2体の出来損ないによって深雪と白雲のデータを手に入れ、それを活かして出来損ない数体を使って圧倒する。
ある程度のデータさえ入っていれば、ここからは自分達が有利に戦えると考えてもおかしくはない。
「でも、あたし達は進まなくちゃダメだよな」
「勿論です。お姉様の道を阻む愚か者は、この白雲が始末してご覧に入れましょう」
改造深海棲艦が増えても、やることは変わらない。出来損ないを始末し、その統率者を炙り出す。そして、この混沌とした戦場を終わらせるのだ。
深雪が狙われるようになってから、他の者達は戦いやすくなっている。しかし、空母隊だけはその拮抗が覆せずにいた。
むしろ、追加で空母が現れたか、徐々に押し返されているまである。
「くっ……かなり厳しいわね……」
「夜間装備ですから、搭載数がどうしても少なくなってしまいますね……」
舌打ちする加賀を宥めるように話す翔鶴。
夜間装備は空母の中でも少々特殊であり、本来の艦載機の搭載数を犠牲にすることでそちらに割り振ることが出来る。そのため、本来出来る力からおおよそ1割減。多ければ2割ほどは減る。それも見越して夜襲を仕掛けてきたのではないかと考えられるほどである。
「鶴は動かず、ただ私達の艦載機を止めてきていますね。そこに2体、空母ヲ級……おそらく改造された個体が加わりました。まずいですね」
祥鳳からの報告に、加賀がより顔を歪める。空母3人がかりでもここまで押されることはなかなか無い。翔鶴の言う通り、夜だから仕方ないというのもあるかもしれないが、それでもここまで止められるというのは加賀的にも悔しいようである。
「誰か鶴の方に向かっている子は?」
「そちらの長門さんと、こちらの清霜ちゃん、あと援軍の榛名さんと矢矧さんが向かっています。直接叩けば、ある程度は変わるはずですから」
「そうね。そちらに任せるしかない、か」
深海鶴棲姫は一筋縄ではいかない強敵だ。正規空母の深海棲艦であるにもかかわらず、戦艦の力まで使えるという、いわゆる
そのうえ、持っている艦娘の要素が非常に厄介で、正規空母としても非常に優秀な瑞鶴、軽空母の中では万能さが際立つ瑞鳳、そして、全艦娘の中でもトップクラスの性能を持っている大戦艦武蔵。その3人分の力を併せ持っている時点で、相当厳しい。
故に、加賀達は深海鶴棲姫を直接叩きに行った者達を援護するために動き出す。
「艦載機をそちらに少し寄せるわ。せめて戦いやすいようにしてあげないと」
「了解です。全力で拮抗ですが、2割ほどを鶴に寄せましょう」
「ええ、それくらいでいいと思うわ。それできっと上手くいく」
加賀は仲間のことを信頼して、援護を徹底した。自分が前に前にと考えることはない。
「勝てなければ意味が無いもの。そこに個人の戦果なんて関係ない。MVPが取りたくて艦娘やってるわけじゃないわ」
そんな加賀を見て、翔鶴も祥鳳も、この人間は正しく加賀の適合者なのだなと実感した。
加賀達が援護に艦載機を出した長門達の部隊は、改造深海棲艦達が深雪に吸い寄せられたことで、深海鶴棲姫撃破に向けて動き出した。
それがいることによって空母隊が食い止められてしまっていることも理解しており、真っ先に斃さねばならない存在であると判断した。
「……武蔵さんの命をこんなことに使うだなんて……」
清霜がボソリと呟く。冷静でいられても、だからといって納得しているかと言われればそうではない。複雑な心境を吐き出してしまうことだってある。
「私も気に入らん。誇りある艦娘の命を、私利私欲のために使うなど言語道断だ。私も長門の命と名を使わせてもらっているから、そんなことを言えた口では無いのかもしれんが」
そんな清霜の呟きを聞き逃さなかった長門が、慰めるように、そして少しだけ自虐を入れて話した。
第三世代の艦娘達も、言ってしまえば艦娘の命を使って艦娘の力を扱えるようにしている。原理としては、敵と近しいものではあるので、長門も少し申し訳なさそうである。
「い、いやいや、長門さんは何も問題はないよ。私達の力を正しいことに使ってくれているなら、私は文句なんて言わないよ。海の平和を守るために使ってくれるなら、長門さんだって本望だと思ってるんじゃないかなぁ」
うみどりの面々のような使い方なら、まだ許容範囲であると清霜は話す。だが、敵の使い方は許せない。あちらはあちらで平和のためにと考えていそうだが、どう考えても平和とは程遠い使い方だ。実験台としか見ていないだろう。
「でも、あれは許せない。だから、私はアレを絶対に斃す」
元人間かもしれないが、そこは容赦なく行く。こんな清霜でも、やはり30年間の拗らせはあるため、人間だから命を奪うことに抵抗があるとかそういうところは無い。こういうところはやはり、苦痛を味わった第二世代なのだと実感する。
「長門さん、清霜さん、援軍として参加させていただきます!」
「助かる。心強いな」
ここに榛名と矢矧が合流。深海鶴棲姫を撃滅するために、一時的な4人の艦隊となる。
清霜としては、新たに加わった2人はどちらも有難い存在。特に榛名は戦艦であるため、清霜からしてみればより嬉しい存在と言える。
「清霜さん、榛名がサポートさせていただきますね」
「う、うん! よろしくお願いします!」
相手が戦艦となると、それが元人間であっても喜びを隠さないのが清霜。憧れは武蔵であっても、他の戦艦だって戦艦というだけで尊敬に値する。
榛名だって立派な戦艦。しかも、高速戦艦というまた違った艦種である。あらゆる戦艦が尊敬の対象である清霜からしたら、そういうカタチもまた至りたい場所。
「高速戦艦、しかも丙種改装されてる! いいなぁ。駆逐艦の私だと、武蔵さんみたいな大戦艦よりも近い道なのかなぁ。でも、やっぱり憧れは大和型。でも金剛型もカッコいいなぁ」
「あ、ありがとうございます。そうやって面と向かって言われると、なんだか恥ずかしいですね」
素直な気持ちをぶつけられ、榛名は少し顔を赤らめる。こんなカタチで褒められることなんてそうそう無いため、少々照れの色が見えていた。
「長門さん、敵は深海鶴棲姫ということでいいかしら」
「ああ、知っての通り、一筋縄ではいかない強敵だ。その上、おそらく自己修復の機能も持っているだろうし、未知の力も持っている可能性がある。我々の知っている鶴ではないと思った方がいい」
「厄介極まりないわね……慎重に行かざるを得ないか」
榛名が清霜に捕まっている間に、矢矧が長門から事情を聞いていた。ここでやり合う相手は、相当なやり手。
長門と榛名という戦艦2人がかり、そこに軽巡洋艦の中でもトップクラスの実力を持つ矢矧、そして熟練者かつ戦艦護衛駆逐艦という戦艦を引き立てることが非常に上手い能力を持つ清霜。そんな4人でもどうにか出来るかもわからない強敵だ。
「邪魔がいないのならば、まだ勝ち目はあるだろう。弱気でいるわけにはいかない」
「ええ、勿論。負けるつもりでここに立っているわけがないもの」
「それに、今はとても頼りになる護衛がいるからな」
護衛と聞こえたことで清霜が過敏に反応。
「戦艦の護衛は、清霜の
「ふふ、これは確かに頼りになるわ。よろしく頼むわね」
「まっかせて!」
清霜にとって、矢矧も縁のある艦娘である。それが元人間の艦娘だとしても、誇りある戦いをしているのならば許せるくらいには、清霜は穏やかな心を手に入れていた。それもこれも、短期間とはいえ、うみどりで生活が出来ていたからであるといえる。
元人間に囲まれている状態であっても、その本質を取り戻しているのだから、連携にも不安は無いだろう。むしろ、今の清霜は連携が最も得意なのだ。
「さぁ、お出ましだ」
話しながら進軍するうちに、その場所へと辿り着く。妨害が深雪に引っ張られたおかげで、海賊船にかなり近付くことが出来た。
そこにいたのは、予想通りの深海鶴棲姫。主砲や甲板がごちゃごちゃと接続された大きな深海艤装に腰掛け、向かってくる長門達を睨みつけていた。
「……来たね」
思った以上に静かな口調。こういうところも、長門達の知る深海鶴棲姫とは違う。素体にされた人間の性格が残っていると思われる。
「一応だが、話をさせてもらいたい。攻撃の手を止めてもらえないか」
本当に一応。対話が可能ならば、ひとまずは話してみるのが長門である。それが100%失敗に終わるとしても、そこは揺らがない。
「お断りよ。私達の平和を邪魔するなら、容赦はしない」
案の定、たった一言目で拒絶。平和を揺るがす者であるならば、命を懸けてでも撃滅する。
深海鶴棲姫は、どちらかといえば艦娘としての在り方に近い感性を持っている。バックが何かの違いはあれど、信念は間違ってはいない。
「貴様の平和は、本当に平和なのか?」
「当たり前。それはそちらにも言えることでしょ」
「……違いない。だからこそ、私は貴様と戦うのが苦しいよ」
同じ信念で同じ場にいれば、きっと手を取り合えただろう。しかし、あちらは出洲の提示する平和を信じている。故に、もうわかりあうことは出来ない。
それによって命を奪い合うのは苦しい。これまでの
「だが、貴様はこの場に命を賭しているというならば、私もそれに応えるしかあるまい。貴様の命は、私が背負おう」
「……同じことを私からも言わせてもらうわ。平和の糧になりなさい」
互いに何があってもブレないのだから、もうぶつかり合うしかない。