深海鶴棲姫の元までたどり着いた長門達。相手はこれまでのカテゴリーYと比べると冷静沈着であり、長門との対話にも応えた。しかし、根本の部分がズレており、互いに目指す平和が確実に交わらないことを察したことで、もう戦い以外の道はないと判断した。
長門は正直に、この深海鶴棲姫と戦うことを苦しいと言った。だが、あちらが自分達の平和のために命を懸けて命を奪いに来る以上、同じように相手をしなければ勝ち目はない。相手は深海鶴棲姫。手を抜いてどうにか出来る相手では無いのだ。
「先に行かせてもらうわ」
先制攻撃は深海鶴棲姫だった。座っている艤装をグリンと回すと、大口径の三連装砲が露わになる。
サイズからして、それは武蔵の命を使ったことによって手に入れた最大級の主砲。51cm三連装砲。艦娘が取り扱うのは試製なのだが、
その一撃は、空気を揺るがす。爆音も並ではなく、近くにいるだけでも、身体に振動が響くほどだ。
それを身体にまともに受けても、全く気にしていない深海鶴棲姫は、言ってしまえば異常である。
「散れ!」
勿論、こんな攻撃を真正面から受け止めるわけにはいかない。駆逐艦の主砲ですら、バルジを使ってうまく弾けるかどうかというくらいなのに、戦艦の、しかも艦娘が扱える最大の火力を超えた砲撃を放ってきているのだ。掠るだけでも拙いと言えよう。
故に、一旦陣形などは関係なしに、その場で拡がる。そもそもの狙いを定めづらくするのが、負けないための手段。
「逃がさないわ」
そこからさらに艦載機まで発艦する。さも当然のように砲撃と艦載機を織り交ぜる辺り、やってることは航空戦艦に近しいことなのだが、深海鶴棲姫は正規空母。この主砲は、恐ろしいことに
「戦艦が戦いやすいようにするのが、護衛艦のお仕事だから、ね!」
この艦載機は、すかさず清霜が対空砲火で対処する。だが、この清霜は少々他とは違っており、手持ちの主砲──対空砲でも両用砲でもない、普通の連装砲で、当たり前のように対空砲火を放っていた。
百発百中とは言わずとも、要所要所の艦載機はしっかりと撃墜されており、それに特化している秋月などの防空艦ほど完璧ではないにしても、充分すぎる働き。
上を気にせずに砲撃が放てるようになるのは確かに重要だと長門は内心思いつつ、主砲を動かして深海鶴棲姫に狙いを定めた。だが、深海鶴棲姫は動きも速い。
あれだけの砲撃をし、重たい兵装をこれでもかと持っているのに、何故か速力は長門では追いつけない。高速戦艦と謳っている榛名と同等か、下手をしたらそれ以上のスピードで戦場を駆ける。
「チッ……狙いが定められん」
こうなると、仲間の中でどうしても鈍重となる長門の攻撃が当たりにくくなる。火力に振っている分、スピードがどうしても劣るのは仕方ないこと。どちらにも振っているのは最強の艦娘大和くらいである。
「長門さん! 榛名と共に!」
「ああ、頼む!」
ここで動き出すのは榛名。1人で個別に戦うからダメなのであって、こういう時こそ連携をすることで1+1以上の力を発揮する。
今回の場合は、長門の必殺技とも言える連携、一斉射の発動条件が整った。その条件は、戦艦の仲間が共に並び立つこと。そして、一度の戦闘で1回しか使えないような大技。
深海鶴棲姫相手では出し惜しみは出来ない。別に捨て身の切り札というわけでもない。ただし、これを使うと燃料と弾薬をかなり消費してしまうため、一気にジリ貧となってしまう。そのため、出しどころを考えなければ勝利から一転、敗北に向かうことになってしまう。
「……一斉射を狙っているのね」
しかし、深海鶴棲姫も黙ってはいない。艦娘の知識を持ち合わせているのか、長門と榛名の狙いを即座に看破し、それを止めるために行動を始める。
その条件すらも把握しているとなれば、やることは1つ。長門、もしくは榛名の合流を阻止し、どちらかの命を奪う、もしくはそこまで行かずとも損傷を与えれば一斉射は出来なくなる。
2人揃ってこその一斉射。片方を潰せばそれはもう来ない。
「やらせないわ! 瑞雲隊!」
そこをさらに上回るため、動くのは矢矧。夜間瑞雲を使った夜戦での突撃を敢行する。瑞雲による爆撃と射撃、そして矢矧自身による砲撃と雷撃を全て同時に放つことによる、たった1人で実施する一斉射の模倣。
本来ならば1人で2体の敵を同時に相手取る切り札的な必殺技なのだが、相手が1体だけとなれば、その攻撃は全て集中砲火として扱えるため、単純に攻撃力を倍加させるような効果があった。
「そう簡単に止められると思わないでもらえるかしら」
ここからは本来ではあり得ない行動。深海鶴棲姫はあくまでも正規空母。オマケで戦艦の主砲を持っているとはいえ、それはかなり強化された航空戦艦の域。まだ攻撃方法も予測は出来るはずである。しかし、この深海鶴棲姫はこの段階から
矢矧は魚雷を扱う戦艦水鬼と相対する経験がある。そのため、この深海鶴棲姫が想定外の行動をすることも予想している。矢矧自身が喰らったわけではないにしても、二度と同じことでやられるわけにはいかない。
「そっくりそのままお返しするわ!」
その雷撃は突撃の片方の攻撃をぶつけることによって相殺。だが、矢矧にはもう一打ある。そちらをぶつけられれば、深海鶴棲姫からの邪魔は止められるはずだ。
「……流石は軽巡洋艦の最高峰。やることが派手ね」
ここまでしても、今度は純粋な回避によって攻撃は回避される。長門と榛名が合流を目的としているため、攻撃が若干緩くなったところを見計らっての行動。
深海鶴棲姫からの攻撃は、こうしている間にも止むことはない。艦載機は何機も発艦しているし、再装填が完了したら即座に次の砲撃が放たれる。そのどちらもが、適当にやられても致命傷になりかねないほどの威力であるため、矢矧もそこからはどうにか回避することに専念せねばならない。
「でも、貴女はそこまで。貴女の真価は、昼から続く戦いの中でしょう」
「……否定はしないわ」
この深海鶴棲姫、やたらと知識がある。矢矧の特性もしっかり把握しており、夜戦だけなら瑞雲を装備しているか否かのスペック差だと見抜いている。
「貴女達もそう」
そして狙いを再び榛名へと切り替える。
「貴女は姉妹としか連携が出来ない。長門は戦艦がいなければ連携が出来ない。なら、狙うところは自ずと決まるものでしょう」
砲撃と艦載機、そこに先程矢矧にも放った魚雷。その全てが榛名に襲いかかった。
上からは艦載機による爆撃、足下には回避方向すら埋め尽くす雷撃、そして真正面からは掠めても命を奪われかねない程の火力を誇る砲撃。いくら高速戦艦であり、回避能力がある程度高い榛名であっても、これに対応するのは至難の業。
「っ……榛名は簡単には負けません!」
対する榛名は、雷撃に対しては雷撃でカバー。丙種改装を受けていることで手に入れた魚雷を使い、魚雷同士をぶつけることで足下のダメージはどうにかする。
しかし、それでも爆撃と砲撃は止められない。特に後者はどうしようもないくらいの火力である。爆撃は榛名特有の装備である主砲の対空性能である程度はどうにかなるが、砲撃自体はかなり厳しい。
万事休すかと思われた矢先、こういう時に動く者の存在がこの場にはいる。
「戦艦護衛駆逐艦の実力、なめちゃあダメだよ!」
なんと清霜がその砲撃に向けて砲撃を放っていたのだ。
放たれた砲撃に直撃した清霜の砲撃は、相殺するほどの威力は無かったものの、砲撃の方向を変えるには充分だった。
「……器用な子。清霜にそんな力は無かったはずだけど?」
深海鶴棲姫もこれには驚きを隠せなかった。砲撃に砲撃をぶつけるというのは、戦場では稀にあること。とはいえ、基本は偶然発生した神業レベルであり、狙って起こすようなことはリスクが高すぎてやることすら無い。そもそも、戦艦の砲撃はそんなことをしても相殺出来ることが殆どないため、同等の力を持つ戦艦ですらそんなことはやろうとしない。
しかし、清霜は一切の躊躇なく放ち、そしてそれを見事に決めた。相殺ではなく、向きを変えるために。正面から迎え撃つよりも器用なことを、さも当然のように。
「武蔵さんの砲撃、何回見てると思ってるの。というか、戦艦の砲撃は全部覚えてるもん。威力も、速さも、角度も、
戦艦になるためには、戦艦のことを知るのが一番の近道。自分がどのタイプの戦艦になれるかもわからないのだから、全てを知らなくてはと躍起になっていた。その時間、実に30年。
拗らせて潜水艦に篭っている間、学びの時間だけは腐るほどあった。それを最も有意義に使っていたのは、この清霜かもしれない。得られる知識は片っ端から叩き込み、一度読んだ本も何度も何度も読み返し、知っている知識を反芻し続けて、頭と身体に刻みつけている。
故に、戦艦護衛駆逐艦としての実力は、その限界を超えていた。披露するタイミングはずっと無かったし、これまでは精神的な理由で大きく劣化していたかもしれないが、うみどりでの生活によって心のゆとりを取り戻したことで、刻まれた力が最大限に発揮されていた。
戦艦を護る者は、戦艦を識る事で、戦艦を殺す者にもなり得る。知識の力は偉大であった。
「榛名、合流だ!」
「はい! では行きましょう。合図、任せます!」
「ああ、一矢報いるぞ!」
清霜の活躍に意識を持っていったことで、長門と榛名の合流が成功。これにより、一斉射の条件が揃う。
「行くぞ! 主砲一斉射! てぇ──ーっ!」
その瞬間、長門と榛名は真正面の深海鶴棲姫に向かって砲撃を開始。全ての主砲を前方に向け、今放てるありったけを一気に解き放つ。
その爆音は尋常ではなく、その場を全て薙ぎ払うには充分すぎる圧倒的な火力。深海鶴棲姫の砲撃も相当だが、2人がかりの砲撃はそれをも上回り、それをたった1体に向けて放つのだから、普通ならばひとたまりもないだろう。
そう、
「ただで喰らうわけにはいかないわ。だから、
グンと大きく下がったかと思いきや、深海鶴棲姫の前には改造深海棲艦が自らの身を犠牲に壁となるために現れた。
通常の海域ではたまに見る盾持ちのイロハ級、戦艦のル級。それが同時に3体現れ、一斉射をその身で全て受け止めて、そして散った。
深海鶴棲姫は完璧な無傷。何事も無かったように立っていた。
「一斉射は3体いれば防ぐことが出来るわ。長門がここにいることがわかっているのだから、警戒しないわけがないでしょう。盾ならいくらでもあるんだもの」
深海棲艦とて、ル級だって命ある存在。それを盾に使うという行為自体が気に入らなかった。だが、少々考え方を変えると、この深海鶴棲姫のこともわかりそうだった。
おそらく深海鶴棲姫はカテゴリーY。もしかしたらKかもしれないが、元人間であることは間違いない。ならば、深海棲艦には怒りや憎しみを持っていてもおかしくはない。それこそ、その人間が
「……貴様、まさか」
「何かしら」
そこに長門が勘付いた。
「貴様、
深海鶴棲姫は無言だったが、それはほぼ肯定だった。