かつてあった深海戦争。その二度目、第二次深海戦争と歴史に残っているその戦いは、第一次と同じように人類と艦娘の連合軍が、深海棲艦を鎮圧することで終了した。
その時の大本営のトップ、元帥の地位を持っていた者。その者の名は、
しかし、その元帥は裏ではとんでもないことをしていた。それが、艦娘の命を兵器へと変える実験の容認である。出洲の研究に加担していた、むしろ、効率化と人間のみでの自衛が出来るようになる研究は願ったり叶ったりだと、率先して進めていたのは当時の原元帥であると言われていたくらいである。
原元帥は第二次深海戦争が終わってすぐに、役目を終えて退任。その後、行方知れずとなっていた。知らぬ者は、出洲などと同様に艦娘に始末されたのではないかと勘繰った。しかし結局、行方どころか痕跡すら見つからなくなったため、時代の闇へと葬り去られた。今ではその名前を呼ぶ者もいない。
その原元帥が今、目の前に深海鶴棲姫の姿で現れたことになる。
「かつての大本営のトップ、原元帥。間違いないか」
「それを聞いて何か変わるのかしら」
「何も変わらん。だが、知っておきたい」
長門の問いに、深海鶴棲姫はそこまで興味を持ったようには思えない、複雑な表情を見せる。
「ええ、私は原 由乃。当時、人間と艦娘を率いて、深海棲艦を撃滅し、戦争を終わらせた大本営の元帥を務めていた者よ」
だからどうしたのと言わんばかりに、大きな溜息を吐いた。こうやって戦っている相手の素性を知ったことで何が変わるのか。やることはお互いに変わらないだろうと、あくまでも戦場を冷静に見た結果で話している。そこに感情などない。
「……人類を守るための大本営のトップにいた貴様が、何故このような暴挙に出る。せめて、手が届く範囲の人間の命を救ってこその平和ではないのか。貴様がやっているのは、人間の命すらも踏み躙る行為だぞ!」
長門が怒りを露わにする。かつては人類を救うために人間と艦娘を指揮し、深海棲艦を殲滅し、世界に平和を取り戻すために戦ってきた大本営のトップが、まるで命を選別するかのような行為に加担し、自らの手を以て破壊行為まで行なっている。
しかし、それもすぐにわかる。
「全人類を守り切るのは不可能よ。だから、私達は
「選別……だと!?」
「世界の資源は有限。ならば、それを使うに値する者が使うべき。全ての人間に気を回す余裕など、世界には無いもの」
堂々と選別と言ってのけた。足りないモノを補うために、それが不要な者を切り捨てると言い切ったのだ。
「この世界の人間は弱いわ。人間だけなら深海棲艦なんて脅威に一切対抗が出来ないんだもの。だから世界は艦娘というモノを生み出した。深海棲艦との戦いに拮抗させるために。だから、人間を強くする必要がある。世界に頼り続けるのは、真の強さとは言わないと思わないかしら」
深海鶴棲姫の言いたいことは、少しだけなら理解が出来た。確かに人間は弱い。艦娘にも深海棲艦にも敵わない、非力で脆弱な生物。その知能のみで世界の頂点に昇り詰め、今も君臨し続けているのだが、その地位が揺らいでいると言っても過言ではない。
この深海鶴棲姫──原元帥は、それをどうにかしたかった。故に、深海棲艦という平和を脅かす生命体は殲滅するべきだと考えるし、協力的であった艦娘は人類よりも強大な力を持つ
全ては人類のため。人類が人類としての栄華を極めるために、尽力したにすぎない。その結果が、強大な力を持つ艦娘も深海棲艦も、人類の一部として取り込むことによって、
そのために艦娘も深海棲艦も事細かく研究するだろう。それを上回るために、調べ尽くして、さらにその上を行くための手段を考えるために。だから、艦娘について非常に詳しいし、深海棲艦も簡単に扱う。
しかし、中にはそれを受け入れられない者、それに耐えられない者、それについてこれない者と、身体的、精神的に根っからの弱者となる人間が存在する。それまで考慮していては、人類はいつまで経っても強者とはなれない。
故に、選別する。選ばれし者のみが力を得て、それ以外は切り捨てる。ただそれだけだと、深海鶴棲姫は一切の躊躇なく選択した。
「……貴様はただの異常者だ。そんな者が戦場のトップでいられた第二次は、さぞかし腐っていたのだろうな」
長門はこれで、この原という女がどういう者なのかを理解した。効率的に、合理的に考えた結果、それが一番妥当であるという策を、倫理を考慮せずに実行出来る
だが、信念として、深海棲艦という侵略者は撃滅すべき対象というのは残っている。自らの身が深海棲艦となっているとしても、その思いは失われていない。だから、深海棲艦を道具として扱うことに躊躇がなく、むしろこうやって無くすことが出来ると、むしろ率先して使う。
何せ、どう使っても人類よりも強い力を持つ生物を淘汰出来るのだから。
「だから奴と……出洲と組んでいるということか」
「ええ、彼の……今は彼女だけれど、その技術は素晴らしいわ。人類を更なる高みへ押し上げることが出来るんだもの。だから、私は背中を押してあげた」
大本営が──そのトップたる元帥がその研究を後押ししたのならば、出洲の狂気はより加速してもおかしくはないだろう。その結果がアレなのは、笑うに笑えないが。
「結果的に、彼は新たな人類として生まれ変わったわよね。死を超越し、高次の存在に」
「あんなもの、高次でも何でもない。ただの狂ったバケモノだ」
「あれは私からしてみれば
話はこれで終わりだと言わんばかりに、更に艦載機をばら撒き始めた。常に制空権を取り続けていたのだが、そちらに向ける艦載機を眼前の敵を殲滅するために使う。
ただでさえ三方向での攻撃は苛烈なのに、その量を増やしにかかられると対処が一気に厳しくなる。
「伊勢型の改二改装の後よりも艦載機が厄介かな。でも、砲撃の速度は大和型と殆ど同じだから合わせられる。魚雷が使えるのは丙種改装された金剛型だけじゃないし、対応出来るはず!」
そんな相手であっても、清霜は分析を怠らない。それが戦艦の力の一因ならば、
もうそれは、艦娘の域を超えていた。夢に向かうための原動力は、どのような状況でも失われない。
「次は後れを取りません! 榛名、行きます!」
「私もまだまだ止まらない。矢矧、行くわ!」
相手が第二次の元帥だったとしても、それが異常な力を持っているとしても、ここにいる者達には全く関係ない。
「貴様はここで終わらせねばならん。間違いなくな!」
敵がどれほど強大な力を持っていたとしても、心が折れることはない。これは第二世代だろうが第三世代だろうが関係ない。艦娘の強さだ。
全方向を埋め尽くす攻撃をそれぞれが対処を始める。
まずは魚雷。これは戦艦として強大な火力を持つ榛名が、主砲で全てを薙ぎ払う。海面に向けて戦艦の主砲を放つことで、周囲一体の海水を弾き飛ばして、魚雷諸共噴き飛ばした。
一気に発艦された艦載機は、矢矧が全てを撃ち墜とす。万能な軽巡洋艦である性能を発揮し、対空砲火すらお手の物。増設機銃が仕込まれた高角砲に、さらに自らの主砲も組み合わせることで、一気に殲滅していった。
そして問題の砲撃。これは清霜と榛名が担当。勿論、榛名の砲撃をぶつけたところで勢いを殺すことも出来ないだろうが、清霜が完璧にカバーした。
「大和さんでも武蔵さんでも、
ここで清霜の戦艦知識の披露。艦娘であっても、深海棲艦であっても、主砲の連射は出来ない。極稀にそういうことが出来る個体はいたが、それが扱っていた主砲はあんなに大きなものではない。
大口径主砲を1つだけ、それも自らの手で扱っているわけでもない正規空母が、連射出来るわけがないのだ。
故に、先程と同じように清霜がその砲撃の向きを軽々変えると、その隙をついて長門が深海鶴棲姫に向かって強烈な一撃を放つ。
その威力は榛名を超えており、威力だけでいえば深海鶴棲姫に追いついているほどだ。あちらの攻撃が当たれば即死級の火力があるのならば、こちらの攻撃も同様に即死級の火力を持っているのだ。
「長門の火力が高いことはわかっているわ。でも、結局は壁を貫くことは出来ない。それが駆逐艦だったとしてもね」
しかし、深海鶴棲姫はまたもや深海棲艦を盾にしていた。次は戦艦ル級ではなく、ただの駆逐イ級。それを一撃で爆散させたところで、深海鶴棲姫は無傷を保っている。
どれだけ強大な火力を持っていたとしても、沈められるのは1体だけ。貫いて後ろまで火力を飛ばすことは、そう簡単に出来ることではない。それをこの場で実証した。
「私は戦艦の長所ばっかり見てるわけじゃないよ。戦艦の短所だって知ってる。それを覚えておかないと、戦艦になったときに絶対に困るからね」
そして、清霜がさらに頭を回す。戦艦の力を持つものに対して、その知識量で確実に上回っている。
深海鶴棲姫だって知識はあるだろう。その対策を間違いなく積んでいる。だが、それをさらに上回る者がいたとしたならば。
「戦艦は、潜水艦に弱い」
突如、深海鶴棲姫が猛烈に回避行動を取り始めた。その理由はすぐにわかる。海面に突き破るような勢いで飛び出してきた魚雷が見えたからである。
長門や榛名は厳しいが、清霜と矢矧にはわかっていた。今、足下には仲間の潜水艦が来ている。
これまで深雪に向かっている潜水艦を対処していたが、こちらの方がまずいと察知したのだろう。直感的に、野性の勘によって。
「また増援? 手数を増やしてくるのね」
「当然だ。我々は、仲間と力を合わせることで発揮される。そして、その力は、貴様では到底想像が出来ないモノだ」
何せ、
その瞬間、深海鶴棲姫の艤装に強烈な衝撃が走り、僅かにだが
「貴女が元凶? じゃあ、ここで死んで」
伊203が、潜水艦としての強靭な足腰から繰り出される蹴りを、深海鶴棲姫に放っていた。
まずいと思い、腕でガードをしたものの、その衝撃は尋常ではない。その上、蹴りが当たった瞬間に伊203はその腕に脚を絡ませて、そのまま十字固めのようなカタチに。
「なっ……!?」
「遅いのは嫌い。でも、まずは腕を貰う」
そして、その腕を強引に捻り上げたかと思うと、なんと
4人の戦場に、更なる増援。それは、自らの力で人を超えた者。データにない、本当の高みに昇ってしまった存在である。