長門達4人による深海鶴棲姫への強襲は、最初は劣勢だったものの、戦艦マニアとして戦艦に関わる知識をとんでもないカタチで披露することによって危機を回避し、流れは確実にこちらに来ていた。
その上で攻撃に出ようとするが、長門の砲撃なども軽々しく回避し、攻撃のチャンスを図ろうとして、突然の衝撃。そしてその瞬間、深海鶴棲姫の眼前に伊203が現れたかと思いきや、蹴りを一発。それをガードされたのが見えたのも束の間、そのままその腕を十字固めを仕掛けて絡めたら、なんと深海鶴棲姫の片腕を完全に破壊。強引に捥ぎ取ってしまった。
「っあ……!?」
流石の深海鶴棲姫も、この事態には大きく顔を顰めた。しかし、捥ぎ取られた腕はすぐさま修復を開始する。もう自己修復は当然の機能としてあちら側には仕込まれているようで、雑多なイロハ級だけでなく、これだけ強力な力を持つ姫であっても、まるでオマケ程度にこの機能をくっつけてきている。
出来損ないのような瞬時に修復が入るわけではないため、数刻の間、あちらはその腕が使えないという状況になる。
しかし、深海鶴棲姫は別に腕が使えないからと言って攻撃が減るというわけではない。むしろ、潜水艦という脅威があることを知るや否や、発艦した一部の艦載機が質を変え、海中へと飛び込んでいく。
「……対潜出来る艦載機って、ああいうものだったかしら」
矢矧が苦言を呈するように呟くが、誰もがわかっていること。あんなことは本来出来るわけがなかった。
深海棲艦の対潜技術は、艦娘と殆ど同じだ。手ずから爆雷を投擲する、もしくは排出するかのように海に投下する。軽空母が稀に出来るが、その時も艦載機が海に投下するのが一般的。というかそれ以外にない。
しかし、あの深海鶴棲姫の対潜技術は、艦載機をそのまま海中で
深海棲艦の艦載機は、それそのものが生物のように臨機応変な行動を取るため、こういうことも出来るのかもしれない。むしろ、深海鶴棲姫には、本来使えない魚雷が扱える能力の他に、対潜のためにこの力が与えられている可能性もある。
戦艦と正規空母の弱点である潜水艦を、しっかりと対策している。最初はほぼ不意打ちだったために喰らったが、ここからはもう喰らわないということになるのだろう。
「我々はフーミィをサポートするぞ。奴に確実にダメージを与えられるのは、おそらくフーミィだけだ」
長門が今のやり取りを見る限りでわかったことを述べた。
深海鶴棲姫は元帥として勤めていた時の知識──艦娘や深海棲艦の性能──を完璧に頭に入れたまま、そこを瞬時に判断して反応してくる。一斉射を止める方法などがあまりにも的確だったのは、当然全て知っているから。
そこで考えられるのが、
故に、
残念ながら、長門も榛名も矢矧であっても、艦娘としての域を出ているようなことはない。深海鶴棲姫の知識の範疇から外に出ることが出来ていない。現に、長門にとって最大級の必殺技と言える一斉射も、盾に封じられて不発に終わってしまっている。
そこに該当するのは清霜だけ。駆逐艦という枠組みでは収められない程の知識と技術で、対戦艦の切り札となっている。長年刻み続けた戦艦の知識によって、それは確実に普通を超えている。
しかし、清霜は戦艦護衛駆逐艦、つまりは護衛のためにその力を扱えるのであって、攻撃に転じようとすると一般的な駆逐艦とほぼ同等になってしまう。砲撃逸らしだなんて滅茶苦茶なことは出来るが、あくまでも護衛。受動的に特殊な力が発揮出来ているに過ぎない。
「隙を作ればいいのでしょうか」
「ああ、それが一番だろう。海中を対処することは我々には不可能だが、奴の行動をこちらに引っ張ることは可能だ。ならばやることはもう決まっている!」
主砲を再び深海鶴棲姫に向けて構える。一斉射はもう出来ずとも、残った弾薬を全て使い切るレベルで撃ち尽くせば、伊203に余裕を与えることが可能かもしれない。
むしろ、伊203という脅威を深海鶴棲姫が知ったことで、海上だけでなく、海中にも目を向けなくてはならなくなったことが大きい。何処まで強大な力を持っていても、それを一点に集中出来なくなったことで、これまでとは力の出し方が変わってくるはず。
そして、更なる手段がこの場に現れる。
「艦載機……っ」
戦場全域の制空権をギリギリ拮抗にまで持っていっていた空母隊の艦載機の一部が、制空権を一部明け渡してでも深海鶴棲姫本体を狙いにやってきた。
その艦載機に搭乗している妖精さんが長門にちらりと視線を送り、グッと親指を立てる。それだけで、加賀達が空は任せろと言っているのがわかった。
「やられたことはやり返すぞ。清霜、矢矧、魚雷で攻めてくれ!」
「了解!」
言われた通りに雷撃を放つ清霜と矢矧。特に矢矧は、甲標的まで使えるため、その威力は相当なモノ。
2人がかりの雷撃は、その一瞬は深海鶴棲姫の雷撃と同等かそれ以上になる。
「榛名、同時に行くぞ!」
「はい! 大丈夫です!」
そして長門と榛名による同時砲撃。1発1発の砲撃の威力は深海鶴棲姫には及ばないかもしれないが、纏めて放たれればそれ以上の火力になる。
そして、夜間攻撃機による空からの攻撃も加わった。爆撃は出来ないものの、角度の違う攻撃は、食い止めるために別の手段が必要。
「同じことをしてきたんだ。あちらもおそらく食い止める手段は持っているのだろう。奴はかつて元帥だった女だ。知識の量だけは我々では到底追いつけん。その上未知の力まで持っていると来た」
「うわぁ、そうやって聞くと勝ち目無いみたいに聞こえちゃう」
清霜も苦笑。第二次深海戦争に参加している清霜からしても、原元帥には思うところがあるようである。勿論、悪い意味で。
しかし、その実力は認めている。それ故に、今この状況をひっくり返すのは至難の業だとも考えている。
「その上で、奴は深海棲艦を盾に使う。この攻撃も通らないだろう」
この現状を止めるために、深海鶴棲姫が使ってくる手段を、長門はもう予想出来ていた。
一斉射と、普通の砲撃も、その場に改造深海棲艦を出現させて止めている。そこから、深海鶴棲姫は攻めに特化し過ぎて守りは自ら出来ないのではと考えた。故に、改造深海棲艦が間に合わない、超近距離では、ガードはしたもののそのまま腕が捥ぎ取れるところまで行った。
案の定、この何人も使った渾身の一撃は、またもや現れた改造深海棲艦が食い止める。
長門と榛名の砲撃は戦艦ル級が2体で、清霜と矢矧の雷撃は駆逐イ級が2体で、援護に駆けつけた加賀達の艦載機は防空性能が異常に高いという軽巡ツ級が数体がかりで対空砲火を撃ち放つ。
見事に深海鶴棲姫は何もしていない。攻撃と防御を分けている。自らは攻撃を続けるのみ。無防備でも盾を用意し続けられるからこその手段。
「だが、こちらにはまだまだ手段が残っている」
改造深海棲艦の盾が壊れたところを見計らい、次の砲撃と雷撃。撃てるだけ撃つことが、この戦場をどうにかすることであると確信を持って、長門は攻撃の手をやめない。それが無駄弾になる可能性を考慮しても、ここで止めることはない。慎重になればなるほど、深海鶴棲姫の思うツボとなる。
「手を止めるな! 撃ち続けろ! だが、奴からの攻撃にも気を配るんだ!」
撃つということは、回避行動に難が出てしまう。そのため、大胆に撃ち続けつつも、繊細に避け続ける。これが今出来ること。
しつこく、海上に気を張らせ続ける。緊張感を持たせ続ける。それだけで、何かが変わる。
実際、深海鶴棲姫はこの戦場を冷静に乗り越えようとしていたものの、片腕を捥がれたことで若干だが焦りが見えた。
自分に攻撃が当たることはないように万全の準備もしているし、うみどりを襲撃するということは特異点がいるということであるため、想定外の事象が起きることはそれなりに考えていた。しかし、それはあくまでも
また、中柄なカテゴリーKからの情報で、神風もかなり危険な存在であることは知識として持っている。この戦場には出てきていないようだが、恐ろしい精度の剣術を使うと聞いて、なんて艦娘だと苦笑したのも覚えている。
しかし、潜水艦にここまでやれる者がいるとは聞いていなかった。いや、刺客として送った数人の潜水棲姫が戻ってこなかったところから、何者かがステルスすら掻い潜って処理してしまったというのは考えられたのだが、あんな伊203がいるだなんて考えもつかなかった。
何故なら、伊203と戦った者、その姿を見た者は、
「これが真相なのね……潜水艦を潜水艦が始末するだなんて、簡単な話じゃ無いわよ」
故に、深海鶴棲姫は既にこの伊203を最も注意しなくてはいけない存在であると、念頭に置いた。そして、真っ先に始末しなくてはいけない敵であることも。他の者を放置してでも、伊203に専念しなければならないとまで。
本来ならば、深海鶴棲姫の考えている選ばれし人間に該当する存在ではある。しかし、伊203にそれを持ちかけても、確実に手を結ぶことは出来ないと確信を持っていた。一瞬見えた瞳から、相入れない存在であることは一目瞭然だった。
「くっ……潜水艦は厄介極まりないわね……。自分でも理解していたとはいえ」
自分の得た力が戦艦と正規空母の混成体であることは完全に理解している。それが共に潜水艦を弱点としていることも。そのために対策として、海中に潜ることの出来る艦載機という、深海棲艦でも取り扱わないインチキ兵器の開発をしたのだ。
対潜という性能を曲解することによって進化させた艦載機は、間違いなく自分の身を守るためには必要な存在。結果的に、今は大いに役に立っているはずだった。
そのはずなのだが──
「なんて速さなの……伊203としての性能を超えている……っ」
深海鶴棲姫の知る伊203も、潜特型としての特殊な性能として高速移動が出来ることはあった。勿論そこには警戒を惜しまない。
しかし、
そうこうしているうちに、まさに魚雷の如く浮上し、再び深海鶴棲姫の腰掛ける艤装を思い切り蹴った。
一度目と同じように、身体が一瞬浮く程の衝撃。
「っあ」
その瞬間、海中で強く泡立ち、艦載機が伊203を見失ってしまった。まずいと思ったのも束の間、真後ろから水柱がたつ。
「させないわよ」
振動の後に後ろに立つなんてことは、当然考えている。先程も蹴られてから正面に来られたのだから、次は後ろを取ることだって考える。
「海上に出たのなら、こちらが優位に──」
振り向き様に艦載機による射撃を叩き込む。
だが、それが伊203ではなく、先に斃していた改造深海棲艦の
ならば伊203は何処に行った。艦載機を撒かれた時点で、この状況を考えねばならなかった。勝つためなら、早く終わらせるためなら、手段を選ばない。
「なっ」
伊203はもう深海鶴棲姫を狙っていなかった。長門と榛名の砲撃を止める戦艦ル級を先に始末していたのだ。
その魚雷によって、砲撃が直撃する前に沈められたことで、砲撃は止められない。つまり、2人の戦艦の砲撃は、深海鶴棲姫に届く。
「させない……っ」
対する深海鶴棲姫は、回避しながらも自らの主砲を放つことで、その砲撃を呑み込むように弾き飛ばした。より大きな火力を持っているからこそ、この選択が出来る。砲撃に砲撃をぶつけるのはナンセンスなのだが、背に腹はかえられない。
だが、その回避した方向には、既に浮上していた伊203がいた。
「……!?」
「遅いのは嫌い。早く速く終わって」
その蹴りは、深海鶴棲姫の顔面に叩き込まれていた。