伊203の参戦により、深海鶴棲姫を一気に追い込むことに成功する長門達。深海鶴棲姫は想定外に弱いということが判明したため、伊203という仲間達ですら想定を超えてくる存在を活かすために攻撃をし続けた。その結果──
「遅いのは嫌い。早く速く終わって」
その蹴りは、深海鶴棲姫の顔面に叩き込まれていた。
「っが……っ!?」
モロに直撃したことで、艤装の上から弾き飛ばされるように海面に叩きつけられていた。
だが、伊203は少々不服そうである。
「……頑丈。首が飛ばないとは思わなかった」
今の蹴りによって、頭と身体をお別れさせるつもりだったようである。それほどまでに鋭い一撃だったのは、誰の目にもそう見えた。
しかし、深海鶴棲姫は想定以上に堅く、ガードもしていないのに伊203の蹴りを首で受け止めることが出来てしまっていた。むしろ、ミートする瞬間に少し後ろに下がったか、衝撃を少しだけでも軽減したとも思われる。
つまり、
追撃するように魚雷を深海鶴棲姫に発射、いや、
結末に向かうのがより遅くなることに、伊203は明確な苛立ちを見せた。だがその感情が
「酷いことするわね……」
流石に頭や首は急所だからか、他のパーツ以上に頑丈に作られているようで、すぐさま修復が完了した。捥ぎ取った腕ももう殆ど修復が完了している。このような近接攻撃、徒手空拳を相手にすることも想定されているかのような耐久力である。
だが、艤装から離れているため、今の深海鶴棲姫は攻撃する手段がないと言えよう。深海鶴棲姫はその全性能を腰掛けていた艤装に集約しているのだ。今や、海の上に立てるだけのただのヒト。
故に、艤装側が深海鶴棲姫に向かって動き出す。まるで意思を持つかのようにすぐさま本体に近付き、さも当然のように改めて腰掛けさせた。一時でも離れているわけにはいかないとわかっているかのように。
これには伊203も少し驚いていた。自律行動をする艤装というのはそれなりに見たことはあるが、深海鶴棲姫の艤装もそれに該当するとは思っていなかったようだ。見た目自体はサメやシャチなどの獰猛な海洋生物に見えるような形状をしているため、あり得ない話では無かったのだが。
むしろ、本体と離れた時の近付くスピードが伊203の潜航速度よりも
「やはり即死させなければ自己修復されてしまうか」
「あの異常な回復速度、厄介ですね……」
長門と榛名が苦虫を噛み潰したような表情で話す。有利に持っていけていたのに、今ではまた振り出しに戻っていた。
腕を捥いだだけでは死なず、顔面を蹴り飛ばしても死には至らず。ならばやらねばならないのは、急所への集中攻撃。しかし、それも改造深海棲艦による盾に阻まれる。
「でも、流石にあの自己修復も無限ではないですよね……?」
「そう思いたいな。何も無いところから修復されても困る。それこそ、我々が破壊している盾にされた敵を使っているのではないだろうか」
事実、盾となり砲撃をその身で受けて即死している改造深海棲艦の亡骸は、
敵潜水艦が回収し、海賊船へと持ち帰り、即座に次の敵が生産されていると考えられていたが、この深海鶴棲姫の自己修復にも使われている可能性がある。最悪、亡骸が自ら動いて深海鶴棲姫の血肉へと変化しているかもしれない。
これもまた、破損したパーツを別のパーツで補う『修繕』を曲解した力と言えた。急所への攻撃すら修繕されているのは堪ったものではないのだが。
「奴を斃すためにやらねばならないのは、
「修復するための材料を断つ、ということですね」
「ああ。もしくは、即死させるかだ」
供給源を断つか、確実に死ぬような一撃を喰らわせるか。前者ならば、改造深海棲艦を出させないくらいにまで始末すること。後者ならば、伊203が狙った頭を身体から離れさせることや、心臓を抉り取ること。そもそも身体が無くなるほどに強力な火力を撃ち込むことも考えられる。
しかし、それをやろうとするとどうしても盾が邪魔になる上に、破壊したところでそれを資材として使われる。
戦術としては、非常に厄介だが理に適っている。深海棲艦を道具、もしくは糧としてしか見ていない。そこに一切の容赦がない辺り、深海棲艦に対しての感情がわかりやすい。
人間がこの世界の頂点と立つためには邪魔なモノ。そして、利用出来るモノ。糧として
人間至上主義と言ってもいい。しかし、本人が深海棲艦の身体を使っているという矛盾。世界の頂点の生物を人間のまま維持したいという思想の割には、言っていることとやっていることが滅茶苦茶である。
「貴様は本当に人間か? 私には深海棲艦にしか見えん」
長門が深海鶴棲姫に問いかける。人間を高みに昇らせると言いながらも、その姿は頭の上から足の先まで全てが深海棲艦だ。
だが、深海鶴棲姫は素知らぬ顔で言ってのける。
「心が人間であれば、それは人間なのよ」
ハッと鼻で笑うような仕草。そして、続ける。
「人間は意思の生物だもの。その意思を持ったままであれば、カタチはどうであれ人間よ」
「……屁理屈だな」
「そう聞こえるならそう思っていればいいわ」
再び猛攻が始まる。伊203が加わったことで流れが来ていたものの、その攻撃を直接受けてもピンピンしていることから、再び流れがあちらに傾こうとしていた。
伊203は相変わらず冷静沈着に海中に潜っていた。次の攻撃の一手を狙うために。しかし、深海鶴棲姫は既にそちらへの対処を優先している。
これまでとは雲泥の差である数の艦載機が海中へと潜っていった。1機2機というレベルではない。伊203を始末するためにゆうに40機は突っ込んでいく。
それは海中を空に見立てて縦横無尽に駆け巡る。徹底した対潜行動には、伊203もそのスピードを回避一本に使わねばならないほどであった。
「把握したわ。伊203がいなければ恐れるに足りない。あの異常なスペックの潜水艦を抑え込んでしまえば、私達は揺るがない」
戦況を見る目はある深海鶴棲姫は、二度と同じことにはならないと、正規空母らしく多種多様な艦載機を扱った戦術に切り替えた。
この戦場の制空権争いは無視してもいいと考えたのだろう。むしろ、改造深海棲艦は空母が増えてきているため、そちらに任せ切っても拮抗は崩されないと判断したようだった。
「うみどりには特異点以外にも厄介なモノが多くいることはわかっていたつもりだけれど、やはりその目で見て、その身で感じなければわからないことばかりね。あんな戦力がいるなんて知らなかったもの」
この深海鶴棲姫の力の源は、全て『知識』である。知っていることに対しては非常に強い。判断力もあれば、対応力もある。
腐っても元々は大本営を率いていた元帥。手段はともかく、人類の平和のために終戦まで持っていった女傑なだけあった。
「貴女達はもう近付けさせない。砲撃も雷撃も使わせない。余裕なんて与えない。これだけ見てきたんだもの。貴女達のことは、私の知識となったわ」
そこからは凄まじかった。海中に40機は注いでいるのに、それでもとんでもない数の艦載機が一斉に爆撃を開始したのだ。
近付けさせない。攻撃させない。その言葉通り、照準を定めさせる余裕すら与えない。ただ回避に専念せざるを得ない絨毯爆撃。点ではなく面での攻撃がひっきりなしに襲いかかってくる。
隙間を抜けようとしても、合間合間に砲撃まで放たれてしまっては、近付こうにも近付けない。傷付かずに終わらせることなんて不可能であり、しかし身を張ったとしても届くかわからない。
そんな異常とも言える戦場。誰も希望の光を失ってはいなかった。そんな猛攻の中であっても、勝つための道を探り続けていた。回避しながら、じっと深海鶴棲姫を見定めていた。誰も焦っていない。冷静に状況を確認し続ける。
「内側に入り込んでしまえばいいのだけれど」
それに気付いたのは矢矧。爆撃の隙間に攻撃を挟み込むことが出来たのは、矢矧がさりげなく放った甲標的くらいだったのだが、狙いも定めていないため、回避しながらでもそれが出来ており、妖精さんがコントロールしていることもあって、そのおかげで見えたことがある。
当然ながら、深海鶴棲姫は自分にこの爆撃が当たらないようにしている。余波でダメージを受けるなんて馬鹿馬鹿しいことは、どんなモノでも避けるだろう。故に、素早く動き回っているとはいえ、本体を中心にした一定の間隔は絨毯爆撃の範囲外となる。
そこに素早く潜り込みたい。矢矧はそう言っていた。そうするためには、この爆撃の嵐を掻い潜らなければならない。
「すまないが、私には難しいだろう。低速戦艦だからな」
長門には難しい。そもそもの速力の問題もあるし、艤装が大きいため被弾もしやすい。この爆撃もかなりギリギリな上、先程までは無かった小さな傷が徐々につき始めている始末。
「すみません、榛名もおそらく厳しいかと」
榛名も戦艦であるために艤装が大きく、掻い潜るという行動には向いていない。そもそも戦艦は大火力で押し切るのが戦術としての定番。
「そうよね、だからやるなら私と清霜──」
「だからこそ、私と榛名がやろうか」
「はい、榛名は大丈夫です」
矢矧がそうなるよなと思った途端、手のひらを返すように長門と榛名が少しずつ前に出て行く。勿論、そうすれば傷つく場所は増える一方。
「ちょっと!?」
「あの人、知識の上で戦術立ててるんだよね、だったら、予想出来ることの外に行った方がいいんじゃないかな」
清霜も長門と榛名の行動には肯定的。本来やらないことに賭ける方が上手く行く可能性が高いなら、清霜もそちらに賭ける。
おそらくあちらも、清霜と矢矧が爆撃を掻い潜って突き抜けてくると想像しているはずである。小回りが良く俊敏、かつ技術もしっかり持っている2人なら、ここまで来ることだって出来ると。
故に、迎撃の準備は万全なのではなかろうか。それこそ、戦艦主砲とは違う攻撃の手段を以て待ち構え、気が急いて突っ込んできたところを確実にぶつける。
「だが、裏の裏を読まれたらその限りではないがな」
しかし、長門達が
言い出したらキリがない。故に、より可能性が高い作戦に賭ける。
「そこで、だ。1つ思いついたことがある」
そして長門が思い付いたという作戦を全員に話した。爆撃を回避しながらであるため、あまり余裕はないのだが、それでも端的にわかるように。
榛名と矢矧は、そのとんでもない作戦に驚きを隠せなかった。頭がおかしいとまで思ってしまった。しかし、清霜は乗り気である。目をキラキラさせて、それで行こうと頭を縦に振った。
「妖精さんも、これで行けるな」
肩の妖精さんも、任せろと言わんばかりに胸を張った。妖精さんまで手伝ってくれるのならば、この作戦の成功率はグンと上がる。
「ならば、これで終わらせるぞ!」
元帥の知識力を上回る想定外を見せつけるため、長門達は最後の作戦に出る。これが失敗したら、ジリ貧は間違いない。ここからどうやって撤退するかを考えなくてはならなくなる。
だが、今逃げることなんて考えてはいられない。まずは全力を以てこの戦場を制するのみ。