深海鶴棲姫は、元々が大本営のトップであったことを活かした、知識という武器を振り回している。戦う力を持った今、知識と組み合わせることで無類の強さを発揮していた。
その知識は随時供給され、想定外を喰らったとしても、それを耐えることが出来れば知識となり、それに対応することが出来る。伊203の徒手空拳に対して、一撃貰ったものの、その後は圧倒的な数の対潜艦載機によって浮上すらさせなくしている。
海上にいる者達に関しては、常識外にいないものばかりであるから、恐るるに足らずとまで考えていた。清霜のような例外はいたものの、あくまでも砲撃を逸らすことだけ。戦艦に対する知識が普通ではないだけで、それを攻めに転ずることは出来ないと言ってもいい。深海鶴棲姫はここまで考えていた。
「避けながらお喋りとは、器用なことをするのね」
制空権を無視して全てを自分の戦場に寄せた爆撃、改造されたことによって手に入れた雷撃、そして自らの力として空母なのに最初から持っていた砲撃。この3つの攻撃を止めることなく放ち続ける深海鶴棲姫。
長門達はそれをギリギリで避けながらも、攻撃のタイミングを測っていた。砲撃は一定の周期で放たれるだけなので、これはまだマシ。問題はやはり、回避方向を埋めてくる雷撃と、タイミングが完全にバラバラな爆撃である。
雷撃は主砲を放つことで全て破壊することは可能であるが、撃てばその時だけは移動が疎かになる。爆撃がそのタイミングで降ってきてしまったらまずい。その上、砲撃も一定周期とはいえ狙いがランダムなため、自分が狙われていると思った時に上も下も見なくてはいけないとなるとストレスが尋常ではなかった。
精神的にも追い込まれそうなこの場で、長門達は希望を捨ててはいない。この状態をひっくり返す秘策があるからだ。
長門が考案したそれに、榛名と矢矧は唖然としたものの、清霜は目を輝かせてやろうと肯定した。そういう突飛な発想でなければ勝利を掴むことは出来ないのが、この深海鶴棲姫である。
「貴様に勝つための算段をな」
「そう。ならやってみればいい」
うみどりの者達は本当にやりかねない。だから、慢心はしない。深海鶴棲姫はそれを念頭に置いている。
注意すべきは特異点。聞いている話で、その煙幕は特別な何かを持っていることは理解している。撒かれたらまともに攻撃が当たらず、正面にいても何も見えなくなる程の謎の煙。それは注意のしようがなく、そもそも使わせるなというのがあちらの見解。
だが、この場には特異点はいない。伊203は想定外だったが、対潜艦載機で完全に抑え込んでいる。清霜が若干イレギュラーだったが、それ以外は知識の範疇の内である。
ならば、そうそう突破は出来まいと、深海鶴棲姫は考える。しかし、油断はしない。全力を以て対応し、近付かせないし退かせない。
「さぁ、作戦通りに行くぞ! 榛名!」
「はい! 榛名は大丈夫です!」
ここで取ろうとする作戦は、至極単純だった。本来この爆撃の雨を掻い潜りながら突撃するのは、小柄で回避性能が高い清霜と矢矧に頼るだろうとするところを、あえて長門と榛名が行なう。
低速戦艦である長門とて、回避出来ないわけではない。回避
そのため、長門と榛名は主砲を限界まで上に向けた。足りない部分は身体を逸らしてまで。真上とまでは行かずとも、妖精さんの力を借りて、それこそ対空砲と同じように放てるように。
「爆撃なんぞ受けん! 撃てぇーっ!」
「主砲、斉射!」
戦艦2人の砲撃が上空に放たれることで、これから落とされようとしていた爆弾が本来よりも早く爆発することになる。その爆発は誘爆を呼び続け、艦載機そのものまで巻き込む大爆発に繋がる。それによって、ほんの少しの間だけでもこの戦場から爆撃の雨が消えた。
長門と榛名には一瞬爆撃の雨が止んだ海路が見えた。深海鶴棲姫まで真っ直ぐ突っ込めるだけの視界が拡がった。ほんの数秒であっても、時間が作れればそれでいい。長門や榛名だけではない、矢矧や清霜にも爆撃の危険性が少しだけ和らぐ。
代わりに、砲撃がかなり無茶だったか、長門と榛名の動きがグラつく。本来の使い方ではない主砲の使い方をしたのだから無理もない。艤装の耐久限界を超えかけ、ミシリと嫌な音が聞こえたくらいであった。しかし、足を止めるわけには行かないと、倒れることもなく急加速した。
「なんて無謀な。でも、貴女達ならそういうことはするわよね。常識に囚われない無茶をする。それは、こちらとて百も承知よ」
不恰好なカタチであっても、前を向いて進んでくる。ならば、それを迎え撃つのみ。
深海鶴棲姫は長門に向けて砲撃を、そして榛名に向けて雷撃を放った。その突撃を妨げるためにはそれが一番確実。それを破壊するために少しだけでも止まれば、そこからまた爆撃が始まるだけだ。
その爆撃を止めるために上を向いたとしても、それを一度見せられているのだから、対処のしようはいくらでもある。上を向いた瞬間に一気に距離を離せば、堂々巡りになるかもしれないがどうということはない。
長門達には残弾の余裕はないはず。しかし、深海鶴棲姫にはその残弾にまだまだ余裕があった。盾に使った改造深海棲艦から、燃料も弾薬も回収出来ているからだ。
この戦場であれば、深海鶴棲姫に消耗という言葉はない。自己修復に使う資源も、撃ち続けるために必要な燃料も弾薬も、戦場から無限に供給されるのだから。
「だろうさ、だから我々は、より常識から外れる!」
出来ることで常識から外れる。それが今回の策だ。その筆頭として、長門が繰り出すのは砲撃でも何でもない、かなり無茶な行為。
艤装から片方の主砲を外したかと思いきや、一気に加速した。低速戦艦という枠組みを超えたスピードを、その瞬間だけは出していた。
艤装のパワーリソースは当然ながら全兵装に均等に割り振られる。戦艦の艤装が持つリソースは駆逐艦や軽巡洋艦よりも大きく、その分燃料を激しく使うのだが、その力は圧倒的。
均等に割り振られたリソースを
そのため、長門は主砲のリソースを全て脚に回した。その結果、この速力が実現したのだ。
外さずともリソースの分配は出来るのではないかというのもあるのだが、そこはまた別の問題が発生するため、外すのが正解だった。
そこに接続されていれば、バランスを取るためにまたリソースが使われてしまうからだ。片方だけ残すときのリソースの方が安い。
「なんっ……て、無謀な……っ」
それを見た深海鶴棲姫は顔を顰めることとなる。砲撃を回避しながらも突撃を止めることなく、一気に距離を縮めてきたのは逆に恐ろしくもあった。
あまりにも無謀、しかし、今この場で最も
雷撃を受けようとしていた榛名も、その魚雷を破壊しつつ、片方の主砲をパージ。高速戦艦がリソースを脚に費やしたとき、長門よりも速くなる。
「無謀で結構! それだけ貴様のことを強者だと認めているということだ!」
「こんなことをしないと勝てないというのが大丈夫じゃないですが!」
深海鶴棲姫の攻撃を乗り越え、より接近に成功した2人は、残っているもう片方の主砲をお見舞いする。
2人同時の砲撃は回避しようがない。ならばとすぐさま改造深海棲艦を嗾けさせ、それを盾とする。
「そんなこと、想像がついているぞ!」
「矢矧さん!」
ここで次の
「こんな使い方、初めて、よっ!」
その魚雷を思い切り
「させないわ!」
しかし、深海鶴棲姫も簡単には止まらない。すぐさまその魚雷に主砲を向け、砲撃によって破壊する。過剰な火力かもしれないが、深海鶴棲姫が出来る迎撃の方法は、改造深海棲艦を嗾けるかこの手段しかない。
砲撃を受けることで魚雷は木っ端微塵。しかし、海中で起きる爆発が海上で起きたのだから、普通の砲撃とは一線を画す爆発が発生する。音もさることながら、衝撃もそれ相応。
「そうされるのは予想出来ていたわよ!」
だが、その爆風を乗り越え、爆炎を突き破って現れたのは矢矧の瑞雲である。砲撃を回避しながらも果敢な突撃を見せた瑞雲は、スピードを落とすことなく、一気に急上昇。その勢いを使って深海鶴棲姫にたった1つの爆弾を放り投げた。
「そんな、ことでぇ!」
まだ深海鶴棲姫は終わらない。長門と榛名の砲撃を受けた改造深海棲艦を強引にコントロールして、その爆弾を受け止めさせた。その爆発によって今度こそ木っ端微塵になってしまうが、深海鶴棲姫自身は無傷。
むしろ、その爆風を受けたことで、長門と榛名が傷を負うことになる。軽傷ではあっても、爆炎に焼かれればそれなりに苦痛を伴う。
だが、長門も榛名も目の輝きは失われていない。こうなることを想定し、むしろこうなったことで想像通りの展開だと言わんばかりに、より近付いた。
近ければ爆撃の心配はない。むしろ、もう爆撃させる余裕なんて与えない。
「もうフーミィのそれを見ているから効かないかもしれんが、私も心得があって、なぁ!」
長門による強烈な回し蹴り。格闘の心得があるからこその、完璧なフォーム。一度フーミィのそれによって知識を与えているために、この蹴りは回避される、もしくはより酷い状況で受け止められる。そう考えてはいた。
その予想は正しかった。深海鶴棲姫は蹴りに警戒し、瞬時に下がった。顔面を蹴られたことはそれなりに深海鶴棲姫の心に残っているようで、当たったらまずいかもしれないと思わせていた。
それだけで充分。そのまま流れるように次の攻撃へ。
「榛名はこういうことやったことがありませんけど、大丈夫です!」
下がることを予想していたため、今度は榛名が突撃。拳を振るう、蹴りを入れるなんてやったことのない榛名は、身体を捻ることで接続された主砲を撃つのではなく質量兵器として扱って薙ぎ払う。
直撃したら、長門の回し蹴りよりも大きなダメージになるのは目に見えている。故に、どうにか回避しようと深海鶴棲姫は知識の中で知略を張り巡らせる。
「させないわよ、そんなこと!」
ここで繰り出したのが、まさかの艦載機発艦。間近で発艦したそれは、接近した榛名の脇腹に食い込み、弾き飛ばす。
また、勢いがまだついたままの長門にも嗾け、同じように腹へと一撃喰らわせていた。
「貴女達が出来るのならば、私もこれくらい出来るわ」
「なら、これならどうかしら!?」
長門と榛名が吹っ飛ばされた奥。矢矧が主砲を前に突撃してきていた。急上昇した瑞雲は、上空で旋回して、再び矢矧と共に突っ込んできている。
「懲りないわね、貴女も。一度見ているわよ!」
だが、やはりそれも知識として与えているために迎撃が可能である。艦載機が群れのように盾となり、一斉に射撃を始めた。瑞雲も被弾し、矢矧にもその射撃が掠め、嫌でも血を見ることになる。
「3人がかりでも屈さないわよ。私は──」
ここで自分の言葉に疑問を持った。
そう思った瞬間、轟音が鳴り響くと同時に、深海鶴棲姫の胴体が大きく抉られていた。
「……え?」
深海鶴棲姫が目を向けた方にあったのは、長門がパージした主砲を放っていた清霜の姿だった。
本来、駆逐艦は戦艦の装備を扱うことは出来ない。そもそも重量オーバーだし、サイズが違う。艤装に接続するのも不可能だし、もし万が一出来たとしても、立ち上がることは出来ないだろう。
だが、海に浮かべた状態で、
戦艦に対しての知識が尋常ではない清霜にとって、戦艦主砲の扱いは専門以上のモノ。脳内で主砲の設計図が描けるレベルで構造を理解しているため、何処に何をすれば自分でも一応のコントロールが出来るかなんてすぐにわかる。妖精さんまで手伝ってくれているのだから、出来ない理由がないくらいだ。
「すっごい衝撃。これに耐えられるようにならないと、戦艦にはなれないってことだね。でも、すごく貴重な体験が出来た!」
この時のために、全員が動いていたのだ。清霜にトドメを刺させるために。長門も榛名も矢矧も、全て自らを囮に使ったのだ。
最大級の常識外。