長門がパージした主砲を清霜が使うという奇策により、常識の外からの攻撃を受けた深海鶴棲姫は、胴体を大きく抉られていた。明らかに心臓は失われており、その余波で左腕も完全に無くなっている。
知識はあれど、扱うのは当然初めてな清霜の砲撃は、照準を合わせるのにも一苦労だった。撃ったときの反動もあったため、抉ることが出来ただけでも充分すぎる。
「こ、の……っ」
こんな状況であっても、深海鶴棲姫の身体は修復されようとしていた。
ほとんど即死に近い攻撃を受けたのに、まだ戦おうとしてくる姿を見て、長門は内心恐怖を感じていた。
艦娘ならば間違いなく死んでいる。深海棲艦であっても、普通なら終わっている。それなのに、自己修復という力を考慮したとしても、この生命力は異常である。
「修復などさせん!」
流石に自己修復の速度はかなり落ちているため、追撃するならば今しかない。故に、長門は即座に残している主砲を深海鶴棲姫に放つ。
清霜のように知識のみではなく、長年愛用し続けてきた主砲だ。距離感などは関係なく、すぐさま狙いを定め、完璧な場所──頭を潰しにかかる。
この時点で考えられることは、思考能力さえ残っていれば、
深海鶴棲姫は自分のことを新人類と強く語っている。その特性がそれならば、確かに新たな人種として確立していると言ってもいいだろう。ただし、それを人間とは言わない。バケモノだ。
「まだ、よ、まだ、私は終わらない……」
しかし、往生際が悪い深海鶴棲姫は、未だにほぼ傷のついていない艤装を操り、まともな狙いすら定めずに砲撃と雷撃を繰り出した。近付くなという意思表示をするかの如く、撃ちながらものたうち回り、長門の砲撃を妨害した。
これは殆ど暴走である。本体は修復に専念し、艤装は暴れ続けて攻撃を繰り返すだけ。それが一番危険である。
いわゆる、
「この……っ」
流石に傷を負った状態でこんなことをされれば、長門であろうと安定した砲撃は出来ない。自分の命を引き換えにすれば、さらに致命傷を与えることが出来るかもしれないが、敵の命より自分の命を大切にするのがうみどりの信条。深追いはしない。
しかし、そうすると深海鶴棲姫は修復してしまう。これまでの努力が水の泡になってしまう。
「もう一発撃つよぉーっ!」
すかさず清霜が次の砲撃の準備に入るが、その頃には暴走する艤装が艦載機すら発艦させていた。艦載機そのものも暴走しているようなもので、辺り一面に何も考えずに爆弾をばら撒くだけ。
狙いを定めないからこそ、逆に厄介極まりない。周囲を全て攻撃してしまえば自分には攻撃がされないということに繋がるのだから。
そのせいで、清霜はまともに砲撃をすることも出来ずに爆撃に晒されることになってしまう。撃ちたくても撃つことが出来ず、清霜は長門の主砲から離れざるを得なくなった。
その瞬間、爆撃が主砲に直撃し、木っ端微塵に破壊されてしまう。常識の外からの攻撃は、これによって妨害されてしまった。
「あーっ、せっかくの戦艦主砲がぁ!?」
「そんなこと言っている場合じゃないでしょう!?」
名残惜しそうな清霜を矢矧が叱りつつも、暴走する深海鶴棲姫の艤装を破壊するために考えを巡らせる。
これまで以上の猛攻を繰り出す艤装は、近付く隙はない。そして、時間を使わされるせいで深海鶴棲姫の本体はゆっくりと確実に自己修復が進んでいく。流石に急所の修復であるために時間はかかっているが、このままでは本当にこれまでの戦いの意味がなくなってしまう。
「クソッ、近付けん!」
「っ、長門さん、榛名は弾切れが近いです……!」
「私もだ……このままではまずいぞ」
これまで撃ち続けていたこともあり、長門も榛名も弾薬が底をつきかけていた。ただでさえ、片方の主砲をパージしているのだから、回避は出来ても砲撃は出来ない。
今まともに攻撃が出来るのは、おそらく矢矧と清霜。しかし、この暴風とすら感じる攻撃を前に、軽量な艦娘である2人でも前に進むことが難しい。
「いや、待てよ。今の奴の艦載機は統制が取れていないな」
「はい、榛名にはそう見えます。目につくモノにただ攻撃をして、近付くなという意思表示を見せつけているだけに……」
「ならば、
深海棲艦の艦載機は、意思を持つかのように自由自在な動きをする。空中での緊急停止やバックまでしてしまうトンデモ兵器。艦娘では絶対に使えないような生体兵器みたいな存在。
その動きは、本体の感情がそのまま乗っているようにも見える。本能のままに動く深海棲艦といえど、理性的に動かしていると考えられた。そして、切羽詰まってくると、大群が押し寄せるなどの感情に任せた動きになることも多い。
今の深海鶴棲姫は瀕死の状態だからこそ感情的になっている。その感情は主に、『近付くな』の一点。修復が完了するまでは、その圧倒的な火力を自分を守るためだけに使う。
それは、その感情になってから使われた兵器だけではなく、既に使っていた兵器にも影響を与えるのではないか。長門はそう考えた。
「そうだとしたら、何が……」
「この状況をひっくり返すことが出来る者は、いるということだ! おそらく、今……っ」
暴走を必死に回避しながらも、長門は深海鶴棲姫の方を見た。修復は半分ほど、抉られた肉の先に、即座に修復された心臓が見えたところ。そこに肉が乗ってしまえば、もう修復は完了と言えるくらいになってしまう。
だが、思い出してほしい。深海鶴棲姫の攻撃、特に爆撃は、
そこに直接、この攻撃も受けずに近付ける者がいる。それは、今の段階になった時点で、即座に動き出していた。妨害が理性的ではなく感情的になった時点で、
「とった」
台風の目、そこには、海中から飛び出した伊203の姿があった。
「なっ……」
「時間がかかったのが気分悪い。だから、貴女はすぐに終わらせる」
そして、修復されていた心臓を直接掴み、握り潰した。
海中では、伊203が潜航を邪魔する対潜艦載機に手をこまねいていた。上に上がろうとすると群れを成して壁となる。魚雷を放っても散らばって回避され、精度も勝手に下げられる。それでいて、海中であるにもかかわらず爆雷などを発射してくるため、振り切るのも難しかった。
自分の速さについてくるというだけでも厄介極まりなく、すぐにでも始末したいと思っていたのに、刻一刻と時間が経過していくのが本当に気に食わなかった。
だが、海上での猛攻によって、深海鶴棲姫に余裕が無くなった今、艦載機の統制力が乱れた。感情的になったことで、伊203を相手にしていても動きが鈍くなったのだ。
その瞬間、伊203は一気に行動に出る。妨害が甘いならば、そのスピードで突き抜けることが出来る。守りは堅くなったようだが、対潜行動に理性が見えなくなった時点で、振り切ることは簡単だった。
「ここにいたら、艦載機も使えない。砲撃も出来ない。貴女は素手では戦えない」
抉った端から修復しようとしていたが、伊203はもうそんな余裕も与えない。
「あな、た……」
「堅いのはわかった」
即座にその首に腕をかける。チョークスリーパーの構え。
「治るなら、
「っがっ!?」
傷は治る。心臓ですら治る。ならば、呼吸を止める。これが伊203の答えだった。
ここまで密着していれば、誰も攻撃は出来ない。深海鶴棲姫自身が、その身体でどうにかしなくてはならないのだが、艤装の力で戦うのが当たり前なのだから、こうなってしまうと回避が出来ない。
「貴女が深海鶴棲姫でよかった」
「なっ、に……」
「身体に邪魔な艤装が無いから、これだけ近付けた。他の深海棲艦だったらこうは行かない。本体が無防備だから、私にはいい
より強く首を絞める。破壊したら修復されるのだから、破壊せずに命を奪う。それが一番わかりやすいのが、窒息である。
「貴女、深海棲艦だから海の中でも呼吸出来るよね。なら、この場で終わらせる」
ギチギチと絞めあげる音が周りに聞こえるかのようだった。あまりにも苦しく、残された方の手で伊203を掴もうとするが、それすらも払い除ける。
「みんなのお陰でここまで来れたよ。ここまで重傷にならなかったら、私が近付ける隙なんて無かっただろうから。だから、美味しいところだけ貰うことになるのはごめんね」
ギチギチが、ミシミシに変わり、深海鶴棲姫の顔が苦しみと痛みが混在するモノへと変化する。
もう深海鶴棲姫は涙目で泡を吹いていた。落ちる寸前の苦悶の表情。もう、伊203の声が聞こえているかもわからない。
しかし、容赦などするはずが無かった。ここで加減などしようものなら、これまでの仲間達の努力が全て水の泡になる。
だから、最後に直接手を汚すのは、伊203となる。
「でも、これがチーム戦。独りで戦ってる貴女とは、違うの」
そして、首を絞め続けた結果、ゴキンと鈍い音がなり、その時には深海鶴棲姫の力が抜けた。
払い除けられた手はダランと垂れ下がり、意識が無くなったからか修復すら止まる。また半分ほど元に戻っていた心臓は、もう動いていなかった。
こうなると艤装の暴走も止まり、艦載機も全て墜落。深海鶴棲姫が本当に終わったことを意味していた。
「これだけだとまだ不安があるね。どうする?」
死んでいるかもわからない深海鶴棲姫の髪を掴んで長門に見せる伊203。表情を変えずにそういうことをする伊203に少々ゾッとしたものの、この深海鶴棲姫はここでしっかり終わらせておかないと厄介なことになりかねない。
「ん、首を捥ぐね」
「私はまだ何も言っていないが」
「目が言ってた」
言うが早いか、伊203は当たり前のように深海鶴棲姫の首に脚をかけ、四の字固めのようなカタチになると、グリンと身体を捻ることで完全に首を破壊。深海鶴棲姫の頭を、胴から千切り離してしまった。
こんな光景を見たことなんてない榛名と矢矧は、ゾクッと寒気を感じてしまう。深海棲艦との戦いを続けているのだから、戦闘中に首だけになる者も何度も見ているだろう。しかし、手段が手段であるため、これには流石に言葉もない。
「これ、もしかしたら
「……ああ、私もそんな気がしている」
心臓が潰れても生きていたことを考えると、首だけになった深海鶴棲姫はこれでも生きている可能性がある。それが最も怖いことである。
ならば、何故そうなっても存命出来るかを考える。そして、伊203の視線が足下に向かった。
「艤装があるから生きていられるのかもしれない。
「そうであってほしくないな……」
深海鶴棲姫の艤装だけは、これだけの戦いをしても殆ど傷がついていない。本体の意思が失われたことで機能を停止しているが、いつ動き出すかもわからないと来た。
そこで思いつくのが1つ。どちらも破壊しない限り、深海鶴棲姫は生き続けるという懸念点。
完全な共同体であり、艤装側にも心臓がある。そして、両方を壊さない限り、どのような状況でも互いに生き続ける。自己修復も止まらない。頭だけになっても、艤装が残っていれば死なない。今でこそ動いていないが。
「……『双胴艦』……というものでしょうか」
「夢物語みたいなモノだがな。奴らのやり方を考えると、あり得ない話ではない」
これまでの無茶苦茶さ加減を見ていると、そういうのもあり得ると考えてしまう。
深海鶴棲姫を斃すことは出来たが、その後の処理をどうするか。それは、この場で決断することは出来なかった。速さ重視の伊203であっても。