海賊船から現れたのは、1人の
出来損ないは有明、浜波、朝雲。時雨や子日、増援の朝霜と満潮に縁のある艦娘であり、特に時雨は純粋種であるために苛立ちも他より強い。
そして駆逐水鬼も、萩風と縁が強い舞風が嫌そうな顔をしていた。那珂も縁があるため、苦笑しつつもその奥底に強い感情が湧き上がってきている。
だが、今は時雨達に落ち着いてもらい、深雪と共に三隈が一歩前に出る。
「1つ、聞かせていただけますか?」
駆逐水鬼に問う三隈。戦いではなく対話を求めてきたことに驚いた駆逐水鬼だが、冷静な態度はなるべく崩さずに、出来損ないに守らせながらも一歩前へ。
「貴女は何のためにここで戦うのですか? 貴女はどのような道を歩いた結果、ここに辿り着いたのです?」
悠長に聞いている場合じゃないだろうと考えるものの、三隈は至って真剣。このように敵対する理由が正統ならばまだマシ。だが、そうで無かった場合は、タダでは済まないだろう。
「……そんなことを聞いて、どうするの」
駆逐水鬼は単純な疑問を問い返した。三隈の言葉の意味がわからない。戦場で、これから命のやり取りをする相手に、何のためにここにいると言われても困る。
「いえ、こちらには戦いたくないのに協力させられている方が逃げ込んでいますので。貴女も同じように、理由があって協力させられているのなら、こんな状態であってもこちらに来ませんかと思ったのですわ」
平瀬や手小野のように、騙されてカテゴリーYにされた可能性を考慮して、まずは対話から始めている。出来損ないをコントロールしつつ、確実にこちらを始末しようとしてきた相手であるにもかかわらず、それすらも理由があってやらされているのかもしれない。
そういう事情を考慮して、三隈はまず話を聞くことにしている。対話が出来るのなら、いきなり攻撃ではなく、言葉でのやり取りを選択。
駆逐水鬼はそんなことを聞かれたことで、目をパチクリさせていた。敵がそんな奴だとは思っていなかったと、
「それは出来ない。貴女達は、私達の平和を脅かす存在でしょう」
ここは深海鶴棲姫と似たような物言いである。あちらにはあちらの目指す平和があり、それを止めようとする深雪達は平和を脅かす者。ならば、命を懸けて戦わねばならないだろう。
しかし、どうしてもここで口を出してしまうのが時雨である。いや、誰もが出したかったが、時雨が最も早かった。
「平和を目指している割には、やる手段が随分のあくどいんだね。何だいそのバケモノ達は。人間の命と、艦娘の命、両方を無駄にしている存在を自分達の兵器として使っているのは何でなんだい?」
苛立ちを隠すことなくぶつける時雨。元人間とはいえ、自分の顔見知りが出来損ないにされていることが本当に気に入らないらしく、今すぐにでも襲い掛かりたいという願望が見えているが、時雨はどうにか抑え込んでいる。
時雨だけではない。元人間であっても、姉妹艦がバケモノにされているというのは、気分がいいものではない。そしてそもそも、こんな姿に変えられた人間がいるというのに、それをある意味
駆逐水鬼は時雨のことを一瞥しつつ、表情を変えずに語る。
「彼女達は、
「至る……とは、君達の平和のために必要な、高次だか何だかの話かい?」
「そう。人の皮を脱し、その身体に適応し、強靭な身体を手に入れることで戦いにも負けず、平穏な心を手に入れる。強くあらねば、平和には至れないの」
強くなければ平和には至れない。言いたいことはわかる。しかし、深雪にはその言い分が気に入らなかった。
「じゃあ何か。お前、強くなれない奴はどう使ってもいいって考えてんのか」
「……至れなかった者達でも、平和の糧になる。せめて礎になってもらおうと思ってる。そうすれば、その存在が
歪んでいる。そうとしか言えなかった。何がどうあったらそんな思想に辿り着くのかはわからないが、とにかくその考え自体が間違っていると断定出来た。
出来損ないを安らかに眠らせるのではなく、骨の髄まで搾り取っているようにしか見えない。その上、この出来損ないを自爆させて最後の一押しに使っているところがさらに醜悪である。
「何が平和の礎だ。お前達がやってんのは、他人の命を玩具にしているだけじゃねぇか」
「適応出来ない者は」
「そもそもそこが間違ってんだよ。適応出来ないと平和になれないっていうのはおかしいだろ。本当の平和は、差別なく全員が穏やかに過ごせることだ。真っ先に命を脅かされてどうすんだよ。あぁ?」
口汚く、しかしその間違いの芯を捉えて、低い声で駆逐水鬼にぶつける。
だが、駆逐水鬼は素知らぬ顔。それどころか、当たり前のように言い返してくる。
「貴女達だって私達の命を脅かすでしょう」
まるで自分達が悪いと思っていない言い分である。あまりにも酷すぎて、吐き気がしてきた。
「おう、そうしないとこっちがやられるからな。あたし達はただ後始末をしていただけだ。それなのに、あたしは生きているだけで害があるっつってたよな。そんな考え方をするような奴が正義だ平和だ言ってるとか、ちゃんちゃらおかしいんだよ。本当に平和を求めてるなら、あたしも丸め込んでみろ。全員生きて、手を取り合って、初めて平和だろうが」
本を正せば、善意で協力してくれた純粋種の艦娘の命を搾り取り、私的に利用するところから始まり、そこから人間を騙してまで実験台にし、自分が考えた平和の道を無理矢理歩かせようとした。失敗して命を奪ったところで悪びれることすらなく、それにも利用価値があると言わんばかりに戦場に送り出し、元あった命を散らせる。
平和という言葉の意味を自己解釈──
既にその時点で平和とは程遠い。
「独りよがりの平和だったらお断りだ。そんなもん、絶対に平和だなんて認めねぇ」
主砲を構える深雪。それと同時に、仲間達が全員攻撃の態勢になる。元々ここで戦いになることはわかっていたのだ。だから、躊躇いなんてない。
「……最初から認めてもらおうだなんて思っていないよ。だからここにこうして立ってるんだ。特異点は私達の平和を脅かす
出来損ない達がゆらりと構え、駆逐水鬼もその武器を構えた。腰から生えた巨腕。その手の甲に接続された主砲を正面に向け、何も持たない本人の手も武道を嗜んでいるかのように拳を握って前に構える。
「深雪ちゃん、那珂ちゃんにも手伝わせてね」
深雪の隣に那珂が立った。いつもの笑顔には戻っていたが、その目の奥には明らかに怒りの色が見えていた。
この那珂とて、元人間とはいえ那珂の命と誇りを受け継ぎ、艦娘として戦う者。その意思をも心に秘めたことで、萩風の命を取り込んだ駆逐水鬼に対して思うところがある。
この那珂は、特に艦娘那珂との繋がりが深かった。本来の自分を持ったまま、その上で艦娘那珂の意思をも自らのモノとして、完璧な共存を実現していると言える。
「萩風ちゃんは、ああいうことをする子じゃないんだ。だから、本当に利用されてるだけ。それを救うのは、こうするしか無いよね」
那珂の艤装が急速に音を立て始める。ギンギンと、タービンが唸る。その力は、那珂の脚部艤装に集約していく。
「あ、そうそう、深雪ちゃんには教えておいてあげるね」
「何かあったっけか。那珂ちゃんって結構包み隠さず見せてくれてるだろ」
「うーん、まぁ大体はね。でも、1つは話してないんだよ」
ニコッと笑った後、途端に眼光が鋭くなる。
「那珂ちゃんはね、
軽くステップを踏んだだけに見えた。しかし、その時には出来損ないが反応出来ないくらいの速度で接近しており、既に駆逐水鬼に触れられるほどの距離にまで詰めていた。
「なっ!?」
驚きの声を上げたのは深雪である。そもそもがかなり強い力を持っているのは知っていた。敵の主砲を蹴り上げるなどという強烈な回避方法を使ったりすることもあったくらいなため、脚技を実戦で普通に使える程に鍛えられていることも。
だが、ここまでとは思っていなかった。これもまた、アイドル活動の賜物と言われても信じられない。その動きは明らかに、敵を斃すための動きである。それこそ、
「貴女は……っ」
「艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー。よっろしくぅ!」
そして繰り出されたのは、殺意増し増しのトゥーキック。しかも狙いは顎。直撃したらそのまま頭が首から外れて打ち上げられるのではないかと思える程の鋭さ。
しかし、駆逐水鬼はその構えの通り、武道を嗜んでいる。その蹴りを、構えた両手を下ろすことによって食い止めた。互いに艤装のパワーアシストがあるために、力は互角と言ってもいい。
「みんなーっ! 今日も元気に……っ」
那珂が全員を鼓舞するように叫ぶ。しかし、アイドルのコールとは思えないような言葉が発せられる。
「
そんなあまりにも品のない、しかし艦娘としては非常にわかりやすい言葉。それを那珂が言うからこそ、ここにいる者達の心が一気に湧き立った。
「ははっ、すごいな彼女は。アイドルってヤツかい?」
「だねぇ。声が響くのはボイトレしてるからだよ。でも、やる気出てきた!」
時雨と子日は、有明の出来損ないに目を向ける。触手に包まれても眼光鋭く睨みつけてくるそれは、見るものが見たら怯えてしまうかもしれない。
だが、鼓舞された時雨と子日に、怯えなんてカケラもない。むしろ、やる気しかなかった。
「人様の姉妹艦をここまでコケにして、黙ってられるかって話だよなぁ!」
「ええ、ここでちゃんと始末をつけるわ。アイドルがあんなことを言ってくれたんだもの。やらない理由がないわよ」
「だな!」
姉妹艦が出来損ないにされている朝霜と満潮も、那珂による鼓舞によって怒りよりも先に前を向く。今なら負ける気がしない。
「白雲、いいな」
「勿論です、お姉様。那珂様の鼓舞、白雲の心にも響きました。参りましょう」
「おう、あたしはもう後ろなんて向かねぇさ。ここでコイツらを確実に──」
深雪も笑みを浮かべた。
「ぶっ潰す!」