那珂による鼓舞により、この戦場に立つ艦娘達は全員一気にやる気が出てきていた。その意思は非常に単純。目の前にいる敵を、
那珂はいち早く駆逐水鬼と激突。実は得意だと語る接近戦を躊躇なく使い、真っ先にその行動を自分に釘付けにした。
「っ!」
いきなり近付かれ、蹴りをお見舞いされかけた駆逐水鬼は、武道の心得があるのか、その蹴りを空いている手で止めた。しっかりと両手を使って、それ以上動いてもらっては困ると言わんばかりに艤装の巨腕を振るった。
あまりにも咄嗟だったため、その巨腕に接続された主砲を放つことも出来ず、ただ離れろという気持ちが強く出た行動。
「強引な握手は受け付けていませーん」
そんな質量兵器による一撃は、軽くステップを踏んで小さく距離を取ることで軽々と回避。身体の柔らかさ、しなやかさで華麗に見えるのは、やはりアイドルであることを自負しているからか。
小さく一回転しながらも、その振るわれた巨腕を逆に蹴り飛ばし、振るった方向に余計に動かすことで、バランスを崩させる。
「悪質なファンの方は、お引取りくださーい」
そして、この格闘術に紛れ込ませるかのように主砲による砲撃も加える。
那珂の主砲は手持ちではなく、電と同じように艤装に直接接続されて頭の中でトリガーを引くタイプ。つまり、両手が空いている状態で砲撃が放てるということ。そういうところは、駆逐水鬼と若干近しい艤装配置。
「させないっ」
しかし、駆逐水鬼はその砲撃を巨腕で防いだ。本人の腕と比べれば数倍は太く強靭なそれは、軽巡洋艦の砲撃くらいならば小さく傷がつく程度で弾き飛ばせるようである。
そして、そこでついた小さな傷は、案の定すぐに修復されていく。相変わらずここにいる敵は全員が自己修復を持ち合わせており、駆逐水鬼も例外では無かった。
「うーん、相変わらずのインチキだねぇ。そっちは自己修復ありで艤装の出力も艦娘以上。それに比べて那珂ちゃんは歌って踊れるアイドル。いやーん、那珂ちゃんすっごく不利だよねぇ」
自分の方が不利だと言いながらも、駆逐水鬼との
こんな戦いの中でも、那珂はアイドルらしく笑顔を絶やさない。殴り、蹴り、躱しながらも、小さく歌を口ずさみながらだった。
駆逐水鬼からしてみれば、那珂にはまだ余裕があるようにしか見えない。しかし、那珂はこれが普通。戦場でも後始末でも、那珂は小さく歌を──鎮魂歌を口ずさむ。
「……貴女、何者なの」
思わず駆逐水鬼は那珂に聞いた。目の前の艦娘は、普通では無い。力を得て、高次の存在へと昇華した自分であっても、当たり前のように渡り合ってくるこの艦娘に、駆逐水鬼は単純な疑問を持った。
「那珂ちゃんは艦隊のアイドルだよ? みんなが笑顔になれるように、歌って踊るだけ」
「ただのアイドルなわけが……」
「生きていても、
笑顔はそのまま。しかし、那珂の目の奥にはあらゆる感情の焔が揺らいだように見えた。
那珂と駆逐水鬼の戦いは、周囲で出来損ないをどうにかするために戦う仲間達を強く鼓舞する。
勿論、出来損ないにされた艦娘のことを思うと、嫌な感情ばかりが湧き上がる。だとしても、この場をどうにかしなければ先に進めないのだから、那珂のように突き進みたい。そう思えるくらいに、戦場は熱狂していく。
まるでそれは、アイドルのライブである。
「あっちはチームワークまで手に入れてやがるな」
それには誰もが気付くことが出来た。3体の出来損ないは、これまでに無い連携を仕掛けてくるようになっていた。
あちらとしても深雪と白雲にはかなり強めの警戒をしており、それをどうにかするために、3体が3体、バラバラにならないようにお互いを補完しあっていた。
その中でも特に警戒されているのが白雲。その鎖に触れた瞬間、凍結の力によって自己修復を阻害する。それだけは確実に避けねばならないとあちらも考えたようで、白雲の鎖が飛んできた瞬間に、他の出来損ないが触手で弾き飛ばす。
「動き自体は3人とも似たようなものだね。別にその艦娘だからって動きはしてこない」
時雨は比較的冷静に敵の動向を観察している。いや、冷静にこの場をこなしていこうと努めている。その出来損ないは、どうしても時雨の琴線に触れるからだ。
3体のうちの2人は、時雨と関係性のある艦娘である。有明はかつて結成していた第二十七駆逐隊で、朝雲は西村艦隊という艦隊で、僚艦として共に戦っていた仲間。縁があるためにその姿がすぐにそれだとわかってしまっている。
もう救われない仲間を討たねばならない事実は、それが元人間であり、カテゴリーMの呪いで苦ではなくでも、心苦しさはあった。
仲間の命が使われていることは間違いではなく、うみどりの仲間達のように誇りを持って使われているならまだしも、使い捨てられるかのように蔑ろにされている上に敵対しているのだ。
「動きも速いし、とにかく力もあるし、あと体液に触れちゃダメなのがキッツイね!」
今の時雨の相方として戦っている子日も、出来損ないの動きにかなり警戒していた。速いはまだしも、どうしても気になるのがあの腐食性の体液である。
子日はその体液によって負傷した時雨とZ1を目の前で見てしまっているため、無意識的にも避けてしまっている。人間はそういった恐怖が勝手に刻みつけられてしまうもの。本来はアクロバティックに正面を切って突撃するような子日ですら、出来損ない相手ではどうしても遠距離からの攻撃を軸にしてしまう。
しかし、出来損ない自体も自分達の特性を理解していないわけがなかった。砲撃や雷撃だけでなく、巻き付いた触手も近接戦闘用の武器として、しかも傷つくことすら厭わない。
3人揃って突撃を仕掛け、そのくせ回避性能まで上げられているせいで急所を撃ち抜くことも難しい。
そして他の改造深海棲艦と大きく違ったのは、深雪を集中狙いしようとしないことである。その場にいる者を確実に始末し、戦力を減らしていくことに専念しようとしているらしく、むしろ深雪を後回しにするような戦い方を選択し始めた。
「くそっ、あたいかよ!」
真っ先に狙われたのは、援軍として来ている朝霜。厄介と見られたか、
その筆頭が、朝霜の姉妹艦である出来損ないの浜波。元々長い前髪で両目を隠しているような恥ずかしがり屋な艦娘なのだが、今はその髪の隙間、眼球を突き破るように触手が生え、まさにバケモノという風体にされてしまっているため、単純に気味が悪いというのもあって、朝霜はほんの少し及び腰になってしまっていた。
「何してんのよ朝霜!」
「お前だって姉妹艦いたらビビるだろうがよ!」
「っ……ああもう!」
朝霜の相方としてここにいる満潮も、その浜波と連携しながら突撃してくる朝雲には思うところがあった。姉妹艦、そして時雨と同じく西村艦隊という艦隊での僚艦ということもあって、非常にやりづらい相手。
情がある者に対して大きな効果があるのがこの出来損ないの戦術だ。世界の平和のために戦っている艦娘は、非情に徹することが出来る者というのは意外と少なく、あまりにも効果的。
だが逆に、ここにいる者達と全く関係ない者であれば、そこはある程度は回避出来る。カテゴリーCでも、カテゴリーBでも。
「当てつけって最低だよねぇ。だから、あたしがやったげる!」
「I'll help you too. 幸い、誰とも縁は無いですから」
あちらがやたらと国内艦を使ってくるからこそ、ここで活躍出来るのは海外艦である。グレカーレとヘイウッドが真っ先に動き出し、朝霜と満潮の前に立ち塞がって砲撃と雷撃で迎撃する。
直撃をしたところで即座に修復されるという状況であっても、急所狙いなら本能的に回避を選択するため、狙いは基本的には頭。
「悪ぃ!」
「キッツイなら周りお願い! こんなことしてる時でも後ろから群がってくるからさぁ!」
朝霜と満潮はキツイと感じたら改造深海棲艦の対処側に移動する方向へ。
そちらには既に舞風が移動している。姉妹艦かつ同じ駆逐隊で活動していた萩風の命を使った駆逐水鬼まで現れたことで、一度この戦場から離れた方がいいと那珂にアドバイスを受けたからである。
野分の出来損ないを始末することまではどうにかなったが、その後にもう1人となったら、流石に舞風と言えど揺らいでしまう。辛いことから逃げることは罪ではないとまで言い切られたこともあって、まずは仲間達が戦いやすいように、邪魔者を処理する方向で前に進む。
舞風だけでは不安であったため、村雨もそこをカバーしていた。ある程度人数がいなければ、改造深海棲艦を抑え込むことは出来ない。勿論、今ここにいる者でなくても、ここを気にしている。
「隙がないですね」
合間合間に白雲が鎖を伸ばしているのだが、まるで背中にも目があるのではと思える程に反応速度が速く、その上かなり無理な身体の動きをしても悲鳴を上げるどころかすぐさま修復してしまうため、触手で即座に弾かれる。
そこだけは触れているので表面は凍結しているのだが、そこはすぐに切り離すことで即修復。何も無かったかのように戦いを続ける。
「役割を全て持っている、万能戦力とされているようです。あら、防空まで完璧ですわ」
三隈が夜間瑞雲を使って上空からの爆撃もやってみるものの、有明の出来損ないが即座にカバー。歪んだ艤装から粘液を垂らしながら対空砲が出現し、半端ではない火力を上空にぶち撒けた。火力のせいで本人にもダメージが入るが、そこは自己修復でカバー。
結果として、駆逐艦であっても何事も無かったかのようにその場に立っていた。
「個別ならまだマシだったんだけど、なっ!」
深雪も駆逐水鬼は那珂に任せきり、まずは出来損ないを終わらせるために行動を開始している。消し飛ばず砲撃は自爆を許さないため、トドメは大概深雪に任せられるのだが、それすらも対策を積んでいる。
深雪に対しては、砲撃を放つ前に出来損ない側からの砲撃で牽制され続けていた。最もおかしいのはここである。
3体の出来損ないは今、各個撃破を狙うように3体まとめて1人に向かうのだが、腕や脚ではなく艤装からズルリと生えてきた触手が主砲を握りしめているのだ。腕が3本あるようなものであり、その1本は常に深雪を牽制し続けているというインチキである。
「何なんだありゃあ。本当にバケモノじゃねぇか!」
「ああ、しかも相変わらずの人気だ。あそこまで出来ることに逆に感心してしまったよ」
3本の腕を駆使して戦場を暴れ回る出来損ないに、時雨は妙な関心を持ってしまった。だが、表情は冷ややかなもの。
「ここまで艦娘の誇りを壊すことが出来るだなんてね。全く、いい性格をしているというものだよ。今すぐ縊り殺したくなるくらいにね」
背部大口径主砲を構え、3体纏めて始末しようと撃ち放った。その威力は並ではない。
しかし、それに対してはシンプルな速さで軽々回避。やはり、背中だけでなく360度全ての視野を埋め尽くしているようにも見えた。
これまでの3体とは全くの別物。改造深海棲艦で時間を稼いでいる間に、更なる強化と学習が執り行われたようである。
しかし、これを乗り越えなくては先には進めない。3体の出来損ないの異常な性能を前に、ここにいる者達は苦戦を強いられる。