「ようこそ『うみどり』へ。アタシがこの後始末屋を管理する提督、伊豆 遥よ」
深雪が所属することとなった鎮守府、海上清掃艦『うみどり』の艦長にして、艦娘達を統括する提督、伊豆遥。イリスからクセが強い人と評されていただけあり、その第一声からして特徴的である。
「ちゃんと休めていたみたいで何よりね。肌艶が良くなってる。女の子はやっぱり、見た目から整っていないとダメよ」
ニコニコしながら深雪には近付いてくるが、当の深雪は緊張感がおかしな方向に行ってしまい、反応することが出来なかった。
「特型駆逐艦、深雪ちゃんだったわね。この鎮守府に所属を決めてくれてありがとう。アタシがアナタの上官ということになるけれど、緊張しなくていいわ。気軽にアタシのことは
「う、うす」
自分が考えていた司令官とはまるで違う雰囲気。空気は弛緩するものの、逆に混乱することになる。どう接するのが正しいのかがわからない。言われた通りにしてもいいのかどうか。
イリスは同性であり、見た目も小柄。司令であったとしても躊躇いなく気さくに接することが出来たが、伊豆提督は異性であり、なかなかの長身。そしてこのキャラである。
「うーん、ちょっとまだカタいわねぇ。イリス、どうしましょ」
「貴方の濃さに引いてるだけよ」
「濃いだなんて失礼ね。まぁ普通の男とは違うってことは自覚してるけれど」
言いながらも、深雪と視線を合わせるように膝をつき、笑みを浮かべながらその手を取る。触れられたことでビクッと震えるが、その手の温かさと、瞳から感じられる純粋さによって、緊張は少しずつ解されていく。
「この鎮守府の居心地の良さは保証するわ。アタシ、これでもアナタ達の気持ちを理解出来ていると自負してるの。必要なものはちゃんと取り揃えてあげるし、生活にも不自由させないわ。勿論お仕事はしてもらうけれど、それで何か嫌なことがあったらすぐに言ってちょうだい。改善に努めるから」
「え、あ、うん」
「あくまでも、アタシは艦娘に頼らざるを得ないの。だから、基本的にはアナタ達が第一。戦場の後始末なんてするんだもの。せめて日常は気持ちよく暮らせるようにしなくちゃね。ちゃんと福利厚生はしっかりするっていうのがアタシのモットーなのよ。アタシだってどうせなら気分良く仕事がしたいもの。だから、ここにいるみんなが気持ちよく仕事が出来るように力を尽くしてるのよ」
伊豆提督の言葉に嘘は無い。むしろ、伊豆提督は嘘がつけないような人であると、面と向かうとなんとなくわかった。こう話している時も、取り繕ってるような様子はなく、ニコニコしながら本心を語っているに過ぎない。
少し変わっているところはあるが、仲間のことを第一に考え、この仕事に全力で取り組む、トップに立つべき存在だとすぐに理解出来る。
「ハルカ、ちょっと止まりなさいな。深雪が何か話したそうよ」
「あら、ごめんなさいね。アタシったらまた勢い任せになっちゃって」
こういう性格であることはもうわかる。自分の思いを伝えることが上手いのか下手なのか、相手の反応を見ずに話し続ける癖があるようにも見える。イリスはそこを理解しているから、ちょうどいいところでブレーキがかけられる。
深雪もここまで話されたら伊豆提督に対して何か話したいことも出てくるだろう。イリスはそれも察したようである。観察力が非常に高く、伊豆提督のサポート役としては抜群。
「いや、あのさ、伊豆しれ」
「ハルカちゃん」
「……ハルカちゃんのいいところも悪いところも、こうやって面と向かって話したらよーくわかったよ。ここ、めっちゃいいところだってすぐにわかったしさ。さっき、部屋から作業してる奴ら見たんだけど、みんな嫌そうにしてなかった。むしろ、進んで自分からやろうとしてた。これ、ハルカちゃんのおかげなんだろ」
目を覚ましてからすぐに見た、窓の外で作業をしている艦娘達のことを、深雪は思い出していた。艦娘達は、皆
廃棄物の清掃というのは、少なからず拒否したくなるような作業もある。例えば、深海棲艦の亡骸の処理。流石に笑顔は見せていないが、嫌な顔をせずに淡々と作業をこなしていく姿は、この仕事に誇りを持っていると感じ取れた。
そう思わせているのは、伊豆提督による管理の賜物なのだろう。深雪はそう考えた。仲間内でも仲が良く、一緒に作業をしていても苦ではない。それは、日常にストレスが無いから、心に余裕があるのだ。そう出来るのは、鎮守府内の管理をしている提督に他ならない。
「だからさ、あたし、改めて言うよ。まだイリスにしか言ってないし。ハルカちゃん、あたしをここの一員にしてほしい」
だからこそ、深雪は改めてこの鎮守府への所属を望んだ。どうせ戦うのなら、気分良く生きていきたい。ここならば、それが出来る。そう感じたから。
そんな言葉を聞いた途端、伊豆提督の笑みはより強いものになる。満面の笑みを浮かべた挙句、感無量になったか深雪の両手を掴んでぶんぶんと振る。
「勿論よぉ! 深雪ちゃん、改めてようこそ! アタシ達はアナタを歓迎するわぁ!」
あまりの勢いに深雪はまたもや何も出来なくなってしまったが、伊豆提督はそれを気にすることなく歓喜を体現し続けた。
そんな姿を、イリスを苦笑しながらも楽しそうに見守っていた。ここに配属される者達は、全員この洗礼を受けているようである。
ひとしきり仲間になったことを喜んだところで、ああそうだと伊豆提督がようやく深雪を解放した。結局、こうなるまでイリスは放置し続けていた。
「作業もそろそろ終わると思うから、そうしたら、みんなにアナタを紹介するわね。もうこの鎮守府の一員なんだもの、今日から早速仲良くしてちょうだいね」
「勿論だぜ。あたしもここの一員として、すぐにでも溶け込みたいって思ってんだからさ」
当然ながら、深雪は生まれたばかりのドロップ艦だ。他の艦娘は先程窓際から作業をしている姿しか見たことが無い。性格どころか、声すら知らない仲間達だ。
仲間としてやっていけるか不安はありそうだが、この伊豆提督が管理している鎮守府の艦娘なのだから、きっと仲良くなれる。
「噂をすれば、作業報告の娘が来るみたいよ。作業の音も薄れているものね」
イリスが口を挟んだところで、執務室の扉がノックされた。
『後始末は完了。清浄化率100%になったことを確認しましたよ』
タブレットを片手に話しながら執務室に入ってくる艦娘。海で戦うとは思えないような振袖と袴姿のその艦娘は、執務室の中で深雪の姿が目に入った途端に目を見開いた。
「あ、起きてたんだ。私ちょっとタイミング悪かったかしら」
「ううん、大丈夫よ。ちょうど話も終わってたから、作業が終わり次第みんなに紹介しようって話していたところだもの」
「そっか、なら私がその第一号になるわけね」
何やら作業報告が記載されたタブレットをイリスに手渡すと、真っ先に深雪に近付いた。
そして、至近距離でマジマジと見つめた後、うんと頷いて手を差し出す。
「私はうみどりの筆頭駆逐艦、神風よ。よろしく」
「ああ、特型駆逐艦の深雪だよ。よろしくな」
その艦娘──神風は、なんの抵抗もなく深雪と接してきた。深雪が思った通り、伊豆提督のやり方がしっかりと行き届いているとわかる。
深雪がこの鎮守府の一員となったとはまだ聞いていなくとも、その流れになったというのはしっかり察しているようで、もう友達だと言わんばかりに強めの接し方をしてきた。
「深雪ちゃん、アナタを海で見つけたの、神風ちゃんなのよ」
「そうだったんだ。んじゃあ、神風が命の恩人ってとこか」
「恩人って程では無いかもだけど、そう受け取ってもらえるのならそれでもいいのかな。
自分の有様にゾッとする深雪。ドロップした直後のことなどはまるで覚えていないが、少なからず海の上に突然発生したというのは間違いない。そこが後始末屋の作業の範囲内だったからこそ、今深雪はここにいる。
なら、後始末が行き届いていなかったらどうなっていたのだろうか。廃棄物が穢れによって深海棲艦を生み出すのなら、その穢れに塗れる羽目になる。最悪な場合、
「いや、マジで恩人じゃん。ありがとな、神風」
「礼には及ばないけど、その言葉は受け取っておくわね」
その話をしている裏で、イリスが神風から渡されたタブレットを操作し、今回の後始末の作業状況を確認。神風がいっていたとおり、作業は完了しており、海上清浄化率が100%に達していることを確認して、タブレットを伊豆提督に渡す。
「神風、状況を確認出来たわ。いつものように作業終了をみんなに伝えてきてもらっていいかしら」
「ん、わかったわ。今回は割と艤装系の廃棄物が多かったから手間取ったけど、全部片付いてよかった」
「そうそう、ついでって言ったら悪いけど、そのまま深雪ちゃんを案内してあげてちょうだい。もうここの一員なのだから、うみどりの中をちゃんと知っておいた方がいいわ。みんなに紹介するのもお願いね」
伊豆提督が直々に案内と紹介をしたいのは山々だが、提督業というのはなかなかに仕事が多く、今も後始末作業完了の最終チェックをして、大本営に状況報告をしなくてはならない。
神風がまだここに来ていなかったら、イリスにやってもらうつもりだったようだが、都合よく作業が終わっているため、艦娘達に馴染んでもらうためにも、神風に案内してもらう方がいいと伊豆提督は考えた。
「コースは任せるわ。最初はどうしても工廠になると思うけど、そこからは自由。見せたいところは全部見せてあげて」
「了解。あとはみんなと仲良くなってもらおうってところかな?」
「ええ、その通りよ。深雪なら大丈夫だと思うけど、何かあったらハルカか私に伝えてちょうだい」
ビシッと敬礼を決めた神風が、深雪の手を握る。
「言われた通り、ここからうみどりの中を案内するわ。ついてきて」
「お、おう、じゃあハルカちゃん、イリス、行ってくるぜ」
神風の勢いに負けそうになっていたが、深雪も軽く敬礼しつつ、執務室から出ていった。
「……相変わらず、嵐のような娘ね神風は」
「それがいいところなのよあの子は。だから筆頭駆逐艦なの」
深雪達が去った執務室で、伊豆提督とイリスが苦笑する。神風が来ることは勿論想定済みで、神風ならば深雪のことを任せられると信じている。
「ハルカ、本当に良かったのね?」
誰もいなくなったことを見計らって、イリスが伊豆提督に問いかける。その表情は真剣そのもの。これからの行く末を案じているのもわかる。
「当然よ。あの子は大丈夫」
「何を根拠に?」
「根拠は無いわ。でも、アナタも大丈夫と判断したんでしょ?」
「まぁそうね。あの子はそういう
「なら、今は普段通りに接してあげなさいな。みんなにもちゃんと通達しているでしょ?」
伊豆提督もイリスも、もう深雪が出ていった執務室の扉をじっと見つめていた。
伊豆提督と呼ぶと言い直させる辺り、ハルカちゃんはなかなか徹底している。那珂ちゃんと気が合いそう。