後始末屋の特異点   作:緋寺

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純粋な艦娘

 翌朝にはうみどりの航行は止まっており、周囲に何もない海のど真ん中で停泊していた。今は依頼されている後始末が無いものの、前以て情報はいくつか流れてきており、また少ししたら後始末へと向かうことになっている。

 たった一日の停滞。深雪にとっては貴重な時間となる。艦の外、海上で無ければ出来ない訓練をやるチャンスである。

 

「今日一日はこの海域に留まるわ。自由に過ごしてくれてもいいけど、今日だけは工廠の門も開いておくから、多少なら外に出てもいいからね。ただし、見えない場所に行くのは当然禁止だから気をつけてちょうだい」

 

 艤装の使用も許可。事前に伊豆提督に申し出れば、海に出てもいいことになっていた。

 

 艤装を動かせるのなら、定期的に動かすべき。ずっと工廠に置いておいても、いざ使いたいという時にすぐに起動してくれるかわからない。チューンしながらも、それ相応の動作をさせることによって、十全なスペックを維持するのである。

 深雪の艤装に関しては、まだ一度も戦闘に参加したことのない新品同様のそれだ。海上歩行訓練以外には後始末に使った1回だけ。もっと()()()()()()()()ところであるため、このタイミングでしっかり回しておきたい。

 

「ハルカちゃん、あたし、主砲とかの訓練したいんだけどいいかな」

「ええ、いいわよぉ。くれぐれも気をつけて、監督もちゃんとつけてやるのよ」

「勿論だぜ。水鉄砲使うってのは神風から聞いてるしな」

 

 駆逐艦の会で聞いていた、水鉄砲を使った砲撃訓練。こういう時こそやっておきたい訓練である。そもそもがやれるタイミングが少ないのだから、この時間を有意義に使うためにも。

 伊豆提督もその辺りには理解がある。深雪が強くなりたいと思うのなら、当然その思いに応えるようにする。危ないことさえしなければ、自由に鍛えてくれて構わないとして、軽く許可を出した。

 

「的とかは工廠にあるから、自由に使っていいからね。それと、主任に言えば水鉄砲に切り替えてくれるから、事前にちゃんと言っておくのよ」

「うす、訓練するぜって言えばいいよな。今日はそっち方面で頑張っていくぜ!」

 

 この貴重な時間を有意義に使うために、深雪は気合を入れた。

 

 

 

 

 工廠に向かい、働いている主任に事情を話すと、サムズアップした後にすぐに深雪の艤装を準備する。今回は後始末の時のようにマスクもなければインナーを身につけることもない。海上歩行訓練の時のようにただ制服の上から艤装を装備するだけ。

 今回は、そこに訓練用の主砲が一緒にあった。駆逐艦が最もよく使うであろう12.7mm連装砲。水鉄砲に切り替えられたそれは、本来の砲撃と同じ衝撃を与えつつも、威力だけが格段に落ちているという、訓練するために誂えられたモノである。

 

 そして、その主砲の上には、1人の妖精さんが乗っかっていた。兵装担当の妖精であり、戦闘となれば艦娘をサポートするために共に戦場へと向かう。

 その妖精さんは、サポートする艦娘と()()姿()()()()。1人1人のそっくりさんな妖精さんがいるということになるのだ。いわば、その艦娘専属妖精。

 

「おお、あたしの真似か?」

 

 深雪の声に、ニッと笑う妖精さん。こいつの制御は任せろと言わんばかりに主砲をパンと叩き、自信満々に胸を張る。

 

「うし、それじゃあ」

 

 基部を背負い、その主砲を持ち上げた。適性があるため、見た目よりもかなり軽く持ち上げられる。もう殆ど紙製のモノを持ち上げているようなものであり、腕に負担が殆ど感じられない。それでも多少は重さはあるので、これを維持し続けるためには腕の筋トレも疎かには出来ないなと内心思った。

 

「行くか!」

 

 持ち上げたと同時に深雪の肩に駆け上がってきた妖精さんに合図をすると、妖精さんも笑顔で返した。

 

 深雪が準備をしている間に、駆逐艦の仲間達が砲撃訓練のための準備をしてくれていた。元人間の艦娘達が最初にやる訓練である的当てである。

 いきなり演習というのは流石に酷。特に、対人戦に間違いなくトラウマが再発する深雪には、的として仲間を撃てだなんて今は無理である。多少は乗り越えられたとしても、完璧に乗り越えられたというわけではないのだ。

 

「私達はここに所属する前からある程度訓練させてもらえるんだけど、深雪はそんなこと出来ないものね。たまたまでも停泊出来てよかったわ」

 

 砲撃訓練の監督役である神風が言うには、人間が艦娘となった時、鎮守府に配属される前にある程度の訓練を受けるという。最低限戦える状態で無ければ、鎮守府に来ても役に立たないという認識があるから。それは艦娘側も理解しており、艦娘となり、必要最低限の技術を手に入れ、そこから初めて鎮守府所属の正式な存在となる。

 深雪は海で生まれた鎮守府で拾われた者。つまり、訓練を飛ばして鎮守府配属になってしまった艦娘となる。人間側の考え方で言えば、飛び級というよりは契約違反。ドロップ艦なのでその辺りの契約には準拠しないのだが、技術的な問題は大きくある。

 

「じゃあ、みんなこういうことはしないのか」

「鎮守府でやることは少ないわね。でも、これがここにあるってことは、やらないわけでは無いってことよ」

「確かに。必要ないなら的自体ここにないもんな」

 

 ならばどういう時に使うのだと深雪が聞くと、この鎮守府ではあまり無いがと最初に付けてから、その理由を語る。

 

()()()()()()()()()()()()()かしらね」

 

 深雪は一瞬言葉を失ったが、よくよく考えてみればそういうこともあり得る。戦場にいるのだから、四肢の一本や二本捥がれることだって無くはない。

 

 艦娘は致命傷であっても死んでいなければドックに入渠することによって完治することが出来る。失われた四肢だって、それで戻ってくる。新品同様の腕や脚が、入渠することで元通り。

 ただし、それはあくまでも治療によって新たに作られた四肢。純粋な艦娘を解析したことで手に入れることとなった強力な再生治療であっても、無くなったものが戻ってきたというのなら、それには()()()が必要。元々の腕と同じように動くかを試しておかなくてはならない。

 そういう時に、鎮守府配属前の訓練を一通りやるという。腕の場合は的当てで照準が狂わないことを確認。脚の場合は海上歩行訓練でしっかり動けることを確認。

 

「そうか……戦うってことは、そういうことだもんな」

「その辺は覚悟しておかなくちゃいけないわね。わかってると思うけど、この戦いは一筋縄ではいかないから」

 

 深海棲艦と戦うだけならまだしも、説得に応じなかったカテゴリーMとの戦いもある。特に後者は、こちらから攻撃しづらいところに容赦なく憎しみを撒き散らして攻撃してくるのだ。躊躇していたら腕も脚も何本あっても足りない。

 

「さ、準備出来たわよ」

 

 用意された的は4つ。ちょうど神風と深雪を抜いた駆逐艦娘の人数も同じ。各的の場所には、それぞれ仲間達が立っていた。このままでは仲間に向けて主砲を構えることになるため、流石に退いてもらう。今の深雪にはまだ早い。

 

「いい、深雪。まず大切なことは、焦らないこと。しっかり的を見据えて、心を落ち着かせる。そうなれば、貴女のサポートをしてくれている妖精さんが正確に照準を合わせてくれるわ」

「お、おう。意外と緊張するな……」

「別に外れてもいいのよ。最初は的に当てることが重要じゃないから。()()()()()()()()()()()が大切なの」

 

 今は水鉄砲とはいえ、それは簡単に人の命を奪うことが出来る兵器だ。冗談でも演習以外で仲間に向けるだなんてことをしてはいけない。実弾が入っていようモノなら、それだけで終わってしまう可能性がある。

 元人間ならその緊張感はより強く、主砲を手にしただけで怖気付いてしまう者すらいるらしい。しかし、この世界に足を踏み入れたのなら、ここは覚悟をしなくてはいけないのだ。

 

「当てることが出来ればそれに越したことはないけれど」

「なるほどな。んじゃあ、撃つぞー」

 

 神風の心配とは裏腹に、深雪は恐れることなく主砲を構える。向こう側に仲間の姿さえなければ、深雪には兵装を扱うことに対しての恐怖は無かった。ここが元人間の艦娘と純粋な艦娘の違いなのだろうと神風は痛感した。本来の考え方が根本的に違う。

 守られる側から守る側になった元人間の艦娘は、本来の恐怖を知っている。最初から守る側の純粋な艦娘は、恐怖を知らないわけではないが精神構造が既に少し上位になっている。それが違うところ。

 

「頼むぜ妖精さん。しっかり見据えて……!」

 

 的を睨み付けるように見据えて、心を落ち着かせる。仲間がそこにいないのだから、しっかり集中することが出来た。すると、妖精さんのサポートなのか、深雪の視界に照準器のようなモノが現れた。これのおかげでよりターゲットに砲撃を当てやすくなるのだが、手の震えがダイレクトに伝わってくるようで、少しのズレが視界にも影響を与えた。

 

「うお、そういうことか。妖精さんの補助、いい感じに狙いやすくなるぜ」

 

 そして、トリガーを引いた。水鉄砲とはいえ訓練用として衝撃は実弾を使っているのと同じように作られているため、撃った瞬間に腕に強めの衝撃が抜ける。

 

「うおっ、こうなるのか!」

 

 しかし、深雪はその衝撃すらも割と簡単に受け流した。放った砲撃も的のど真ん中を見事に射抜く。射抜くと言っても水鉄砲であるため、的の真ん中にバシャッと当たったのが誰の目から見てもわかったということ。

 

 これには監督役として近くにいた神風も驚きを隠せなかった。最初はまともに撃つことも敵わず、撃てたとしても的からは大きく外れた位置に着水するというのが普通。一発で当てられた者など、数えるほどしかいないという話。神風もまともに当てられるようになったのは最初では無かった。

 しかし、深雪はそれを当たり前のようにやってのけた。海上歩行訓練は人間と同じように生まれたての仔鹿のような姿を見せたにもかかわらず、いざ砲撃訓練となったら才能を見せつけた。

 

 どこか()()()()()深雪という存在。人間に近いように見えて、人間からは離れている。仲間との衝突をトラウマとして持っているが、砲撃を放つことには何も感じていない。

 ドロップ艦、純粋な艦娘というのは、最初から海上歩行も出来て、最初から砲撃や雷撃をマスターしているもの。深雪は一部人間と近く、一部は艦娘としての要素を強く持っていた。

 

「一発で当てるなんて、やるじゃない」

 

 そんな不思議な状態であっても、神風は深雪を褒める方向で進めていく。ただでさえカテゴリーWというこれまでにないタイプだ。そういうこともあるのだろうと今は納得して。勿論、この後に伊豆提督には報告するつもりではいるが。

 

「やっぱりそこは艦だったからかな。撃ち方ってのが何となくわかってさ、妖精さんの補助もあるわけだし」

「その割には最初の一歩目は失敗してたけれど」

「そりゃお前、艦とヒトのカタチは違うからバランスの取り方がわからねぇんだよ」

「砲の撃ち方も違うでしょうに。艦がトリガー引く?」

「確かに。でも、安定はしてたな。うん、これなら全部の的に当てられるかもしれねぇ」

 

 そういうと、深雪は次々と的に砲撃を当てていった。神風のみならず、他の者達もこれには驚いていた。一発ならまぐれがあるが、その全てをしっかり的に当てていたのだから。

 

「うし、全弾命中! こりゃあいい感じじゃないか?」

「ええ、正直驚いているわよ」

 

 砲撃が絶好調であることで、妖精さんと小さくハイタッチしている深雪に、神風はもう驚きを隠していなかった。

 

 

 

 

 純粋な艦娘ならではの才覚を見せた深雪。しかし、その存在については、一層謎が深まるのだった。

 




海上歩行は出来なかったけど、慣れてしまえばもう即戦力。そんな深雪は、ちょっとちぐはぐな感じがしてきましたね。
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