腐食性の体液を撒き散らしながら戦う出来損ないも、残すところ後1体。これまでの5体も、なんだかんだここにいる誰かの心を傷つけてきたが、最後に残った1体──有明の出来損ないは、1体で時雨と子日どちらにも嫌な思いをさせている。
子日にとっては姉妹艦。それがどういうカタチであろうが、妹が無惨な姿になったと感じてしまうもの。
時雨にとっては僚艦。かつて共に戦った戦友であり、こんな扱いを受ける謂れなど無いと怒りが激る。
「最後に残るだなんてね」
「子日達に決着をつけてほしいんだよ」
「そうかも……しれないね」
ここまでは深雪と白雲という出来損ないの天敵が確実に始末してきた。自爆の恐れがある個体を、凍結させては消し飛ばす。時雨からしてみればインチキも甚だしい手段なのだが、出来損ない相手では最も適切な手段でもあるため、何も言えない。
白雲の凍結による修復と体液の無効化は、今でもこの空間そのものを冷やすことによって広い範囲に影響を与えている。深雪の消し飛ばしは、体液ごとその場から消え去るという、どういう原理かもわからないような砲撃。だが、それが余計な被害を招かずに済む手段。
だが、最後に残った有明の出来損ないだけは、自分達が決着をつけねばならないと感じていた。
時雨の砲撃はもう並ではないものの、深雪のような異常な効果はない。弾け飛んで体液を撒き散らさせることになるだろう。子日の出来ることは艤装と接続されたワイヤーではあるのだが、それで捕縛出来たからといって腐食してしまう。
そうだとしても、持てる力を使って、その命を解放してやりたい。それが姉妹艦として、かつての僚艦としての、
「動きが鈍い。狙うなら今だ」
「うん。でも……何か様子が」
最後の1体となった途端、有明の出来損ないの動きが少しだけ変わる。元々この冷却された空間で戦っていたことで、身体中に霜が降りる程に冷やされているのだが、それに輪をかけて動きが鈍くなった。
それこそ、
「何かされる前に……!」
まずいと思った時雨は、より動きが鈍くなった有明の出来損ないを背部大口径主砲で狙い撃った。
それで体液を撒き散らされるなら、それならそれで仕方ない。あのままにしておくことの方がまずい。直感的にそれを感じた。
その砲撃はこれまでと違ってあっさりと出来損ないの身体を噴き飛ばした。だが、僅かに回避していたか、半身が失われるくらい。
空間の冷却によって修復が遅くなっているものの、まだ死んでいないことはわかる。体液を撒き散らしながら修復されていく様は生理的に嫌悪感を擽り、目を背けたくなる程の醜悪さ。
そんな有明の姿を見ていることが苦痛だったか、時雨に続いて子日もその蠢く物体に対して砲撃を放つ。苦しくても、こんな醜態を晒している妹を終わらせてやりたいという一心で。
「何かおかしくないか……?」
その様子を見ていた深雪が、有明の出来損ないに違和感を覚えた。これまでの出来損ないとはまるで違う、緩慢で何かを諦めたかのように一方的に攻撃を喰らう姿は、明らかに何か策があるとしか思えない。
現に、これだけ攻撃を受けていても、
「最後の1人になった途端に発動する何か……」
三隈がそれを考えていた時には、あちらの最後の策が発動しようとしていた。本当に頭だけになった瞬間、その頭が突然水没。砲撃が当たらない場所にまで勝手に潜っていった。
「なっ……対潜!」
その潜った瞬間を深雪は見ていた。その有明の頭がどうなっていたのか。それを思い出して、深雪は本当に嫌そうな顔をした。
忌雷が肥大化し、頭を包み込み、頭部を中心とした触手性の生物と化していた。首から直接タコの脚が生えているような、顔自体は忌雷の装甲に包まれているような、命の冒涜などとはそれどころではないくらいにあまりにも醜悪な姿。それを目にしたらトラウマになりそうなくらいに気色の悪い存在。
「な、何アレ、おかしいくらい速いよ!?」
この中でも特に対潜攻撃が可能であるグレカーレであっても、その動きが簡単に目で追えないほど。同じく対潜が得意なヘイウッドも、眉を顰めて狙いを定めようとしていたが、爆雷がなかなか投下出来ない。
頭だけの存在になったことで、身体がある潜水艦よりも高速で潜航出来るようになっていた。海中を縦横無尽に動き回り、次の攻撃の機会を虎視眈々と狙っている。
とはいえ、触手生物となっている出来損ないは兵装と言えるモノを何一つとして持っていない。やれることといえば、超高速の潜航。あとは忌雷らしく自爆が出来るくらいか。
「いや、これは本当に危険です。予想通りだとしたら……絶対に
三隈が珍しく声を荒げた。三隈が辿り着いたこの忌雷……出来損ないの頭部忌雷の最後の抵抗は、これまでとは比べ物にならない醜悪な力。
その力は、『寄生』。そもそもが出来損ないに寄生するかのように鎮座していた忌雷が、出来損ないの頭部を取り込んであのサイズとなり、単独で行動を始めているのだから、やることは思った以上に想像がつきやすかった。
万が一この忌雷に組み付かれてしまった場合何が起きるかは、想像に難しくない。頭を絞め上げられたのちにぐちゃぐちゃにされ、この忌雷が新たな頭部にすげ替わる。頭は忌雷混じりの有明、首から下は寄生された誰かに早変わりである。
ただ死ぬだけでは無い。命も尊厳も奪われ、いいように使われ、不要になったらまた身体を捨てられる。そんなことが許されていい訳がない。
そうこうしているうちに、頭部忌雷は冷却された戦場を抜け出し、改造深海棲艦の群れの真下へ。今その場所にいるのは、残骸の回収を阻止している伊26くらい。むしろ海中にいる者なんて潜水艦しかいないのだから、頭部忌雷としては
「ニム! すぐに浮上しろ!」
海上の声は海中には届かない。その逆もである。そのため、伊26は自分の身に迫る危機がすぐには理解出来ない。
「全員対潜してくれ! 海ン中にヤバいのがいる!」
こうなったら手段は選んでいられない。伊26がいる状態であっても、優先して爆雷を放り込む。それならば、伊26であっても何かあったと感じて浮上してくれるはず。
押し寄せてくる改造深海棲艦は、最初に比べれば確実に数を減らしているため、対潜に移行することも出来ないことはない。そのため、深雪の叫び声を聞きつけた全員が、一斉に簡易爆雷を海中に投下。その規模は、海中から見れば絨毯爆撃と言ってもいいほどになっており、伊26にもかなり危険な行為。
勿論、伊26を犠牲にして忌雷を処理しようだなんて思っていない。伊26の実力を加味しても、これなら回避は出来ると判断して。
しかし、速度だけで言えば忌雷は伊26よりも断然に速い。伊26が回避出来るのなら、忌雷はさらに余裕があるだろう。肉体という枷も無いのだから。
「どうする……どうする……!」
焦ってはいけないことはわかっていても、この状況をどうにかする手段が深雪には見つからない。深雪だけでは無い、他の者も、軍師として素晴らしい策を見せつけた三隈であっても、自分の管轄外と言える海中には策が張り巡らせられない。
簡易ソナーで見える海中の様子は、刻一刻と悪い方向に向かう。とんでもない速さの忌雷は、爆雷を避けながら伊26の方へと向かう。伊26も流石に気付いたか、逃げながら魚雷で迎撃をするものの、爆雷よりも避けやすいそれでは簡単に回避され、その速度をほぼ落とすことなく突っ込んでいた。
忌雷と同じくらいのスピードで動ける伊203は、現在深海鶴棲姫に専念しているため、こちらに来られない。来られたところで忌雷をどうにかすることが出来るかすらわからない。
「クソ──っ!」
このままでは伊26は逃げ切れない。ソナーで見る限りではもう時間は僅かにしかない。諦めたくないのに、もうダメだと叫んでしまう。
しかし、ここで救世主が現れる。
「クソ気持ち悪ぃなぁ! オラァ!」
海上に聞こえるのではないかというほどのドスの利いた声が響いたかと思えば、ソナーにもう1つの反応が生まれた。
突撃したかと思えば、その手に持つ艤装を忌雷に直撃させ、そのままの勢いで海上まで一気に浮上。上空に射出するかのように忌雷を打ち上げた。
「スキャンプ……!?」
これまでもずっと海中で活動をしていたスキャンプ。伊26と共に改造深海棲艦を処理していたものの、基本的には海中でのステルス持ちの潜水艦処理を担当していた。それこそ、ソナーの届かないような場所で潜伏されても困るため、戦いながらも海中の調査を続けていたのだ。
だが、伊26の危機となれば話が変わる。そちらを見ている余裕なんて無くなり、仲間を救うために急加速で浮上をした。スキャンプとしては限界を超えた速度であり、この一瞬だけは伊203に並ぶほどの勢いがあった。よく見ると、基部部分に損傷すら見えるほどである。
仲間達からの爆雷もモノともせず、自分が傷付いてもお構いなし。忌雷に何かされなければいい話である。
あのスキャンプが、仲間を救うために限界以上の力を発揮した。それだけでも、うみどりの活動が彼女を変えたのだとわかるところである。
「んだぁこの気色悪いのは! さっさと始末しろ!」
いくら忌雷と言えど、海上、むしろ海とも触れていない空中に投げ出されたら何も行動は出来ない。しかし、着水したらまた先程の動きをされて、今度こそ誰かが犠牲になる可能性が高い。
「子日、僕がやるよ。この一撃で、アレごと粉微塵にする」
「うん。子日の火力じゃ足りないかもしれないから、お願い」
打ち上がったことによって狙いを定めやすくなった。故に、時雨がトドメを刺す。
深雪も撃とうとしていたようだが、時雨の目を見たことでそれをやめた。もし万が一時雨が外した時、また、当てたとしても何かあった時のことを考えて、気を抜かずに主砲を構えるだけ構えた。
「有明……そんな姿にされて、苦しかっただろう。終わりにするよ」
一瞬、忌雷の顔が時雨を向いた。触手と甲殻に包まれ、しかしそれが有明であることがわかるくらいには残してある、非常に性格の悪い兵器。
その表情は虚ろであり、感情すら感じられない。時雨を見ているわけではないことはわかっている。だが、体液やら何やらで涙を流しているようにも見えた。
「終わりだ。より奴らに恨みと憎しみが湧いたよ」
そして、時雨は主砲を放った。見事に命中したそれは、忌雷を宣言通り粉微塵にした。
爆散するように散ったため、体液がその場にばら撒かれることになってしまったが、それの被害を受ける者はいない。殆どが時雨の火力の前で蒸発し、海面に到達する前に水蒸気と化した。
これにより出来損ないは全て始末し終えた。何人もの心に傷を負わせながら。