駆逐水鬼に対してやりたい放題の那珂。探照灯マイクで目眩しを喰らわせ、爆発すらしないダミーの爆雷と魚雷でドッキリを仕掛け、少しでも隙を作った瞬間に側頭部に渾身の蹴りを喰らわせることに成功した。
ここまでの戦い、那珂は笑顔を絶やさず、アイドルであることを止めることなく戦っているため、駆逐水鬼は苛立ちと共に少しの恐怖を感じていた。那珂は
「っぐ……っ」
蹴られた側頭部を軽く撫でる駆逐水鬼。強打を受けて脳が揺れたが、それだけで終わっている。本来ならば頭が飛んでいてもおかしくない威力ではあるのだが、やはりこちらも急所だからか頑丈に作られており、首が折れることすらなかった。皮膚は傷ついたが、見る見るうちに修復される。
しかし、痛みというのは少しは残る。傷がなくても、修復されても、痛みは少しの時間は残ったまま。顔を押さえながら、その痛みに耐えていた。
「やはり貴女も、
蹴られて間合いが出来たからか、巨腕に接続された主砲を放つ駆逐水鬼。那珂はそれを軽々とダンスのステップで回避しながらも、撃たれる直前の言葉を聞き逃さなかった。
魔王──つまりは深雪の配下だと、駆逐水鬼は那珂に対して言っている。そんな言葉に、那珂はケラケラ笑いだした。
「魔王の配下? あはは、ナイナイ。那珂ちゃんは深雪ちゃんの仲間でお友達だもん。あ、ファンになってくれてるかもしれないかな? ともかく、そんな主人と下僕みたいなことは無いんだよ。那珂ちゃんドラマに出るかもしれないけど、友達と主従関係のロールプレイするほど歪んでないもん♪」
回避のステップからクルリと回って、主砲を放つ。軽くスカートを摘んだカーテシーをしながら、ついでと言わんばかりに魚雷まで放った。
いくらなんでもこんな簡単な攻撃に当たるわけがないと、駆逐水鬼はすぐさま回避。砲撃を巨腕で払うのは、その瞬間に隙を作りかねないので、この那珂相手には控えた方がいいと理解した。
駆逐水鬼は慎重派である。しかし、今は慎重に行動は出来ても、周囲に気を配る程の余裕がない。眼前の、たった1人の艦娘から目を離せない。離したら最後、死ぬまで攻撃を叩き込まれかねないからだ。
「そもそも、深雪ちゃんが魔王だなんて言ってることがおかしいんだよ。あの子は今を一生懸命生きてる可愛い可愛い女の子なんだから。生きてるだけで悪なんていないんだよ?」
自ら放った魚雷を砲撃で破壊し、大きな水柱を立ち昇らせながら、その衝撃で駆逐水鬼をふらつかせる。だが、慎重派な駆逐水鬼は、那珂から視線を外さない。正面から真っ向勝負をすれば、深海の艤装を使っている分、自分の方がまだ有利だと理解しているからだ。
実際、艤装出力に関しては駆逐水鬼に軍配が上がっている。駆逐艦とはいえ、深海棲艦は基本的には艦種詐欺。その上で、あちら側の深海棲艦には改造も施されているため出力が上がっており、しかも自己修復まで備えているのだから、本来ならば那珂と1対1で戦ったとしても負けは無いはずだった。
それなのに、那珂は互角に立ち向かってくるだけならまだしも、笑顔を絶やさず余裕を見せ続けているのだから、堪ったものではない。
それこそ、アイドルに釘付けになっているファンのような様相。そんなつもりはなくても、周りから見ればそう見えてしまう。
「特異点はそこにいるだけで私達の平和を脅かすの」
「そうなの?」
「ええ、そう教えられているもの」
「そっかぁ。じゃあ、貴女は深雪ちゃんのことをまともに理解もしないで敵だからって排除しようとしてるんだ。見てもいないのに、何をしてるのかも知らないのに。ただ誰かがそう言ったから従ってるだけなんだ」
那珂の笑顔は変わらない。だが、目の奥は全く笑っていなかった。そんな目に、駆逐水鬼は一瞬だが
この空間は白雲による冷却の空気があるが、駆逐水鬼の戦場までは届いていない。単純に恐怖を感じただけである。
「深雪ちゃんが何か悪いことした? ねぇ、例えばどんなことを? 生まれてからこれまで、後始末屋のお仕事を手伝ってくれて、みんなと仲良く楽しく生きているだけなんだけど、今日初めて顔を合わせる貴女にどんな迷惑をかけたのかな。教えてほしいんだけどなぁ」
インタビューするように探照灯を向ける。今度は光は無し。駆逐水鬼の言葉を待つかのように、反論を待つ。勿論、笑顔はそのままで。
駆逐水鬼は答えられない。所詮は出洲の言いなりになっているだけのカテゴリーY。自分の意見も持たず、ただ特異点はこの世にいてはいけないと
「ここで那珂ちゃんからの提案! ここで戦いをやめて、那珂ちゃん達と一緒に深雪ちゃんのことをちゃんと知るっていうのはどうかな? 何も知らないから、何も見てないから、深雪ちゃんのことを悪人だって言い切れるんだよね。だからさ、深雪ちゃんの
意味のない戦いはするよりしない方がいい。余計な命の取り合いほど無駄なことはない。だから、アイドルとしてみんなの笑顔のために行動するのが那珂。仲間達だけでない、敵にだって話が通るのなら笑顔でいてもらいたい。それが相反する感情ならば、妥協はしなくてはならなくなるが。
そんなことを言われて、駆逐水鬼は止まるのか。ここまで来て止められるのか。
そんなわけがなかった。
「ノーサンキューよ、アイドル。私の信じる平和には、特異点は邪魔なものだもの。存在そのものが」
その信念が最初からあるものなのか
ならばもう、話しても無駄である。あちらは何を言っても何をやっても特異点の命を奪おうとするし、加減をしていたら堂々巡り。いつまでも決着はつかず、むしろ弾切れの脅威が迫っている那珂の方が若干不利である。
「そっかぁ……残念。まだ貴女なら、物分かりよく話が出来るかと思ったんだけど」
「最初にも言ったわ。平和を脅かすモノは排除するって」
「言ってたね、くまりんこちゃんに。でも、これだけやったら考え方が変わるかなって思って。那珂ちゃんは何度でも聞くのです」
ニコッと今度は目も笑っている笑みを浮かべる。この命懸けの戦場でこんなことが出来る那珂に、より一層の恐怖を感じる駆逐水鬼だが、冷静に努めて表情を変えずにいた。
むしろ、ゆっくりとだが全力を出すために艤装出力を上げ続ける。もう余裕なんてない。那珂には余裕なんて見せていられない。後のことを考えていては、勝ち目もない。
「……何度言われたって、私はブレない」
改めて、那珂に向けて構える。艤装の巨腕も拳を握りしめた、二対四本の腕による武道の構え。しかし、これまでと違うのは、巨腕がバチバチと電気を放つように輝き始めていたこと。巨腕だけでなく、背中や、脚部艤装まで淡く、そして力強く光を発し始める。
これが駆逐水鬼の持つ本気、『発電』の曲解。艤装の駆動力を補う発電を攻撃の力にも転化し、艤装全体に電気を帯びさせる。当たれば感電するし、そもそもの出力が上がるため、これまでとは違う力を発揮することになるだろう
当然自分に影響しないどころか、海水にも通電していないというのがインチキではあるのだが、それは仲間である白雲にも言えることなので、那珂はそれについて文句は無かった。
「それが貴女の本気かな。うーん、電飾サービスは頼んでないんだけれど」
「これを見て電飾なんて言える貴女が怖いわ」
「だって、ピカピカ光ってるだけでしょ? あ、でも夜のライブでは綺麗かも! 衣装にLED仕込んで踊る……って、なんかシュールかなぁ。那珂ちゃん、そこまでお笑い担当じゃないからなぁ」
あくまでもアイドル活動に繋がる言葉ばかりで、駆逐水鬼も小さく溜息をついた。
「これが私の全力。もう余裕なんて考えない。貴女も、全力じゃなかったでしょ」
「んー? まぁ、全力出したら那珂ちゃんもただじゃ済まないからねぇ。アイドルは元気に歌って踊るのがお仕事ですから」
「なら、そのまま終わってくれて構わないわ」
バチッと電気が走る音がした瞬間、駆逐水鬼は一番初めの那珂のような、目にも留まらぬ速さで接近していた。出力上昇の影響で、全ての行動が速くなっている。これまでの戦いで目を慣らしてしまっていた場合、そのスピードに目が追いつかなくなって確実に一撃を貰う。
そしてその一撃は、電気を帯びたモノ。喰らえば感電し、少しのショックでも死に至りかねない。そもそも拳が強烈すぎる威力があるのだから、直撃だけでも相当な威力。
だが、それは速さに慣れていない者の場合である。自分がそのスピードを出せないにしても、
「うわ、速いねぇ。でも、フーミィちゃんと同じくらいかな?」
そんな突撃すらも、那珂はまるで闘牛でもしているかのようにさらりと避けた。電気を纏っていることは見てわかっていたため、普段よりも大きく、更にその身軽さと身体の柔らかさを活かしたダンスによって、華麗なステップを踏みながら砲撃まで織り交ぜる。
その砲撃は巨腕で簡単に打ち払う。発電によってそれも高速化され、一切の隙が無くなっていた。
つまり、那珂はここから防戦一方にされることになる。回避しなければそのまま死に繋がる攻撃ばかりを繰り出され、回避し続ければ嫌でも燃料は尽きていき、最終的には消耗の末に避けられなくなる。
駆逐水鬼自身も間違いなく消耗しているのだが、このまま進めていくと那珂の方が先に使い切ってしまうだろう。大きく避けるということは、その分今までより多く体力を使っているということにもなるのだから。
「うーん、それじゃあ、那珂ちゃんも本気になろう。本気で来てくれてるんだもん。こちらも本気で行かないと失礼だもんね」
「貴女の本気は何が出来るのかしらね」
「見てればわかるよ?」
そう言いながら那珂は、またもや爆雷を放る。先程はダミーであり、それを投げられたことに怯んでしまったために次の一手を喰らってしまった。
「二番煎じかしら」
故に、躊躇なく振り払う。しかし、それが間違いであることはすぐにわかることだった。
放電している巨腕が爆雷にぶつかった瞬間、思っていた以上の爆発がその場で発生したからだ。
つまり、この爆雷はダミーではない。
「なっ……!?」
巨腕はそこで抉られ、身体にもダメージが入るが、その傷はすぐさま修復される。発電の曲解のおかげか、修復のスピードも上がっている。まるで、駆逐水鬼の時間だけが早送りになっているかのようにすら見える。
「はい、次!」
次は魚雷。こちらも前回はダミーを投げられている。故に今回もダミーかと思うものの、爆雷は本物だったため、迂闊に触れられない。
放電しているせいで、爆雷も魚雷もそれによって爆発を早める可能性すらあった。爆雷であの威力ならば、魚雷はもっと危険。爆発力はさらに高い。
故に魚雷の投擲は避けるのだが、爆発する気配はない。つまり、この魚雷はダミー。
それに気付いた時には、駆逐水鬼の腹には深々と那珂の足が突き刺さっていた。
「ゲホッ……!?」
「次々行こっか。さぁ、次はどっちかなぁ?」
爆雷をお手玉のように遊ぶ那珂。それが本物かダミーかはわからない。
那珂の本気はここからが真骨頂。あくまでもアイドル、