ついに本気を出し始めた駆逐水鬼。その力は『発電』の曲解であり、その巨腕や脚部艤装に目に見えるほどの通電をさせることによって、普通ではあり得ない速度と、触れただけで感電させることが出来る帯電状態を手に入れていた。
対する那珂は何も変わらない。笑顔もそのまま、戦術を拡張することで本気を出す。ダミーの爆雷と魚雷を牽制に使い、稀にダミーではないモノを混ぜ込むことによって引っかけを誘発して揺さぶる。
ただ、何もインチキをしていない
「ほいっ、ほいっと、あー、こういうダンス対決みたいなのって、ファンにウケるかなぁ?」
駆逐水鬼が全力のスピードで突撃し、砲撃を入り交えながら近接戦闘まで繰り出しているにもかかわらず、那珂はまだ随分と呑気な言葉を言い続けている。アイドルのノリは崩さず、那珂としての戦い方はそのまま。
それが駆逐水鬼を余計にイラつかせるのだが、駆逐水鬼も冷静に努めようとしていた。怒りが冷静さを奪い、本来勝てる戦いを逃すことに繋がりかねないことは理解しているつもりだからである。
しかし、那珂を相手にしていると当たらない。当たれば終わりなのに、掠っても終わりに近付けるのに、本当に当たらない。
それだけならまだしも、那珂の回避は基本的にはアイドルのステップ。大きく避けるにしても、小さく避けるにしても、やたらと
「貴女……私をおちょくっているの?」
堪らず言葉に出した駆逐水鬼。冷静でいるためには、小さくても発散すべきであることも理解している。故に、溜め込む前に吐き出すことにしたようである。
対する那珂は、そんなことないと笑顔で否定する。首を横に振り、しかし笑顔は勿論そのままである。
「那珂ちゃんは基本がこれだからね♪ 真剣にやってるよ? ほら」
そう言いながら主砲を放つ那珂。正面から、宣言しての砲撃である。ほらと言われても納得はいかないようだが、当たればそれは致命傷となり得る胴体、しかも心臓への一点狙い。砲撃の精度はかなり高めであり、一般的な深海棲艦が相手をしたら、為す術なく一撃でやられるような砲撃。
だが、駆逐水鬼はそんなことではやられない。その程度の砲撃ならば、巨腕で払い除けられるし、見た後でも避けられる。
しかし、
最も安全なのは回避。素直に回避が最も素直な安全策と考えられた。故に、避ける。
「なっ」
避けた先には爆雷が待ち構えていた。咄嗟に巨腕で振り払った瞬間、帯電しているせいで即座に爆発。またもやその腕が噴き飛ばされる。
「そっちはアタリー!」
「この……っ」
失った腕はすぐさま修復していくが、那珂の猛攻は止まらない。再び心臓狙いの砲撃を放つ。
これに対して駆逐水鬼は、またもや回避することを考えたが、回避したら先程のように爆雷に直撃してしまう可能性が頭をよぎった。一度目ならまだしも、二度目ともなれば、流石に喰らってなるものかと、あえてここは回避せずに砲撃を打ち払うことを選択。
砲撃は心臓まで届くことはなく、巨腕の強烈な振りによって完全に無効化。
だが、今度は足下に魚雷が接近していた。砲撃と同時に放っていたようで、それもかなりわかりにくく。
「っ!?」
思わず魚雷を避けるために飛び退く駆逐水鬼。だが、そこまで考えての攻撃であることにすぐに気付く。
顔面に、那珂の足裏が叩き込まれていたからである。
「はい、ワン、ツー!」
そこからさらにもう一撃、顔面で足踏みするようにステップを踏んでからすぐさま離れた。そのままいたら巨腕に殴り飛ばされかねないし、それに直撃したら感電は必至。
鼻血を出しながら睨み付ける駆逐水鬼だが、那珂は全く変わらない。笑顔のままステージでパフォーマンスするかのように探照灯をマイクのように持って小さくステップを踏んでいた。
それがまた苛立ちを加速させるのだが、ムキになってはいけないと落ち着くことを心掛ける駆逐水鬼。顔はすぐさま修復されるが、流れた鼻血はそこに残る。そのため、グッと自分の拳で拭った。
「可愛い顔が滅茶苦茶だけど、すぐに治っちゃうねぇ。羨ましいなぁそういうところだけは」
ほとんど当てつけのような言葉である。自己修復を羨ましがるものの、それを手に入れることが出来るぞと勧誘されたら、その手を払うどころが撃ち抜くだろう。
駆逐水鬼も那珂の性格がわかりつつあった。これだけ戦えば、嫌でもわかるというもの。
那珂はあくまでもアイドルとしての自分を維持し続けるが、心の中は間違いなく戦士だ。心が非常に強く、そしてそれを身体にまで引き出している。心技体全てが取り揃っている、一流の戦士。
自分の意志を違えず、まっすぐ道を突き進む。迷いは一切ない。故に、駆逐水鬼の命を奪うことにも、抵抗がない。
「貴女……もしかして
不意にボソリと呟く駆逐水鬼。その言葉を聞いた那珂は小さく反応。
「聞いているわ。貴女達の中には、自らの力で高次の存在へと至った者がいると」
駆逐水鬼が言っているのは、間違いなく神風のこと。中柄と戦い、互角に戦うことが出来る稀有な存在。高次の存在と対等に戦えるのは、高次の存在のみ。
そこから考えられる、うみどりには同じように高次の存在へと
「貴女も……こちら側」
「それは違うよ」
食い気味に那珂は否定した。
「那珂ちゃんは……
ダンと1発の砲撃が放たれた。しかし、この瞬間で駆逐水鬼の両巨腕が破壊された。威力は軽巡洋艦の主砲と同じなのに、先程まで弾き飛ばせたような砲撃なのに、まるで急所を狙ったように、逆に弾け飛んだ。
「な……に……」
「ちょっと勘違いしてるんじゃないかな」
また1発の砲撃。しかし、今度は脚部艤装が両方とも撃ち抜かれた。
音は1発なのに、砲撃は2発。連装砲を、
1発の、しかも連装砲なのに1つの威力しか使っていないにもかかわらず、ガードが堅い巨腕すら破壊したのは、それまでの攻撃でその『急所』を的確に判断していたから。最も脆い点を寸分違わず撃ち抜いただけである。動きながら、ほんの一瞬の隙を狙って。
これが、那珂の本気。
「那珂ちゃんはぁ、あくまでも人の力でここまで来ただけ♪ それが、艦隊のアイドル!」
ここからはもう、一方的になる。修復を間に合わせない。最も狙われたくない場所のみを確実に撃ち抜き、最小限の攻撃で最大限の効果を発揮する一撃を常に撃ち続ける。壊れては修復させ、それをさらに壊しては修復させを繰り返した。合間に爆雷や魚雷も組み合わせて、脚部艤装への攻撃も欠かさない。
その上、そうやって攻撃する間もアイドルらしく舞い踊るように攻撃し続ける。この駆逐水鬼の四肢の帯電が、まるでサイリウムを振っているかのように輝いていた。
「それじゃあ、最後の曲、行っちゃおうか!」
「最期……そんな、私を、そんな、エンターテイメントみたいに……!」
最後に駆逐水鬼は冷静さを装えなくなった。今までも余裕が無かったが、命の危機に、本当に余裕が無くなった。
名前の通り、鬼の形相を見せてより強く放電する。帯電だけではなく、周囲が強く光り輝くほどにまで。
しかし、那珂はそれでも変わらない。その放電に対して、直撃させるかのように
その瞬間、放電された電撃が全てそこに集約し、轟音と共に爆発した。探照灯には爆雷も仕込んでいたようで、その爆発が電撃すらも巻き込んで、一度全てを霧散させる。
「人の力ってね、思った以上に凄いんだよ。那珂ちゃんは
「っあ……」
「だから、ゴメンね。貴女は那珂ちゃんが、人の力でちゃんと斃させてもらうから。人を辞めちゃった貴女にはもうわからないかもしれないけど、積み重ねって本当に大事なんだ。最後にわかってくれたかな?」
飛び込んできた那珂の膝が、顎に叩きつけられていた。放電を掻い潜ったこともあり、那珂の衣装は焦げてボロボロ。身体にもいくつか火傷が出来てしまっていた。
しかし、最後まで笑顔は失っていない。痛みを感じているはずなのに、一切表情を変えることなく、本気を出してもアイドルであることを忘れない。
これだけやられたことで、駆逐水鬼は真に敗北を感じた。これは勝てない。終わり際に、自分の自惚を知ることが出来た。
「そうか……私は……」
「那珂ちゃんのファンになったかな?」
「ファン……ファンか……そう、ね。那珂ちゃんのファンに、なったかもしれないわ……」
最後は諦めたような笑顔を見せた。
「こちら側で生きてみる気、無いかな」
それでも、那珂は諦めていない。ファンには手を伸ばす。死なない手段も考える。
しかし、駆逐水鬼は首を横に振った。
「私には私の平和があるもの……だから、貴女達には譲れない」
「……そっか。残念」
少し悲しい笑みを浮かべ、那珂は最後の一撃を放った。それは見事に心臓を撃ち抜く。
深海鶴棲姫とは違い、駆逐水鬼はそれが致命傷となり、そのまま絶命した。
この時、出来損ないの処理も全て終了。そして、別の戦場では深海鶴棲姫の首を捥いだ瞬間だった。
海賊船の前哨戦は、全てが同時に終わった。