操舵室を制圧した一行は、次の目的地へと向かう。最初の場所は、そこにいたのが全員人間だったため、昼目提督による一方的な力でどうにかなったが、ここからは深海棲艦が絡んでくることが確定しているのだ。慎重に行かねば、誰かがここで怪我をしかねない。
「さっきの連中は、あそこに放置していくのか」
「連れて行ったら邪魔なだけだろ。だから、ちゃんと顔写真も残して置いていってやった。目が覚めたところで動けねぇよ」
深雪の疑問に、昼目提督がすぐに答えた。響が持ってきていた結束バンドを使い、手も足も拘束した状態。かつ、その場から動けないようにもしているため、突然舵を切るようなことも出来ない。
その上で、わざわざ船を下ろすようなことをする必要もない。何も出来ないということは、何か反発しようとしたところで意味がないからだ。
「アイツらは、オレと同じでただの人間だ。だったらアレは絶対に抜けられない。オレでも引きちぎること出来なかったんだからな」
「え、実体験ありなのか」
「試しにやられてみて、抜け出す手段があるかを知っておこうとしただけだ。小指同士を結ばれるだけでも脱出不可能ってくらいだった。ハサミとかが有れば話は変わるけどな」
あの場に刃物の類が無いことはざっとだが確認済み。念のため放置してきた場所も、何かを叩き割って刃物に変えるなんてことも出来ない場所。このため、昼目提督が危惧していることは、現状では起こり得ない。
強いて言うならば、芋虫のようであれば、その場所から動くことも可能だ。そうしたらもしかしたら刃物の場所に来るかもしれない。とはいえ、奴らがそこまでするかと言われたら何とも言えないくらいに心を折っている。
「アイツらからは何も聞けねぇだろうし、あそこに放置でいいんだよ」
「何も聞けない、か。でもここまで船を持ってきたんだよな」
「ああ、
昼目提督は、操舵室にいた3人の男は、殆ど情報を持っていないと睨んでいた。だからこそ、無理矢理起こして情報を引き出そうともしなかった。その理由は至って単純。あの男達が
出洲一派の一員だとしても、ただの人間ということは、出洲が特別目をかけていないということに他ならない。
素質がないから高次の存在へと昇華させる施術をしていないだけなのか、そもそもあのような者達にはする気がないのかはわからない。しかし、戦場に人間のまま送り出されているということは、あちらからしてみても
しかし、当の本人達は出洲に頼られたと勘違いしていそうで、あれだけやりたい放題してきたと考えられる。出洲にとっては興味がないような連中だから、何の情報も渡していない。強いて言うならば、何処からこの船を持ってきたかというくらいだろう。
「出洲は一応世界の平和を考えて行動してんだろ。アイツらは平和のカケラも無ぇ、自分のために行動してやがった。それが
「……なんて言えばいいかわかんねぇけど……アイツら惨めだな」
「本人が理解していないところが特にな」
はっと昼目提督は鼻で笑う。その状況がどうであれ、艦娘を侮辱し、やりたいようにやろうとしたチンピラ相手には、何の躊躇もない。拳銃なんて持ち出してきたのだから尚更である、
故に後悔なんてない。もっとやってやればよかったかと思えるほど。あの連中は、下手をしたら出洲に近いくらい面倒な存在だと思えたから。
「人間の中でも特にクソな連中を見せちまった。だが、勘違いしないでくれよな。あんなアホ共は、世の中に一握りだ」
「……わかってる。前以て教えてもらってたから、その辺は大丈夫だよ。あたしはいい人間をよく知ってるから」
「そう言ってもらえるなら、もっといいとこ見せねぇとな」
そう言いながら、昼目提督は違う部屋の扉を蹴り破る。この扉の開け方はどうかと思いつつも、中に敵がいたら意表を突けるかもしれないから、ひとまずは何も言わない。
その部屋には今は誰もいない。だが、何の部屋かは深雪にもすぐにわかった。
「通信室……?」
「ああ、操舵室に通信の設備が無かったからな。別の部屋にあると思ってた。しかも、アイツらには触らせていないんだろ」
操舵室の連中だと重要な通信設備も雑に扱いそうであるからだろうか。それは深雪にも何となく納得出来た。あんな連中に触らせたら、余計なことをしかねない。
しかし、通信室は人影どころか何かデータが取れそうなものすらなかった。もぬけの殻と言っても過言では無いくらいに、おそろしく綺麗な部屋。
人がここにいた痕跡はあるようだが、
「こりゃあ、戦闘が始まった時点で撤収してんな。動きが早ぇ」
「そんなことわかんのか?」
「おう、勘だ」
「勘かよ!」
だが、こういう時の昼目提督の勘はやたらと当たる。明確な理由が乏しくても、通信室の綺麗さ、そして埃の舞い方などから、ついさっきまではいたが急いで撤収したというイメージがそれなりに強い。本当に重要なモノに関しては、全て持ち逃げされていると考えていいだろう。
ならば、ここから得られる情報はもう限られてくるだろう。調査のしようがない船内でやることは決まっている。
「長居は無用だな。次だ次。近いのは多分、陸上型の砲撃を止めることだ。そこに行くまでに見かけた部屋は全部覗いていくぞ」
深海棲艦の生産施設は船内でも下層にあるため、順番に行くならば、うみどりを直接攻撃している陸上施設型の深海棲艦を止めること。
深海棲艦の生産に関しては、うみどりと潜水艦組、そしておおわしの艦娘達が全力を以て対処しているものの、直接うみどりを攻撃するモノに関しては、それをどうにか出来る者が数限られすぎている。うみどりの秋月が対空砲火によって砲撃を墜とし続けるという神業じみたことを繰り返しているのだが、それも限界が来る。
そうなってしまうと、うみどりや潜水艦が傷つき、曳航に支障が出る。軍港都市に辿り着くのにも一苦労となるだろう。それだけは避けたい。
「戦闘に入ったらもうオレは何も出来ねぇ。テメェら、頼んだぜ」
人間相手ならばいくらでも身体を張るが、深海棲艦相手となると話は変わる。勿論戦うことは出来るが、最高の結果に持っていくことは、いくら昼目提督でも難しい。こうなると艦娘に頼らざるを得なくなる。
だから昼目提督は、艦娘のことを侮辱することを許さない。自分では出来ないことをやってくれるのだから、尊敬に値する存在だと考えている。それが自分より歳下の女の子であってもである。
操舵室、通信室と通過し、見られる部屋は全て見ていきながら進む一行。部屋は他にもあったものの、やはり痕跡らしいモノは何もない。操舵室にいた男達は、
「こう考えると、オレ達がここに来るのが遅れたのも、ここの連中のせいだったって考えられるな」
「はい。うみどりと潜水艦を攻撃しながら、おおわしも妨害し、その間に主要な者だけは逃げ果せるということでしょう。先程までいた2体のカテゴリーYは」
「あれは捨て駒じゃあ無ぇな。ガチでうみどりを潰すための戦力も注ぎ込んでる。その上で、重要なところだけはちゃんと持って逃げてるってことだろうよ」
ここで全滅をするわけではなく、本当に必要なモノだけはここに置いていかないようにしているのは、慎重なのか逃げ腰なのかはわからない。出洲があれだけ自分の正義と平和に自信を持っているのだから、おそらくは前者のつもりではあるのだろう。
「まぁ、あちらの想定以上にうみどりが強かったんだろうな。第二世代が手伝ってくれてるおかげってのもあるだろ」
「わ、素直に褒めてくれるんだー」
「ったりめぇだろ。実績があるんだぞ。それに、お前さん達はオレ達からすりゃ実戦経験が段違いなんだよ。一度深海棲艦に勝ってるってのは伊達じゃねぇ」
グレカーレが冷やかすように言うが、昼目提督は真っ直ぐな思いを隠すことなく話した。
そんな昼目提督にグレカーレはより信頼を寄せたのか、ニンマリ笑って昼目提督の後ろをついていった。
その姿からは、人間不信の気質はもう見えない。本当にいい人間ばかりと出会えてよかったと感じる。先程の悪党3人はさておき。
「……この先だ」
向かった先は、おそらく船外に出るような場所。扉はあるが、この先にあるのは外。甲板のような場所に、陸上施設型が鎮座しているのだと昼目提督が言う。
わかりやすく砲撃の音が近くにあり、放たれるたびに少し揺れるのがわかる。この先にいることは誰もが理解した。
「っし、気ィ引き締めろよ! おらぁ!」
それでも扉を開くのは昼目提督。先程の男達のように銃どころか主砲を構えられていたらどうするつもりなのか。神通も白雪も相変わらずだと溜息を吐きつつも、提督を守るためにすぐさま前に出る。
「……っ」
そして、その向こう側にいる者と目があった。
深雪達うみどりの面々には見覚えのある姿。平瀬と同じ港湾棲姫の姿とかなり似ている見た目である。
しかし、平瀬と比べると少々人相が悪く、睨みつけるような表情。昼目提督を見る顔も、何しに来たと言わんばかりのモノである。平瀬が穏やかなことから考えると、その表情は怒りや憎しみが混じっているように見える。
「港湾水鬼か……艦載機が使えるはずだが砲撃に特化してんのか」
平瀬は港湾棲姫だったが、そこにいるカテゴリーYは港湾水鬼。個体としては別の存在。艦載機の数を減らした代わりに、砲撃が可能になった別個体。
本来ならば、減っているだけで艦載機も使えるはずなのだが、この港湾水鬼は艦載機を一切使うことなく、砲撃だけでうみどりを攻撃している様子。
しかも、その港湾水鬼が1体ではなく
「おう、その砲撃止めてくれや!」
港湾水鬼に睨まれても、昼目提督は臆さずに怒鳴るように叫ぶ。砲撃の音で掻き消されかねないので、かなり大きな声。
これで港湾水鬼が敵対しているのならば無視をするだろうし、最悪攻撃までしてくる。だが、まだ説得の猶予があるのならば、これで止めてくれるはずだと信じて。
しかし、港湾水鬼は表情を変えず、しかし何か訴えようとするように口を動かしていた。
「どうしてほしいんだ! 何かあるならもっとデカい声で言え! 腹から声出せぇ!」
その港湾水鬼がどういう状態かを理解しつつも、本人の口からそれを言わせるように促した。
昼目提督の声は届いている。しかし、港湾水鬼達の声は届かない。声が小さすぎるのか、言葉すら発せなくなっているのか、それはわからない。昼目提督の訴えに対して何か言おうとしているのは確かだ。
「自分の思ってることくらい、自分で言えぇ!」
止まらない砲撃の中、昼目提督の叫びが港湾水鬼達の心を動かす。
そして、
「た、助けて!
必死な声が、ようやくみんなのところに届いた