船倉にある深海棲艦を生産している設備に突入した一行。そこには最後のカテゴリーYはいなかったが、何処かから見ているかのように音声が流れた。
その代わりに、そこに1人残された
個体名、『外南洋駆逐棲姫』と化したその女は、そうなる前の姿とは全く違う見た目へと変化している。深海忌雷の力によって身体の何もかもが書き換えられ、この姿となったと考えるのが妥当。
これまで着ていた服すらも変化しているのは、深海棲艦化の際に、艤装が組み上がるのと同時に服装すら変えられるからのようである。平瀬や手小野もその経験があるという話はしていたりする。
「……胸糞悪ぃモン見せやがって」
吐き捨てるように昼目提督が呟いた。カテゴリーYのことは知っていても、そうなっていく経緯を見せつけられるとは思いもしなかった。
『まだ試作品ですが、素質があれば高次へと至れる
響く声は、まるで実験の成功に喜ぶマッドサイエンティストのような声色をしていた。それがまた激しい嫌悪感を呼び起こす。
しかもこの所業を『平和のために必要である』と本気で思い込んでいるような感情まで乗っていた。成功したことで、より報われない人間を新たな地平に導けると。
その餌食となった外南洋駆逐棲姫は、うっとりとした表情で変わり果てた自分を見ていた。
先程とは違う、学生の制服のような服装。細いながらも引き締まっている四肢。そして、背中に生まれた艤装とそこから生えた剛腕。船外で那珂と激戦を繰り広げた駆逐水鬼とよく似た見た目。違うのは口元を隠すように生まれた甲殻のマスクと、スカートの下に張り付いたスパッツくらい。
「素晴らしい……。私もこれで、教主様のような高次の存在へ一歩踏み入れることが出来たのですね」
『ええ、そうですよ。貴女はそうなれる素質があったのです。では、その平和を打ち崩そうとする特異点を始末しましょうか』
「勿論です。この漲る力を、存分に振るわせていただきます」
深海棲艦化によって得た力は、人間の頃とは比べ物にならない。明らかにその力に溺れているのが見てわかる。
人間の殻を破り、高次の存在へと至ったと実感出来たことで、激しい昂揚と精神的な快楽に打ち震え、自信に満ち溢れた瞳で深雪を睨みつけた。
「我々の平和を破壊する特異点は、この場で死んでもらいます」
力を手に入れたばかりだというのに、もう勝てる気でいる外南洋駆逐棲姫。砲撃も雷撃もこんな場所で放つことは難しい。この場を破壊するならするで痛くも痒くもないのだが、それ以上に拳を振るう方が手っ取り早いと考えた結果、漲る力に振り回されながらも、確実に始末するために猛烈なスピードで突撃をしてきた。
最初から砲撃を放棄している、深海棲艦とは思えないインファイト。むしろ、それだからこそ、変化したばかりであってもまともに戦える。深海棲艦でなく、
「散れぇ!」
昼目提督の号令で、全員がバラバラに散らばった。昼目提督は流石に部屋の外へ。他の者達は部屋の中ではあるが一箇所に固まるようなことはせずに。
外南洋駆逐棲姫の狙いは徹底的に特異点たる深雪。他のカテゴリーYと同じように、
「あたしかよ……っ!」
「貴女がこの世界を滅びに導く魔王なのでしょう。ならば、滅ぼさねばならないのは間違いありませんから」
剛腕を振るわれ、深雪はすぐさま回避する。大振りなお陰で回避はかなりしやすい。
しかし、すぐに反撃をしようとしても身体が動かなかった。それは、この外南洋駆逐棲姫の
これまでの敵は、元人間と言っても現れた時点で深海棲艦の姿をしていたため、もう覚悟が出来ていた。人間であることが嘘のようにすら思えるため、攻撃することにも躊躇い無く行けた。
しかし、今目の前にいる敵は、人間の姿で現れて、目の前で変わり果てた。自分が人間なのだと誇示するかのように。お前は今人間と戦っているんだぞと見せつけるように。
もう揺らがないと発言したものの、明らかな当てつけを前にしてしまい、身体が躊躇してしまっている。
「避けてばかりですか?」
周囲を気にすることなく殴りかかってくるため、情報源とも言える生産施設の機材をことごとく破壊してしまっていた。
状況証拠を残してはいたものの、詳細を調査される前に、ここにいる者も纏めて全て破壊する。それが外南洋駆逐棲姫の役割。本人にその事実が伝わっているかはわからないが、こうして戦っている間も、殴れば壁を抉り、蹴れば培養槽を砕きと、高度な技術であってもゴミのように扱われていた。
ここまで出来るということは、コレと同じくらいの設備が別のところにあると考えてもおかしくない。
「お姉様に何をするのですか無礼者」
深雪のサポートには勿論、白雲が入る。現在ここにいる者の中では唯一、人間に対しての不信感を持ったままの存在であるため、相手がどんな存在であろうと関係なしに攻撃が可能。港湾水鬼のように救いを求めているわけでもない、心の底から敵対心を持っているのだから、白雲には躊躇なんて無い。
故に当たり前のように砲撃だって出来た。深雪のようなとんでもない威力があるわけでもない、駆逐艦にしては高めの火力の一撃。既に設備内が破壊され始めているのだから、尚更躊躇なく行ける。
「甘い。ただの砲撃が、私に何か出来るとお思いで?」
しかし、外南洋駆逐棲姫はその砲撃を剛腕で軽々弾き飛ばしてしまった。たった今この姿になったとは思えないくらいの操りよう。まるで最初からこうであったかのような挙動。
『素人と思わない方がいいですよ。高みというのはそういうものですから』
見透かしたかのようなアナウンスが設備内に響く。つまり、これまではど素人だとしても、こうなった時点で高度な力をいとも簡単に使いこなす熟練者へと早変わりするということなのだろう。実際にそれを見せられているのだから信じざるを得ない。
『我々はこれで高みへと昇るのです。争いのない、恒久的な平和を維持するためには、世界の誰もが
「ふっざけんなよテメェ! じゃあ何か、こうなりたくないヤツでも変えてやるっつってんのか!」
アナウンスに対して深雪が叫ぶ。向こう側にいる者の言葉はそういうことだ。世界の誰も──そうなることを拒む者であっても、容赦なく変えてしまうと言っている。
そんな深雪の言葉に対して、アナウンスは勿論だと全く動じずに答えた。
『それが全人類の幸福。力を得て、何者も寄せ付けなくなれば、自ずと穏やかになるのですよ』
「こんな姿になって、穏やかだぁ!?」
『穏やかでしょう。貴女は見ましたよね。彼女が
確かに、忌雷を自ら埋め込むまではフラフラだった。それが不安定だからそうなっていたのかはわからないが、情緒不安定そうな見た目だったことは間違いない。
だが今は違う。アナウンスが言う通り、自らの力で自信を持ち、後ろを向くことなく構えている。当人は、今の力を手に入れることが出来て幸せそうな表情まで浮かべて。
『貴女は──特異点は、彼女が自ら求めて手に入れた力すら否定するのですか?』
全て、今は外南洋駆逐棲姫と化した女が望んだこと。嫌々今の姿になっているわけではない。そして、達成したことでここまで晴れやかな表情で戦いに挑んでくる。
それを否定出来るのか。こうなりたいと思ってやったことを、間違っていると断罪出来るのか。
答えは──
「出来ますよ」
深雪ではなく、神通が答えた。その時には、外南洋駆逐棲姫の背後に忍び寄り、その剛腕を高振動粒子の短刀で抉り飛ばした。一切の躊躇なんて無かった。
「人の姿を辞めるのは大いに結構。自ら求めた結果がそれだと言うのならば、私は否定しません。心の弱さを違うカタチで補ったということでしょう。カタチはどうであれ、確かに前を向く力を手に入れているのですから。ですが、私は
自己修復が始まる前に外南洋駆逐棲姫を蹴り飛ばす。その衝撃は相当なもので、力を手に入れた外南洋駆逐棲姫であっても体勢を崩す。
「変わり果てた後、その力を使い、至っていない者を淘汰しようとするその行いは、万死に値するでしょう。力に溺れ、力に振り回され、それを是とするのならば、私はそれを否定します。結果的に、私はその力そのものを否定することになるでしょう」
何を選択してくれても構わないが、それで他人の平和を脅かしている時点で、それは間違いなく否定すべき、許されるわけがない力だ。
「深雪さん、貴女はどうですか?」
力強い、しかし真っ直ぐとした瞳。そして、微笑んだ。
自分の中のモヤモヤが消えるかのようだった。同じことを思っていても、それを言葉に表せなかったのが深雪だ。この外南洋駆逐棲姫も、『なんかイヤだ』という気持ちが強かった。しかし、頭ごなしに否定するようになってしまい、言葉にすることが出来なかった。
だが、神通がそれを全て言葉にしてくれた。勝手にこの姿になるのは別にどうでもいい。それでこちらに攻撃してくることに問題がある。穏やかになったというのなら、その姿で戦いに加わらずに静かに暮らせばいい。力を別のカタチ──例えば剛腕を使って農作業でもすればいい。
ともかく、その力を他人に押し付けるようなことをしている時点で、こうなることが正しいと思っていることが間違っているのだ。
「神通さんの言う通りだ。変わりたきゃ勝手に変わりゃいい。その方が幸せになれるっつーなら、それがそいつの幸せだろうよ。でもな、それとあたしが攻撃されるのは、何も繋がってねぇんだよ。あたしは不幸だからな。他人の不幸が自分の幸せっつーなら、あたしは
もう容赦など無かった。学んだ近接戦闘の技術を存分に発揮するため、立ち上がった外南洋駆逐棲姫の懐に潜り込んだかと思った瞬間、強烈なボディブローを腹に叩き込んだ。
砲撃をすぐに放たないのは、この設備をなるべく破壊しないため。だが、撃たないとは言っていない。確実に足止めをしたところで、一撃で終わらせられるタイミングを見計らって放つ。そのタイミングを待っていた。
「っく、なかなかやりますね……特異点。ですが、私はここで貴女を終わらせることを仰せつかった者。世界の平和のために、この力を使いますよ」
「好きにしろ。お前だってここに命を懸けて来てんだろ。あたしと命のやり取りをしに来てんだろ。だったら、ちゃんと
深雪の真後ろから、白雲が凍結の鎖を投げていた。凍結により動きを抑制してしまえば、今以上に戦いやすくなるはずだから。
「なるほど、人数差をつけて圧倒しようと。魔王らしい姑息な手段です」
その鎖を悠々と避けながら、逆に白雲へと突撃を始める。
「高次へと至っておきながら、人数差は気にするんですね」
しかし、それを止めるのが神通。背後から短刀を握り締めて襲い掛かり、白雲への接近を食い止めた。剛腕を振り回されるとどうしても接近が出来ない。
力比べでは間違いなく負けるが、移動速度は神通の方が速いようで、それによって翻弄する。
3人がかりで外南洋駆逐棲姫を止める深雪達。これさえ終われば海賊船での戦いは終わるのだから、気合が入るものだった。