後始末屋の特異点   作:緋寺

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昂揚呼ぶ寄生

 深海忌雷に寄生されたことによって、深雪の目の前で深海棲艦と化したグレカーレ。未だにその奔流が身体に残っているのか、立ち上がっても少しふらついている程。それを出来損ない達が支えている辺り、もう()()()()なのだと嫌でも感じさせる。

 そんなグレカーレをただ見ていることしか出来なかった深雪と昼目提督。深雪はもう目を逸らしており、昼目提督は大きく舌打ちをした。

 

「ふはぁ……ん、もう大丈夫。やっと収まってきたからさ」

 

 小さく身震いした後、出来損ないを下がらせた。一声でそうさせることが出来ている、出来損ないが仲間のように扱っている姿が、余計に深雪の心を抉る。

 

 仲間が変わり果てるところなんて見たくなかった。それが誰であろうとも。だが、深雪のことを好いている──()()()()られたことによって懐いていた──グレカーレが、今ここでこうなってしまっているのは、今まで以上に心が揺らいだ。

 

「……いい加減放せよ」

 

 脚を掴む出来損ないを力強く踏みつける。脚を掴む手を潰し、その腕を潰し、顔面を潰し、それでも足りずに何度も何度も何度も何度も潰す。

 本来ならば出来損ないは人間を素材にしていてもそれなりに力はある。だが、この出来損ないはそこまで強いとは思えない。

 

 それほどまでに、深雪は力を発揮していた。怒り、苛立ち、悲しみ、憎しみ、負の感情が脚に全て加わり、尋常ではない力に繋がっていた。

 出来損ないはそうされたことでグチャグチャになって再起不能に。だが、艦娘の出来損ないや軍港都市に現れた者と違って、自爆するようなことはなかった。おそらく即席の出来損ないだからだろう。もしくは、違う理由で自爆を待機させられているか。

 

「ミユキぃ、そんなにイライラしなくていいって。あたしってば、なんかすっごく気分がいいんだから」

 

 そんな深雪にグレカーレがニッコリ笑顔を見せながら話しかける。しかし、その時にも赤い瞳の朧げな光が、彼女を艦娘では無くなったと表しているようで辛かった。

 

『なるほど、純粋種相手に神の導きを使った場合、そうなりますか』

 

 ここでアナウンスが聞こえる。腹立たしいことに、その声色はグレカーレの変貌を見たことで少々昂揚しているようだった。

 

『お分かりだと思いますが、彼女に与えたのは、先に与えた者と同じ()()から生成した導きです。ですが、完全に同じカタチにはならなかったようですね』

 

 この言い分からわかることは、同じ素材を使った忌雷による深海棲艦化は、人間ならばほぼ同じカタチへと変化するということ。現在白雲と神通が相手取っている外南洋駆逐棲姫がグレカーレを呑み込んでもう1体現れる想定だった。

 だが、グレカーレは違った。その姿はほぼグレカーレのまま。艤装は外南洋駆逐棲姫と同じになってしまっており、出来上がった服装もかなり近いが、それが外南洋駆逐棲姫であるかと言われれば、首を傾げるような姿である。

 

「趣味が悪ぃな。その素材っつーのは、陽炎型の命かよ」

『流石は調査隊の長。よくおわかりで』

「見りゃわかるだろうが。それをグレカーレにぶち込んでも、グレカーレはグレカーレのままだったってことかよ」

 

 あくまでもグレカーレのまま、外南洋駆逐棲姫の要素に取り込まれつつも今の姿になったと言える。

 純粋種を使った場合は、その艦娘の要素はそのまま残る。ただそれだけのこと。

 

『高次の存在の素質があったのです。神に導かれることは、とても()()()()こと。それを身を以て知ったと思いますが、如何ですか?』

 

 アナウンスはグレカーレにピンポイントで問う。艦娘という身体を捨て、深海棲艦の身体となった今、グレカーレの答えは──

 

「これが高次の存在の力ってヤツなのかなぁ。すんごい漲るし、ずっと気持ちいい感じなんだよねぇ」

 

 白く染まった肌にうっとりしたような表情を浮かべながら、自分の身体を撫で回すグレカーレ。元々港湾水鬼の肌などを羨ましがっていたこともあり、自分がそれと同じになったことを悦んでいるようにも見えた。

 自らが深海棲艦となったことを全く悲観していない。むしろ、こうなれたことに感謝しているかのような言動。収まったとは言いつつも、未だに昂揚し続けているような表情まで見せた。

 

『それが我々の望む平和なのです。誰も彼もが貴女のようになることで、争うことはなくなり、世界は穏やかになる。そう思いませんか?』

「ふぅん、確かにみんながこんなに気持ち良くなれれば、戦うことなんてしなくなるかもしれないねぇ。最初に痛いのはどうかと思うけどさー」

『そこは善処しましょう』

 

 グレカーレはアナウンスに対して肯定的な意思を見せ始めている。深海忌雷による寄生に伴い、思考能力すらもアナウンスの意図に沿うモノに捻じ曲げられているように見える。

 あのグレカーレがこんなことを言うはずがない。姉の命を弄んだ敵に対して怒りを露わにしたというのに、その敵に同調するだなんておかしい。

 

 深雪はこれでまた、グレカーレが変わり果ててしまっていることを実感させられる。

 

『その平和を、特異点が打ち崩そうとしているのです。これまで貴女もそちらに属していたわけですが……高次の存在となり、その素晴らしさを理解した貴女ならば、どちらに正義があるか、もうおわかりですよね?』

 

 アナウンスの向こう側の表情が読み取れるかのようだった。深雪に精神的なダメージを与え続けることに尽力していたあちら側の、トドメとも言えるべき最後の攻撃。

 

 元々人間だったもの、姉妹の出来損ない、人間の変わり果てる姿と見せ続け、何度も何度も揺らがせ、そして最後に持ってきたのが、()()()()()()()()()()()()()である。

 あちらからしてみれば、特異点に属していた存在に教えを説き、真に正しいのがどちらかを理解してもらい、そして特異点を始末し、平和にまた一歩前進するのみ。裏切りを見せたいわけではなく、()()()()()()をしたいだけなのである。

 

「そうだねぇ……」

 

 チラリと深雪の方に視線を向けるグレカーレ。赤い仄かな光はそのまま、感情が見えないような視線。

 少しだけ考えるような仕草をした後、グレカーレはアナウンスに答える。

 

「気持ちいい方があたしは好きだねぇ」

 

 この発言に、深雪はより大きなショックを受けた。グレカーレがもう仲間では無いと、嫌と言うほど刻まれてしまった。

 怒りが溢れ、握りしめる拳が音を立てる。あまりにも強く握りしめすぎて、血が滴った。

 

『そうでしょう。ならば、やることももうおわかりでしょう』

「特異点を始末して、みんなに平和を知ってもらう、かな?」

『その通りです。その力を存分に振るい、特異点を手折ってください』

 

 アナウンス側の昂揚が、最後の言葉から自らの勝利を確信したような感情が見えてきた。

 こんなグレカーレを見せつけたら、心が折れる。その上で攻撃を受けたら、反撃なんて出来るわけがない。一方的に打ちのめされて、抵抗出来ずに死ぬのみ。

 

 念入りに心をぐらつかせ、その都度仲間のおかげで立ち直ってきた深雪だが、その仲間がやられたとなったら、ぐらつきはもう戻せない。

 

「アンタ達はテートクの相手しといて。あたしはミユキとやんなくちゃいけないからさ」

 

 指示をした途端、残った2人の出来損ないはすぐさま昼目提督に襲い掛かった。相手が()()()()存在であっても臆さず挑み戦える昼目提督であっても、2人を相手にするとなると手がかかる。

 

「グレカーレ、テメェ!」

「あー、はいはい、後から聞くから。今はそれとやっててよね」

 

 昼目提督が2人の出来損ないに押し込まれ、白雪と響に救援を頼んでいる間に、グレカーレは改めて深雪に向き直る。表情は変わらず、赤い仄かな光を瞳から迸らせながら、口角を小さく上げる。

 

「んじゃあ、やろっか、ミユキ。もう身体が疼いて仕方ないんだよ。力が振るいたくて振るいたくてさぁ」

 

 生えたばかりの艤装の剛腕をグリグリと動かす毎に、グレカーレは小さく吐息を漏らす。構築されたばかりだからか、変化したばかりだからか、そうするだけでも身体が敏感に反応してしまうらしい。

 

「……グレカーレ、本当にやんのか」

「そりゃあねぇ」

 

 ニコニコのグレカーレの笑顔が辛かった。本心ではない笑顔としか思えなかった。

 

「やらないと、終わらないからねぇ!」

 

 そして、グレカーレが急に動き出す。その踏み込みは、これまでに見たことがない速さで、深雪でも目で追うことがギリギリ。

 

 グレカーレにここまでの身体能力は無かったはず。近接戦闘は喧嘩くらいにしか出来ず、スキャンプや夕立のように実力行使をするというよりは、舌戦と搦め手で攻め立てるタイプ。それなのに、溢れる力を抑えきれないと言わんばかりに剛腕を振りかぶって突撃した。

 忌雷に身体を変化させられたことによって、身体能力も大きく上昇し、膂力だけで言えば駆逐艦を優に超えた存在となってしまっていると言えよう。

 

「くそっ……っ」

 

 深雪には避ける以外の選択肢がない。砲撃なんて以ての外。グレカーレを殺すだなんて出来ないし、傷つけることすらやりたくないのだ。

 

 素早く避けた場所に叩きつけるようにその拳で殴りつけた瞬間、床にヒビが入るほどの威力を見せつけられた。

 深雪を本気で殺すつもりの攻撃とわかる一撃。こんなのが直撃したら、ひとたまりもない。

 

「グレカーレ、やめろ!」

「なんでさ、やめる理由が無いよねぇ?」

「あたし達、仲間だろ!?」

 

 必死に訴える深雪だが、グレカーレは返答せず、深雪への攻撃を繰り返す。一撃一撃が必殺級。砲撃などはせず、剛腕を振り回して続けるのは、その溢れる昂揚感を発散するためか。

 床を殴るたびに小さく息を漏らしている辺り、攻撃そのものに悦楽を感じているようにも見える。それだけ歪んでいるとも言えよう。

 

「ご自慢の煙幕は使わないのかな。それとも、諦めちゃった?」

「ちっ……っ」

 

 剛腕を横に振り回すだけでも空を切り、紙一重で回避していては体勢を崩される。少しでもステップをミスした瞬間、剛腕に押し潰されるのが目に見えていた。そのため、少しでも大きく移動しないとダメージが積み重なる。

 だが、この船倉の空間も無限では無い。深雪がグレカーレの猛攻を回避しているうちに、白雲と神通が食い止めてくれていた外南洋駆逐棲姫と合流することになってしまった。

 

「そちらから戻ってきてくれるんですね。こちらの増援を連れて」

 

 外南洋駆逐棲姫は2人を相手取っていてもまだ余裕そうな表情。ついさっきまでただの人間だったにもかかわらず、忌雷によって得た高次の力を、少しの時間で理解してしまっていた。

 

 その力は、これまでのカテゴリーYが持っていた特殊な力。駆逐水鬼の『発電』の曲解や、深海鶴棲姫の『修繕』の曲解、過去に遡れば深海千島棲姫がボイラーの『発熱』の曲解のような、()()()()

 外南洋駆逐棲姫の持つ力は、『装甲』の曲解。身を守るという要素を曲解し、あり得ない程の耐久力を手に入れていた。神通の持つ高振動粒子の短刀ですら刃が立たなくなっているが、その装甲は艤装にしか反映されないところまでは確認出来ていた。その傷は自己修復でもう治ってしまっているのだが。

 

「お姉様……っ」

「悪い、合流しちまった」

「厄介なことになりましたね……」

 

 白雲は深雪を気遣い、神通もグレカーレの変貌によって苦しそうな表情を見せる。

 一方グレカーレは外南洋駆逐棲姫の側に立ち、小さく震えた。元々敵として認識するであろうカテゴリーYに対して、どのような感情を持ったのかはわからない。しかし、相変わらず表情は変えていない。

 

「アンタ、あの2人相手によく無傷で耐えてんねぇ」

「はい、私自身の力がようやく理解出来てきたので。艤装がとても硬くなるようです。貴女にも何か備わったのでは無いですか? 神の導きから得られた、高次の力が」

 

 外南洋駆逐棲姫の言い分では、グレカーレにも曲解の力が宿っていると言う。グレカーレは少し考える素振りをした後、大袈裟に首を横に振る。

 

「まだちょっとわかんないなぁ。でもまぁ、ゲンコツがあれば今はいいっしょ」

「そうですか。戦っている最中に何かわかりますよ。それまでは、私と共に」

「あいよー」

 

 

 

 

 少し前まで3対1だったものが、精神をガタガタにされつつ3対2にされた。外南洋駆逐棲姫もそうだが、グレカーレはそれ以上の強敵。

 何せ、始末という手段に持って行くことに抵抗があるのだから。

 

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