「本当にゴメン、ミユキ。実はあたし、
グレカーレのその言葉に、深雪は目を見開いて驚いた。
「だったら何で言ってくれなかったんだ!」
「うん、それはちゃんと話すけど、今はそれよりも先にやらなくちゃいけないことがあるよ」
グレカーレの視線が外南洋駆逐棲姫に向く。仲間に変化したと思っていたグレカーレから突然攻撃を受けた挙句、重傷を自己修復している間も神通から攻撃を受け続け、どうにか『装甲』の曲解で食い止めながら完治を待っている様子。
「もうバラしちゃったんだから、好き勝手やらせてもらうよ」
ここですぐさま行動に移したグレカーレ。その敵意は深雪ではなく外南洋駆逐棲姫に向けられていた。そして、一気に動き出す。
そのスピードは、これまでとは段違いだった。深海棲艦化したことによる身体能力の強化があるのはわかるが、深雪と戦っていた時とは比べ物にならなかったのだ。
ここで深雪でも理解出来る。グレカーレはここまでずっと
あの実力さえあれば、深雪であっても無傷では済まなかったはず。本気でやっているように見せかけて、その実、少し手を抜くことで、深雪には回避出来るギリギリを攻めていたのだ。
「マジかよ……神通さん、もしかしてそれに気付いたのか」
「はい。グレカーレさんの攻撃、不自然に角度が変わった瞬間がありましたから。深雪さんに当てようとするように見せかけて、わざと床を殴りつけるタイミングとか」
「ぜ、全然気付かなかった……」
神通は砲撃を放ちながらも深雪に軽く説明をした。
神通が気付いたのは、まさにそこ。深雪への攻撃に集中しているのに、隙を見て出し抜こうともしない。深雪を本気で殺したいなら、真正面からではなく、神通や白雲を狙って揺さぶりをかけた方が確実。グレカーレの知能の記憶を持ったまま
それなのに、外南洋駆逐棲姫には深雪に手出しさせないように立ち回り、うまくタイミングを作るようにコントロールしたのだ。神通があの時にそれを口にしていたら全てが台無し。そのため、雷撃を放ってでも口を塞いだ。そこから神通もその意図を読み取っている。
深雪としては、グレカーレも無茶苦茶だが、それを完全に理解し、あえて深雪にその真意を伝えないように、グレカーレの思う通りにことを進めた神通も恐ろしく感じた。
『……純粋種の
我慢出来なくなったのか、アナウンスが忌々しげに呟いた。純粋種──つまりはグレカーレのこの行動は、想定外だったのかもしれない。
「よいしょっと」
神通の攻撃を止めさせることなく、グレカーレは外南洋駆逐棲姫へと接近すると、色違いの剛腕を叩き込むように殴りつける。
見た目だけは全く同じ艤装。しかし、外南洋駆逐棲姫には曲解の力で異常な耐久力が備わっていることは確認済み。その拳も当たり前のようにガードされる。
だが、グレカーレの狙いはそこではない。殴りかかったと思いきや、その手が開き、外南洋駆逐棲姫の剛腕の手首を掴み上げる。
「ほら、こっちも」
片腕を掴んだらもう片方。出力はほぼ同じと言っても過言ではなく、ただそれだけで外南洋駆逐棲姫は艤装が扱えなくなった。手首を逆に捻るように拘束しているからか、指先にセットされている魚雷も放つことが出来ない。
そうなると、グレカーレも外南洋駆逐棲姫も両手が空く。いや、外南洋駆逐棲姫は一応主砲を持っているため、ゼロ距離砲撃が可能であるのだが、それをグレカーレが見逃すわけがない。主砲を構えた瞬間、生身の腕を蹴り飛ばすことで主砲も手放させた。
「お互い丸腰。でも、あたしには仲間がいる。当然アンタのことじゃないよ。あたしの仲間は、最初から最後までミユキ達なんだから」
食い込むような喧嘩キックを外南洋駆逐棲姫にぶち込むグレカーレ。互いの剛腕を拘束し合っての一撃であるため、それこそ、その足が外南洋駆逐棲姫の腹を突き破るのではないかというほどの威力である。
「っかはっ!?」
「アンタはここで無惨に死ぬよ。でも、最後にいろいろとオチを聞いていく?」
剛腕が動かない。曲解の力を使っても、今頼れるのが力が浸透しない生身の肉体しかないとなれば、途端に劣勢に持っていかれる。
「ぶっちゃけ、最初はガチで洗脳されかけたよ。腹が立つくらいに痛かった後、この世のモノじゃないくらい気持ちが良くなったのは確かだから。あれ、
外南洋駆逐棲姫を拘束しながらも、グレカーレの言葉はアナウンス側に向けて放たれている。目の前にいるのに無視されているようなものである。反撃を企てても、グレカーレの方が一枚も二枚も上手。伊達に30年もの年月を生きているわけではなく、その上に深海棲艦化まで加わってしまったのだから、外南洋駆逐棲姫の勝ち目は相当な薄い。
「考えてみたら、これまでのそっちの洗脳技術ってポンコツだよね。Categoria-Yを自分の手駒にすらしきれてないんだもん。港湾水鬼の2人とか、助けてーって言ってきたくらいだし、そもそもうみどりには助けて一緒に暮らしてるヒト達もいるくらいだし」
人間を深海棲艦に変えたところで、その人間達は自分の意志を捨てていない。
そこから考えるならば、これまでの奴らの深海棲艦化技術自体には、
「だから、これにはちゃーんと自分達の仲間になるように仕込んでたんでしょ。変えられた直後はヤバかったもん。白状するけど、完全にアンタ達に傾いてたよ。力は漲るし、ずっと気持ちいいし、頭の中がフワフワしてね。あのままだったら、あたしは
だからこそ、この深海忌雷による洗脳は過度の痛みの後にそれ以上の快楽を与えることで心を揺さぶり、身体を変えると同時にその心に入り込んで掌握する。
高次の存在へと変え、力を与え、思考を誘導し、それこそが全てであると思い込ませる洗脳の効果も与えている。嫌がる者であっても、力を与えられれば従順に早変わり。そうでなければよりのめり込む。一種の
グレカーレが感じていたその感覚は、まさにクスリの効果のようなもの。普通では考えられない昂揚感と、思考誘導による幸福感。頭が真っ白になったところに入り込んでくる洗脳効果。普通ならこれでグレカーレも例外なくコロリだったのだろう。
そう、
「ちゃんとあたしみたいな
『……ええ、最初から考えていましたよ。艦娘はどの種族よりも我が強い。だから、それを考慮して、かなり強めに作用するように設定していました』
観念したかのようにアナウンスがグレカーレの言葉に答えた。あの忌雷、試作品と称してはいたが、どのような種族でも
艦娘が特に自己を強く持つ存在であることは、あちらも理解している。カテゴリーCを生み出すにあたり、元とされた人間の身体を書き換えると同時に、その思考にすら作用し、赤の他人であっても姉妹艦なら姉妹と感じられるようになるほど、艦娘という存在を強く出すほどなのだ。
対象が深海棲艦、姫であっても、従順になり、人間ならば間違いなくその幸福感に依存する。そして、最も我が強い艦娘であっても、真の幸福は出洲の考える平和であると理解する。そうなるように設定して、試作品とはいえ確実に持っていけると信じて、実戦に投入した。
事実、グレカーレは本当に最初の段階では、アナウンスの思惑通り、高揚感と幸福感によって神の教えを刻まれ、敬虔なる信者となった。これは覆しようの無い事実である。
最初に話した『気分がいい』という言葉は偽りでは無い。勿論その後の『漲る』『ずっと気持ちいい』というのも、グレカーレは本心を語っている。その時は、本当にこれが平和へと繋がる幸福だと思ってしまっていた。
「でもね、あたしってば本当に運がいいみたいでさ、ちゃんと自分を思い出せたんだよ。我が強いって言われたらそれまでかもしれないけどさ、それだけでも充分。アンタは読み違えたんだよ。あたし達艦娘の心の強さをさ」
その幸福感の中でも、グレカーレは自分を取り戻すことが出来た。これは実際、グレカーレ自身にも何故そう出来たかは理解出来ていない。自分でも運が良かったと言い切るレベル。
それが、グレカーレが深海棲艦化したことによって手に入れた曲解の力。意識して使えない代わりに、常に発動し続けている、グレカーレの手に入れた高次の力。
『羅針盤』の曲解。進むべき道──信念を違えない力。すなわち、精神攻撃が効かなくなる力。
その力に目覚めたことで、グレカーレは本来の道──特異点と共に出洲という敵を斃す使命──を取り戻した。洗脳によって作られた歪んだ道ではなく、本来持っていた正しい道に戻ることが出来た。
そこからは全て演技だ。しかも、嘘を全くつかないで翻弄する小悪魔のような動きで、敵も味方も騙し切った。
気持ち良くなれれば、戦うことなんてしなくなるかもしれない──肯定するような発言だが、同意をしていない、かもしれないで止めている。
気持ちいい方があたしは好き──好きかもしれないが、こちらもまた同意をしていない。
後から聞くから──昼目提督にこの後の時間を残している。つまり、最初から始末するつもりはない。
やらないと、終わらないから──一度演技でもいいから戦わなければ次に進まないから。
やめる理由が無い──こちらも、演技を進めるために止めるつもりはない。
深雪の仲間だろという言葉に対して返答しなかったのも、無言の肯定。言葉にしたら思惑がバレてしまう。それに、あちらの仲間とも言っていない。
ここまでの言動、何一つとして嘘を言っていないのだ。ただし、
本気の攻撃を促し続けるのも、その演技に信憑性を持たせるため。煙幕の強要も、深雪の力をより強く見せるため。
何もかもが、グレカーレの掌の上。
「これがわかったら、艦娘を洗脳して自分達の思うがままにしようだなんて思わないことだね。自分の意思でついてくるのだけを信者って言うんだよ。どんな手段を使っても、強要して従わせているのは信者なんて言わないんだから。あたしは、そんなの正しいだなんて思わないよ」
それだけ語り、グレカーレは捕らえている外南洋駆逐棲姫の首を絞める。
「っか……っ!?」
「でも、最後に1つだけ温情をあげよう。ねぇ、今のアンタには、
ここまでされても出洲に仕えるか、それとも命を取って出洲を裏切るか。究極の選択を外南洋駆逐棲姫にぶつける。
グレカーレは選択肢として存在するかを確かめた。元々信者だった者が、忌雷によってより強く昂揚感と幸福感を刻まれてしまっているのだから、おそらくその考えは変えない。だが、ここまでやったら心が折れるかもしれない。故に、一応確認だけはした。
少しだけ絞めるのを緩めると、外南洋駆逐棲姫は──
「私、は……あのお方の示す、平和の、ために……」
折れていても、信念は変わらない。ならば、救いようがない。
「そっか。じゃあ宣言通り、アンタは無惨に死ぬ。それでいいね」
「……はっ……魔王の……手先め……」
最後までそれだけは変わらなかった。グレカーレはこれ見よがしに溜息を吐いた後、当てつけのように言い放つ。
「強制的に信者を作ろうとする奴の方が魔王だっつーの。ミユキを見習えバーカ」
外南洋駆逐棲姫の剛腕を解放した瞬間、グレカーレの剛腕が蚊でも潰すように外南洋駆逐棲姫の頭部を叩き潰した。