陽が高くなってきた時間帯。海上訓練を繰り返したことで、かなり疲れた表情の深雪。妖精さん無しの状態での砲撃訓練の後から、神風からの指示をこなし続け、出来ることを徹底的に調べ上げられたからだ。
基本的にはそこからは妖精さんありの指示。しかし、複雑な指示に対して妖精さん無しでやれというのも含まれていた。
砲撃と雷撃を同時に行なう、電探を装備しての索敵、止まってではなく動きながらの的当て、逆に的を動かしながらの的当て、対潜と同時に行なう、などなど、戦場で起こりそうなことを対人ではなく的に対して実行。そこに妖精さんの有無も入ってきているため、深雪としては身体より頭が疲れるような感覚に陥っていた。
準備や装備の換装などで午前中いっぱいを使い、その全てを深雪に注ぎ込んだと言える。深雪としてはありがたかったが、ここまでしてもらっていいのだろうかという不安も見えたものの、神風を筆頭に全員がどんどんやれと後押ししたため、結局全部やり切ることとなった。
「で、あたしはどうだったんだ。神風のお眼鏡に適うヤツだったか」
動き回りすぎて水飛沫も被り、頭からずぶ濡れになっている深雪が神風に問うと、神風は幾度となく驚いたことで冷静になったか、いつもの表情で充分よと答える。
他の者達も深雪の訓練に付き合い続けたが、神風ほど細かく見ていないにしても深雪のことはよくわかっていた。深雪を除くと一番新人となる梅に関しては、感心してばかりだった。
「カテゴリーWだからなのか、
神風が深雪に出していた指示は、訓練校での卒業試験、つまり鎮守府配属の資格を得るための必須項目である。
うみどりに所属している全艦娘がこの試験の経験者。艦種によってその内容は変わるものの、半分は似たようなもの。今回深雪がやらされたのは、駆逐艦の項目を深雪のトラウマを刺激しないようにアレンジされたものである。
「全員、評価言ってあげて。自分達がされたように」
訓練校での評価の基準は、精密性と迅速性、それともう一つ、失敗した時の切り替えの早さ。つまり、どれだけ臨機応変にその場を立ち回ることが出来て、仲間達に貢献出来るか。
「言うことなしで合格にゃしぃ」
「子日も花丸あげちゃう!」
睦月と子日は満面の笑みで試験合格と言う。仲がいいから甘く見ているというのがあったとしても、初めての訓練、しかもこれが卒業試験と同等の内容と知らずに遊び感覚でやっているにもかかわらず、そう見ていなかった者達から見て合格と言える程の動きをこの場で見せている。
「私は防空専門なのでそちらで判断しますけど、及第点は充分以上に超えていると思います。なので、合格です」
「正直なところ、梅が受けた時よりも上手く動けていたと思います。なので、梅が言うのは烏滸がましいかもですが、合格です」
対空砲火についても、そのスペシャリストの秋月がまるで問題ないと評価。今はここにはいないが、対空砲火用に艦載機を飛ばしてくれていた三隈も、秋月と同じことを話していただろう。
そして梅は、当時の自分と比較しても問題なく動けていると話す。評価する側に回ることが恥ずかしいくらいだと苦笑していた。
「妖精さんのサポート無しでも充分動けていたわ。だから、私としても合格点だと思う。カテゴリーWっていうのは、最初からそれくらい出来るってことみたいね」
「なるほどなぁ。なんか実感ないけど」
「少なくとも、私達よりは成長が早いというか、
結果として、カテゴリーCと比べると深雪は非常に高いスペックを持っていることが確認出来た。攻撃力や瞬発力とかではなく、
経験という簡単には追いつくことが出来ない差を、純粋な艦娘という一点だけで詰め寄っていた。
ドロップ艦は生まれたばかりでも戦える存在。それは周知の事実である。人間の言う経験は、
「もう時間も時間だし、まずは一度お風呂に行きましょ。深雪、もう身体中濡れちゃってるし」
「おう、ちょっとっていうか、大分疲れたぜ」
「午後からはまた考えておくわ。ハルカちゃんにもこの結果は伝えておくから」
これにて午前中の訓練は終了。深雪の力を遺憾無く発揮した、充実した時間となった。
午後からも海上で出来る訓練をということで、希望者は外に出ていた。午前中は深雪のみに使い切ったようなモノだが、午後からは他の者の訓練。
深雪も参加すると言おうとしたのだが、その訓練を統括する長門からの言葉によって固まってしまった。
「今から行なうのは、回避訓練だ。演習形式となる」
つまり、長門が仲間に対して砲撃を放ち、それを回避する。合格はよりによって
近付けば近付く程に砲撃に当たりやすくなるのは、素人でもわかること。それすらも回避して、本来ならば必要のない敵艦への迫撃を成功させなくてはいけない。
長門、そして伊豆提督の考案した、短期間で
長門の間近からの砲撃を、撃たれるとわかっていても避けられないようでは、不意打ちのように来る深海棲艦からの一撃を避けられるわけがない。そして、それ以上に敵性艦娘からの攻撃を避けることは出来ないのだ。
そのため、勝つための手段ではなく、絶対に負けないようにするために鍛える。これがこの訓練、延いては、この戦いを確実に終わらせる手段。負けなければ、人類は滅びない。その間に敵性艦娘──呪いへの対策を確実に出来る。
「深雪は見ているだけでいい。だが、見るのなら私の側で見ていることだ」
流石にこんな訓練にトラウマ持ちの深雪を参加させるなんて考えていない。しかし、いつか来る敵性艦娘との対話の際には、この状況と同じになる可能性はかなり高い。
だからこそ、長門としてはこの訓練を戦場で見るということをしてもらいたかった。軍港鎮守府のように遠目で見ているだけでなく、戦場の臨場感まであってこそと。
深雪はどうしても抵抗が出てしまう。的当て訓練ならまだしも、仲間同士の戦いに近しい状況での訓練だ。トラウマを激しく刺激されることになり、手に力が入る。
だが、ここで逃げていては一生戦場には出られない。敵性艦娘の説得なんて、夢のまた夢だ。それだけは、深雪は許せなかった。
「……やるよ、あたし。ここでトラウマ乗り越えないと、やりたいことやれねぇからさ」
だからこそ、ここで立ち向かう。流石にみんなと一緒に参加するというところまではいけないにしても、間近で見ることくらいはしたい。そう決意して。
それだって確実な一歩である。後ろには向かっていない。強くなるための、間違いない選択だ。
「そうか。ならば、少しだけルールを変えようか」
「え?」
長門の提案は、訓練内容をほんの少しだけ変えること。いつもならば、回避し続けて長門にタッチすることがゴールなのだが、その最後の部分を
深雪自身は、そのまま長門の隣に立っているだけでもいい。嫌なら動き回ってくれてもいい。しかし、長門の砲撃の雨の中を回避しながら深雪を追いかけ回すという実戦形式の訓練になる。
深雪に仲間が向かってくるというシチュエーション、しかも演習という完璧な再現。ここで煙幕を使えばさらに再現度が高くなるのだが、流石にそこまではしない。
「どうだろうか」
「……いや、逃げねぇ。みんながあたしのこと考えてそこまでやってくれるんだ。あたしはそれに報いるんだ。ただ、吐いたらごめん」
「腹にまともに私の砲撃が入って、そのまま吐く者だっている。それくらい気にするな」
かなり物騒なことを言う長門だったが、深雪は自分のことを考えるだけで精一杯だった。
始まる午後からの訓練。深雪は長門の隣に立ち、他の者達は遠く離れた位置にスタンバイ。ここから突っ込んでくると思うと、深雪としては震えが止まらなかった。
だが今回は少しだけ違う。肩の上にはサポート妖精さん。念のためと主砲も装備させてもらっている。仲間に対して砲撃を放つ心持ちは無いとしても、それを握りしめることが出来るだけでも少しだけ違った。何より、不意打ちではないことが大きい。
「それでは始めるぞ。深雪、合図は任せる」
「お、おう、大丈夫、大丈夫だ」
長門から渡されていたのは、音がかなり響くホイッスル。これを吹いたら訓練開始。長門が砲撃を始めて、参加者が突っ込んでくる。そのタイミングを、全て深雪に託している。
勇気が出なければホイッスルは吹けない。だが、吹いた瞬間にトラウマを自ら呼び起こすことになる。
「難しいなら私がやるが」
「……いや、逃げねぇ。逃げねぇぞ。あたしはやれる。あたしはやれる」
呟きながらホイッスルを咥える。あとは鳴らせばいいだけ。ただそれだけが、限りなく遠い。高く、分厚い壁。これをぶち破らなければ、先に行けない。
ここまで尽くしてくれたみんなのためにもと、深雪は主砲をギュッと握り締め、気合を入れた。睦月との相撲の件もなんとか乗り越えることが出来たのだから、これだって大丈夫だと自分に言い聞かせて。
「っ」
そして、ホイッスルが鳴り響いた。これが出来ただけでも、深雪はまた一つ壁を乗り越えることが出来たと言える。
長門はそれを聞くことが出来たことで微笑みを浮かべ、ならばと訓練に全力を尽くそうと、早速砲撃を放った。
「うおっ!?」
戦艦の砲撃を間近で聞くだなんて深雪には初めてのこと。それが水鉄砲であるとしてもとんでもない爆音と衝撃波が発生する。
艦娘であるが故に、間近で砲撃が放たれたところで鼓膜が破れるなんてことは無いのだが、驚きだけは当然ある。
それが一発で済むわけがない。この砲撃が長門の手腕で連射されるのだ。いわゆる一斉射というものに近いのだが、間髪容れずに何度も放てるというのはそれだけでも恐ろしいこと。
この連射も、長門とサポート妖精さんの鍛錬の賜物。練度の高さがわかる。
「来た、来た来た来た!」
訓練を受ける一人目は、やはりというか手本を見せるために一番手を買って出た神風。長門の砲撃を潜り抜け、確実に前へと進んでくる。
深雪にはそれが自分に向かって突撃してくるようにしか見えないため、それだけでもトラウマを刺激される。
逃げることも出来るが、深雪はなんとかそこに踏みとどまった。
「深雪、ハイタッチ!」
神風からの声に、思わず手を出す。すると、砲撃を抜けてきた神風が、そこに宣言通りのハイタッチ。
ビクビクしながらもそれに成功出来たことで、深雪の心持ちはまた少しずつ変わっていく。
トラウマを乗り越えつつも、より学んでいくのが深雪。戦いの最中に入るというのが今回の課題。
支援絵をいただきましたので、紹介させていただきます。
【挿絵表示】
https://www.pixiv.net/artworks/106338429
30話の1シーン、いきなり的に当ててしまった深雪。素人がこんなことしたら熟練者の神風は驚くに決まっているのです。