深夜の戦いが終わり、軍港都市に向けて再出発と行きたいところだが、この戦場をそのままにしておくわけには行かないため、ある程度の後始末をしてからの曳航再開となった。
だとしても、ついさっきまで艦娘ほぼ総動員の戦いが繰り広げられていたのだ。それどころか、戦場に出ていない者ですら、工廠で動き回っていたほど。非戦闘員であるカテゴリーY達やセレスであっても、いつでも動けるように、ずっと起きたまま待機していたくらいである。
ひとまず朝まで一度眠った方がいいというのが提督達の判断。一部の者はおおわしで、それ以外はうみどりで。潜水艦勢はレクリエーションルームでの雑魚寝になるものの、それでも充分に休めるため、全員が喜んで眠らせてもらうこととなった。
そして朝。疲労は相当だったため、少し遅めの時間に活動を開始することとなる。時間としては、本来の総員起こしの時間から1時間は過ぎたところ。
むしろ、イリスも今回は総員起こしなんてしておらず、自由に目が覚めたところから朝食を摂り、そして後始末の作業に入ってもらう方針にしていた。
「後始末ノ作業ハ体力ガイルノヨネ。ダカラ、朝カモシレナイケド、シッカリシタモノヲ用意サセテモラッタワ」
朝食を用意しているのは当然ながらセレスである。誰よりも早く目を覚まし、戦場に出ていた者達を労うために準備をし、覚醒した者達へと食を提供する。今回は伊豆提督にも休んでもらいたいということもあり、先に許可を貰って好きなようにやっていいとまで言われていた。
その結果、朝だというのに軽食とは言えないような、精力を付けることを目的としたメニューが多い。とはいえ、ガッツリとした肉とかそういうわけでは無く、健康的なところも配慮した朝定食と言えるようなモノ。
最初にそれを提供されたのは伊豆提督とイリス。そしてそこから続々と目を覚ました艦娘達が食堂にやってきては舌鼓を打つ。伊豆提督に至っては、もう朝食に関して教えることは何も無いわと大喜びである。
「アラ、深雪ト白雲ハドウシタノカシラ。マダ起キテコナイミタイネ」
朝食を提供しているセレスは、誰がどのタイミングで食事を摂ったかを把握している。故に、
数人はおおわしで休息を取り、この後一度合流する予定のため、そこは省いたとしても、ちゃんとうみどりに戻ってきて休息を取っている深雪と白雲が朝食を食べに食堂に訪れていないのは気になるところだった。
「アタシ達が見てくるから心配しないでちょうだい。イリス、少し見に行きましょうか」
「ええ、あの子は感受性が強すぎるくらいだから、悪夢を見てしまっているかもしれないわ。白雲も同じ状態なら、まだ起きてこなくてもおかしくはないものね」
セレスの心配を払拭するため、伊豆提督とイリスが深雪の部屋へと確認する。あれだけの精神的な疲労を持って帰ってきたのだから、他の者達とは比べ物にならないくらい消耗しているのかもしれないと心配にもなっている。
「あ、あの、電も……ついていっていいですか」
そこに電も便乗させてもらいたいと願い出た。その表情は、少しでも前を向くことが出来た、小さな覚悟を背負ったモノ。
戦闘中の工廠で、救護班として治療した朝霜と満潮と話したことで知った、戦うものの心情。そして、自分が持てそうな力。この戦いをずっと裏から見続けたことで自覚した、自分のやるべきこと。
深雪にそれを話したかった。だから、今魘されているかもしれない深雪に、いち早く会いたかった。
まだ怖いが、深雪はもっと怖い目に遭っているのだ。自分が勇気を出さずしてどうする。電も小さな勇気を搾り出した。
「ええ、一緒に来てちょうだい。電ちゃんなら、何かあった時に深雪ちゃんをどうにか出来るかもしれないわ」
「な、なのです……」
そして、すぐにでも深雪の様子を見に行こうと食堂から出ていった。
部屋の前は静かなモノである。まだ眠っているのなら仕方ない。少しだけイリスに部屋を覗いてもらって、中の様子を確認してもらう。
「……予想通りね。魘されているみたいよ」
イリスが部屋の中を覗くと、深雪が苦しそうにもがいているのが見えた。一緒に眠っている白雲も、既に目を覚まして深雪を起こそうとしている。
「白雲ちゃん、大丈夫?」
それならばと、伊豆提督はそのまま深雪の部屋に突入。白雲に状況を聞く。
白雲が目を覚ましたのはついさっき。その時から、深雪はずっと魘されているのだと言う。声をかけても身体を揺すっても目を覚まさないため、どうしようかと少し焦ってしまっていたらしい。
白雲はどうしても深雪のことを思ってしまうため、乱暴なことが出来なかった。叩き起こすことで苦しみから解放出来るのだが、その叩くという行為に気が引ける。
「て、提督様、お姉様が……」
「ええ、そうなるかもとは思っていたの。でも、こればっかりは事前に対策が取れないわ。今どうにかするしかないわね」
すぐに前に出たのは電である。魘されている深雪の側に寄ってすぐに、肩を掴んで大きく揺する。
「深雪ちゃん、起きるのです。深雪ちゃん!」
これまでの態度は無かったことにするように、激しく身体を動かして、無理矢理悪夢の世界から引っ張り出そうとした。
すぐに目が覚めない辺り、深雪の眠りが相当に深いことがわかる。だが、深い分、心へのダメージもそれ相応に深いということ。
電は戦場で何があったのか知らない。その起きたことがおおわしで止まっている状態でもある。深夜であったこともあり、まだ互いに報告が出来ていない状態。
「深雪ちゃん!」
肩を揺するだけでは足りないと思ったか、半身を抱き起こしてより強く揺さぶった。流石にここまですれば無理矢理にでも覚醒させられるはずだと信じて。
「っあぁあああっ!」
電の取った手段は正解で、ここまでしてようやく深雪は目を覚ました。余程酷い夢を見ていたのだろう。冷や汗はビッショリ、目が覚めた後も震えは止まらず、その表情は怒りと悲しみを孕んでいる。
「はぁっ……はぁっ……」
「深雪ちゃん、大丈夫なのです?」
「い、電……電!?」
隣に電がいることに気付いて、思わず離れてしまう深雪。まだ電からは距離を取られていると思い、電のためにもこんなに近付いてはいけないと感じて。
電も、これまで自分がやってきてしまったことがそういうことなのだと実感し、少しだけ心が痛んだ。勝手に羨んで妬んで深雪を突き放していた代償が今の深雪の行動なのだとわかる。
「よかったのです、深雪ちゃん。悪い夢を見ていたのですよね」
極めて冷静に話をする電だが、まだ心の中では深雪が進み過ぎていることに対して羨望がある。
だが、強くなったことで見てしまった闇も、深雪には垣間見えた。弱かったからこそ見ることの無かった、深い負の感情。それが、深雪に強くへばりついているように見えた。
「……電は何も無いよな、白雲も、誰ももう、何もなってないよな」
まだ夢うつつなのか、わけのわからないことを言い出す。白雲には思い当たる節があるので目を伏せることしか出来なかったが、電は正面から向かい合う。
そこでわかった、今の深雪が持つ感情。それは、呪いにも似た激しい怒りだ。深雪は表情こそ変えないが、心の中ではグツグツと怒りのマグマが煮え滾っている状態。そんな状態で眠ったら、嫌でもその怒りに準じた悪夢を見てしまうものである。
「何もなっていないのです。深雪ちゃんが何を見てきたのかはわかりませんが、電は大丈夫なのです」
電からはそうとしか言えない。深雪が何にそこまで怒りを向けているのかはわからないのだから、思っていることを端的に伝えることしか出来ない。
「……そうか、そうか……なら、よかった……」
「お姉様……もう
深雪を落ち着かせるために、白雲も声をかける。自分も無事だ、何も起きていないと見せるように。
実際、白雲の姿だと本当に大丈夫かがわかりにくいというのはあるのだが。
「深雪ちゃん、アナタ、あの戦場で何を見てきたの。夜も深かったからマークちゃんからの報告は後からにしようと思っていたのだけれど、アナタのその取り乱し方を見たら、すぐにでも聞かなくちゃいけないと思えてきたわ」
伊豆提督やイリスまで部屋にいることがわかって、深雪は急速に冷静さを取り戻した。失態を見せたとは思っていないものの、今も胸の中で熱く燃え盛っている怒りの焔があると、冷静に話すことなんて出来ない。
「……グレカーレって、まだうみどりには戻ってきていないのか」
「ええ、残党を処理した後、おおわしで休んでいるわ。この後、後始末があるから合流して話をするつもりだったけれど……グレカーレちゃんがどうかした?」
「……話すよ。あの船の中で起きたこと」
深雪の口から語られる、あの場で起きたこと。人間が人間のままで悪意を持って反抗してきたこともそうだが、仲間を洗脳して特異点にぶつけようとしたこと、その時にはその元凶が船から退避しており、高みの見物を決め込んでいたこと、そして、それを平和のための神の導きと称していたこと。
どれをとっても気に入らない。話している内に、深雪の怒りはより湧き上がってきていた。
「そんな……こと……」
電はもう泣きそうな顔をしていた。グレカーレがその犠牲となり、艦娘を辞めさせられたことは、あまりにも辛い。第二世代ということもあり、長く艦娘としてこの世界に生を受けていたにもかかわらず、敵の勝手な思想によって、その生き方そのものを変えられてしまったなんて聞いたら、深雪のような怒りを持ってもおかしくない。
だが、深雪は冷静でいようと努力していた。その結果が、失われた表情と、常にある苛立ち。グレカーレのことを思うと、笑顔でなんていられなかった。
「……そう、そんなことがあったのね」
伊豆提督も辛そうに答える。グレカーレの件もそうだが、今の深雪の心境の危うさにも苦い顔を見せていた。
夜の戦い1つでこうまで変わり果ててしまうものかと考えてしまうが、敵のやったことを聞いていれば、そうなってしまうのも無理もないかとも思えてしまう。
「深雪ちゃん、グレカーレちゃんはどんな感じだった?」
「……気にしてる感じはしなかった。でも、無理はしてるかもしれねぇ。アイツは、そういうヤツだもんな」
自分が変わり果てたとしても、グレカーレの内面は何も変わっていないように見えた。しかし、グレカーレはいつもおちゃらけているように振る舞っているため、本心が見えない。
本当は今の姿に苦しんでいるかもしれない。しかし、その心を隠し、殺し、周りに迷惑をかけまいと気丈に振る舞っているのかもしれない。
そう考えると、余計に怒りが湧いてくる。グレカーレをあんな姿にした出洲一派が許せない。絶対に殲滅してやると、悪い方向でのやる気が出ようとしている。
「……悪い、こんな風に考えちゃいけないとは思ってんだ。でも、どうにも我慢が出来ねぇ。すげぇ、むしゃくしゃする。戦いは勝ったはずなのに、すげぇ気分が悪いんだ」
頭を抱えてしまった。あまりにも重い感情に、深雪は何も出来なかった。
戦いが残したモノは、後始末だけではない。深雪の心に、始末がつけられないモノも残してしまっていた。
深雪が笑える時は来るのでしょうか。まずはグレカーレとまた顔を合わせてからになるでしょうか。