超規模の後始末が始まる中、深雪とグレカーレは丹陽に連れられて工廠から移動。心を落ち着けて話をするためということで食堂を経由し、セレスに頼んでお茶と茶菓子を用意してもらい、それを持って改めて丹陽の部屋へと入った。
その部屋はうみどりの他の者とは少し構造が違っており、明石が診察をしやすいように若干病室のようにされていた。広さは同じだが、スペースが大きめに確保されているようで、お茶をするスペースも少しは用意されている。まるで、小さい執務室のような状態だった。
「さて、と。では座ってください」
丹陽に促され、用意された椅子に座る。丹陽は自分のベッドに。眠るわけではないが、椅子とベッドの立ち位置からして、丹陽の方が視線が高い位置にいる状態に。
「お茶でも呑みながら、ゆっくりまったり話しましょう。お二人に足りないのは心の余裕ですから」
「……んな余裕なんてねぇよ。外は今、奴らの残骸でいっぱいじゃねーか。早く片付けないと、穢れだって溢れ出すぞ」
「今の深雪さんが後始末をやったら、片付けどころか穢れが拡がるんじゃないですかね」
表情を変えずに丹陽が淡々と話すため、深雪はやはり苛立ちが強くなる。
「そういうところですよ」
しかし、その苛立ちすら見透かされたように口を出されたので、深雪はピタリと動きを止めた。
「些細なことで苛立つような状態の貴女が、祈りを込めて穢れを鎮めるなんてことは出来ますか? その残骸が、貴女の怒りと憎しみに繋がるモノだとわかっているのに」
今ここにある超規模の残骸は、その全てが出洲一派が仕掛けてきた襲撃の成れの果てだ。つまり、後始末をする対象が怒りと憎しみに繋がる。
それに対して、今の深雪が祈ることが出来るだろうか。安らかに眠れと、本当に思えるだろうか。答えは否だ。真っ先に出る感情は、
死んで当然だと思っている者に、後始末屋なんて任せることが出来ない。いくら辛い思いをしても、そこに関係なく命の尊さを重んじ、次は良い者となれと思いながら祈ることが出来る者が、初めて後始末が出来ていると言える。
今の深雪は、後始末をするための心を持ち合わせていない。
「私も後始末という仕事を聞いているだけでやったことはありません。というか、やらせてもらえません。艤装が装備出来ませんから。ですが、その作業を見せてもらい、ここでハルカちゃんからその信念を聞いたことで、なんて強く気高い組織なのだと感心しました。長く生きている私ですが、ここほど
85年という歳月を生き抜いてきた第一世代の艦娘だからこそ、この言葉には重みがあった。
戦争の裏側で、誰もが辟易しそうな作業を、何も文句を言わないどころか、その魂を鎮めるために祈りながら行える。そんな組織を知ったことで、なんて素晴らしいのだと感心し、そして全力でサポートするように純粋種達にも協力を仰いだのだ。結果、後始末屋に属する人間達が信用に値する存在であると身を以て理解したこともあり、今も後始末に参加してくれているのだ。
やり方は人間達の決めたルールに則る。亡骸や残骸を回収する場合は、必ず祈るというのも当然守る。最初はそれに反発する者もいたが、それを覆したのが、戦場で鎮魂歌を口ずさむ者の存在──那珂。そして、それに真っ先に賛同し、鎮魂の舞を披露することにした舞風である。
今、現場では小さくとも間違いのない鎮魂の儀が執り行われていると言っても過言ではない。那珂と舞風を筆頭に、純粋種は皆、
「でも、今の貴女は、それを壊しかねない。だから、後始末には参加するなと言われたんですよ。時雨さんも流石ですよね。『呪い』を知るからこそ、貴女に回りくどくですが指摘することが出来ています」
時雨の指摘は全てそこにある。真正面からぶつけず、捻くれた物言いで言い放つ辺り、まさにここの時雨と言った感じ。
単刀直入にぶつけたら、今の深雪は逆ギレしかねない。相手が時雨──
「要するに、今の貴女には、
トドメと言わんばかりに、直接的な表現で心に突き刺した。深雪は何も言えなかった。
丹陽にここまで言われると、逆ギレも出来ない。その重みで、口を閉ざすことしか出来なくなってしまった。何も間違ったことを言っていないのだから。
「グレカーレさん、貴女を呼んだのは少し違う理由です。まぁ、深雪さんのように怒りや憎しみもあるとは思いますが」
「まぁあるけどさ、この身体のことは気にしてないって何度も言ってるじゃん」
「はい、何度も言っていますね。ですが、言っているだけです」
深雪の次はグレカーレ。深雪への説教を横目に、出された茶菓子を少しだけ頬張っていたのだが、丹陽に正面から話し出されたら、少しバツの悪そうな表情を見せた。
いつも強気で、場を引っ掻き回すトリックスター的な立ち位置のグレカーレも、丹陽の前ではその本領を発揮することは出来なかった。丹陽が掻き回されることがないから。
「貴女は内に秘める怒りや悲しみを表に出さないようにするのがとても上手い。表情も態度もいつものままです。それに、貴女は嘘をつきませんからね」
「上手いっていうか、本心だからだよ。何度も言うけど、あたしは」
「ただし、本当のことを隠すとき、口数が多くなるのはいただけません。あと、少し早口になりますよね。相手に突っ込まれないようにするためですか? それとも、すぐに話を切り上げるためですか?」
グレカーレの癖みたいなモノ。うみどりに住まうようになってから本心を隠さねばならないようなことが起きたことがなかったため、その癖はこれまで見えていなかったが、今回のような事件が起きたことで露呈した。
深雪も言われてみればとそれに気付いた。うみどりに戻ってきた時、伊豆提督にすら何も言わせないように早口で捲し立てていた。その様子を、丹陽も遠目に見ている。そこから、本心を隠す行為であることを見抜いていたらしい。
「貴女は言っていましたね。暗い雰囲気は気に入らないと。それは本当のことなんでしょう。貴女は嘘をつきませんから。でも、その本質は、
「……そりゃあ、そうだけどさぁ」
「なら、それをちゃんと言いましょうよ。変に隠すから逆効果になるんですよ。こうやって私が心配しますし。それに、そんな曖昧な態度が、深雪さんの苛立ちに繋がってます。貴女をそうした敵のやり方に憎しみを覚えるほどに」
グレカーレが周りの雰囲気を壊さないように明るく振る舞っている姿に、深雪はその気丈さの裏側にある苦しみを察して、敵の陰湿なやり口に苛立ちを覚える。何故グレカーレがこんな思いをしなくてはならないのだと。何故奴らのやっていったことを片付けなければならないのかと。その苛立ちは増幅される一方。
「勿論、今の深雪さんはどんな姿を見せても怒りに繋がるでしょう。グレカーレさんが泣き叫んでも、何でこんな目に遭わなくちゃいけないんだって苛立つでしょうし、今みたいに冷静に振る舞っても、何でこんな目に遭ったのに気丈に振る舞わなければならないんだって苛立つでしょう。だったら、グレカーレさんは一度発散した方がいいと思います」
「発散って」
「隠している本心を全部ぶちまけてください。感情的に、他の誰も見ていないこの場で。深雪さんに見せたくないなら、一時的に退室してもらいますが」
本心を隠し続けるから、モヤモヤし続ける。グレカーレも自分ではわかっていないだろうが、今回の一件で相当溜め込んでしまっているのが見えていた。他の者にはバレないようにしているが、丹陽には一目瞭然であった。
「ハルカちゃんも言っていましたが、まず貴女達は自分の顔を鏡で見た方がいいです。こんなこともあろうかと、この部屋には少し大きめな手鏡がありますから、どうぞ見てみてください」
丹陽も何かに使うのか、顔全体が簡単に見えるくらいの手鏡がサイドボードに置いてあり、それを手渡す。しかし、グレカーレはすぐにそれを手に取ろうとしなかった。
これでわかることがあった。グレカーレは、
「……先にあたしが見るぜ」
グレカーレが躊躇うなんて初めてのこと。そのため、深雪が先に手鏡を奪い取るように取り、自分の顔を見た。
それは、本当に酷い顔だった。
「……はは、時雨にすら心配されるのもわかるや。他の奴らがこんな顔してたら……あたしも心配しちまう」
悪夢を見たとはいえ、一晩眠って体調を良くしたはずの深雪の顔は、無表情でありながらも怒りや憎しみが見ただけでわかるくらいに暗く、瞳も濁って見えた。自分であって自分でないようにすら感じた。
もしこんな表情を電や白雲がしていたら、間違いなく心配して本来の調子を取り戻すまで親身になって接し続けるだろう。
「私は、弱みくらい見せてもいいと思うんですよ」
丹陽が語り始める。
「周りに心配させまいと我慢している方が身体に毒です。深雪さんも、グレカーレさんも、今は水を沢山入れた風船みたいなものなんですよ」
どちらも自らストレスを溜め続け、膨らみ続ける水風船。ちょっとした刺激で破裂し、周囲を水浸しにする被害を出すだけの、危うい爆弾である。それで死は招かないかもしれないが、その場を滅茶苦茶に引っ掻き回すことにはなるだろう。
「定期的にその水を抜かないといけないんです。ヒトによって抜き方はバラバラですけど、本音で話すというだけでも意外と抜けるものです。私だって、現役の時にはよく泣き叫んで駄々を捏ねたものです」
「え、ボスそんなことしてたの」
「若い頃ですよ。あの時は私も子供でしたから」
見た目は何も変わらないが、中身は大きく変わっている。今でこそ穏やかにストレスを発散出来ているようだが、過去には見た目通りの子供らしさも持っていたと暴露した。
「ここでなら誰も見ていません。まぁ私とかがいますけど、ここにいる3人だけでその怒りと憎しみを発散してみませんかね」
ここでなら泣き叫んでもいい。嫌なことを嫌と言ってもいい。駄々を捏ねたっていい。
それは恥ずかしいことではない。それこそ、本能のままに。
まだ躊躇いがあった。だが、ムカムカは取れない。ならば──
「……アイツらのやり方は本当に気に入らねぇ」
ただ、叫ぶしかなかった。
「なんでグレカーレがこんな目に遭わなくちゃならねぇんだ! 特異点を狙ってるならあたしだけをやれよ! なのに、なんであたしじゃなく周りをやるんだよ! 巻き込むんじゃねぇよ!」
思っていたことをただひたすらに口に出す。怒りを、憎しみを、その口からぶちまけた。
そんな深雪を、丹陽はただ穏やかに見つめるだけ。責めるわけがない。むしろもっと声を出していいと煽るほどである。
「ふざけんな! アイツらを絶対にぶっ潰してやる! これ以上嫌な気分になるヤツを増やして堪るか!」
そんな深雪の叫びを聞き、グレカーレも鏡を手に取り、自分の姿を見た。
いつも見ていた自分の顔と、カタチは変わらない。髪型も、目鼻立ちも、何も変わらない。でも、その姿は誰がどう見ても深海棲艦だった。
変わり果てた自分をその目にした途端、グレカーレはポロポロと涙をこぼし始めた。
それは、殆ど誰にも見せたことのない、グレカーレの
「何でこんな姿に変えられなくちゃいけないのさ……これの何が平和なのさ……あたしの意思なんて関係無しに勝手にやって……」
そして、蹲ってスンスンと鼻を鳴らしながら泣きじゃくる。気にしていないとは言っていたのは、自分の姿をハッキリと見ていないから言えたこと。自覚してしまったら、気にするし嫌がる。
自分がグレカーレではなくなってしまったようにしか見えず、その誇りも何もかもを砕かれてしまったようにも思えた。
「あたし、どうすればいいのかな……グレカーレとして生きていっていいのかな……あたしって……なんなのかな……」
「お前はお前だろグレカーレ!」
そんなグレカーレに、深雪は怒りと憎しみを持ちながらでも慰めるように叫ぶ。
「見た目が変わっちまったとしても、お前はお前だ! あたしの知ってるグレカーレは、ここからいなくなっちまったわけじゃねぇ! ちょっと見た目が変わったからって何だ! お前は、何も忘れちゃいねぇだろうが!」
深雪の本質が溢れ出ていた。怒りや憎しみに囚われていても、仲間思いで純粋な気持ちは消えていない。苦しむ仲間がいれば、寄り添って慰める。グレカーレにはそれが必要だったのだから、深雪は最善を選択する。
「ミユキ……あたし……」
「気にすんなっつっても無理なのはわかってる。だから、泣きたいだけ泣けばいい。あたしだって、あたしだってな……」
釣られたか、深雪も涙目だった。
「こんなことになるために艦娘やってんじゃねぇんだよ!」
丹陽は、2人が泣きじゃくりながら思いを言い放つのをただ見ているだけだった。その全てを受け入れながら。
ストレスの発散には、本当の心を曝け出すのが一番。それが恥ずかしいのなら、恥ずかしくない場所でやればいいだけ。