丹陽の部屋で話をしたことで、本音を曝け出すことが出来た深雪とグレカーレ。深雪はその怒りを吐き出し、涙目になりながらも出洲一派への怒りをみせつけた。グレカーレは逆に、変えられた自分に対して悲しみが爆発したように泣きじゃくった。
それから長い時間、2人は泣き叫び続けている。怒りを発散するために、悲しみを霧散させるために。
そのおかげか、ひとしきり声を上げ続けて少しスッキリした表情をしていた。特にグレカーレは、本当に振り切れたかのように笑顔を取り戻していた。
「ありがとね、ミユキ。あたしはあたし、グレカーレであることは変わりないからさ、こんな身体だけど前向きに生きていくよ」
「ああ、それで良いと思うぜ。お前は何も変わっちゃいねぇからさ」
自分が本当にグレカーレかもわからなくなってしまったものの、深雪に励まされ、自己を取り戻すに至った。
鏡で見た自分の姿はもう深海棲艦としか言えないものではあったが、頭の中は何も変わっていない。純粋なグレカーレはそのまま残っているのだから、これまで通りに生きていけばいいのだ。
それを深雪に
「前向きついでに、この服替えたいんだよね。前のに戻しておいた方がいいと思うし」
今のグレカーレが身に纏っている服は、深海棲艦化した際に手に入れた、妙に身体のラインと肌を見せるモノ。外南洋駆逐棲姫と同じような姿になろうとした影響か、若干あちらに似ている部分がある。
それが深雪の琴線に触れるところがあり、深雪は無言ながらも着替えてほしいとは思っていた。演技だったとはいえ、この姿のグレカーレに敵対され、ましてや襲われてもいるのだ。深雪のトラウマはここにある。
「まずはいつもの服を着ておけばいいだろ。取りに行ったらどうだ?」
「ん、そーする。何かあったらそこから考えるよ」
そう言うと、グレカーレはパタパタと丹陽の部屋から出て、自分に与えられた部屋に制服を取りに向かった。
「すっかりうみどり所属の艦娘になりしたね、グレカーレさんは」
そんな様子を見て、丹陽は少し嬉しそうに話す。30年間の潜水艦生活で人間への不信感を積もらせ続けていたグレカーレが、かなり狭い
「ああ……アイツはなんだかんだ真っ先にここに慣れてた気がする」
「順応性が凄まじいですからね。でも、グレカーレさんは今、かなり危うい状態だと思います。精神的なグラつきは、そう簡単に治せるようなモノではありませんから」
ふとした弾みで、また先程みたいに泣きじゃくってしまうかもしれない。それこそ、鏡を見た時なんて特に怪しいだろう。自分の姿を直視したら、それが本当にグレカーレなのかという疑問が湧いてしまい、そこから一気に心が崩れる可能性がある。その場では強がることが出来るかもしれないが、それを維持し続けるようなことは出来ないかもしれない。
「何かあったら、また私のところに来てもらいますよ。お婆ちゃんは、頼られることは大歓迎ですから。勿論、深雪さんもどうぞ」
「……そうだな。丹陽にゃもう全部見せちまってるようなもんだしな」
「はい。その怒り……時雨さんは『呪い』と言いましたが、おそらくずっとついて回るモノです。また怒りで感情が支配されて、見るに堪えない顔になっていたら、ここで思う存分叫んでください。私はそれを、迷惑だとは思いませんから」
喜怒哀楽全てを受け入れると言い切った丹陽に、深雪は感謝しかなかった。そして、丹陽にそれを見せることに対して、羞恥心というものが動かなかった。
それがこの丹陽の持つ包容力。長年生きてきたことで備わった、
「また、頼む」
深雪の顔も、最初に比べれば清々しいモノになっていた。
深雪達が本音を曝け出している間、海上では超規模の後始末が進められていた。
あまりの残骸の量に溜息を吐く者もいたが、まずは始めなければ終わらないと一歩目を踏み出したのは長門。それに賛同するカタチで、戦艦護衛駆逐艦から強行輸送駆逐艦へとコンバートした清霜が続いたことで、次々と海へと向かっていくことになる。
勿論、長門が声を上げる前からさっさと海に飛び込んでいる伊203がいるのだが、そこはご愛嬌。
うみどりからも総動員だが、おおわしからも総動員。いつも前に出るのは神通達遊撃部隊であるが、今回は所属している者達全員が全員手伝うために動き出している。
一部はおおわしに持ち帰り、その性質などを調査するためというのもあった。敵を知るには残骸から。後始末屋とは別視点で残骸が必要になる。
「大発が装備出来る子は全員装備して、残骸を運ぶことを優先してちょうだい。大物は特に優先よ」
そんな指示を出すのはイリス。伊豆提督は現状把握のために昼目提督と執務室に入ったので、現場での陣頭指揮を任されていた。
各々が自由に後始末をするとなった場合、余計な時間がかかる可能性がある。その上、今回はかなり初心者が多い現場となってしまっているため、そういう点でも指揮者は必要。
イリスも後始末屋としての歴は長い──というか最初からいる存在。その指示は的確であり、頼りになるモノである。
「敵海賊船の近くは特に注意して向かって。そこは特別穢れが強いと思うし、何があってもおかしくないわ」
自爆することで木っ端微塵になってしまった海賊船だが、一番恐ろしい状態なのがそこである。
これまでの後始末とは一線を画す、艦娘や深海棲艦が一切関係ない巨大な残骸。しかしその中には深海棲艦の生成施設があったため、それ自体が穢れの発生場所となっている。その上、生成途中の深海棲艦などまで一緒に沈んでいるため、それが動き出す可能性すらあった。
そのため、一部の者はしっかりと武装し、急に現れた敵であってもすぐに処理出来るように控えている。優先してそれを行うのは、うみどりではなくおおわしとなった。
「いいかい、白雲。肉片は祈りながらも無心で拾った方がいい。その感触については深く考えない方がいいからね」
そんな後始末現場、初心者である白雲に得意げに教える時雨は、散らばった深海棲艦の肉片をドラム缶型のケースに拾い集める仕事に従事していた。
時雨は肉片集めにはいい思い出が無い方なのだが、数をこなしているため、もう慣れたと言わんばかりではあるものの、表情は明るいものでは無い。
「初めてだとこれが一番進められるのです。大発が使えるヒトに大物をお願いして、電達はこういう
「なるほど……地道ながらも確実にこの海を綺麗にしているというわけですね。お姉様が大切にしているのもわかるような気がいたします」
言われるがままに肉片集めを進める白雲。電もサポートしながらのため、やり方自体は間違っていない。
祈るというところに少し疑問を持ったようだが、同じカテゴリーMである時雨が、『もうこんなことにはなるなという気持ちを込めればいい』と軽く話していたことで、白雲も近しい気持ちで作業を続けることが出来た。
「勝手に生み出されて、勝手に散らされた命だ。奴らは許さなくても、コレには罪はない。なら、安らかに眠ってもらいたいものだよ」
時雨の言葉は建前ではなく本心。白雲も同じ気持ちだった。自分の意思で出洲に従っているカテゴリーYはともかく、やたらと大量生産されて、奴らの思い通りに本能を刺激されて襲撃させられているのだから、その安らかな眠りを祈ろうと思えた。
この深海棲艦達も巻き込まれた者達。ならば、
「後始末屋とは、優しき者の組織なのですね。改めて、よく理解することが出来ました」
「なのです。ここにいるみんなが、同じことを思っているのです。時雨ちゃんも、とっても優しいのです」
「僕はそこまで考えていないさ」
白雲にも、後始末屋としての心が芽生え始めている。時雨とは違い、完全な被害者であるということを踏まえても、ここでそう切り替えることが出来ているのは非常に大きなこと。
白雲の本質──艦娘としての要素が、それを可能にしていると言えるだろう。このうみどりでの生活、延いては深雪との生活によって、呪いによって失われかけていた本質を取り戻していると言える。
「……ここに、深雪ちゃんも加わってほしかったのです」
電がボソリと呟いた。勇気を搾り出して、深雪の前に出ることには成功した電だったが、今度は深雪側に問題が発生してしまったため、まだ噛み合っていない状態なのが悔しかった。
「今の深雪はダメさ。後始末屋としての本懐を確実に忘れてしまっている」
時雨が深雪のことを語るが、それは本人に丹陽がぶつけた言葉そのもの。亡骸に祈ることが出来ないのだから、今は後始末屋の資格がない状態だと、少しキツめな言い方で説明した。
深雪を乏しているような発言ではあるものの、あの場での戦いを一部始終見ているのだからそうなってしまっても仕方ないかもしれないと考えてしまい、白雲は反論が出来なかった。
「でも、深雪は多分立ち直るさ。この僕が呪いを払拭出来たんだ。アレがどうにか出来ない理由が無いよ」
「……そう、ですね。白雲も人間への恨みを鎮めることが出来ているのです。お姉様が乗り越えられないわけがありませぬ。今は、耐える時」
「ああ、それが深雪に対しての最善さ。まぁ、相談されたら乗ってやってもいいさ」
「時雨ちゃんは相変わらずなのです」
電や白雲だけでなく、時雨も深雪のことは気にしている。それだけ壮絶な戦いを繰り広げたのだ。心配にも繋がる。
そもそも敵の狙いが特異点の精神にダメージを与えること。その狙いにまんまとハマってしまったと言っても過言では無い。ならば、それを意味が無かったと出来るくらいにひっくり返してやりたいものである。
「そんなことより、むしろ電だよ。君はもう大丈夫なのかい?」
「ふぇっ」
深雪は多分大丈夫だということで、今度の話題は電に向けられる。深雪との仲違いは誰もが知っていること。その時が来るまで顔を合わせないように気遣ってすらいたのに、今は電から深雪に向かおうとしている。
自分から突っぱねて、しかし自分から近付くというのは、どういう心境の変化があったのかと時雨は気になるようだった。
「……正直、大丈夫かと言われたら、大丈夫ではないのです。やっぱり電は弱くて、こんなに深雪ちゃんが苦しんでいるのに力になることすら出来ない。深雪ちゃんは、本当にいろんなものを持ってるのに、電は……って、思ってしまうのです」
「うんうん、あまり君らしくない妬みだとは思うけど」
「でも、やっと……前を向けそうなのです。深雪ちゃんの帰ってくる場所を守る……そういう戦い方もあるのかなって、気付けたので」
あの戦いの最中、朝霜や満潮と話していたことを思い出す電。優しい艦娘にサポートされるから全力が出せる。帰る場所が保証されているから、前に進める。深雪にとっての帰る場所となるべく、電は前を向こうと勇気を出した。
それがまだカタチにはなっていなくても、心持ちは少しは変わっている。やっと、並び立つ必要は無いとわかったのだから。
「でも、どうすればそれが上手くいくかはわかっていないのです。救護班で活動しましたけど、それだけで足りるかはわかりません」
「そこはいろいろやってみればいいんじゃないかい? 話が聞ける相手なら、嫌というほどいるじゃないか。むしろ、来るなと言っても来るくらいにね」
「……なのです。仲間には、感謝してもしきれないのです」
電も笑顔で返す。少しは前を向けていることが、表情からも読み取れた。
「まったく、電は吹っ切れそうなのに、今度は深雪かい。そんな弱くはないだろうに。すぐに戻ってきなよ」
ふっと笑い、作業を進める。時雨は時雨なりに、深雪と電の関係が明るい道に戻ることを望んでいた。
誰もが深雪の復活を望んでいるのだから、少しでも前を向いて進んでもらいたいものです。でも、深雪はもう少しかかるかもしれませんね。