超規模後始末は午前の部が終了。昼食の時間となり、各々が工廠に戻り軽く休憩を取ることになった。
作業時間としては数時間とまだ少なく、それもあってか作業量はまだまだ減っているようには見えない。海域いっぱいに散らばった残骸は減っているのかもわからないほどである。
大規模を超えた超規模であることが嫌でもわかる、これまでにない量。今日丸一日使っても、何処まで減らせるかわからないレベルである。
「オ昼御飯ヨ。人数ガ多イカラ、少シ時間ガ掛カッチャッタケド、全員分アルカラ食ベテチョウダイ」
「おかわりも……たくさんありますから」
「わ、私達が、配膳するから、欲しい人から、並んで」
昼食は相変わらずのセレス謹製。そこに平瀬と手小野も加わった、定番の者達。今回は桜も配膳の手伝いをしているため、カテゴリーY勢揃いと言ったところ。
海上に出られないため、後始末の手伝いは出来ないものの、こういうカタチで後始末に貢献したいということで、サポート役に回っている。食事の提供はその最たるもの。
まだ慣れていない榛名達増援部隊は、当たり前のように深海棲艦が食事を提供していることに驚きを隠せないでいたが、その料理を口に含んだ瞬間に考えが変わる。そして出てくる言葉は、『
「カレーハ多ク用意出来ル比較的簡単ナ料理ナノニ奥ガ深クテ素晴ラシイワ。コレモ徹底的ニ追及シテミタイワネ」
「家庭の味とか……ありますから……」
「辛さも、好みが出てくる」
「万人受ケトイウモノガ存在シナイトイウコトネ。ソウイウトコロモ興味深イワ」
老若男女全てに美味しいと言わせるカレーについて探究心が燃え上がっているセレスと、そんなセレスと談笑出来ている平瀬と手小野。桜もうんうんと首を縦に振りながら相槌を打っているくらいなので、ここの面々とはかなり仲良く出来ているようである。
そんな光景が平和の象徴のように見えるため、昼食という休息の時間は、精神的な癒しの時間にもなっていた。
「……深雪ちゃんは、やっぱり来ていないのです?」
カレーを頬張りながら工廠内をキョロキョロ見回す電。やはりこの場には深雪は来ていない。深雪だけでなく、グレカーレと丹陽の姿も無いところから、精神的なダメージはそれだけ甚大であると思われた。
自分から避けておいて、いざ姿が見えないとなると心配になるというのは調子のいいことだと電は自嘲しつつ、それでもやはり深雪がここにいないというのは不安になる。
「今は丹陽に任せておけばいいんじゃないかな。自分でも言っていたけど、彼女の年の功に頼らせてもらおうじゃないか」
同じようにカレーを食べながら時雨が話す。楽観的というわけではなく、今は自分達にはやれることがないのだから、やれる者に託すという方向性。
「心配なのはわかります。白雲もすぐにでもお姉様の元へと向かい、その安否を確かめとうございます。しかし、無力であることも事実……白雲には今、お姉様にかけられる言葉はあって無いようなものです。なので……耐えましょう。お姉様は必ずや我々の前に姿を現してくれますから」
白雲も深雪のことを心配しつつ、今は深雪自身の心の力を信じることにしている。自分達が何か言ってどうこう出来る話では無い。
「……そう、ですね。深雪ちゃんは強いヒトですから……きっと立ち直れます」
電も深雪のことを信じて待つことにした。今の自分が前に出過ぎても、深雪が困ってしまうかもしれないと考えて。
一方、丹陽の部屋。工廠には行きづらいという深雪とグレカーレは、今はここで昼食を摂っていた。思い切り泣きじゃくったというのもあって、目元が少し腫れており、弱みを見せるのを嫌うグレカーレがもう少し待ってほしいと懇願したからである。
深雪としても、今の自分の顔は見せられないなと思っていた。多少はスッキリしたとはいえ、呪いに蝕まれ、おそらく残骸を見てもいつも通りの顔が出来ないため、士気を下げる可能性を考えるとどうも表には出られない。もう少し落ち着いてから後始末に参加したいと考える。
「まぁグレカーレが思った以上に着替えに時間がかかったのもあるけどな」
「仕方ないじゃん! みんなにも言ってるけど、この身体、妙に敏感なんだって!」
そんなグレカーレは、これまで着せられていた深海棲艦化した服を脱ぎ捨て、いつもの艦娘としての服に着替えていた。しかし、それでもいろいろと支障が出たようで、そのままでは着ていられないと、制服の下に運動で使うインナーを着込むことにしていた。
そもそもグレカーレの制服は通気性が良すぎるくらいなので、今の身体には向いていないらしい。深海棲艦化の弊害がそこにも出ていた。
見た目的には、艦娘グレカーレと深海棲艦グレカーレの折衷案みたいになってしまっているのだが、グレカーレがこれでいいと思うのなら誰も文句は言えない。
「慣れるまで時間かかりそうだなぁもう」
「でもその分、電探っつーか、敵の何かを肌で感じやすいんじゃないか?」
「それはあるかも。空気の流れがわかるっていうかね。でもそれ、殴り合いじゃないと役に立たないよ」
自分の身体を受け入れているグレカーレは、ケラケラ笑いながら話すことが出来ている。
自分の顔を鏡で見ただけで泣いてしまったグレカーレは、一度思い切り泣いたことと、今の姿でも深雪がハッキリと認めてくれたことで、心が大分軽くなっていた。
深雪のおかげで今の自分を受け入れられている。深海棲艦の身体であっても、自分は自分、何も変わっていないのだと思えるようになったのだから。
「あとは艤装かなぁ。でもアレ、後始末には役立ちそうじゃない?」
「確かに。重たいモンでも持ち上げられるんだろ?」
「だね。残骸とかガンガン運べると思うよ。しかも自分で触らないから穢れとかも気にならないかも」
剛腕の艤装に関しても、変わり果てたそれに若干抵抗があったものの、今ではそれも受け入れている。戦う力としては勿論のこと、後始末屋としても便利なのではと考え方を変えたことで、嫌悪するモノではなく便利なモノとして有効活用しようと思えるくらい。
「ただ、祈ってあげることがしにくいのは、ミユキと同じかなぁ。多分あたし、死体蹴りとかしちゃうもん」
「……まぁ、な。ただ巻き込まれた連中には祈ってやれるんだが、自分からあちらに行った奴らは……自業自得だって思っちまう」
深雪も心に秘めずに思ったことをズケズケ言うようになっていた。この空間、丹陽の前だからこそ、それが出来るというのもあるのだが、あまり溜め込まないようにすることで、多少は
「後始末屋としてはあるまじきことなんだろうけどな……私怨なんて捨てなくちゃあいけないんだけど」
「そんなことはありませんよ。感情を持っているんですから、好き嫌いというのは出てくるものです。私だって嫌いなモノくらいありますから」
見た目通り子供のようにカレーを食べる丹陽が、スプーンを突きつけるように振って深雪に話す。
先程は深雪には後始末屋の資格がないと言い切ったが、今の自分の感情を理解した上で、自分から資格がないと思えるくらいになっているのなら、そこには優しく手を伸ばす。
後始末屋という仕事を完璧に把握しているわけではなくても、85年という長い艦娘経験があるため、何かしらに当て嵌めてアドバイスが出来るという感じである。
「真面目に考えすぎると、それはただストレスになってしまいます。こうやって吐き出したとしても、モヤモヤするモノは残っているのでしょう?」
「……そう、だな。モヤモヤしてる。なんでこんなことしなくちゃいけねぇんだっていうのがさ」
「それが普通なんです。どう割り切るかというのはありますけど、深雪さんには
それは後始末屋としてどうなのかと考えてしまう。割り切らず、祈ることも出来ずに残骸を片付けることが出来るのかと。
「ミユキは真面目だなぁ。祈る相手を選べばいいんだよ。
グレカーレが軽い口調で言い放った。深雪にはその考えが抜け落ちていたのだ。
自分の意思で出洲一派に賛同し、ただ特異点だからという理由で深雪を狙ってくる輩に対しては、祈れる者にやってもらえばいい。わけのわからない理由で命を狙ってくる者に対して、冥福を祈れという方が難しいのだから。
それを良しとして誰も祈れないなんてことがあったら困るのだが、うみどりには本当に分け隔てなく祈ることが出来る聖人君子が何人もいる。
深雪でもすぐに思い浮かべることが出来るのが那珂だ。理不尽な理由で戦うことになっても、敵に最後まで手を伸ばし続けて、それでも拒まれた時はその命を奪いながらも、その命が浮かばれるようにと鎮魂歌を口ずさみ続ける。
深雪にはそんなことが出来るとは思えない。少なくとも、浮かばれてほしいと思えないから。理不尽な理由──
「……そういう時こそ、仲間を頼るべき、なんだろうな」
「そうそう。それで何もしないってのはどうかと思うけど、マジでやりたくないーってことは、誰かに任せちゃえばいいと思うよ。真面目すぎるから悩んじゃうんだって」
「グレカーレは軽すぎるところあるだろ」
「ストレス溜めるよりはいいと思わない?」
「その結果が弱みを見せずにストレスを溜め込んでいたんですけどね」
丹陽に指摘されて、グレカーレは顔を赤く染めながらワーワーと手を振った。そんな姿もグレカーレが何も変わっていないことを示しているため、深雪は安心出来た。
「深雪さん、敵に対してはもう祈れないかもしれませんけど、巻き込まれたモノ達に対してはまだ祈れますか?」
「それは……多分大丈夫だ。やりたくてやってるわけじゃない連中なんだ。群れで出てきた深海棲艦も、出来損ないにされた艦娘も。アイツらには……うん、冥福を祈ることが出来るぜ」
「なら、深雪さんはまずそれだけやっていけばいいと思いますよ。そうやって、少しずつ後始末屋としての誇りを取り戻していけばいいんじゃないですかね」
出来ることから始めて、出来ないことは仲間を頼る。それだけで充分だというのが丹陽の見解。横に置いておけるものは横に置いておいて、出来ることから掻き集めていけば、深雪は少しずつでも立ち直って行けるはずだと。
今はその資格はないと言ったものの、自分を取り戻せば資格も一緒に取り戻せる。
「……だな、うん。午後から後始末に復帰しようと思う。あの馬鹿げた量の残骸、一人でも多くいた方がいいよな」
「ならあたしも行こーっと。新生グレカーレちゃんが大きな腕でバカスカ拾っちゃうぞー」
「頼もしいな。じゃあ、ハルカちゃんに許可貰いに行くか」
「だね。それじゃあボス、いろいろありがとね」
深雪とグレカーレは丹陽にお礼を言い、食べ終えたカレー皿と共に部屋から出て行く。丹陽はその背中をにこやかに見送った。
「深雪さんはまだまだ若いですから、いろんな経験をすると思います。苦行ばかりが先に来ていますが、その分、揺り戻しもありますから。お婆ちゃんはここで見守っていますよ」
巣立つ若者に、丹陽はエールを送る。自分はもう出来ないことだけれど、深雪達なら乗り越えていってくれるだろう。
「……では、私はまた次の子を導かなくちゃいけませんね」
深雪とグレカーレはきっと大丈夫だろう。丹陽が次に見据えるのは──
まだ呪いは残っていても、無理なところは仲間に任せることで、深雪はひとまず前に進みます。グレカーレも気を取り直したことで、進む道は比較的明るい方になりました。