後始末屋の特異点   作:緋寺

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もう一つの問題

 長門を中心とした回避訓練は続く。神風がさらりと抜けたため、深雪としては長門はそれなりに手を抜いているのかと思っていたが、実はそんなことは無かった。その砲撃は苛烈の一言では済まない。単に神風の練度がとんでもないだけである。

 最古参であり、筆頭駆逐艦であることは伊達ではないようで、長門の砲撃を熟知しているから手早く回避出来る。それでも神風曰く、かなりギリギリで余裕などないと話す。

 

 それがすぐにわかるのは、神風の後に睦月が訓練を始めた時である。睦月も当然かなりの手練れであるのだが、神風の動きと比べるとどうしても違うところがあった。

 

「にゃっ、にゃあっ」

 

 長門の連射を必死に回避する睦月は、神風が言っている以上にギリギリで危なっかしい。

 

「長門さんなんでそんなに精度上がってるのね!?」

「イメージトレーニングと妖精さんとの意思疎通だ」

「それは睦月だってやってるのにぃ!?」

 

 他の者達の練度が上がるように、長門の練度だって上がっている。むしろ、この回避訓練は長門の砲撃訓練と兼ねているのだ。神風には華麗に回避されているが、長門も全て回避させるつもりで撃ってはいないのだ。

 神風に避けられたことを根に持っているわけではないのだが、そんなに何人も連続で避けられ続けるのは自分としてもよろしくない。成長が見えないようなモノなのだから、当てることに意地にもなろう。

 

「神風ちゃんの時よりも激しくない!?」

「そんなことはない。私は常に全力だ。神風がそれだけ速いということだな。私としてもかなり、かーなーり、悔しい思いをしているぞ」

 

 そう言いながらきっちり睦月の脚に砲撃を当てて、この訓練を失敗に追い込んだ。戦艦の砲撃は掠めるだけでもかなりの衝撃。直撃したらそれ相応のダメージになる。艤装のアシストのおかげで防御力が多少上がり、水鉄砲だから折れることは無いにしても、その場に蹲るくらいの痛みに繋がる。

 

「お゛お゛お゛ぉぉ……脛、脛に当たったぞよぉ……」

「実弾だったら脚が捥げてるな。明日は足腰を鍛える筋トレをやろうか」

「にゃしぃ……了解でぇす」

 

 これで回避に失敗した者は、翌日の筋トレが確定する。避けられないのは鍛えが足りないからだというのが長門の言い分であり、事実避けられなかったのだから言うことを聞くしか無い。

 それに、ここで長門の勧める筋トレは的確。睦月に向けた足腰を鍛えるそれは、本当に睦月に足りない部分である。これがあるから、以前の深雪の訓練でやった相撲で子日に負けているのだ。

 

「では次。深雪、合図を頼む」

「睦月は大丈夫なのか……?」

 

 深雪は睦月のそれを見て心臓がバクバクしていた。衝突したわけでは無いのだが、かなり激しい砲撃が当たったので、沈んでしまうのではないかとやはり不安が強い。トラウマも刺激されている。

 

「大丈夫だ。睦月とてヤワではない。それに、これくらいなら皆経験がある。さっきも言ったろう。この砲撃が腹にまともに入ったことがある者もいると。演習で艦娘は死なない。そのように出来ている。だから、心配するな」

 

 当たりどころと言われたら万が一があるかもしれないが、そこまで気にする必要はない。艦娘は艤装のおかげでかなり頑丈になっており、水鉄砲なら直撃でも傷一つつかない代わりに身体の中が揺さぶられる程度で終わる。

 うみどりではない鎮守府で、頭に直撃して脳震盪を起こした者が過去にいたらしいが、別段支障は無く、大事を取って入渠したことですぐに完治もしたという。後遺症すらなく、ただ痛い目に遭ったというトラウマが残る程度で済んでいるらしい。

 精神的な部分はどうしてもついて回るが、身体に関してだけは不安がないのが艦娘である。深雪にはピンと来ないものの、とにかく、水鉄砲で死ぬことは無いと睦月の()()で実証された。

 

「だ、大丈夫にゃしぃ。すぐに退くから深雪ちゃんは次の人に合図してー」

「お、おう、確かに大丈夫そうだな……。わかった、じゃあ次に行くぜ」

 

 睦月本人からも大丈夫と言われたので、ひとまず訓練を先に進めることにした。目の前でこんなことになっても、した方もされた方も傷つくことなく先に進めているため、深雪の中でトラウマがまた少し緩和された。

 

 その後、ハイタッチが出来る者も出てくるため、疑似的に突撃を喰らうようになり、深雪はその都度この状況に慣れることが出来た。

 

 

 

 

 全員の回避訓練が終了。長門の勝率はざっと半々という程度。要するに、半数は戦艦主砲の直撃、ないし掠りを受けたということになる。

 深雪はその様子を全て長門の隣で見ることになったのだが、初めの方こそトラウマを刺激され続けたものの、途中からはその危険性の無さを理解することが出来てきたか、若干この状況に()()()()()()()

 

 また、長門によるルール変更で訓練のクリア条件にされたハイタッチに関しても半数が出来ているわけだが、最初の神風の突撃にはビクビクとしてしまったものの、二人目以降は比較的怯えることなく手を出すことが出来た。

 かろうじてクリアすることが出来たことで、あわや衝突となりかけた酒匂であったが、ギリギリのところで華麗なステップを踏んだことで、直撃とトラウマの回避に成功している。その時にいろいろと吹っ切れていた。

 

「これで一周したわけだが、深雪、まだやれるか?」

 

 長門に問われ、深雪は大丈夫だと首を縦に振る。

 

「いいのか悪いのかはわからないけど、慣れてきたよ。そりゃあまだ怖いし、見てるだけでもヒヤヒヤするけど、でも演習で沈むことは無いってわかったからさ、ゴール役はまだまだやれるぜ」

 

 最初と比べると目に見えて元気になっている深雪は、間近で見ているだけならまだまだ出来ると話す。胸を張って言う言葉では無いのだが、トラウマの克服に繋がっているのだから、理解者である仲間達としては、短時間で深雪がここまで言えるようになっているのは喜ばしいことである。

 トラウマを抉られ続けるような訓練ではあるのだが、そこで笑顔を見せることが出来ているのなら上出来すぎる。とはいえ精神的な負荷はそれ相応であろう。この後のケアは必須では無いかとは考えられている。

 

 だが、長門がここでとんでもないことを言い出す。

 

「なら、試しに深雪自身がこの訓練を体験してみるか?」

 

 深雪の表情が笑顔のまま凍りついた。見ているだけならもう恐れることなく出来るようになったようだが、いざ自分がその場に立つとなると話が変わる。

 自分に向かってくる危険性がほとんど無い、強いて言えば、クリアする時のハイタッチくらいしか自分に万が一が起きない状況ならば、深雪はこの場に立っていられる。しかし、()()()()()()という次の一歩を踏み出すには、今まで以上に覚悟が必要だった。

 

 衝突()()()ことが深いトラウマとなっている深雪にとって、衝突()()側に回ることはさらに心を抉る。それは、先日にあの悪夢を見たことによって、より深く心に食い込んでしまっていた。

 夢の中で体験した死は怖かった。だがそれ以上に、モザイクがかかっているのにハッキリとわかった相手側の表情が脳裏にこびりついていた。死も怖いが、偶発的でもそれをやってしまったという後悔も相応に怖い。

 死はその時に大きすぎる恐怖のみで終わるが、残された側は生きている限りその後悔が続く。それを夢というカタチで知った深雪は、あらゆる方向で恐怖を知ってしまったのだ。

 

「いや、無理にとは言わない。流石にまだ早すぎたな。すまない。私も使える時間を使おうと思っただけで、他意は無かったんだが、君のことを考えていなすぎた」

 

 硬直した深雪に謝罪する長門。そこでハッとした表情になる深雪は、そんな長門に大丈夫だからと手を振った。

 

「いや、その、こちらこそごめん。参加するのはまだ覚悟がいるっぽい。もう少し待っててくれるとありがたい」

「ああ、それでいい。焦らず進もう」

 

 すまなかったと長門は最後に付け加え、回避訓練の二周目を開始した。一周だけではどちらも訓練としては不十分であるため、午後、時間が許す限りはこの回避を続ける。合間合間に休憩を入れるとはいえ、これはこれでなかなかハードな訓練になっていた。

 

 それが続く間、深雪は訓練参加に向けての覚悟を決めようとしていた。しかし、どうしても踏ん切りがつかない。やる側やられる側の恐怖を知っている今、後退こそしていないものの停滞はしている状態となった。

 

 

 

 

 海を夕陽が照らし始める時間まで徹底的に鍛え続けて、回避訓練は終了。深雪は結局参加することはなく、ゴール地点の役を続けていた。

 そのおかげと言ってはなんだが、自分に向かって突っ込んでくる仲間に対してはそこまでの恐怖を感じなくなっている。笑顔を見せてハイタッチが出来ており、危ないと思ったら自ら避けるということも可能になっていた。これは深雪にとっての大きな進歩だ。

 

「今日はここまでだ。汗を流して、ゆっくり休んでくれ」

 

 長門もそうだが、参加者は全員が疲労を隠していない。神風ですら、普通に汗を流している。鍛えたとわかる見た目である。

 

「深雪もお疲れ様だ。どうだっただろうか」

 

 訓練をしている時間、深雪をずっと隣に立たせていたわけだが、それで何か変わったことがあるかと長門は問う。

 対する深雪は、大分良くなったと笑顔を見せた。

 

「突っ込んでくるのは、あまり怖くなくなったよ。多分半分くらいは睦月と子日……あと梅のおかげだな」

 

 深雪が名前を挙げた三人は、どちらかといえば回避にそこまで余裕を見せることが出来ず、ハイタッチするにしても突撃の形式を取ることが多かった者。

 特に子日は、ここぞとばかりに深雪に抱き着くようなカタチでゴールをしてきていたため、演習中の衝突というトラウマがかなり緩和されている。

 

「でも、やる側ってなると、途端に怖くなって……あの顔を思い出しちまう」

「あの顔?」

「夢の中で見た顔なんだ。あたしの……その、()()()()()()()って言い方は悪いんだけど、その相手側の顔。なんかボヤけてどんな奴かはわからないんだけど、どんな顔をしているかだけはわかった」

 

 弱音は吐けるうちに吐いた方がいいと神威から教えられているので、包み隠さずに今の自分の心の内を長門に話す。

 それを聞いた長門は、少々複雑な表情を見せる。自分達にはわからない死の記憶への苦悩、それも自分の死ではなく、相手方に対しての苦痛は、理解出来ると軽く言えるような問題では無い。

 

「すまないが、私にそれに対して返す言葉は無いな。同じ経験は出来ないし、それを知ったら私はこの世にいない」

「だよな、うん。仕方ないよ」

「だが、私の持論でいいなら聞いてくれ」

 

 正面に深雪を見据え、少しだけ腰を下ろして視線の高さを同じにする。

 

「相手の苦痛まで背負ったら、君は間違いなく潰れる。だが、思いやることは間違っていない。うまく付き合っていくしかないと思う。私はそんな思いを他の者にもさせないために戦っているつもりだったが……君の気持ちを全て汲んでやることが出来ない」

 

 優しい、しかし悲しい目。

 

「だから、辛いと思ったら全部口に出すことだ。そうしたら、仲間が糸口を見つけてくれる。理解出来ないことであっても、考えを述べてくれるだろう。だから、仲間をいくらでも頼ればいい。君は独りじゃあないからな」

 

 答えにはなっていないが、道だけは示してくれた。最終的に自力でどうにかしなくてはいけない問題ではあるのだが、その言葉が立ち直るための後押しになってくれるはずである。

 

 

 

 

 成長もするが、また違った問題点も見つかる。深雪の道は、仲間達に舗装されつつも踏破が困難なようだ。

 




深雪「梅に突っ込まれた時は痛みとか全然感じなかった。なんかすごく柔らかかった」
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