軍港都市からの増援はそれからすぐにやってきた。海域の向こう側からゆっくりと接近してきた大型の貨物船は、大きな波を起こすことなく所定の位置に辿り着いた。
うみどり内部で清浄化され、穢れを失い人畜無害となった残骸は、工廠ではなく外部を経由して貨物船に運び込まれるのだが、その作業はそれはそれで大変な様子。本来軍港で行われる作業を海上でやっているのだから、普通以上に慎重にやらざるを得なくなっている。
しかし、そうでもしないと残骸がパンクしてしまうし、下手をしたらこれでも足りない可能性があるのだから、今回の後始末の規模が異常であることがわかる。
「こんにちはぁ、お手伝いに来ましたぁ」
そして、工廠側。そこには3人の艦娘が立っていた。後始末の援軍として駆けつけた、軍港都市の中でもうみどりに馴染み深い3人、施設突入の際に仲間として共に戦った、川内、綾波、暁である。
ここまでは貨物船の護衛として来ていたが、海上が安全であったことに加え、3人以外にも艦娘が貨物船で作業をしているくらいなので、ここで3人が欠けても問題ないということらしい。
「トシちゃんからの増援はアナタ達なのね。ありがとう、よく来てくれたわ」
「3人だけでごめんなさいと、司令官が仰ってましたぁ」
「いやいや、充分よ。あちらはあちらで艦娘を割けないでしょうしね」
援軍が3人で止まっているのには理由がある。それが、軍港の防衛問題である。
一度軍港都市で大きな戦いがあり、かつ出来損ないの侵入を許してしまっていたこともあって、都市防衛にはこれまで以上に力を入れている。
そんな中、軍港に向かっている最中のうみどりが海上で襲われ、それを何とか撃退することに成功出来ているわけだが、そうなった場合、次に狙われるのは何処かと言われれば、選択肢は2つ。もう一度後始末中のうみどりを狙うか、
後者を選択された場合、鎮守府だけでなく、そこに住まう市民にすら犠牲が出かねない。それを防ぐのが軍港鎮守府である。
うみどりに救援を送りたい気持ちはあるが、それ以上にやらねばならないことがあるということ。
伊豆提督は、そこのところはキチンと理解している。勿論、昼目提督もだ。
「むしろ、精鋭3人をこちらに寄せてしまって大丈夫?」
「はぁい。そこは大丈夫でぇす」
「うちの鎮守府にはまだまだ戦力いっぱいだからね。ご存知だとは思うけど」
綾波だけでなく、川内からもそこは大丈夫だと念を押された。
軍港鎮守府の艦娘達は、ここに来てくれた3人以外にも精鋭揃い。襲撃を受けた際に市民を守るために、日夜鍛錬を欠かしておらず、実戦経験も相応に多い。深海棲艦との戦闘経験だけで言えば、うみどりのそれを超えている。
確かに軍港鎮守府の最大の戦力は綾波かもしれないが、その綾波が欠けたからと言って、軍港鎮守府が倒れることは無い。前回の件もあって、より全体の練度を上げているまである。
「だから、軍港のことは心配しないで。こっちを早く終わらせることの方が重要でしょ」
ニコッと笑ってウィンクする川内。伊豆提督も納得して、3人を受け入れた。
「ところでぇ、しばらく見ないうちにとっても強いヒト達が増えたみたいなんですけどぉ」
ここから綾波の
潜水艦に住まうカテゴリーB、第二世代の話は増援を呼ぶ際に既に伝えており、保前提督からその件を展開されていたらしい。増援に現場の状況を教えるのは当然のこと。
むしろ、それもあって綾波はこの後始末に志願したまであった。あわよくば、その強者と演習が出来ないかと画策して。
「コラ、綾波。今回は後始末を手伝いに来たんでしょ」
「あ痛っ!」
それを一発引っ叩くことで止めたのが暁である。綾波いるところに暁あり。むしろそう来ないと綾波が止まらないので、基本的にはセットで行動させられているというのもある。
「時間があるときに演習したいですねぇ」
「後始末の後はみんな疲れ切っちゃってるんだし、今回のコレは長丁場って聞いてるわよ。演習なんてしてる暇無いんじゃないかしら」
「じゃあ、どうせこのまま軍港まで行くんですし、そこでやりましょう。今のうちに品定めを」
「品定め言うな。こういう時こそ、レディらしくお淑やかに対応しなくちゃいけないわ。仲間のためにピンチに駆けつけるのが、一人前のレディだもの」
暁は暁で相変わらずのようである。普段と戦場では頭の使い方が違うのではないかと思えるほど。後始末の現場はどちらかといえば戦場ではないので、あの時の冷静さはあまり無く、淑女に憧れる子供なイメージが若干強い。少しズレているのもご愛嬌。
「すぐにでも作業に始めよっか。私的には夜の方がやる気出るんだけど」
「夜も作業をすることになると思うわ。そこからは休憩を挟みながらになると思うけれど」
後始末屋としては午前中から作業を進めているが、夜も作業は進められることになるだろう。誰も海に出ていないというのは流石に危険。穢れから深海棲艦が生まれてしまってもおかしくないこの現場では、ある程度戦える部隊が常に海上に出ている状態を維持し続けたいというのがある。
そのための援軍というのもあった。軍港都市からやってきた3人は、夜に非常に強い面々。特に川内は『夜戦忍者』の通り名もあることから、夜だからこそ、この援軍に参加したまである。
「ここからはシフトを組みながらの作業をしていきましょう。今日初めての子達も沢山いるから、今は休憩してもらった方がいいかもしれないわね」
さらに人数が増えたこと、そして長時間の作業が目に見えていることもあり、ここからは交替制を導入。常に海上の状況を見ながら、少数でも作業が進められるようにしていく方針となった。
増援3人を加えた後始末は、休憩を挟むようになったことで最初と比べると少しだけスピードは落ちたものの、効率は良くなっていた。今日から後始末を始めた第二世代達も、流石に半日やり通せば慣れてくるというもの。疲れは見えていても、的確に残骸を処理していった。
「大物、減らねぇなぁ」
「ね。まだまだいっぱいだよ」
深雪とグレカーレのコンビは、相変わらず少し大きめな残骸拾いに従事。また、肉片拾いをしている電達とも合流して、大物と小物を順次回収していく。
深雪が大発動艇を使えるようになったのは意外に便利で、小物を拾うためのケースを大発動艇に積み込みながら進めることが出来るようになったため、工廠との往復の回数がかなり減っている。
「ちっちゃい残骸もいっぱいなのです」
「まこと、減るように見えませぬ」
小物に触れているのは電と白雲。白雲も新人の1人であるため疲労が見えてきているものの、電が一緒になって作業を続けている。
時雨は今は離れており、同じく新人であるZ1に先輩風を吹かせに行っている。あちらはあちらで、戦いを通して交流を深めているらしく、特にZ1側が時雨に懐いているような関係。そこに同じく共に戦った子日もついているため、3人組として活動中。
「ぽーい。深雪、グレ子、こっちの大物も持ってってほしいっぽーい」
「あいよー。グレカーレ、行くぜー」
「はいはーい。あとグレ子言うなー」
遊びを教えてもらうというカタチで妙高や三隈に懐いている夕立が、大きな声で深雪達を呼びつける。こういうチームプレイが出来るようになっているのも大きな成長である。
夕立も新人ではあるのだが、妙高に教わりながら残骸拾いに従事しているらしく、妙高は妙高で夕立の手綱をしっかりと握れているようで、教え方も夕立に適した方法でちゃんとやらせていた。
「夕立ちゃんも、楽しそうに後始末しているのです」
「あいつ、ああいうところにも楽しみを見つけることが出来るのな。余裕が出来るとあんなに変わるもんなのな」
「後始末を遊びと思ってるのかはわかんないけどね」
そんな夕立に、深雪達はほっこりする。後始末に興味が無かった最初のころから考えると、この変わりようはグレカーレや白雲以上にも見えた。今の夕立は問題児とは言えないだろう。
「白雲も、夕立様を見習って……」
「いや、あそこまでならなくてもいいからな」
白雲も今や完璧に後始末屋の一員。片付けることに対しての抵抗なんて何処にもなく、むしろやる気満々と言えるだろう。
そんな白雲に深雪は内心喜んでいた。電との関係もまだ少し心許ないものの、一時から考えると大分改善はされていると思われる。電が前向きになれた理由はまだ聞いていないが、この作業が終わったら何か話がしたいとも思っていた。
「妙高さん、夕立ちゃんと出来てるかな」
「はい、心配は要りませんよ。後始末屋としての作業、正しく出来ています。祈ることも忘れずに、ですね」
「ぽーい! 海が綺麗になるのも面白いっぽいね」
そういう考えになれるのなら、後始末屋としての資格は持っていると言えるだろう。
「よいしょ、これで良かった?」
「ぽい! こんな大物、夕立じゃ拾えないっぽい」
持っていってほしいと言われたそれは、軽空母の身体そのもの。急所だけ狙い撃たれた結果、死んではいるが身体は残ったままという状態。
そんな大物でも、今のグレカーレには軽々持ち上げられるモノになっているようである。それを見て、夕立は目をキラキラさせていた。
「グレ子、凄いっぽい! 力だけなら戦艦と同じくらい?」
「かもしれないねぇ。大体のモノは持ち上げられるようになっちゃったよ」
「強くなったっぽいね。また今度、出来るなら演習したいっぽい!」
遊びによって心に余裕が出来ている夕立だからこそ、今すぐやり合おうだなんて言わなくなっていた。むしろ、グレカーレがこの艤装に対して思うところがあるのもあり、深く追求もしない。
羨ましがることもなく、煙たがることもなく、その存在を受け入れているのみ。ただ、一度相手をしたいという気持ちはあるので、それは隠さない。
「今回の後始末が終わったらね。あたしももう少し使い方知っときたいし。仮想空間での演習でいいよね」
「ぽい! 約束ね!」
ニッコニコの夕立である。妙高も、たまにはそうやって戦闘の欲求も晴らすべきだと思っているため、止めることはない。
「あのぉ、演習って聞こえたんですけどぉ」
そんな会話を何処から聞きつけたか、同じくニコニコの綾波が合流。暁が待ちなさいと声を荒げているようだったが、綾波は聞く耳持たず。戦闘狂センサーがビンビンに反応したらしい。
そして、夕立と目があった瞬間、ピタリと止まった。言葉もなく、視線を交わし、そして、
「後から、やりましょうねぇ」
「ぽい。素敵なパーティーしましょ」
戦闘狂同士の意思疎通が出来たのか、2人揃って不敵な笑みを浮かべる。暁は大きな溜息を吐き、これはもう止まらないと諦めていた。
「暁ちゃん、お久しぶりなのです」
「うん、久しぶりね電。今日はそれなりに長く一緒にいられるから、また何かあったらお話ししましょ」
「なのです。電も、相談したいことがあるのです」
姉妹の再会も簡単に、ここからはみんなで集まって後始末を続けていった。
後始末はまだまだ終わる気配はないが、各々思いを秘めて続けていく。
夕立と綾波がついに出会ってしまいました。後始末の場だから自重しているけど、そうじゃ無かったら嬉々として演習を始めそうですね。