「さて、と。神風さん、改めてお話ししましょうか」
深雪とグレカーレが中に入ったところで、丹陽が改めて切り出した。
「神風さんを蝕む雑念──
丹陽が見透かしている神風の悩み、雑念は、敵側にも親子と言える存在がいたこと。小柄と中柄のカテゴリーKがそれにあたる。
あの時はその親子の歪んだ絆のようなものを見せつけられ、自らが更に間違えたカタチであると錯覚してしまった。その結果が瀕死の重傷を負うことになる隙を作ってしまったこと。
「私もあの時の戦いは見ていました。こちらではカテゴリーKと呼ばれている2人との戦いを、潜水艦から見させてもらっています。見ているだけしか出来なくてごめんなさい」
「不甲斐ないところを見せちゃったみたいね」
「いえ、三本目の腕は流石に想定していないでしょう。いくら隙を見せたとはいえ、あれは回避がとても難しいです。仕方なかったと言い切れます」
中柄のカテゴリーKの最後の攻撃は、本当に予測出来ない攻撃だった。如何に神風とて、精神的に揺らぎがあるタイミングでそんな攻撃を繰り出されたら、流石に避けられなかった。
「その時のことはまず置いておきましょう。神風さん、確かにあの2人は親子のように振る舞っていたし、実際に親子なのでしょう。意味深なこと……死んでいた我が子をここまで立て直した、でしたっけ。そんなことを話していましたが」
神風は、その時のことを思い出して、あまりいい顔をしていない。やはり、その時のことがこの悩みの一因であることを如実に表している。
あの時はリベンジしなくてはならないと話していたが、神風の中には大きすぎるくらいの雑念が生まれていた。それが、敵とはいえ『親子の絆を断ち切ること』を是と出来るか否か。
神風は家庭を失ったことで壊れてしまっているようなもの。艦娘となったことで、艦娘神風から諭されるようなカタチで理性を取り戻し、本来の人間としての自分に戻ったと言えるような状態だ。
そこから神風は、絆を守るために戦っている。自分と同じように、この戦いの中で家族の絆が引き裂かれるようなことがあってはならないと思いながら、日夜戦い続けていた。
だが、
「神風さんは、その家族の絆を断つことに躊躇している、ということでよかったですか?」
憶測から話しているのだろうが、いきなり核心を突いてくる質問に、神風は一瞬躊躇いつつも、そうだと答えた。
「あの中柄のカテゴリーKは、多分私と同じなのよ。子供を失って、壊れて。でもあちらは、あんなカタチでもその子供を取り戻しちゃってる。だから、余計に壊れて、歪んで、子供がどういうことになっても肯定する」
自分のかつて家族を失ったことを、丹陽はまだ知らないはずである。だが、バレるのも時間の問題だと感じたか、ここにいる深雪とグレカーレは既に知っていることだからか、中柄のことをハッキリと自分と同じ境遇だと言い切った。
深雪もグレカーレもいいのかと神風や丹陽に視線を送るが、神風は小さく頷き、丹陽は驚きすらも見せていない。おそらく、神風のこういった境遇も既に予想がついていた。
「だとしても、あの2人には間違いなく
そうなってしまっては、もう手が出せない。絆を守るために戦っているのに、それは絆を断ち切る行為。心が引き裂かれる程の矛盾。信念を捻じ曲げる選択。
それが雑念となってしまっているために、神風は海賊船の戦いには参加出来なかった。カテゴリーKだけでなく、カテゴリーYにも同じような者がいたらどうしていたか。元々が人間なのだから、それこそ家族ぐるみで出洲一派に従い、全員がカテゴリーYとしてうみどりを攻めてきたら。
今までそんなことを考えたことが無かったのに、実際に敵の家族の絆を目の当たりにしてしまったら、嫌でも意識してしまった。
「神風さんの悩みは、とても根深いモノなんだと思います。冷たい言い方になりますが、私は姉妹を知っていても、親子を知りません。艦娘ですから、腹を痛めて子を産むということが出来ませんから。勿論、
この丹陽、もしかしたら伊豆提督の正体も気付いているのではないか。長く生きているのだから、伊豆提督の母──鳳翔のことも知っていてもおかしくはない。
深雪はそれを想像して少しだけ恐怖を感じた。丹陽の前では隠し事が一切出来ない、知られたくないことすら知られてしまうと。
実際そうだとしても、丹陽がそれを公言するようなことはないし、弱みを握ったからといってそれを利用して何かしようとするわけでもないため、人畜無害ではあるのだが、だとしても知られているということは何よりも恐ろしいことである。
「なので、その悩みの根幹を取り除くことは出来ないと思います。それでも思うことを話しますが、見当違いなことを言うかもしれません。そこだけはご留意を」
深雪やグレカーレの時と違い、少しだけ丁寧に前置きする。
深雪の場合はどんな艦娘にだってあり得そうな怒りや憎しみの件なので、その気持ちも理解出来た。丹陽だって、人間に陥れられ、命を奪われかけている経験がある。そこから怒りや憎しみを持ってもおかしくない。
グレカーレの時も、起きたことに関しては理解出来ずとも環境の変化というのは理解しやすいものであるために話が出来た。ただの艦娘から、第二世代を率いる
だが、神風の持つ悩みは、純粋な艦娘にはまず理解が難しいもの。人間であっても、特定の条件を満たした者──結婚し、愛を育み、子を成した者にしか難しい。艦娘の中にも何人いるかわからないような条件である。
いくら長生きな丹陽であっても、それは例外ではない。多種多様な知識があり、それを使って悩みを解決出来たとしても、
説得力がどうしても薄れるのだが、だとしても丹陽は神風の悩みを解決に導くために言葉を送る。
「神風さんの信念は、とても高潔なものだと私は思います。絆を守るために戦う……失ったからこそ、それをとても大切にしていることは、悪いことではありません」
そこは肯定する。しかし、全てを肯定するわけではない。
「躊躇することもわかります。確かにあちらにはあちらの絆がある。ですが、神風さんが新たに手に入れた絆を壊そうとしているのは、あちらも同じです」
「……そうね。それはわかっているつもりなんだけれどね」
「神風さん、深雪さんに少し
そこまで気付かれるのかと、神風も驚いていた。これは年の功だけでは説明が出来ない。
事実、雪風は自分がお婆ちゃんだからとしか言わないものの、これまでの経験から観察能力が異常に発達しており、最早
ほんの少し、誰も気付かないような視線の配り方、息の吐き方、間の取り方などで、感情や思考まで全て読み取る。それも踏まえて、周囲の感情全てから状況を考え、その心の奥まで辿り着いてしまっていた。
30年の
「もう話してあるけど、私の娘にそっくりなのよ深雪は。だから、正直なところ、深雪は私の
ハッキリと、その本心を表に出した。そんなことを言われると、深雪も少しだけ恥ずかしげである。
少なからず、神風は深雪に対して仲間とかを超えた親愛の感情を持っているということ。ある意味、特別な存在であると。
「なるほど。では、やっぱり少しキツイことを言わなくちゃいけませんね」
そう言いながらも、丹陽の表情は殆ど変わらない。
「神風さん。貴女は、自分の絆と敵の絆、どちらが大切ですか。貴女の躊躇が、深雪さんを危険に晒します。2人目の娘を失うことに繋がる可能性がありますよ」
真正面から直球をぶつける。神風はぐっと息を呑む。
勿論それはわかっていたこと。精神鍛錬と称して瞑想を続けていても、その問いは自分の中にも生まれている。その答えが未だに見つかっていないというのが現状だが。
深雪にも近い悩みがつい最近まであった。敵であっても人間を殺すことに躊躇するというものだ。だから、深雪にも神風の苦しみは少しは理解出来る。
「貴女の信念を否定することはしません。絆は確かに大切です。ですが、取捨選択はもっと大切です。私達の手では、全て掴み取ることは出来ないんですから。敵に情をかけるなとは言いませんが、かけすぎはよろしくないですよ」
「……わかってるわ。わかってるつもりなんだけれど、どうしても、ね」
「このまま行ったら、貴女は呪いよりも酷いものを持つことになるかもしれませんね。敵の絆を断てなかったことによって、2人目の娘すら失ったら、今度こそ貴女は壊れますよ。人間として壊れ、艦娘として壊れたら、行く末は何でもないバケモノです」
冷静に、かつ、最も
「それに、絆があれば何をやってもいいわけがないんですよ。だったら、家族ぐるみの悪の組織は野放しにしていいんですか? そうではないでしょう。絆の力を悪事に……まぁあちらはそれを悪とは思っていないでしょうけど、そう使っていた場合でも、断ち切れないから見ているだけでいいんですか?」
正論をぶつけ続けられているため、神風も返す言葉が無かった。いくら絆を持っていたとしても、それを悪用することの方がよろしくないのではないか。そんなことはわかっていても、自分の信念がそれを許してくれない。
まさに深雪と同じ悩み。敵がおかしいことはわかっていても、どうしても納得が出来ないというジレンマ。
「答えは自分で見つけてもらうしかないんですが、その辺りの覚悟を決めないと、また失いますよ。ただでさえ、あちらは特異点を始末することに躊躇がありません。そのためには手段すら選ばない。しかも、それを平和のためと息巻いている。貴女の大切にしている、絆の力まで使ってです」
少し強めに言い放つ丹陽。これには深雪とグレカーレも聞いていることしか出来なかった。
神風は、まだ揺らいでいる状態。しかし、何かを掴もうと必死だった。
深雪と同様に根深い神風の悩み。これを解決出来るのは今か、それとも。