海中の後始末は、おおわし所属の潜水艇を操る海防艦達の力を借りることでこなしていく2日目。目標は本日中に6割。軍港都市から貨物船も頻繁に出向いてくれているため、うみどり内の残骸もパンクするようなことはない。
海上の残骸が昨日と比べると明らかに減っていることはわかるのだが、まだまだ多いのがわかる。昼も既に回っているのだが、目標には届かなそうな雰囲気を醸し出していた。
「思った以上に多いな……つーか増えてるようにも思えちまう」
深雪が呟く。仲間達と力を合わせて海上の残骸を確実に回収しているのだが、途中から減り方が確実に遅くなった。それが増えたと錯覚させている。
この理由は非常に簡単である。大規模よりも広い現場を埋め尽くす残骸なわけだが、日が変われば波も変わるため、残骸が勝手に流されてしまっているのだ。
その上、この日は昼を回ったくらいから陽が陰ってきており、天気が悪くなっていた。雨は降っていないものの、波が少しずつ高くなっており、どうしても残骸が散らばっていく。
「大発の操作、一気に難しくなりやがった!」
「あっぶな! ちょっとミユキー、こっちにぶつかりかけたよ!?」
「悪ぃ! こんな波が立つところで留めておくってのが難しいんだよ!」
グレカーレの方へと大発動艇が流されて行ってしまい、危うく轢きかけるという事故が発生。声掛けと瞬時の判断で大事故は防ぐことが出来ているが、
深雪は言ってもまだ素人だ。大発動艇も
練習するにしても、うみどりの艦内で何かするわけにはいかないため、こういう後始末の時に動かして身体で覚えるしかない。むしろ、大波の際の操作方法は、VRで技術を学ぶ方向で進めるべき。
結果として、深雪はぶっつけ本番で扱っているのだ。こうなってしまうのも無理はない。
「深雪さん、こんな波の中では、ピンで留めるように意識をしてみてください」
そうやってアドバイスをしたのは神威である。残骸を拾い集めることはしておらず、諸々が集めた残骸を大発動艇に載せつつ、自身は水上機によって周辺警戒をしながら薬剤の散布を既に始めていた。
神威はうみどり──というより艦娘の中でも非常に貴重な、
「ピンで留める、か。グッと、その場に留まれってするんだな」
「はい、私はそういうイメージですね」
「よし、やってみる……!」
と言ったそばから大発動艇が波に流されかける。そういう時に限って、特別大きめな波が来たのが悪い。
「慣れしかありません。
「よっしゃ、まさかこんなところで練習することになるとは思わなかったけど、ちょうどいい。大発も使いこなせるようになってやるぜ」
応援されることで俄然やる気が出た深雪は、後始末をこなしながらも、大発動艇のコントロール方法も学ぶ。多少厳しい環境下の方が覚えが良いらしく、深雪はそこでさらに艦娘としての力をつけていくのだった。
波が高くなってきたところから危うさはあったものの、夕方に近付くにつれ、天気が崩れていく。そして、
「うへぇ……降ってきやがったなぁ」
「なのです。今日はお天気が悪いとは聞いてなかったのですが……」
「予報もあくまで予報ってことなんだろうな」
休憩中は深雪と電は共にいることも多くなってきた。深雪は元より、電もこれまでのいざこざを払拭しようと頑張っていた。
夕食前の最後の休憩で工廠に入ったところで、目に見える程の雨が降り始めた。これから暗くなるというタイミングでコレだと、作業も難航するのが目に見えている。
昨晩はいつも通り探照灯で照らしながら作業をしていたが、この夜に同じようにやると、雨粒で反射して逆に周囲が見えづらくなるという弊害がある。
工廠から外を眺める艦娘達は、ここからの厳しさを想像して、小さく溜息を吐いた。しかし、作業を止めるという選択肢が出ていないのは、後始末屋気質の現れと言えるだろう。
そのため、今回から手伝いというカタチで加わっている者達は、周りのまだやるムードに若干困惑。
「はい、注目。今後のことを話すから聞いてちょうだい」
そんな工廠に、伊豆提督の声が響く。今は全員が休憩中であるため、聞き流すようなことはない。
「今日の作業は一旦ここで終わりましょう。予定より進んではいないけれど、流石に危険だわ。ここから雷雨になるという話らしいの」
元々の天気予報は大外れだったらしく、ここから海の天気は大荒れとなるらしい。海の天気は変わりやすいというが、今更そんな予報が出されても困るだけだと伊豆提督は苦言。
ただ雨が降っているだけならば、多少は強行出来る後始末だが、雷雨となったら話が変わる。いくら艦娘とはいえ、落雷は流石に命に関わるため、緊急時以外は作業を止めるのが通例。海上に落雷しようものなら、何もしていないのに一網打尽にされるという可能性すらあるのだ。
その緊急事態というのは深海棲艦の発生なのだが、今はまだ現場に発生することもないため、待機はするが作業は止めるという状況に。万が一、この状況で深海棲艦が発生したら、否が応でも出撃しなくてはいけない。
「穢れの拡がりが止められないのは辛いけれど、雷はどうにもならないわ」
と言っているそばから空がゴロゴロと鳴り始めていた。妖精さんのお陰でうみどりは殆ど揺れてはいないものの、雨脚は強くなり、波も先程より随分と高くなっている。
目に見えるカタチで海が荒れているのが確認出来たため、工廠の門も閉ざされる。ここからは作業をしないという方針が見えるカタチで提示された。
後始末は急ぎでやらねばならない作業だが、艦娘の安全も考えねばならない。ただ雨が降っていて波が高いなどは、艦娘自身の航行技術などで何とかなるが、落雷だけは防ぎようがない。
そのため、安全のためにも今日の作業はこれでおしまい。前回の雨の日とは話が違う。
どしゃ降りで落雷もある環境でも潜水艦は活動出来るなんて伊203が言おうとしていたが、その口を伊26が押さえ、耳元でその方が作業の終わりが遅くなるよと伝えたことで事なきを得た。
「みんなも疲れが溜まってきているでしょうから、一度休んでちょうだい。明日には天気も回復しているという話だから、それまでは待機ということでよろしくお願いね」
伊豆提督がそれで話を切り上げようとしたところで、ついに大きな音を立てて雷が落ちた。
如何に深海棲艦と戦っている艦娘とはいえ、雷の音──突然鳴り響く大きな音に対しては、声を上げて驚く者も多くいた。
作業自体が完全に止まったため、各々自由に過ごす。基本的には過酷な環境での後始末の消耗があるため、ゆっくりと休むことを優先していた。
深雪も例に漏れず休憩。とはいえ、先程の大発動艇のコントロールの件で思うところがあったため、アドバイスをくれた神威や他の大発動艇が扱える駆逐艦に話を聞こうと動いていた。
電は暁と話がしたいということで別行動。白雲とグレカーレは工廠の方で深海艤装のチェックなどがあるため別行動。そういう理由もあって、珍しく深雪は単独で行動していた。
「なんか一人で動いてるのってすげぇ久しぶりな気がする」
いつも誰かが隣にいるということが多かった深雪にとっては、これもまた新鮮な気持ちである。こう考えると、大発動艇が扱えるようになったのは、それはそれで特殊な力なのだろうと実感。
「お、いたいた。神威さん」
そんなことを思いながら彷徨いていると、食堂で神威を発見。何やらセレスと料理をしているようだった。
「あれ、今日は神威さんから料理習ってるんだ」
「エエ。神威ノ料理ハコレマデト違ッテ新鮮ナノ。アイヌ料理トイウソウダケレド、コレモマタ興味深イワ」
「基本的には普通の料理なんですけどね」
「ソレデモ、文化ヲ感ジルワ。コレモマタ、研究シナクチャ」
セレスは相変わらずだなと笑っていると、バタバタと足音が。
なんだなんだと振り向くと、焦ったような表情のスキャンプが食堂に転がり込んできた。
「どうしたどうした」
「ミユキ、何も言わずにあたいを匿ってくれ!」
「理由がわからないのに匿えっつったってよ」
わけのわからない内に、さらに足音が聞こえたことで、スキャンプは台所に入ろうと駆け出したが、それをすかさずブロックしたのはセレスである。
「て、テメェ」
「手モ洗ワナイ、暴レ回ッテ汚イ身体デ、キッチンニ入レルト思ッテイルノ? 料理ガ不味クナルデショウガ」
「くそっ、ド正論ぶちかましてきやがって……!」
セレスの圧にあてられ、ぐぬぬと声を詰まらせる。そうこうしている内に、外の足音が食堂まで近付いてきていた。
「こんにちはー」
「美味しそうな匂いがする!」
「スキャンプさん、いますか?」
やってきたのは、潜水艇で活躍していた丁型海防艦の3人。スキャンプを探してここまで来たらしい。
本来はおおわしに撤収するべきなのだろうが、作業中にうみどりに残骸を運んでいるところで作業中止となったために、この一晩はうみどりで過ごすとのこと。
そして、スキャンプの姿を見つけた瞬間、パーッと表情が明るくなって駆け出した。
「すきゃんぷぅーっ」
「ゲェーッ!?」
飛び込んできた第四号海防艦を避け切れず、床に押しつけられるように抱き締められた。
何が起きたかわからない深雪だが、神威がそこを説明する。
「スキャンプさんの有名な話がありまして」
「有名な話?」
「私達カテゴリーCでもその要素が強くなるんですが、
スキャンプの有名な話。それが、艦時代の最期。『第四号海防艦に沈められた』という、深雪のそれと近い過去のトラウマじみた心の傷。
深雪は電との
「見た目に寄らねぇなぁ……」
「んなこと言ってねぇで助けろ!」
「いや、仲良さそうだなって」
「テメェの目は節穴かぁ!」
子供が苦手だが、子供に好かれるという、難儀な性質を持っているらしい。
「すきゃんぷぅ、飴くださいな」
「くーださーいな!」
「よつちゃん、ふーふちゃん、そんな図々しく……」
なんて話している時、艦の外で大きな雷の音が鳴り響いた。耐性があってもビクッと震える程の大きな音だったため、深雪も身体を竦めてしまう。
神威もセレスもそれほど動じておらず、スキャンプは余裕が無かっただけなのだが、丁型海防艦の3人は誰よりも大きな悲鳴をあげてスキャンプに抱きつく。
「グェ!?」
「か、かみなり、怖いでっすー……」
「て、手ぇ、握ってて……」
「す、スキャンプさん……」
子供達の潤んだ目を見て、スキャンプは小さく溜息を吐いた。
「わかった、わかったから離れてくれ。Don't touch me」
「うぅー」
「Ah.セレス、カモイ、こいつらになんか甘いもん作ってやってくれねぇか」
子供は苦手だが、子供が泣いているのはもっと苦手らしい。人間不信を持つ問題児ではあるが、そこはやはり純粋種。人間を守るという根底は覆っていないか、誰かが悲しんでいるところは居心地が悪いと思えるようだった。
これもまた、うみどりで生活し、酒匂と共に歩くようになったことで取り戻した、艦娘としての心であろう。スキャンプとて、世界を平和に導くために生まれた艦娘なのだ。
こんなことがあったため、深雪は本題──神威に大発動艇の扱い方を聞くこと──をすっかり忘れてしまっていた。
海上の雷雨は本当に危険。