雷雨は止むことなく、むしろ酷くなる一方。激しい波に関しては、妖精さんがどうにかしてくれているため、うみどり内部は安全ではあるのだが、どうしても強烈な音には反応してしまう。
大人も子供も関係なく、雷が苦手という者はそれなりにおり、震えるほど怯えるようなことはせずとも、憂鬱気味な表情を見せる者はいる。
「こりゃあ明日はえらいことになってそうだな……」
食堂から窓の外を眺める深雪。降り続ける雨は窓を打ち、その強さを物語っていた。小声ならば聞こえなくなりそうなくらいの土砂降り。そして、遠くに見え続ける雷光。
ゴロゴロと嫌な音が鳴り続け、時々ピシャリと落ちる。その都度大きな音が鳴るため、慣れていない者、恐怖を感じる者は、ビクンと身体を揺らした。
「……もういい加減離れてくれよ……」
雷の音が怖いために、スキャンプにくっついたままの丁型海防艦達。今でこそ、セレスが甘いモノを用意してくれたおかげで、それで暗さは無くなったものの、音が鳴るたびに声を上げながらスキャンプをギュッと抱きしめる。
雷は別にどうということはなくとも、子供──海防艦が苦手なため、現状がかなりキツいのが見て取れる。その割には子供にやたら好かれるという、本人にとっては納得が行かない性質。
「すきゃんぷぅ、これ、すっごく、美味しいでっすー」
「うんうん、めっちゃ美味い!」
「すごく美味しいです。セレスさん、すごいですね」
「わかった、わかったから……勘弁してくれ……」
三者三様ではあるが、セレス手製の甘味に舌鼓を打ちながら、スキャンプと戯れる姿は、何も知らない者が見たら非常に穏やか。
しかし、知る者が見れば非常に複雑。スキャンプのためなら子供達を引き剥がしてやりたいが、子供達のためならそのままにしてやるのが一番。どちらを取るのがベストかと言われれば、子供を優先してしまうのが情というもの。
「夕食ノ前ニ、アマリ食ベチャダメヨ。次ノゴ飯ガ美味シク食ベラレナクナルワ」
「はーい!」
セレスの言葉に元気よく返す第四号海防艦。相手が深海棲艦であるというのは、全く関係ないらしい。『美味しいモノを食べさせてくれるお姉さん』という認識で通っているようで、見た目や話し方が人間や艦娘とは違っても、分け隔てなく接する。
子供だからこそ怯える可能性が高いかと思われていたが、むしろ子供だから容易に受け止めた。外見ではなく、内面をしっかりと見ている。
「ふふふ、美味しく食べてもらえるのは嬉しいですね」
「エエ、ヤッパリ食ハコウデナクチャイケナイワ。食べテル時ハ誰モガ幸セダモノ」
神威とセレスがニコニコしながら子供達を見ているが、やはりスキャンプは気が気でなかった。
「そういえば深雪さん、私を探しているようでしたけど、何かご用でしたか?」
ここで神威に問われ、ようやく自分のやりたかったことを思い出した深雪。ああっと大きな声を上げたことで、海防艦達がビクッと震える。
「あ、悪い悪い、驚かしちまった。そうだよ、あたしは神威さんに大発の扱い方を聞きに来たんだ」
「大発の?」
「ああ。後始末の時にも助言してくれただろ。ピンで留めるみたいな感じでやれって。それみたいに、大発の難しいところを聞いておきたいと思ってさ」
なるほど、と神威は笑顔を見せ、手を洗って台所から出てくる。セレスもアイヌ料理を教えてもらうのは一段落ついているようなので、離れるのは問題ないようである。
「いいですよ、知りたいことがあったらいくらでも」
「うす! よろしくお願いします」
面と向かって座り、頭を下げて話を聞くこととなった。これによって深雪はさらに力を得るだろう。戦う力ではなく、後始末屋としての力を。
暁と話をして自分の道を見つけた電は、その道を歩くために真っ先にやらねばならないこと──深雪を知るために共にいること──のために、今どこにいるかを探していた。
暁と工廠まで戻ってから別れ、とりあえず食堂辺りじゃないかと言われたため、そこに向かってみると、案の定そこに深雪の姿があった。
「あ、深雪ちゃん……」
「おう、電。暁との話は終わったのか?」
「なのです」
深雪は神威と話をしている真っ最中。その話の腰を折ってしまったかと申し訳なさそうにしていたが、深雪も神威も大丈夫だと笑顔で返す。
「深雪ちゃんは神威さんと何をしていたのです?」
「大発の扱い方を聞いてたんだよ。ほら、後始末の時にすげぇ役立ったし、もっと賢く使えたら、作業もいい感じに進められるんじゃねぇかなって」
深雪は自分の出来ることを更に拡張しようと頑張っている。今回は戦うためではなく後始末屋としての成長を望んで。
そんな深雪を見たことで、電の心の奥ではまた嫉妬の炎がチラついた。だが、これまでの電とは違う。仲間達の言葉を思い返し、自分の進むべき道を見つけた今ならば、違う感情だって湧き上がる。
「深雪ちゃんは、本当に凄いのです」
「んん?」
「電には出来ないことを次々とやっていくし、それをもっと上手くなろうって頑張れる力も持っているのです」
前までならここで、それなのに自分はとネガティブな思考へと流れて行ってしまっていた。そして、前を向き続ける深雪に嫉妬していた。その感情を抑えきれずに爆発して、当たり散らしてしまうくらいになっていた。
「電は、そんな深雪ちゃんを支えたいって、思ったのです」
辛い思いばかりしている深雪がずっと前を向き続けようとしているのだ。その歩みを止めることは出来ないし、止める理由がない。そして、自分の力ではその歩みに追いつくことは難しい。
それを自覚した今、電が次に目指す道は決まっていた。進み続ける深雪の、帰って来られる場所になること。隣に並ぶのではなく、傍に寄り添うこと。深雪の出来ないことをすることで、深雪の前進を全力でサポートすること。
「だから……ごめんなさい。電は何も悪くない深雪ちゃんに、酷いことを言ってしまったのです。謝っても許してもらえないかもしれないですけど、謝らなくちゃ電が前に進めないのです」
深々と頭を下げて、深雪に謝罪の気持ち、誠意を見せる電。
「……気にすんなよ、電」
そんな電の姿を見て、深雪はいたたまれない気持ちになる。深雪も、電が思い悩んでいるのは自分のせいだと思っている節があったからだ。だが、それ自体が傲慢な考え方であることにも気付いている。
「あたしだって電のことすげぇって思ってるし、なんなら羨ましいところもいっぱいあるぜ。だからさ、今まで少し離れちまってたけど、また一緒にやっていこう。あたしは、電がいないと前に進めないと思うからさ」
だから深雪も、電には本音でぶつかる。嘘偽りない心を曝け出し、思っていることを思っているままに口に出し行動する。
電が羨ましいと思ったことだって嘘じゃない。自分よりも頭の回転が速く、視野も広い。猪突猛進に突き進んでしまいそうになる自分を止めてくれる、無くてはならない存在。電がいてこそ、自分は真っ直ぐ前に進める。
「これまでのことは、あたしは気にしてないし気にしない。だからさ、電も気にしないでくれよ」
「……なのです。気に……しないのです」
「ああ、頼む。
それを言うのはズルいと電は苦笑する。だが、心は少し緩んだ。謝ることが出来た安堵、嫉妬を拭い去った解放感。そして、自ら断ち切ってしまった深雪との関係が修復された歓喜。これまで負の感情ばかりだった心が、一気に正の感情で埋め尽くされる。
「深雪ちゃん、ありがとうなのです。電は、これからはずっと、ずっと、深雪ちゃんを支えるために頑張るのです!」
「ああ、頼んだ。あたしも最近不安定だからさ、電が支えてくれると助かる」
「なのです!」
少し涙目ではあったが、頭を上げた電は、それはもう気持ちいいくらいにいい笑顔だった。
そんな顔をまた見られたことで、深雪も心が晴れやかになる。
今このうみどりの中での大きな悩みは、電との関係が壊れていたこと。海賊船の戦いが終わってから少しずつ戻ってきていたが、ここで今までの通り、むしろ今まで以上に関係が深くなった。
関係修復の後は、当初の目的通り神威に話を聞いていた。だが、これまでとは少し違う。
「……遠目から見ていても気になんだけどよぉ」
子供達に戯れられて疲れ気味なスキャンプがついに口を出した。それが聞こえたため、深雪も電もスキャンプの方を向く。神威は既に苦笑していた。
「テメェら、イチャつくなら他所でやれ。なんだそのベタベタっぷりは。前からそうだったか? あ?」
スキャンプが言うのは無理もない。痴話喧嘩をしていたと思っていた2人がこの場で仲直りしたのまでは良かったのだが、その後。神威の話を聞いている深雪の隣に電が腰掛けたのもまだわかる。だが、その距離感が今までとは違った。電がべったりになったというか、ぎりぎり密着しないくらいの位置を陣取っていた。
見る者が見ればカップルであるが、恐ろしいことに深雪はその気が微塵もない。電は確実に意識しているが。
「あたしは神威さんから大発のことを聞きたいからここにいるんだが」
「電は深雪ちゃんの出来ないことを知るために話を一緒に聞いているのです」
「だったら別にそこまで近くなくてもいいだろうがよ」
言われても2人して首を傾げるだけ。元々この2人は距離が近い。夜眠る時は互いに添い寝だし、ああなる前まではほぼ常に同じ行動をしていたくらいである。
そのため、今の距離感であっても互いに違和感がない。心の距離がこれだけ近いということを、見た目から表現しているに過ぎない。
「今のお前、マジで説得力無いぞ」
スキャンプは未だに海防艦がひっついている状態。第四号海防艦は前から抱きつき、第二十二号海防艦は後ろから抱きつき、第三十号海防艦はその手をしっかり握り締めている。距離感で言ったら、こちらの方が余程ベッタリである。
「あたいは好きでこうなってんじゃねぇよ」
「力ずくで引き剥がさないのに何言ってんだ。まぁそんなことしたら可哀想だとは思うけどな……っと」
話している内に何度目かわからない雷の音。今回は割と近いと思えるような場所に落ちたため、音も相当だった。
子供達だけでなく、電も大きく震えて深雪の腕に抱き着くほどである。そうされても深雪は何も気にすることなく、むしろ安心させるように頭まで撫でる始末。
「雷がこれだけ鳴ってるんだ。こうなるのも仕方ねぇだろ。お前もそうだから何も言わないんだろ」
「こいつらが言っても離れねぇんだよ」
「ま、そういうことにしといてやるよ」
スキャンプは全く納得がいっていないようだが、これ以降はもう堂々巡り。海防艦達がここにいる限り、この状況は終わらない。最終的には諦めることになる。
スキャンプに言われたことで、深雪はともかく電は若干意識してしまっていた。だが、躊躇いもなかった。ようやくこの関係に戻れた上に、さらに前に進めたようなものなのだから。
そこには、グレカーレのライバル宣言も絡んできている。あれだけハッキリと、深雪のことを大切なヒトと言い切ったこともあり、今度はそちらに対して思うところが出来ているようだった。
後始末は進められないが、関係は大きく進歩した。深雪と電、一度は違えかけた道だが、今再び道は交わる。
深雪と電の仲違い、完全に解消です。ここからはまた共に歩いていくことでしょう。