雷雨は止むことなく夜を迎え、休息の時間は増える一方。予報としては、明日の朝にはこの雷雨は過ぎ去っており、良い天気になっているとのこと。
翌日のことを考えると、少し憂鬱になってしまうのは仕方ない。後始末が半分ほど終わったかというところで悪天候に見舞われ、穢れをそのままにした状態で放置せざるを得なくなってしまったからだ。最悪、この現場から深海棲艦が生まれてしまう可能性がある。
「ハルカちゃんは休んでくれっつってたけど、こりゃあ寝たくても寝れなそうだよなぁ」
「なのです……雨の音だけならまだしも、雷の音が……」
夕食も終え、もう眠るだけとなった時間。深雪は自室で窓から外を眺めていた。
窓ガラスに叩きつけられる雨で外の様子はまともに見えず、時々外がカッと明るくなったかと思えば、雷の音が大音量で響き渡る。こんな中で眠るのはなかなか難しいものである。
午後に擦れ違いから脱却することが出来た深雪と電は、少し久しぶりと思える添い寝。勿論白雲も相部屋になっているため、いつもの3人が揃ったと言える。
白雲も2人の関係が元に戻ったことを喜んでいた。白雲の中では、身体はあくまでも深雪。その深雪が少しでも明るく楽しく平和に過ごすためには、電の存在が必要不可欠であると理解しているため、このような展開になった時は素直に感情を露わにしていたくらいである。
「白雲もまだ眠れそうにありませぬ」
「だよなぁ。雨ってだけでもあまり良い気分じゃないしな」
深雪は初めてうみどりで雨の夜を明かした時のことも思い出していた。艦としての本能が、どうしても安心出来なくさせる。そのことを白雲に伝えると、確かにと納得していた。雨の音が不安を煽る。雷の音が恐怖を導く。とにかく、安心が出来ない状態。
「でもまぁ、あたし達がいるから安心してくれよな」
「なのです。独りだったら怖いですけど、みんなでいれば怖くないのです」
「ありがたく存じます。白雲は未だ不甲斐ない者であります故、是非ともお力添えの程を」
「いつも通り一緒に寝るだけだぜ。……あたしも、いろいろあったからさ」
少し前までなら、また丹陽の部屋に世話になっていたかもしれない。だが、電とのわだかまりを取り除けたのがとても大きく、今は随分とスッキリしていた。
勿論、今の深雪には呪いが芽生えてしまっているため、気を抜いたらまた良くない方向に行ってしまいかねない。しかし、そこに支えてくれる電と白雲がいるのだから、道を違えることは無いはずだ。
「深雪ちゃん、前まではどうしていたのです? その、電は少し離れていたので……」
自分が一緒では無かった時、深雪はどうしていたか気になってきた電は、殆ど躊躇せずに聞いた。深雪を知るというのが今の目的。サポートするためにも、動向はある程度は把握しておきたいと思ったからだ。そこに全く他意は無く、むしろただの探究心。
「その間は、白雲やグレカーレと一緒だったな」
「そう、なのですか?」
白雲はともかく、グレカーレの名前が出てきたのは内心驚いていた。
確かに、海賊船の一件があってから、深雪はグレカーレと共に行動することが多くなっているのは知っていた。後始末でも2人で組んで大物を回収する役回りを担っているし、その後も一緒に休憩している姿もよく見られた。
深雪を借りているとは言っていたが、添い寝までしているとは思っていなかった。なので、少し心がチクリと痛んだような気がした。
「グレカーレちゃんに聞いたのですけど、グレカーレちゃんの弱みを知ってる……というのはどういうことなのです?」
「げ、あいつそこまで話したのかよ。なんつーか、小っ恥ずかしいな……」
頭を掻きながら目を逸らす。弱みを知っているということは、弱みを知られているということにも繋がりかねない。今深雪の表情はまさにそれを物語っていた。
「話していいかわからねぇけど、グレカーレと、その、ワンワン泣きじゃくっちまった。感情が昂りすぎると泣いちまうんだな」
グレカーレには申し訳ないがと思いつつ、深雪は丹陽の部屋であったことを電と白雲に話した。グレカーレのことを考えれば他言無用、それに、深雪自身も弱みを見せたことを語る。
あんなことがあっては仕方ない。特に白雲は、その現場にいたのだ。先んじて呪いを持っていたからこそ、そこまで酷い影響を受けなかったが、深雪が
「お姉様、その怒り、憎しみ、白雲には痛い程理解出来ます。さぞかしお辛かったでしょう。涙が溢れる程に」
「……そうだな。不甲斐ないって、思っちまった。後始末屋の資格が無いと言われても、何も言い返せねぇよ」
とはいえ、一度大きく泣いて発散したことで、呪いは鳴りを潜めている。出洲一派に怒りや憎しみはあれど、それを表に出すようなことはもう無い。心の内で沸々と煮え滾らせているというのはあるものの、抑え込めないレベルでは無い。
そのため、深雪は普段とおおよそ同じくらいにまで戻っている。それでも後始末をする際には、
「白雲も、お姉様を支えるために尽力させていただきます。特異点というだけでこうも狙われるのは納得出来ませぬ。もうあんなことが無いように、死力を尽くして抵抗いたしましょう」
「ああ、そうだな。もうあんなことがあっちゃいけねぇ。あいつらのやったことは、許されることじゃねぇからな」
自らの意思に関係なく深海棲艦化させられ、深雪の前で大泣きしたグレカーレを思い出すと、やはり怒りが湧き上がってくる。そして、あんな思いを他の者にさせるわけにはいかないと、強い決意も抱いた。
「電も……絶対に許せないのです。あの飄々としたグレカーレちゃんがそこまで思い詰めるくらいですから、許されることじゃないのです」
「だよな。グレカーレは強いヤツだからアレで留まってられるけど、他はどうなるかわからねぇ。それこそ、本当に心が折れちまうヤツだっているかもわからねぇからな」
「だから……電は深雪ちゃんと一緒に戦うのです。もう誰も傷つかないために」
特に深雪が、と言いかけてやめた。だが、電の根幹はそこだ。深雪が傷付くのは耐えられない。自分が傷付けてしまったのだから尚更だ。
「もう躊躇いません。深雪ちゃんを、みんなを傷付ける者は、もう許しません」
強い決意。優しい電の中に芽生えた、攻撃的な感情。出洲一派だけは許せないという怒り。
だが、これもまた優しさ故に生まれたモノ。誰にも否定出来ず、誰もが賛同するモノである。
そんな話をしている時、深雪の部屋の扉がノックされる。まだ眠る時間には早いため、誰かと扉を開けてみれば、噂の人物。
「Ciao、ミユキ。イナヅマにシラクモもいるね」
グレカーレはさらりと部屋の中に入って、後ろ手に扉を閉める。その表情は、暗さを微塵も感じさせないいつもの笑顔。
「もしかしてさ、ボスの部屋であったこと全部話しちゃった?」
「……ああ、この2人には知っておいてもらってもいいだろ?」
「勿論! 特にイナヅマにはね」
電にウィンクするグレカーレ。その表情は何処か蠱惑的で、ドキリとさせるモノ。
「だと思って来たんだよ」
「んん?」
「気にしてないって言ったら嘘になるかもだけど、少なくとも前は向けてるからね」
だから、慰めるとか、可哀想な目で見るなよという忠告。深雪は間違いなくそんなことはしないが、電や白雲は今その件を聞いたばかりなので、ちゃんと言っておかなくてはと思ったらしい。
グレカーレはフリだけでも気にしていないと言い切っている。うみどりに戻ってきてからはずっとそのスタンスを貫いているのだ。だが、真意を知ると、その姿も見せかけに見えてしまうだろう。
今はもう見せかけではなく、本当に気にしていない。一度自分の姿を見て、思い切り泣いて、スッキリしたことで割り切ることが出来ていた。元に戻れたら御の字だが、その期待が薄いなら、今のままで生きていくしかないのだから。
「ミユキはこんなあたしでも何も変わらないグレカーレだって言ってくれたからね。あたしはちゃんと、自分を持ってる」
身体こそ変化させられてしまったが、グレカーレは自分を見失っていない。深雪に言われた通り、何も忘れちゃいないのだから、グレカーレはグレカーレだ。艦娘と言っても過言では無い。
「だからさ、これからもよろしくね」
いつものように笑顔を向ける。その表情は、深海棲艦化させられる前から何も変わっていない。
だからこそ、その意思を無理なく尊重出来る。いつも通りなのだから、何も変える必要がない。
「大丈夫なのです。グレカーレちゃんはグレカーレちゃんだって、電もわかっているのです。だから、何も気にしません。普段通りに過ごすのです」
「白雲も同じく、グレカーレ様の強さを重々承知しております。グレカーレ様がそう望むのならば、白雲はそのようにするまで。それがお姉様の願いでもあります故」
電も白雲も、当たり前だと言わんばかりに返す。ここからはもう誰にも辛い目に遭ってもらいたくない。事が済んだ後だとしても、ずっと引っ張るのは気にしないように努めている本人に失礼だ。だから、望むままに接するのみである。
「ありがと。じゃあそのついでに久しぶりの三角絞めを」
「するかバカ。つーか今のお前はそんなことされたらえらいことになるだろうが」
「だからこそだよ! 今の身体でされたらどうなるか知っておきたいんだって!」
こういうところを見ると、やはりグレカーレは何も変わっていないんだと実感出来る。そして、電はクスクスと笑い出すのだった。
グレカーレが深雪の部屋に入っていくのが見えたことで、聞き耳を立てようとしている者がいた。だが、何を話しているかなんてすぐにわかる。だから、無粋な真似はやめようとそこから離れた。
「今は丸く収まったんでしょうね。深雪さん達はめでたしめでたしです」
「趣味が悪いわよ丹陽」
「貴女に言われたくないですよ。
そんな丹陽にツッコミを入れたのは神風である。神風も深雪のことが心配ではあったが、電と和解出来たと聞いたため、一度顔を合わせておこうと近くまで来ていた。だが、グレカーレが入っていくのを見て、その足を止めている。
「深雪達はもう心配はいらないのね」
「はい、私達がどうこうするフェイズはもうおしまいです。遠目から眺めて、いざという時に手を貸してあげるのがいいんですよ」
「そうね。それがいいのよね。別に過保護になろうというつもりは毛頭無いけれど、気にはなっちゃうから」
「気にするだけで終わってください。お婆ちゃんも縁側で眺めているだけがちょうどいいんです」
2人は小さく笑い合って、その場から立ち去る。もう深雪達は大丈夫だ。余程のことが無い限り、崩れることは無い。
何せ、みんなで支え合っているのだから。倒れそうなら倒れないように支えられる者がそこにいる。それだけで、強く生きることが出来る。
深雪、電、白雲、グレカーレというカルテットが出来上がりました。これはもう駆逐隊と言ってもいいな?