後始末屋の特異点   作:緋寺

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足りない覚悟

「はぁ……まだまだままならねぇなぁ」

 

 訓練後の風呂上がり、はぁと溜め息を吐く深雪。自分のトラウマのことをしっかりと把握出来ているからこそ、それを乗り越える困難さも嫌というほど理解出来ている。

 自分に向かってくる者に対しては、大丈夫と言い切れないとはいえ、最初に比べれば大分良くなっている。特に午後の訓練。子日が衝突に近い勢いで飛び付いてくるため、トラウマなんて感じている余裕が無くなっていた。むしろ、あれくらいならば笑顔を絶やさないように出来そうだった。

 

 だが、自分が演習に参加し、誰かに対して突っ込んでいくというのには、今までとは違った恐怖を感じてしまった。悪夢を見たことによって、自分と衝突してしまった相手側の表情を思い出してしまい、やられた側だけでなく、()()()()の恐怖すら感じるようになってしまっていたからだ。

 される側の恐怖を全て知っているからこそ、してしまった側の後悔と恐怖もわかってしまう。それを夢の中で見てしまったモノだから、別枠のトラウマとなりかけていた。

 

「……アイツも、艦娘としてこの世界にいるのかな……」

 

 悪夢では自分と同じように艦娘の姿となっていた相手。勿論深雪はその姿を見たことがないため、ボヤけた姿にモザイクのかかった顔という表現がなされていた。しかし、表情だけはハッキリと見えた。顔もわからないのに。

 それを思うと、アレがどんな艦娘なのかは興味が湧いた。自分と同じ、もしくはそれ以上のトラウマを抱えているかもしれない。だったら、お互いにお互いを支え合うこともできるかもしれない。逆効果かもしれないが。

 

 しかし、今の世界で生まれる艦娘は、深雪を除いた全員が人間に憎しみを持った状態。深雪が思う者も例外なくそうなっているだろう。自分に衝突したことを悔やんでいる表情をしていた夢の中とは、おそらく違う反応を見せる。深雪もカテゴリーMならばまた話が違うだろうが、深雪は人類側、カテゴリーWである。間違いなく敵対することが確定しているのだ。後悔以上に憎しみが先立つだろう。

 ならば、元人間の艦娘としてならばどうかと考えたものの、それは間違いなく深雪が望むモノではない。神威の話でもそうだが、今の艦娘──カテゴリーCは、あくまでもCopy(複写)である。記憶は持っておらず、あるのは記録のみ。その者であって、その者ではない。トラウマを分かち合うようなことは出来ない。

 

「……いつか、会うことになるのかな」

 

 もしかしたら、顔を合わせることになるかもしれない。カテゴリーCの彼女と出会ってギクシャクするか、カテゴリーMの彼女と出会って戦うことになるか、それとも全く別の流れになるか。

 どれになったとしても、深雪にはまだ決意と覚悟が足りない。相手がどうであれ、トラウマを強く刺激されて心を抉られることになる。

 

 そうならないためにも、心を強くしたいと思う深雪であった。

 

 

 

 

 夕食を終えた後だが、深雪はあまりいい顔をしていなかった。演習の時に思い出したこと、悪夢で見たボヤけた相手の顔のことを考えてしまうため、常にトラウマをチリチリと刺激されているような感覚に陥っていた。

 

「深雪ちゃん、浮かない顔ねぇ」

 

 そんな深雪にすぐ気付き、助け舟を出すのは伊豆提督である。夕食の時の僅かな変化から、ずっと気にかけていたというのもある。

 

 神風や長門から訓練の報告を受けた時に、深雪のそのトラウマについてはしっかり話を聞いていた。精神的な部分は、ただ身体を鍛えるだけでは成長出来ない。特に深雪のような艦の時代のトラウマに関しては、一筋縄ではいかないモノ。

 人間でもそうなのだから、艦娘だって同じ。見た目通り、人間と艦娘は同じなのだ。

 

「ハルカちゃん……」

 

 心配かけまいと大丈夫と言おうとしたところで、すぐにそれをやめた。弱音は吐けるうちに吐いた方がいいという神威の言葉、仲間はいくらでも頼ればいいという長門の言葉、その2つが深雪の頭をよぎる。

 伊豆提督ならもっと話しやすい。フレンドリーで、艦娘のことを気にかけ、今この時でもうみどりでの生活を第一に考えている艦の統括者ならば、弱音を聞いてもらうのに最も適しているのではないか。

 

「……その、さ。あたしの()()()のこと」

 

 これで伝わるだろうと深雪が話すと、伊豆提督も察して穏やかな微笑みを浮かべた。

 

 深雪は自分の中にある傷から逃げることなく向かい合っている。しかし、それで自分の次の道が見えなくなっている。

 それを隠すことなく相談してきてくれたのが嬉しかった。純粋な艦娘であっても、人間と同じように仲間をこういうカタチで頼ってくれるのは、伊豆提督にとって喜ばしいことである。

 

「この後時間があるなら、一度じっくり話をしましょうか。でも、寝る前にそんな話をして大丈夫かしら……。訓練をしてすぐに悪夢を見たんでしょう?」

「あー、でも多分今のままだったら間違いなく悪夢見そうだから、話すのも話さないのも同じだと思う。だから、一度聞いてくんねぇかな」

「そういうことなら喜んで。アタシに頼ってくれるのは嬉しいことよ」

 

 それなら思い切り話してしまえばいいと、少しだけ待ってといろいろ準備をした後、話しやすい執務室へと移動した。

 

 執務室に到着すると、準備していたお茶とお茶菓子を置いて、ソファにどっぷりと座る。真剣な話かもしれないが、重々しい空気だと気が滅入るため、世間話をするかのような雰囲気を作って気分を楽にしてもらう算段。

 今回はイリスも最後の後片付けをしているため、伊豆提督との一対一。他に誰もいない、ある意味、プライベートな空間。トラウマを好き勝手話しても、誰かに伝わるようなことはない。それこそ、ここでワンワン泣き喚いてもいいくらいである。

 

「深雪ちゃんの()()()については、アタシ達の中でもとても有名な話なの。だから、深雪ちゃんがそういう悩みを持っているのは、想定の範囲内ではあるわ」

「やっぱ、それくらいの大事なんだなアタシのトラウマって」

「ええ。正直なことを言うと、軍の中でも一つの()()にされているくらい」

 

 大本営の中でも、艦の時代の深雪の事例──演習中の沈没(死亡)事故は、かなり重いところに考えられている。衝突によって1人失い、さらにはそれをしてしまった側のメンタルのことを考えると、艦娘のことを考える以上に戦力の低下を考えて、重要視せざるを得ない。

 艦娘が元人間となった今では尚更だ。言い方はかなり悪いものの、()()()()()()をそういうカタチで減らすのはナンセンス。

 

 その結果、演習には特に注意を払っているのが鎮守府内での基本となっている。真正面からぶつかっても基本的には死に至ることはないのだが、余程のことがない限り、トップスピードで体当たりを敢行するようなことは禁止としていた。

 午後の演習の子日のそれは、体当たりではなく衝撃をかなり抑えた飛びつきだったため、ギリギリセーフというレベル。

 

「ぶつかった方にも、ぶつかられた方にも、何かしらの感情、トラウマが残ってしまうもの。今の深雪ちゃんがまさにそれよね」

「……うん、でも大分緩くなってきたんだぜ。午後とか、子日に飛びつかれても驚く程度で済んだんだ。でもさ……いざ自分が演習をやるかと聞かれた時に……ダメだった」

 

 やられる側ではなく、やる側の恐怖を想像して、身体が動かなくなってしまった。

 

「深雪ちゃんは優しいのね。相手方のことを考えて身が竦んでしまうなんて、なかなか無いことよ」

「そうなのかな」

「ええ。だって、アタシ達は()()()()()()()()()()()

 

 何者かにやられた、()()()()記憶なんて、人間が持ち合わせるわけがない。死んだらおしまい。次など無いのだから。

 しかし、純粋な艦娘である深雪には、自分が沈んだ時の記憶がある。そのせいで、死に対する恐怖は人間よりも強い。そうなって当たり前なのだ。()()()()()()()()

 

「相手のことを恨むでもなく、この恐怖を自分のモノのように感じて前に進むことが出来ないのは、深雪ちゃんが自分で思っているよりも真面目で優しい証拠よ。だからこそ、振り払うのが難しいわ」

 

 せっかく淹れたのだからと、持ってきたお茶を啜る伊豆提督を見て、深雪も堪らず口に含んだ。紅茶ではなく緑茶だったため、少しだけ苦く、その分頭が冴えてくるような感覚がした。

 

「その子、夢の中ではどんな顔を?」

「……図らずもあたしを手にかけちまったんだよな。だからかな、滅茶苦茶驚いていたし、滅茶苦茶悲しそうだった。あと、本当に悔しそうだった。後悔してるみたいな、なんでこんな動きしちまったんだって、頭ん中グチャグチャになってるような、そんな顔だった。いや、顔自体はわかんなかったんだけどさ」

 

 伊豆提督相手だと、自分のトラウマがスラスラと出てくる。話すだけでも辛いような内容でも、聞いてもらいたいと思える。

 

「あたしは喰らった側だけど、もしあたしがアイツの立場になったらって思ったら、すっげぇ怖くなっちまった。一生残るんだよな……その時の感触が。それが、その」

「怖いに決まってるわよ。()()()()()()()を知っているなら、()()()()()()()だってわかるはずよ。それから逃げたくなる気持ちもね」

 

 どうしても怖いが先立つ。しかし、うみどりで後始末屋として戦っていきたいという気持ちもある。そうなると、この恐怖は邪魔としか思えない。

 しかし、それがこの恐怖で揺らぐ。ドロップ艦を説得するんだと決意したのに。戦場に立とうと思っても、身体が動かない。演習でこれなら、現実に起きた時には間違いなく動けないだろう。

 

「アタシとしては、ゆっくりとその気持ちに折り合いをつけてほしいと思ってるわ。精神的なモノには、焦りは禁物だもの。ただでさえ深雪ちゃんはまだ生まれて間もないんだから、とにかく時間が足りないわ」

「だよなぁ……せめて、あたしと衝突したアイツと話が出来たら、また何か変わるかもしれないんだけど」

「無理な話になっちゃうわねぇ。だって、深雪ちゃんが話したいその子って、艦の記憶を持ち合わせている艦娘ってことになるもの。そういう艦娘は……」

「カテゴリーM、だもんな」

 

 伊豆提督も同じ答えに辿り着いている。衝突相手と対話が出来れば多少なり変化があるかもしれないが、今の艦娘──カテゴリーCでは意味がなく、艦の記憶を持つ艦娘──カテゴリーMでは敵対しており解決には至らない。

 結果的に、深雪のトラウマは深雪自身がどうにかしなくてはならないのだ。自力で乗り越えない限り、一人前にはなれない。

 

「アタシ達は深雪ちゃんがどういう選択をしたとしても味方でいるから安心してちょうだいね。むしろ、そういうところがあるからこそ信用出来るわよ」

「そうかな」

「そうよ。弱音も吐けないような子の方が怖くない? 自分を隠すのが上手いのか、そもそもそういうシステムを持っていないのかは知らないけど、溜め込めば溜め込むほど、爆発した時に何をしでかすかわからないんだもの。それに比べれば、深雪ちゃんは優しくて素直で本心を曝け出してくれるからありがたいわ」

 

 伊豆提督にそう言われて、深雪は少し恥ずかしそうに目を背けた。

 

「……深雪ちゃん、覚悟が決まったらでいいけれど、アナタの衝突相手の顔、アタシなら見せられるわよ」

 

 提督という立場にいるからこそ、そういうことが出来る。第一次、第二次の時の艦娘のデータを写真付きで見せることが可能。

 しかし、深雪にはまだその勇気、覚悟が無かった。恐怖は簡単には払拭出来ないし、顔を想像してしまってここまでになっているのなら、抵抗があるのは当然のこと。

 

「……ごめん、今はまだ。あたしはまだまだ弱いな」

「それがわかってる子は強いのよ。時間をかけてもいいわ。もし見たいと思ったら、言ってくれれば見せてあげられるから」

「頼んだ。いつか絶対に知らなくちゃいけないことだからさ、アイツの……電のことは」

 

 

 

 

 恐怖と向き合うには、まだ深雪には何もかもが足りない。うみどりでの生活でそれを補っていきたいと決意した。

 




深雪と電の確執は、この物語にも関わってくるでしょう。電が出てくることは、ほとんど確定したようなものですね。

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