超規模後始末、5日目に突入。理想は本日中に残骸集め100%の完了。最初に比べれば見違えるほど物が無くなっているが、海の色がどんよりと暗くなってしまっている。
長く穢れを放置したことによる侵蝕みたいなもの。勿論、うみどりの設備があれば、それを浄化することは可能なのだが、とにかくその範囲が広い。
その上で、またもや夜に深海棲艦が出現したという報せ。やはり、これだけ穢れが海上に拡がっていたら、生まれてしまうのも当然のこと。
勿論それは夜間警備組──軍港からの援軍である川内達がしっかり対処している。生まれると言ってもとんでもなく強力な個体が現れるようなことはなく、最大でも軽空母と言ったところ。
しかし、深海棲艦が生まれたということは、その残骸がまたそこに出てきてしまっているということに他ならない。作業が少しだけでもまた後ろに下がってしまう。
のだが、ここにいるのは、残骸を散らばらせない
「後始末の面倒さは身を以て知りましたからぁ、ちゃ〜んと残骸が増えないようにしておきましたぁ」
などと言っているのは綾波。そして、その言葉を表すかのように、全ての残骸がヘッドショットで始末されていた。
やりたい放題やった場合は、腕が捥げ、脚が捥げの大惨事であるが、そうしてしまうと自分の作業が増えるということを理解した綾波は、暁のサポートもあって、必要最低限の破損だけでトドメを刺していた。
「雨も降ってなかったんだもの。レディには全部お見通しなんだから」
「暁ちゃんも、残骸拾いはもう嫌ですもんねぇ」
「れ、レディは仕事を選り好みしないわ! お願いされたお仕事は、しっかり綺麗に片付ける。これが一人前の
相変わらずのレディ発言だが、とにかく暁が大活躍だったことは聞いていればわかること。綾波を完璧にコントロールして、やりたいことをやらせた結果以外、現れた深海棲艦を一撃で散らばらせずに始末するという手段。綾波だけでなく、川内も綺麗にコントロールして、ヘッドショットを促していたくらいである。
それもこれも、これまでの4日間で、ずっと後始末屋の作業を手伝っていたから。そして、後始末屋という仕事が非常に大変であることを知ったからだ。
残骸拾いを申し付けられ、肉片などを集める作業に従事、最初の頃の時雨のように目が死んでいたこともあった。だが、乗り越えてしまえばこれである。しかし、出来ることならまた同じ場所を掃除したくない。なので、なるべく残骸を増やさない戦い方を綾波にやらせていた。
「大物は私達じゃどうにも出来ないからね。今回は夜に作業してるヒト達もいたし、さくっと片付けておいたよ。だから、昨日とは殆ど変わってないでしょ」
そう川内の言う通り、夜戦の痕跡は見当たらないくらいである。前回は雷雨の中での戦いだったため、艦娘の安全面を考えて放置を選択せざるを得なかったが、そうでなければすぐさま処理。これによって、5日目の作業には全く支障をきたすことはなかった。
後始末はまだまだ続く。だが、終わりも見えてきた。
5日目も昼に差し掛かり、作業も佳境。夜間に戦闘があったとしても、その痕跡が無いのならば後戻りは無い。
そしてこの日から始まったのは、空母隊による薬剤散布。これまでは残骸の量的に意味がないとされていたが、今ならば薬剤も効き始めるだろう。
「人数が増えたから作業も捗るわ」
そう話す加賀に、翔鶴と祥鳳がクスリと笑う。これまでは空母ではないが水上機を扱える三隈と神威が頑張っていたのだが、今ならば加賀と同じ空母としての性能で作業が出来る。これがやはり功を奏し、これまでとは違う早さで薬剤散布が成されていった。
効率的には倍とまでは言わずとも1.5倍以上にはなっており、いつもよりも念入りに振り撒くことも出来る。その上で、数機は哨戒へと回せる。
「今のところ、異常はありません」
「こちらも、敵影、異変、何も見当たりません」
翔鶴と祥鳳が揃って加賀に報告する通り、今この後始末の海域には何も近付いてきていないことを確認している。現場よりも遥かに遠い場所まで確認しているので、今は大丈夫と断言出来る。
当然、海中という死角は存在するのだが、そこは三隈や神威が操る瑞雲隊によって確認しているのと、伊203達潜水艦が念入りに見回っているため、そちらもまた問題無しとしている。
だが、情報として持っている寄生型の忌雷のことを考えると、ぱっと見で良しと出来ないのが厄介なところ。最小ではパチンコ玉サイズという目視が限りなく難しい脅威であるため、慎重に慎重を重ねている。
「私達で見つけられるモノは、徹底的に探すわ。ここからまた何かを仕掛けてくるかもしれないもの」
「はい、先日のような船が攻め込んできてもおかしくはないですから」
そう言った船は、容赦なく爆撃──ではなく、注意勧告から開始する。
後始末の現場は事前に近隣の鎮守府に連絡が回されており、さらにその近くからその海域に誰も入らないように警告をする決まりがある。作業をスムーズに進めるため、誰もが安全に事を終わらせるための、子供でもわかるルールだ。
それでも現場に入ってこようとする愚か者……例えば、危険を顧みない密猟者などが、やめろと言ってもそこにいるときがある。そういう者達でも、命を守るのが艦娘。勿論これは法に触れる行為なので、捕縛後、然るべき処置をするのだが、いきなり命を奪うようなことはしない。罪人であっても命の保障をするのが、後始末屋である。
ただし、そういうことをやった者には、艦娘からの絶え間ない侮蔑と説教が待っている。それに、罪状もかなり重めに設定されているため、一度捕まったら罰則が重すぎて割に合わない。
それもあって、後始末の現場に入り込むような密漁船は限りなく0と言えるくらいには減っている。そもそも戦争の真っ只中に入ってくる方がおかしいのだが。
「敵の船か密漁船かの判断は出来ないものですかね」
「そもそも敵の船というモノがおかしいのよ」
ごもっとも、と質問した祥鳳が苦笑する。見た目でわかれば苦労はしないのだが、あちらは限りなく人型に近いものを使ってくるため、遠目でもわかりにくい。
いっそ、その船が触手まみれだとか穢れを撒き散らしているとかなら、容赦なく爆撃でも問題は無さそうなのだがと、そこそこ過激な発言をする加賀。
「っと……妖精さんより報告があります。かなり離れた場所ですが、何かを見つけたようです」
翔鶴の報告。その何かによるが、後始末の現場の遠くに何かある場合、それは
「その何かを追ってちょうだい。必要なら増やすわ」
「了解です。それが何かを確認します」
艦載機に指示を出し、より深く追えるようにしていく。とはいえ、大方それが何かはわかっているのだが。
「
その何かは、おそらく出洲一派の刺客。ただ監視するためにそこにいるだけとも考えられる。これで翔鶴の艦載機を撃墜する、もしくは逃げる素振りを見せたら、それで確定。
出来ることなら姿まで確認したいところだが、それは難しいか。タシュケントの時でも、艦影を確認した時点で逃走された時、すぐにはその正体はわからなかった。夜ではないのでまだ姿はわかりやすそうではあるのだが、それでも相手はあらゆる
そもそもソナーに引っかからない潜水艦というのが現れたくらいだ。電探に引っかからない海上艦が現れてもおかしくない。今回は艦載機の妖精さんが直接見たからその存在に気付けたというだけである。
しかし、その危惧は的中する。
「……うそ」
「何があったの?」
「妖精さんからの報告。その何か……敵影として考えていいとは思いますが、
意味がわからない発言ではある。見失ったとかではなく、消失。
「周辺警戒。付近に艦載機を増やして」
「了解です。一旦、薬剤散布を中断し、消失した区間に艦載機を集中します」
「……いや、艦載機は集中してもいいけれど、散布はそのまま続行」
加賀が考えたのは、姿が見えなくなったとしても、その場にいる可能性。ならば、薬剤を散布し続けることでもしかしたらその姿が浮き彫りになるかもしれない。
極端な話、敵が
「少しでも違和感があったら、そこにいると思っていいわ。ただ、うみどりに近付いてくる可能性も考えて、警戒は全艦娘に通達。三隈、神威、お願い出来るかしら」
「お任せください。すぐにハルカちゃんに報告してまいりますわ」
「了解です」
これは一大事と、すぐに動き出す。これまでに無い、異常な敵であることは間違いない。そしてそれが何をしてくるかわからない以上、行動を起こさねば最悪の事態に発展してしまう可能性だってある。
何しろ、敵が見えていないのだ。電探やソナーに映らないのとは訳が違う。
「逃げ果せてくれているならそれで結構。でも、
「……そうですね。これからは警戒の仕方が段違いになります」
「見せつけられたわね……これは」
おちょくっているのではない。これもまた、敵の戦略。知らぬモノには大胆に行動出来ても、知ってしまったら慎重にならざるを得ない。しかもそれが致死性のあるモノとなれば尚更だ。気付かぬ間に近付かれ、寝首を掻かれておしまい、なんて笑えない。
これもまた、精神攻撃の一種。特異点を壊すための、狡猾な作戦。本当に隠密で行くのなら、
「昼でこれということは、夜は……」
「ええ、もっとダメね。ただでさえ私達があまり上手く活動が出来なくなる時間帯だもの。作業を止めてでも、艦内に引き篭もらなくちゃいけない。ただし、
海上ならば、波形などで場所がわかるかもしれない。しかし、艦内では、そういったモノすら存在しない。忍び足で来られたら、それだけでもう見つけることが出来ないという大惨事。
「狙いは当然、深雪でしょう。神経をすり減らさせることで、こちらの焦りを誘って、後ろからブスリなんてことが考えられるわ」
そんなことがあったらもう終わりと言ってもいいだろう。それだけは絶対に避けなくてはならない。
突如現れた消える敵。それが何を画策しているかは、まだわからない。
空母達の目から突如消えた謎の敵。その力を見せつけてきている辺り、そもそもがわかりやすくあちら側の存在。