後始末が終わりに向かっている最中、空母隊の1人、翔鶴の航空隊が不審な影を発見した。しかし、恐るべきことにその影は航空隊の
航空隊からの情報だけしか無いにしろ、いくらなんでも見ていたのにその姿を見失うなんて普通ならばあり得ない話。しかも海のど真ん中のような隠れるような場所すらない空間で、そんな力を
見えない敵が攻め込んでくるなんて、当然ながら前代未聞。何をされてもおかしくない状況に、一気に緊張が走る。
「イリス、すぐに全員を撤収させなさい。近くにいる方に向かうように」
「ええ。外に聞こえる放送でもいいわよね」
「あっちの思惑通りかもしれないけれど、まずは安全第一に行くわ」
この敵の出現は、三隈と神威によってすぐさま伊豆提督に報告された。観測されながらも見えなくなったという敵の存在を聞き、すぐさま行動に出る。
真っ先にやったことは、後始末に出ている艦娘達に艦内に戻るように指示を出すこと。勿論、昼目提督にも連絡し、近場にいる者はおおわしでも引き取ってほしい、訳は後から話すとだけ伝えて。
そしてすぐさま、海賊船の撤去に力を貸してくれている貨物船への連絡。うみどりやおおわしと違って、あちらには一般的な人間の方が多く作業をしているため、対抗策が何一つないと言ってもいい。戦いに巻き込むわけにはいかないのだ。
「姿を消したと言ったわね」
その後は以降の対処を迅速に行うため、翔鶴から詳しく話を聞くために工廠へ。イリスの放送のおかげか、なんだなんだと艦娘達が集まっているのだが、すぐには話が聞けない状態。
「はい。航空隊からの連絡はそうです。何者かがいたため、監視していたら目の前で消えた、と」
「海中に潜ったわけでもなく、本当にそこから消えたのよね?」
「妖精さんはそう伝えてきました。目の前から消えた、と」
翔鶴はそうとしか説明出来ない。消える瞬間を見たのはあくまでも妖精さんのみ。それ以降、敵は姿を一度も現していないのだ。
今でも監視は続けているが、音沙汰がないというのは不気味である。妖精さんからも逐一連絡が来るが、まだ姿を現さない、何処に行ったかわからないと、最初に敵影を見てからその姿を一度も見ていない旨を通信し続けている。
妖精さんとしても焦りがあるようで、ひとまず監視を続けているものの、どうしていいものかわかっていないという感じに思えた。
「航跡は?」
「見えていないようです。その場に留まっているのか、航跡すら消えているのか……」
「発見した付近で薬剤を散布しているわ。それでも、誰かに当たっているようには見えないみたいなの」
妖精さんには、
「探照灯で光を当ててみましょうか。あとは、サーモグラフィーも試してみるしかないわ。時間はないかもしれないし、意味もないかもしれないけれど、出来ることは今すぐやるわ」
航跡まで見えないとなると、打つ手が無いかもしれない。だが、まずはやってみなくてはわからない。
出来る限りのことを全てやり、対策出来るなら対策をする。少なくとも、侵入だけは防がなくてはいけないのだから。
真っ先に始めたのは、うみどりやおおわしで電探やソナーを全開で回し続けること。姿形が見えずとも、センサーには引っかかる可能性を期待して。
しかし、これは一度ソナーにかからない潜水棲姫という前例があるため、正直期待はしていなかった。案の定、大きな範囲に張り巡らせた電探にも何も引っかからない。これすらもどういう原理かわからないのだが、事実そうなっているのだから、そういうものなのだと考えるしかなかった。
深海棲艦の技術は艦娘以上に謎なモノが多く、人間達では及びもつかないようなことを当たり前のようにしてくる。それが出洲一派の手にかかれば、さらに意味がわからないモノに変化してしまっていた。
あちら側に改造された白雲の凍結やグレカーレの羅針盤がそのいい例だ。後者はグレカーレ自身も含めて誰も気付いていない能力ではあるのだが、明らかに科学や技術では考えられない力を発揮している。
今回のこの消えた敵も、何かしらの能力を駆使していると考えるのが妥当だろう。
「電探やソナーは効かないとして、次は……」
『こちらでサーモグラフィーかけてるッス。でも、熱源が探知出来ねぇッスね』
おおわしと協力して、周辺の確認を熱源を感知する方向に移行する。
いくら姿が見えずとも、艤装が稼働しているのならば、確実にそこが熱を発している。それを探知出来れば、何処にいるかがわかるはず。
しかし、それにも反応が無いとなれば、まず疑うのは
とはいえ、これまでのやり方から考えると、もういないだろうと思った時にはまだここにいる可能性が非常に高い。こちらの虚をついてくることが多く、精神的にダメージを与えてやるという陰険な作戦を多く使ってくる。
「こちらでは探照灯で照らしているわ。影が出来るかもしれない」
『うす。念のため、潜水艦も出してるんですけど、そちらは』
「こちらも出しているわ。危険かもしれないけれど、海上と海中じゃあ、見え方が違うかもしれないから」
潜水艦を出しているのは、伊豆提督の言っている通り、見え方が違うかもしれないため。
敵の力がただ姿を消すとして、それが
航跡が見えないということは、自身の周囲を屈折させて周囲の風景と同化している可能性を考慮すると、屈折も何も出来ない海中からなら見えるはず。しかし、ただ屈折させているだけならば、そもそも電探に引っかかるだろうし、サーモグラフィーにだって引っかかるだろう。なので、潜水艦での確認は念のためになる。
『そちらで薬剤を散布させてんですよね』
「ええ。それでも浮き彫りにならないわ。航跡が無いんだもの」
『それを直に見たのは妖精さん以外に』
「まだいないわ」
『なら、
確かにその可能性はあると伊豆提督は考える。今のところ、その姿を見たのも消えるところを見たのも妖精さんだけ。証言がそこにしかないとなると、それなりに辻褄は合う。
だが、それだと電探やソナーに反応がないことがわからない。あれに関しては、妖精さんだけでなく、使用者にもしっかり反応が見えるのだ。未だにそこにいるかどうかがわからない以上、この仮説も正しいかどうかはわからない。
とにかく今の問題は、
物理的に姿を消した敵という前代未聞の敵の存在に、うみどり艦内は騒然としていた。今でこそ空母隊が発見したという情報しかないのだが、その姿を消した敵が今も近海に潜伏している可能性があるというだけで、恐怖と焦燥感に繋がる。これまでに戦ったことのない未知の敵。
攻撃が当たっても回復するというのなら、回復出来なくなるまで攻撃し続けるというゴリ押し手段が通った。今でこそ不死という深海鶴棲姫が現れてしまったが、あれも
しかし、今回はそもそも攻撃を当てることが出来ない。何故なら
「とりあえず煙幕撒いといた方が良くない?」
と提案したのはグレカーレ。こちらから見えないのだから、あちらからも見えなくしておけば、敵の狙いが何かがわかっていないとはいえ、ある程度被害が小さく出来るのではないかと考える。
しかし、そこに若干否定的な意見を出す者が酒匂。
「それだと、本当に危ない時に助けられなくなるよ。煙の中でもあちらが動けるとしたら、一方的にやられるだけになっちゃう」
「うーん、煙の中で動いてくるかな」
「あっちは深雪ちゃんの煙幕を知ってるんだよ? 対策、絶対してくるよね」
確かにとグレカーレも納得。深雪の煙幕の存在を知っているのだから、それをどうにかするための対策を練ってきていてもおかしくない。
深雪自身が出し方をわかっていない、敵だけを認識出来なくなる謎の煙幕ならまだしも、普通の煙幕ならばいくらでも回避する方法はあるのだ。例えば電探やサーモグラフィー、それだけで相手の姿だけが丸わかり。それではただ一方的に嬲り殺されるだけだ。
「姿が見えないっつっても、そこにいるのは間違いないんだろ? じゃあ、この海域全部ぶっ飛ばすくらいに撃ちゃいいんじゃね?」
なんて物騒な案を出したのは朝霜。大雑把ではあるものの、確実ではある。朝霜の言う通り、姿は見えずとも存在がそこにあるのなら、当てずっぽうでも攻撃が当たる可能性があるのだ。避けきれないくらいに撃ち続ければ、いずれは当たるだろう。もしくは撤退させることは可能か。
しかし、これにも勿論難点はある。それをツッコむのは、朝霜とコンビを組むことが多い満潮。
「何処からその燃料と弾薬を捻出するわけ?」
「そりゃお前、ここにいる全員が一斉にぶちかませば」
「それが上手く行ったとしても、その後どうするの。見えない敵を対処するために、全弾使い切って、その後が耐えられないとか馬鹿馬鹿しすぎるわよ」
これが一番である。もし全弾発射で対処出来たとしても、その後は耐えきれない。ただでさえ軍港都市に補給をしに行こうという状況下、海賊船での戦闘もしているのだから、艦娘に割り振れる燃料と弾薬も、限界が訪れる可能性がある。そうなったら、もう対抗する手段が無くなってしまう。結果的には敵の思惑通りに流れるだろう。
むしろ、それも狙っているのかもしれない。無意味に乱射させ、弾切れしたところを悠々と真正面から乗り込んで目的を果たす。対抗策もなく、ただやられるだけ。
「じゃあどうすりゃあいいんだよ」
「それを考えてるんでしょうが」
「はーいはいはい、言い合っちゃダメダメ♪ 今はみんなで協力するタイミングだよ♪」
少しギスギスしてきてしまった。それを見越してすぐさま動いたのは那珂。空気が悪くなることを嫌い、それを弛緩させる。
「多分ね、そういうのも向こうの狙いだよ」
「狙い?」
「そうやってギスギスさせて、仲間割れを誘っている後ろから刺すってこともあるかもしれないよ? だって向こうは那珂ちゃん達から見えないんだから」
うぐっと声を詰まらせる朝霜と満潮。何もかもが敵の狙いに見えてくる。
見えない敵というだけでここまで混乱を呼び寄せている。
精神的な混乱は間違いなく起こり始めました。