後始末屋の特異点   作:緋寺

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知るべき技術

 伊豆提督を頼り、悩みを口に出すことが出来たおかげか、その日の夜は幸いグッスリ眠れた深雪。トラウマを刺激された状態は眠ると悪夢を見る可能性があったが、今回はそれが無かったため、ある程度はスッキリしている。

 とはいえ、前のように総員起こしよりも前に目を覚ますようなことはなく、イリスの声で目を覚ますこととなっている。

 

「んん……よく寝た」

 

 しかし、寝起きというのもあるが昨日の朝ほど元気があるわけでは無かった。やはり、ここ最近の訓練によってトラウマを刺激され続けていることで、精神的な疲労は少しずつでも溜まってきている。特に昨日は()()()()()()を意識するようになってしまったため、余計に心にキテいた、

 身体的な疲労ではないため、眠っただけでは回復しない。折り合いをつけることが一番の治療方法となるため、今の深雪には少々厳しいところである。

 

「今日は何すっかな……」

 

 うみどりの停泊も終了し、今日からまた後始末のために動き出す。以前と同じ流れであれば、朝食後に抜錨し、そのまま目的地へと移動となるだろう。その時の振動だけは少し気をつけなければならないが、それ以外で何か警戒しなくてはいけないことなんてない。

 うみどりが動き出せば、昨日のような海上訓練は出来なくなるため、艦内でやれることを探す。筋トレやアイドル活動(スタミナトレーニング)が基本になるだろうが、深雪は休息も考えていた。

 トラウマ克服訓練の後は、しっかり心を休めろというのが伊豆提督の教え。トレーニングの効果を100%発揮させるためには、心身共に回復しているところからやるべきである。深雪は、自分の心が疲れていることを自覚しているため、半日は休むべきだとは思っていた。

 

「寝る……にしても今起きたばっかりだし眠気無いしなぁ。遊ぶ……ってここで何すりゃいいんだろう。梅に話して本でも読んでみるとか、あとは……何が出来るんだろう」

 

 頭を捻りながらも一日を始めるために制服に着替えていく。何をしてもいいと言われると余計に迷うモノで、何もせずにウダウダするというのも選択肢として入る始末。

 天気が良ければ日向ぼっこでもいいかと、着替えながら窓の外を見てみると、雨は降っていないもののそこまで太陽も出ていないという、なかなか微妙な天気を見せつけられる。

 

「……誰かに聞いてみるか。こういう時に頼るのもいいよな、うん」

 

 何かあったら仲間を頼れとさんざん言われているので、休む手段に関しても頼ればいいかと考えた。誰かしらは今日を休息に使う者もいるはずと踏んで。

 

 すると、部屋の外に出る前に扉がノックされた。朝によく遭遇する睦月や子日なら、ノックなどせずに容赦なく扉を開けてくるため、誰だろうと応対する。

 

「おはよう深雪」

 

 そこにいたのはイリス。総員起こしをした後、すぐにこちらに来た様子。

 

「おはようさんイリス。総員起こしで起きたよ」

「それは良かったわ。アレが一日の始まりだものね。それで起きられなくなったら重症よ」

 

 イリスも深雪のトラウマについて気にかけているようだった。朝イチにこうやって深雪の様子を見に来ることで、トラウマで眠れていないとかそういうことのチェックをしに来たようである。

 実際、メンタルがやられてしまっていると、総員起こしでも起きられないなんてことだってあるのだ。時間通りに目を覚まし、ノックに応答出来るのなら、それは問題無いと判断出来た。

 

「そうだ、イリス。今日からまたうみどり動かすんだよな」

「ええ、その予定よ。余程のことがない限り、朝からまた移動させるわ」

 

 依頼などはやはりまだ無い。しかし、深海棲艦との戦いが発生している海域はあるため、今のうちにそちらに近付いておくことで、それが終わったタイミングで早く後始末に入れるようにする。

 今回の目的地は、今いる場所から東。一旦深雪を発見した海域の近くを通りつつ、さらに向こう側に向かうルート。軍港都市から出港して既にそちらの方を向いており、そこからの移動時間はおおよそ二日を想定している。

 

「その間、何かやれそうなことないかな。あたしにはすぐにピンと来なくて」

 

 自分の状況を知っているイリスなら、何かしらいい答えを出してくれるのではと、早速頼ってみることにした。

 このままでは危ないと心の休息に入るか、それとも今の状態でも問題ないとしてトレーニングに励むか。自分にはわからないことを他者の目で、特にイリスの()()()()で見てもらえれば、道を示してもらえるだろうと。

 

「そうね……じゃあ、休息とトレーニングが同時に出来るモノをやってみましょうか。貴女には遅かれ早かれ必要なことだから」

「そんなもんがあるのか?」

「ええ。カテゴリーCでもやる子はいるけど、貴女にはもっと必要だと思うわ」

 

 純粋な艦娘だからこそ、やっておかなければならない訓練だというイリスに、深雪はピンと来なかったものの、やってみるよと受け入れた。

 

 

 

 

 朝食後、うみどりも無事移動をし始めたところ。深雪はイリスの提案にのって、艦内のプールにやってきた。

 昨日の回避訓練で被弾した者達は、長門プロデュースの筋トレプランに勤しんでいるが、他の者達はいつものように自由。そのため、深雪のそれに便乗してくれる者もいる。それが、神風と那珂。

 

「那珂ちゃんまで付き合ってくれるのな」

「もっちろん♪ このトレーニングって、スタミナにもすっごく効くんだよ♪」

 

 そのトレーニングというのが、()()である。

 

「艦娘になる時に私達も一通り覚えることになってるから、今の艦娘にはカナヅチはいないの。でも、深雪はどうかわからないものね」

「純粋な艦娘って、艦に引っ張られることの方が多いんじゃないかなって、那珂ちゃんは思うなー。だから、多分浮くことは出来ても泳ぐことは出来ないんじゃないかな?」

 

 艦と艦娘の明確な違いを問われ、深雪はすぐには答えられなかった。だが、言われたらすぐに納得出来た。

 

()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 艦ならば、基部がやられたらその運命に身を任せるしかなくなる。だが、艦娘ならばいざという時は人間の身で泳ぐことが出来るのだ。最悪、艤装を捨ててでも自分の命を守ることが出来るのなら、それを優先する。艤装は後からでも回収出来るし、複製だって出来ないことはない。練度は落ちるだろうが。

 

 深雪も今は人間と同じ身体を持っているのだから、同じことが出来る。カテゴリーCと違って艤装を捨てることは難しいかもしれないが、意地でも生きることは可能だ。

 しかし、艦であった記憶に引っ張られてしまい、まず間違いなく泳げないというのが純粋な艦娘の唯一の弱点でもある。その分戦えるのだから滅多なことでは泳ぐ必要は無いのだが。

 

「だから水着で来いって言ったわけね」

「そういうこと。遊びじゃないわけではないけど、トレーニングの一種でもあるから、浮ついた水着じゃあないけどね」

 

 うみどりに用意されたそれは、トレーニング用としての競泳水着。神風と那珂も色違いで同じものを着用している。

 本当は着衣水泳をしてより戦場に適したトレーニングにしたかったようだが、そもそも泳げないであろう深雪に最初からそれは、流石に酷。故に、なるべく泳ぎやすいものをチョイスされていた。無論、そのチョイスはイリスのものである。

 

「そして、水泳と言ったらこの人! 泳ぎのエキスパートである潜水艦の子達だよ♪」

 

 那珂の盛大な呼びかけに、たははと苦笑を浮かべながらやってきた伊26と、相変わらず表情が薄い伊203。海上に立てない代わりに、その下全てがホームグラウンドである潜水艦ならば、泳ぎを教えることも得意だろう。

 

「ニム達は泳げなかったらお仕事出来ないからね。一応艤装もつけてきたから、もし何かあってもちゃんと掬い上げるからね」

「安心して溺れて」

「いやいやいや、溺れてちゃダメだよ。ちゃんと泳ぎ方覚えてもらうからね」

 

 つまり今回は、深雪が泳げるようになるための時間となる。トレーニングといえばトレーニングだが、出来てしまえば水遊びの時間。艦としての本質から少し離れて、人間としての在り方を身体に教える訓練である。

 

「んじゃあ、よろしく頼むぜ。言われてみりゃ、泳げるに越したことはないもんな」

「そうそう、それに水泳って全身運動だから、泳ぐだけでも全身が鍛えられるんだよ。あの長門さんもイチオシだからね」

 

 伊26が言う通り、筋トレの一環と称して、長門も水泳はかなり推している。足がつく深さの場所で歩き回るだけでも全身が鍛えられるのだから、事あるごとにやってもいいくらいだった。

 

「それじゃあ、泳ぎ方を教えるね。フーミィちゃんも手伝ってね」

「わかってる。早く速く泳げるようにする」

「そういうところで速さを求めると、出来るものも出来なくなるからなぁ」

 

 こうして、深雪の水泳訓練が始まった。

 

 

 

 

「おー、上手上手」

 

 伊26が言うくらいに、深雪の泳ぐ姿はそれなりに出来ていた。バシャバシャと水を巻き上げ、少し蛇行しながらでも進む姿は、泳ぎをちゃんと覚えたばかりの人間と何も変わらない。

 

 教える側も懇切丁寧だったということもあり、深雪はめきめきと上達。泳げないと()()()()()()()()は全くの別物であるため、やらせてみれば正しく覚える。

 元々深雪は運動神経がかなりいい方であったおかげで、初めてのことでも真摯に取り組めば、しっかり身についていた。フォームはまだぎこちないかもしれないが、()()()()()()ために必要なことは出来ている。

 

「ぷはっ、お、泳げてるか? ちゃんと出来てたか?」

「出来てる出来てる! ほら、こんなに進めてるよ!」

 

 泳いでいる最中は必死であるために周りが見えていない深雪だったが、端にまで辿り着くことが出来たことで自分の進歩が明確になった。ひとまず25mはクリアで、やらなければならないことはやれていると言える。

 

「お、おお、あたしがここまで泳いだのか。なんかすげぇ嬉しい」

 

 疲れは見えているが、この達成感に喜びを隠さない深雪。それに対して、神風も一言。

 

「これで悪夢の中で沈むってなっても浮かんでこれるでしょ」

 

 今回のトレーニングの真の目的はそこである。深雪の悪夢を少しでもいい方向に持っていくために、その手段を深雪に教えること。

 

 艦娘の姿で艦の最期の記憶を見てしまうというのなら、深雪自身も救われる可能性があるのだ。

 それを夢だと思えるかどうかはさておき、ヒトのカラダをしているのだから、自分は泳げるのだと心と身体に刻み込めば、悪夢での沈没を回避することが出来るかもしれない。泳いで浮上すればいいだけなのだ。

 

「……かもしれねぇな。あたしの死ぬ記憶を、夢の中だけでもひっくり返せるかも」

「どんなところでもハッピーエンドの方がいいもんね♪」

 

 那珂も深雪のことは心配していたようで、とにかく悪夢を悪夢じゃなくする方向で考えていた。それがこの水泳訓練に繋がったようだ。

 

「これがうまく出来るようになったら、今度は立ち泳ぎとかも練習しないとね」

「うんうん♪ 沈まないようにするのと、下半身のトレーニング、あと相変わらずスタミナは必要だからね♪」

「よっし、どんどんやっていくぜ!」

 

 水泳訓練は次々と進んでいく。深雪はここで、自分の命の守り方を知ることになる。精神的な休息になるかはわからずとも、必要なことならばやっておきたいこと。

 

 

 

 

 結果的に、この訓練が後々深雪をいい方向に導くことになる。泳げるということは、それだけでも艦娘にしか出来ないことが出来るということに繋がるのだ。

 




ここで1つ出てきたこの話での艦娘の設定。それは、泳げないということです。ちゃんと学べば泳げるんですけどね。
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