後始末屋の特異点   作:緋寺

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目による戦い

 姿形を見せず、音すら立てずに、ついにうみどりのデッキにまで乗り込んできた、『迷彩』の曲解の持ち主、戦標船改装棲姫。そこにいるはずなのに知覚出来ず、神風の居合抜きも空を切った。

 見えていないために距離感が掴めない。神風程の達人ともなれば、気配などを察することも出来るだろうが、それすらも出来なかった。今そこにいるとわかっているのに、今どうやって避けたかも、そもそも避けられたのかもわからない。

 

「少し距離が足りない! もう一歩前!」

 

 イリスの言葉によって今を知る。神風からしたら、ただ空を切っただけに思えてしまうが、イリスからしたら、戦標船改装棲姫へと少し届いていないように見えていた。

 だからこそ、次にどうすればいいのかを的確に伝える。戦場にいたわけではないが、ずっとうみどりで見てきたという経験を、緊張と恐怖の中でも発揮していた。

 

 イリスとて、うみどりの一員。こういう時こそ、その力を奮い立たせる。

 

「深雪の方を見たわよ!」

「んなろぉ、やっぱり特異点狙いかよ!」

 

 対空砲火が不要になりつつあるため、イリスの声に反応して上を向くのをやめた深雪。しかし、そこには仲間達の姿しかない。

 

「何処から……っ」

「深雪!」

 

 ここで動いたのは、たった今、剣線が空を切った神風。攻撃が外れたものの、イリスの()()()()()という言葉から、瞬時に見えない敵の位置をおおよそ把握した挙句、()()()()()()()という発言によって何処から狙いをつけているかを計算し、一気に動き出した。

 見えていなくても、サポートの言葉1つ2つで、この未知なる戦いをどう動けばいいのかを理解する。イリスの言葉を一切疑うことなく、敵はそこにいるものとして戦おうと神風は努めた。

 

 イリスの見立てでは、この戦標船改装棲姫は主砲のような砲撃用の武器を持っていない。艦載機以外は、その鋭利な爪と甲板が備え付けられた尻尾のみ。ならば、攻撃の手段は徒手空拳のみと考えるのが妥当。

 とはいえ、相手はこれまで何度もインチキをしてきた敵。見えていないだけで何か忍ばせていてもおかしくない。

 それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()気付くことが出来ない。

 

「最初から全力で行かせてもらうわ。後のことなんて考えない。そういう手段を使ってきたんだもの」

 

 おそらく敵がいるであろう方向を向き、深雪の前に躍り出た神風は、艤装のパワーアシストをフル回転させる。何をされても対処出来るように、持てる力を最初から全て注ぎ込むくらいの意気込みで。

 相手に家族がいるかもしれないと考えてしまうのはもうやめた。奴らは今、自分の家族をまた奪おうとしているのだから。

 

「何も、させない!」

 

 ダンと踏み込んだ瞬間、誰にも見えないくらいの抜刀。その衝撃は凄まじく、刀を抜いた瞬間から空気が揺れたかと錯覚する程の衝撃が走る。

 

「……っ」

 

 その時、神風の手にほんの少しだけとはいえ手応えがあった。そこには何もいない、何も感じないはずなのに、()()()()()()感触。切先に触れた何かは、間違いなくそこにある。

 

「掠めた! 尻尾の甲板!」

 

 イリスの言葉で、その手応えの正体が、迷彩により姿を隠している戦標船改装棲姫であることを知る。深雪を狙って接近したところを返り討ちにしようとしたが、いち早く危険を察知されたことで居合の範囲外に逃げられた様子。しかし、神風のそれがあまりにも速かったため、逃げ切ることが出来ずに掠めたということだろう。

 だが、掠めたのは咄嗟に前に出した尻尾の甲板。攻防一体の装備と言ってもいいそれは、盾の代わりとしても使えているようである。

 

「なるほど、そこか」

 

 だが、ここで神風が掠めることが出来たというのは大きい。大まかにでも場所の特定が出来たということ。断定は出来ずとも、神風の刀が届く範囲にはいる。

 それを見越した動きをし出したのは川内。持ち込んでいたのはクナイだけではなく、懐からいくつかの手裏剣を取り出したかと思いきや、何もない空間に投げた。

 適当というわけではない。神風の剣線が通った場所から、敵の位置を特定するために、割と広範囲に投げている。

 

 投擲なので当たったところで手応えなんてない。だが、それでもわかることがある。

 いくつか投げた手裏剣のうち、1つがある空間を境に姿()()()()()。間違いなく敵の迷彩の範囲内に入ったということであり、周りに違和感なく擬態しているところが、逆に違和感になる。

 

「見ぃつけた♪」

 

 それをハッキリと見ていた綾波が、ニンマリ笑みを浮かべて地を蹴る。神風の踏み込みとほとんど同等と言える程の音が響き、艦娘としてもギリギリあり得ないくらいの速度で接近。当然何もないようにしか見えないのだが、綾波には()()()()()()()()

 

「尻尾が行くわよ!」

「問題ありませぇん♪」

 

 戦標船改装棲姫はおそらく綾波に振り向きつつも尻尾を振り回しているのだろう。太く硬いそれが直撃しようものなら、並のダメージでは済まない。だが、綾波はそんなこと関係なく突撃。あわや当たるかという瞬間に、瞬時にしゃがみ込んで回避した。

 見えていないのに何故避けられるのだと驚いていそうだが、綾波は意に介さず、足払いを仕掛ける。

 

「あら、反応が早いんですねぇ」

 

 しかしそれも空を切る。とはいえ、綾波にはわかったことがあった。

 

「全部隠せるわけではないんですねぇ。風圧、近付けばわかりますよぉ? それがわかってしまえば、避けられちゃうんですよねぇ」

 

 見えていなくとも、聞こえていなくとも、そこにいるということには変わりない。

 大きく動けばその分、()()()()()。綾波は、それが無意識レベルで理解出来た。そして、身体が瞬時に動き、それに耐えられるくらいの強靭な肉体を持っている。艦娘であるが故に。

 結果、綾波は撃たれてからでも避けることが出来ると言う。()()()()()()()()()()()()()()()()という戦術を徹底しているから。

 

 これが天才。鬼神とも呼ぶべき、綾波の才能。

 

「でも、そちらもお強いですねぇ。普通のお姫様なら、これだけで終わってましたぁ。素人じゃあ、ありませんねぇ?」

 

 身体を捻ってかち上げるような蹴りを放つが、それもまた空を切る。綾波の攻撃を紙一重で避けている。空気的にそれを理解した。

 

「爪!」

 

 イリスの声と同時に、綾波はコンバットナイフを振るい、おそらく爪が来るであろう方向を斬り付ける。

 すると、何もないのに綾波の攻撃が弾かれた。明確に当たったことを示していた。

 凶悪な威力だったか、弾き飛ばしたはずなのに、綾波の腕には鋭利な切り傷が浮かんでいる。間に合わなかったというわけではない。切り払われそうになった瞬間に指を曲げ、コンバットナイフを持つ手ごと掴み、千切り取ろうとしていた。綾波だからこそこの程度で済んでいるが、そうで無かったら片手は無くなっていただろう。

 

「血がついたはずなのに、それも見えなくなるんですねぇ。でも、これで貴女はもっとわかるようになりましたよぉ?」

 

 綾波が満面の笑みを浮かべた次の瞬間、その見えない場所に長門の強烈な蹴りが叩き込まれた。これは確実に当たっていると確信があった。

 

「ちっ……なかなかの瞬発力じゃないか。真後ろから狙ったつもりだったのだがな」

 

 しかし、その蹴りが当たったのはまたもや尻尾の甲板。大型であるはずなのに、その動きは並ではない。見えていないというのもあるが、それを盾のようにして瞬時に動かしてくるのは、なかなかに脅威である。

 

「そこにあるな」

 

 長門はすぐに体勢を整えると、今度はレスリングのタックルへと移行。狙いは、今蹴り飛ばそうとした尻尾である。最も大物であるそれを掴んでしまえば、動きは間違いなく止められる。少しだけでも動きを止めてしまえばこちらのもの。

 

「長門、ストップ!」

 

 だがここでイリスが止まるように叫ぶ。イリスにしか見えていない脅威がそこにあると判断した長門は、その指示を無視せずに信じ、むしろ逆にバックステップで離れた。

 瞬間、猛烈な風圧が顔を掠めた。そのまま突っ込んで行ったら、頭をそのまま持っていかれるくらいの威力。

 

「くっ……!?」

「艦載機を発艦したわ!」

 

 超至近距離での艦載機発艦で、長門の顔面を狙ったと、イリスは見ていた。姿も見えなければ音も聞こえない艦載機発艦は、それだけでも高威力の武器となる。直撃していたら、そのまま爆発までしていたかもしれない。そうなるともうそれは巨大な砲弾である。

 発艦したそれはまだ誰の目にも映っていない。しかし、上空に舞い上がったことだけはわかる。とはいえ、爆撃をしてくるようなことは無い。自分が巻き込まれてしまうから。そのため、艦載機は直撃を狙った質量兵器として扱おうとしている。

 

 既にデッキの中は全て迷彩の範囲内。戦標船改装棲姫の手から離れたモノであっても、境界を越えなければ見えないまま。自分に向かってくるものであっても、一定の距離からは迷彩の範囲内。そしてここまで、敵だけは全て無音。

 

「っ……まずい。仕切り直しに入ろうとしてる!」

 

 イリスの言う通り、戦標船改装棲姫は一度攻撃の手を止め、わざとその場から離れた。デッキから降りたわけではないが、姿が見えていないことをいいことに、大きく間合いを取る。

 これまでの戦いで培った距離感をリセットさせ、再び自分を優位に持っていこうという算段。

 その一挙手一投足が見えているイリスは、すぐさまそれを全員に伝えた。あちらの思い通りにはさせない。ただその一心で。

 

 しかし、さすがにここまで来たら戦標船改装棲姫の中でも誰が一番の脅威かはわかる。

 誰の目にも映らないはずの迷彩を常に看破し続け、その行動を逐一叫び続けている、()()()()()

 

()()()

 

 その瞬間、暁が肩の探照灯を照射した。照らし出したそこには何もない。だが、それが何を照らしているかはイリスがよくわかっていた。

 

「暁の照らしたところにいるわ!」

 

 迷彩が常に発揮されている中、それでも暁の索敵は冴え渡っていた。集中に集中を重ね、この戦場を見通し、全てを聞き分けた。

 

「流石ですねぇ。決め手はやっぱり」

「綾波の血の匂いよ」

 

 綾波の『もっとわかるようになった』という発言はここに繋がる。暁の極限まで高まった索敵能力は、五感をも驚異的に向上させる。その結果が、先程傷付けられたことで付着した、綾波の血の匂い。

 戦標船改装棲姫の迷彩は、視覚と聴覚に作用して完全に姿を欺くもの。とはいえ、そこにいるのは変わらないのだから、触れようと思えば触れられる。触覚には影響がないということ。五感全てを惑わせているわけではない。

 そのため、嗅覚でもその位置を把握することが可能だった。本来なら戦場に無い匂い──血の匂いを追えば、自ずとその場所はわかる。だとしても、それはあまりにも僅かであるため、動いた方向がわかるというくらいだったが。

 

 とはいえ、これまでの観察から、暁は戦標船改装棲姫の傾向を掴みつつあった。気配は消えていても、風圧は残る。綾波のこの見解もあり、()()()()()()()()()()()ことで、今何処にいるかをドンピシャで当てた。

 

 

 

 

 迷彩の効果はそのままであれど、それを上回る者がいないわけでは無い。イリスの目と、淑女(レディ)の目。その2つに睨まれてしまえば、その場所は見透かされたも同然。

 脅威は、イリスだけではない。

 

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