デッキにまで乗り込んできた戦標船改装棲姫を迎撃するうみどり一同。イリスによる全力のサポートによって辛うじてその場所がわかるかという状態だったものの、やはり見えていない、行動による音が何も聞こえない、気配すら感じないというのは、達人である神風であっても、すぐに対応することが出来なかった。
だが、綾波が身を削って風圧は消せないことを確認し、その際に身体は傷ついたものの、それによって血がつき、その匂いまで漂わせることが出来ている。たったそれだけの判断材料で、集中に集中を重ねた暁が戦標船改装棲姫の場所を看破し、装備している探照灯でその場所を照らした。
そこには誰もいない。影すら映らない。しかし、間違いなくいる。
「場所がわかればこちらのものってね!」
真っ先に動いたのは川内だった。接近ではなく、再び手裏剣を投げることで牽制。如何に場所がわかっていたとしても、接近したらあの鋭利な爪にやられかねない。綾波のようにそれすらも囮に使うことを考えても良かったが、そこまで思い切り良く突っ込むことは出来ない。
それに、未だに警戒はしているのだ。この敵ならば持っている可能性が高いもモノ、
海賊船での戦いからもう5日経っていると考えると、あの時試作品だったそれは、正規品になっている可能性が高い。敵の技術力が半端では無いことは、これまででよくわかっているし、目の前にいる者でも嫌というほど見せつけられている。
ならば、この戦場にも、余程のことが無い限り持ち込んでいると考えた方がいい。それこそ、秘密裏にうみどりに忍び込んで、誰かに寄生させることだって考えていただろう。それが叶わなくなった今、この場でそれを使うことだって考えられる。
それを思うと、無闇矢鱈に近付くことは控えたいところ。誰にでも言えることだが、
「避けたわ! 右方向!」
「おっと、防がないか。わかってんなぁ」
手裏剣のような
実際、位置が把握されていないのならばそれでいいのだろう。わけもわからずに砲撃を乱射されてもそれで防ぎ、忍び寄り、その鋭利な爪で終わらせる。ただそれだけのイージーミッション。今回はそれでよかったはずである。人数差もモノともしない、最強の戦術。
しかし、うみどりの面々はそうはさせなかった。そもそもが、見えないはずの姿を完全に見ている者がいる時点で作戦が半壊しているのだが、それに加え、その者の指示を瞬時に理解して行動に起こせる者が何人もいることが大問題である。
そこにいると言われ、それを聞き、その場所に何も無いことで混乱しつつもその事実を噛み締めた後、やっと攻撃や回避に移れるはずなのだが、殆ど理解の工程を飛ばして行動に出てきているため、
それ故に、スタンスを変えた。軽い攻撃であろうとも回避し、なるべく自分の位置を動かしながら、場所の把握を遅れさせながら攻撃に転ずることによって、確実に自分に有利に持っていく。
この戦標船改装棲姫はそもそもが武術が出来る者。相手が武器を持っていようが、自分も武器を持つ上に、自己修復まで備えている。それに、姿が見えていないのは変わっていない。指示が無ければその場所を掴むことは出来ない。
「電、イリスを守るぞ!」
「な、なのです! 暁ちゃんは!?」
「自分の身は自分で守れるから、普通の人を守って。でも、何かあったらお願い」
ここで守らなくてはならないのは、この戦場にいる目。直に見えており指示を出し続けるイリスと、見えてはいないが場所が完全に把握出来ている暁。暁に関しては、探照灯を照らし続けているため、物理的にその居場所を示し続けていた。そのため、特に狙われるのは暁だと思われる。
とはいえ、暁は艦娘であり、武装もしっかり出来ている。自分に向かってこられても、ある程度は自己防衛出来るため、本当に危険なのはイリス。この戦場に非武装かつ非戦闘員である人間がいなくてはいけないというのが非常に厳しく、自らを守る手段すら持ち合わせていないため、意地でも守らねばならない者である。
「暁は私が守る! お前達はイリスを優先してくれ!」
そこで暁には長門がついた。この戦場で唯一の
代わりに、力比べになった場合は長門がダントツであるため、そうなった時は守りから攻めに転じるだろう。だが、今はその時では無い。
イリスがやられるのは当然ながら大問題。しかし、暁がやられるのも大問題。敵の居場所が照らし出されて、ようやくこの戦いは対等と言えるほどになるのだ。自己防衛にも限度があるのだから、誰かがつくのが一番安全。
「大丈夫ですよぉ。もう場所がわかってるんですからぁ、あとは追い詰めるだけでぇす♪」
この戦いでも笑顔を絶やさない綾波が、回避方向に向かって突撃していた。事前に忌雷の話は聞いているのだが、それで怯んでいては斃せる時に斃せない。
暁はその回避方向に一拍遅れて照らし続けており、その方向は間違っていない。イリスもその集中力には驚きを隠せない。
「尻尾を振るわ!」
「ですよねぇ、近付かれたくないと思いますもんねぇ、こんな
笑顔で皮肉を言いながら、その風圧を読み取って確実な回避。しかし、
「懐に手を入れた……!?」
イリスだけはその動きが見えている。暁にもそれはわからない。直に見えていないと判断出来ない仕草。
長い爪のある両手であっても、器用に懐に指を突っ込み、
「綾波、
まさにずっと警戒していた深海忌雷である。この期に及んで接近戦を仕掛けてくる綾波に対し、虎の子の忌雷を使おうと考えたのだろう。自身で言うように得体の知れない艦娘なのだから、敵対するより仲間に引き込んだ方が手っ取り早いと考えるのは妥当。
それに、これほどまでの手練れならば、出来損ないになっても充分な戦力になると考えたのだろう。故に、この戦場ではいの一番にどうにかしなくてはならないのは綾波であると解釈した。
「んふふ、でしょうねぇ。でも、そんな気色の悪いモノに寄生される程、甘くは無いんですよぉ。ねぇ? 神風ちゃん?」
綾波がすぐさまバックステップをすると、居合の構えで突撃していた神風が入れ替わるようにその場に立った。
「ええ、それのせいで泣いてる子もいるんだもの。許し難い存在ね」
当然、その忌雷も見えていない。照らされているのは何処にいるかだけ。探照灯の光も後ろに突き抜けているようなインチキしかない迷彩。だとしても、そこにいるということさえわかれば、神風にはやることは決まっていた。
イリスにはその忌雷の彩も見えていた。深海棲艦が主成分となっているが、艦娘の成分も含まれているため、その彩はマゼンタ、つまりカテゴリーM。どちらかといえばグレカーレのように後天的に彩を変えられたような彩。
しかし、その大きさからして、イリスの位置からはそこにいるということくらいしかわからないくらいのモノ。パチンコ玉程の大きさというのもわかり、下手をしたら目を凝らして初めてわかるくらいである。
「如何に小さかろうが、その全てを斬る」
神風の目の前に風が、その名の通り神風が起きたかと思った瞬間、何も見えなくとも何かが斬れた音がした。
イリスの目には、神風のその技は見えていない。だが、小さな小さな深海忌雷の彩が、微塵になって消滅した。
人を超え、艦娘となったことでより洗練され、より高い次元へと辿り着いた神風の技。一刀にて自身の眼前全てを斬る、神速の斬撃。
しかし、この一刀を放った瞬間に神風が顔を顰めていた。身体にも多大な負荷はかかり、艦娘となった今の身体であっても身体中が悲鳴を上げるほどである。とはいえ、今この場で戦標船改装棲姫の度肝を抜くのには充分過ぎた。
「怯んだね」
この僅かな時間を見逃さなかったのが、夜戦忍者川内。神風の技を見たことでほんの一瞬だが怯んだのは、気配も何も見えていなくてもわかった。何せ、川内自身が怯みかけたのだから。
ならば、ここで動きが止まるのは必然。ここで距離を一気に詰めて、見えていないもののその首筋にクナイを当てる。ここまで至近距離に詰めても、何も見えない聞こえない。息遣いすらわからない。だが、ついに
そのため、一気に押し当てたクナイを引く。一撃で殺すつもりで、一切の躊躇なく。
「っく、浅いか……!」
しかし、瞬時に首をずらされた。瞬発力も並ではなく、傷をつけることが出来たという程度で終わっていた。そのまま尻尾を振り回され、大きく接近していた川内を薙ぎ払ってしまう。
「ったぁ……! でも、こっちも浅いよ」
川内も尻尾には警戒していたおかげで身体をすぐに引いており、ダメージは最小限に抑え込んでいた。ジンジンするものの、骨などには影響無し。
クナイには、深海棲艦の黒い血がしっかりついていたのが見えた。しかし、斬り付けた場所が何処かが見えることはない。傷付いても迷彩は解かれていない。
「滅茶苦茶ですねぇ、こちらは手練れ何人も使ってるんですよぉ?」
綾波が苦笑する。神風や綾波、川内と、手練れを嗾けても未だ斃すことが出来ず、傷はつけることが出来たかもしれないが、傷をつけただけ。見えていなくてもおそらくその傷は修復されてしまっている。
綾波としても、ここまで苦戦するとは思っていなかったようだった。
おそらく、相手はカテゴリーYとなる前から武術の手練れ。それを深海棲艦と化し、さらには迷彩の曲解という高次の力を手にしたことで、本当に高みへと昇ってしまっていた。
「これだけ動きを見せているんですから、そろそろ分析も終わるんじゃないですかぁ? 暁ちゃん?」
「見せてるって言っても、姿は見えていないのよ。綾波ほど単純じゃないから結構大変なんだけれど」
「でも、ちゃんと居場所は照らせてるんですよねぇ?」
「それはまぁ、ある程度は予測も利くから」
暁のこれの方がとんでもないと、深雪と電は思っていた。ここまでイリスの防衛に徹していたものの、それはこの高すぎる次元の戦いに首を突っ込むことが出来そうになかったから。
いや、その姿が見えていれば、まだ戦いになったかも知れないのだが、そうではないせいで一瞬どころかわかるほどに遅れる。そうなったら最後、あの忌雷の餌食になっていたかも知れない。
ここで戦標船改装棲姫は完全に狙いを決めていた。神風や綾波、川内は、姿を消していても真正面から相手するには荷が重いと感じた。ならば、その周りを先に始末しておくことが大事だと。
イリスにはどちらを向いているかはわかる。目が合っているわけではないのだが、顔の向きから何処に視線が行ったかがわかった。
その視線は──
「目があった、わね」
イリス自身を向いていた。