後始末屋の特異点   作:緋寺

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見えぬ者の意地

 戦標船改装棲姫は、正直なところ、少々焦りを見せていた。姿は見えず、その表情は誰にも悟られないが、あまりの想定外の連続に顔を顰めていた。

 

 うみどりの戦力の多様性は聞いていた。特異点という平和を乱す魔王がいることと、やたらと実力者が多いことは聞いているし知っている。仲間達の船が自爆を余儀なくされ、あの深海鶴棲姫まで捕獲するほどの戦力を持つ、現在の一派の最大の敵であるという認識。

 だが、高次の存在へと昇り、その『迷彩』の曲解を手に入れたことで、そんな凶悪な敵相手でも互角以上に戦えると確信していた。姿を見せない。音も聞こえさせない。気配すら感じさせない。この力は本拠地で仲間達とも試して、どんな敵にでも有利に戦える力だと確信を持っていた。

 

 その力を使って、まず精神的に圧をかけ、焦燥感に苛まれている状況で攻め込み、実力を出せない状況に陥れ、混乱しているところを引っ掻き回し、挙句の果てに特異点を始末する。それが戦標船改装棲姫の目的だった。()()()()()()という存在を刻みつけることで恐怖を与えることが出来れば、それが全てうまく行くという自信があった。

 唯一警戒していたのは、あの出洲も厄介だと言う特異点の煙幕。その特性から、敵であれば必ず見失い、味方であれば必ず合流出来るという、精神に対して影響を与えるタイプの兵装。こればっかりは迷彩であっても回避出来ない。とはいえ、自由自在に出せるわけでもないということも聞いていたので、それはほとんど度外視していた。

 実際にうみどりでは、戦標船改装棲姫の思惑通りにギスギスするシーンはあったし、焦燥感に苛まれた者もいた。これといった対策は最後の最後まで見つからなかったくらいだ。そもそも、本来ならば()()()()()()()

 

 それなのに、その全てを台無しにした者がいる。この戦標船改装棲姫の力を唯一無効化する存在。出洲が警戒していた特異点でもなく、認めている伊豆提督でもない。戦う力なんて微塵も持っていない、本当にただの一般人であるうみどりの事務員。

 その人間がいたせいで、見えない敵に対する恐怖は薄れ、対策までされ、今では自己修復が反応する傷まで負う羽目になった。

 

「……」

 

 無言を貫く。どうせ言葉にしても、『迷彩』の曲解のおかげで、その声は誰にも届かない。だが、それでも何も話さない。怒りが沸々と湧いてくる。

 その後の暁からの探照灯だって、事務員がいなければここまで徹底されることはなかっただろう。最初の一手が無ければ、常に手番は自分のモノだった。それを崩したのは、間違いなくあの事務員だ。

 

 そう考えた戦標船改装棲姫は、思わずイリスに目を向けた。

 

「目が合った、わね」

 

 その仕草すら筒抜けだったことで、怒りは一層強くなる。何故見えている。何故全て伝えられる。何故()()()()()

 この事務員さえいなければ、自分の優位は絶対だった。そもそもこんな戦闘にならなかった。戦闘があったとしても優位に立ち回れるのに、それすらも覆された。苦戦させられるなんて思っていない。何もかもが、あの事務員のせいだ。ただその気持ちが強く強く膨れ上がる。

 

「……私に恨みがあるみたいね。自分の絶対的優位が覆されて、苛立つのはわかるけれど、ここは戦場よ。絶対に勝てる戦いなんてない。私のようなイレギュラーの存在を視野に入れていなかったのが、そもそもの間違いなの」

 

 聞こえているかどうかはわからないが、イリスはぶつけられる怒りに対して返す。結局のところ、自分の持った力に酔っているだけではないのかと叩きつけ、そのせいでこの事態を生んだのだと突きつけた。

 姿が見えないのだから自分は無敵だとでも思っているのだろう。世の中、そんなに都合のいいことばかりではない。イリスのような、そういう力に対してこそ効果を発揮する存在がいる。そして、その存在から五月雨式に瓦解し、暁のような索敵能力を持つ者、神風達のような見えないモノであっても当たり前のように狙い撃てる達人がその道を阻む。

 

「ごめんなさい、私は戦えないから守ってもらうしか出来ないけれど」

「構わねぇよ。指示くれ」

「なのです。イリスさんは、電達が絶対守るのです」

 

 啖呵を切ることは出来ても、イリスはあくまで非戦闘員。この場にいて、その位置を、行動を叫び続けても、自衛出来る力は一切持ち合わせていない。だから、仲間に守ってもらうしか手段がない。

 深雪と電は、イリスを100%信じて行動している。それに、イリスがやられたらこの戦いは、延いてはうみどりはおしまいだ。そんなこと、あってはいけない。

 

 故に、高次元の戦いに首を突っ込むことは出来ずとも、イリスを守るという一点に対して全力を尽くす。

 

「さぁ、最終ラウンドですよぉ。動きは筒抜けだと思ってくださいねぇ」

 

 最初に動き出したのは、やはり綾波だ。暁が照らし出す戦標船改装棲姫の居場所に向けて、コンバットナイフ片手に突撃。ここはどうしても変わることがないのだが、より確信を持った動きにはなっていた。

 しかし、戦標船改装棲姫も余裕が無くなってきているが故に、とんでもない作戦に出る。ここにいる者達を始末するため、やることはまず近付けさせないこと。つまりは、()()()()()()

 

「艦載機を出したわ!」

 

 先程長門に対して行なった、超至近距離での艦載機発艦。それそのものを質量兵器として扱う、この場では最も厄介な取り回し。その大きさはおおよそ綾波の頭と同じくらい。直撃すれば大ダメージは免れず、しかもそれが『迷彩』の曲解によって見えないと来たら、否が応でも警戒は免れない。

 綾波ですら、こればっかりは単純な突撃なんて出来ないとブレーキを掛ける。狙ってくる場所は大体わかっていても、高さがわからなければ回避も攻撃もしにくい。

 

「あらあらあら、随分と余裕が無くなっているんですねぇ。姿を見せないことを徹底しているのはいいことですけどぉ?」

 

 いつもよりも少し大振りに回避。それは野性の勘とも言っていい、綾波の戦いに対しての優れた嗅覚。それが正解だったことを知るのは、それから瞬き1回分後のこと。

 艦載機を発艦したのは間違いないのだが、一度に二機発艦していた。それを左右から同時に嗾けて、回避した瞬間にその二つを衝突させた。艦載機同士の衝突は、当然自壊を生み出し、そのまま爆発まで行く。質量兵器であるだけでなく、爆発による範囲兵器にまで変えてしまった。

 

「わぁ、すごいですねぇ」

 

 そんな爆発にも、綾波は表情一つ変えない。しかし、本当に危険なのはここからである。

 戦標船改装棲姫の狙いは、綾波でもなければ深雪(特異点)でもない。この戦場を引っ掻き回し続けた憎い目を持つ事務員イリスだ。

 

「コレは……っ」

 

 この爆発の規模はそこまで大きなモノではない。だとしても、その爆発に巻き込まれればダメージは免れない。艦娘であれば軽傷かもしれないが、()()()()()()()()()()()()()()()()

 艦載機の位置もわからず、突如爆発する脅威。その艦載機が目に映っているのは、それを見たところでまともな回避が出来ないイリス(一般人)のみとなると、守ることが一気に難しくなる。

 

 いくら艦載機が見えていると言っても、その全てを伝えることなんて出来ない。イリスが的確な指示が出来るとしても、言えるのは1つの事柄だけだ。至るところで発生しているとなれば、それはもう許容量を超えてしまっている。

 慌てることはなくとも、どれを伝えればいいのかに迷っている間に爆発に巻き込まれるだろう。

 

「イリス、君は自分のことだけを考えればいい!」

 

 その迷いを断ち切ったのは、暁を守る長門の言葉だった。

 この艦載機の群れはほとんど無差別に襲い掛かっている。近くにいる綾波から、遠くから探照灯を照らす暁まで、全てを狙って発生している。こればっかりは自衛しかない。

 長門は暁に向かってくるであろう艦載機をどうにか防いでいた。自傷覚悟で拳を振るい、綾波が言っていた通り風圧を感知してはすぐさま殴りつける。艤装のパワーアシストで身体は頑強になっているだろうが、爆発をモロに喰らってしまってはかなり厳しいものになるだろう。だが、それも暁を守るためだと痛みで顔を顰めることもない。

 

「あたし達が絶対守ってやる! こんなふざけたヤツに、負けて堪るかってんだ!」

「なのです! 電達はまだ弱いかもですけど、絶対に負けないのです!」

 

 長門の声に触発され、深雪と電も気合が入る。戦標船改装棲姫を叩くことは出来ずとも、艦娘としての本懐、人間を守ることは出来るのだ。

 これまででも特に艦娘としての本能を刺激するこの戦いに、2人とも心の奥底から力が湧き出るような感覚を得た。

 

「一般人を狙うとは、平和を目指す者の風上にも置けないわね。底が知れるわよ」

 

 身体に一瞬ガタが来ているのはわかっているのだが、神風が綾波と同じように突撃を開始する。勿論刀は一度鞘に納め、居合の構えで。

 艦載機同士の爆発は神風にも及んでいるが、それは関係ない。この攻撃そのものが周囲の敵を近付かせないための牽制。戦標船改装棲姫の狙いはもう、イリス一点だと確信を持っていた。そのため、暁が照らす場所とイリスを結ぶ線上に向かい、その動きを確実に妨害する。

 

 だが、戦標船改装棲姫も一筋縄ではいかない相手。先程海上から跳躍してデッキに登ってきた身体能力は健在である。これまでは姿を見せないことを利用した戦いだったが、それを加味して更にその身体能力を前面に押し出す戦いにスイッチしていた。

 狙いはイリスかもしれないが、邪魔をするならば全てを破壊する。それが敵ではなく、()()()()()()

 

「なっ、デッキを破壊するつもり!?」

 

 イリスが叫んだ時には、もう動いた後。盾にもしていた尻尾を床に叩きつけ、うみどり自体の破壊を狙ってきた。

 全てを破壊するわけでなくても、この戦場の足場を崩すこと、そして姿は隠していたとしても、壊れた瞬間が見えなくなったとしても、()()()()()()()()()

 

「ちょっとぉ、それは無いんじゃないですかぁ?」

 

 そんな振動をモノともせずに突撃をしようとする綾波だが、恐ろしいことに艦載機は綾波の動きを妨害するために2機3機と重ね、前進をどうにか止めようとしていた。

 爆発をさせるだけでなく殆ど壁のように配置しては、回り道すら封じる。破壊をしたところでまた次の艦載機が現れるという徹底ぶり。綾波が一番危険と判断したか。

 

「わかってるじゃない……こんなところで気付かなくてもよかったのに」

 

 神風にも同じように艦載機が群がる。徹底した進路妨害は、またあの眼前を全て斬る一撃を放たれても問題ない程にまで多い。

 

「っ、んなろぉ!」

 

 とはいえ、揺れたということは何処に叩きつけたのかはわからないわけではない。それに、暁はこの状況でも探照灯を照らし続けてくれている。

 ならばと深雪は渾身の砲撃を構えた。何処にいるかはわからない。おかしなところに撃ったら逆に仲間に被害が出るかもしれない。だとしても、イリスを守るためにその力を使う。

 

 しかし、その瞬間、

 

「深雪下がって!」

「ダメなのですぅ!」

 

 イリスの叫びと同時に電が強引に深雪の艤装を引っ張った。深雪の危機に対して直感的なものがあったのだろう。それが大正解だった。

 深雪のいた位置、しかも顔面に向けて、艦載機の爆発が発生した。電が引っ張っていなかったら、頭を左右から潰された挙句に爆発し、今頃首から上が無くなっていたかもしれない。

 

「っぶねぇ! 悪い!」

「大丈夫なのです!?」

「鼻っ柱が焦げただけだ!」

 

 爆風は顔面に受けたために顔が熱くなっているものの、目が見えなくなったとかそういったことはない。だからまだ戦える。

 

 しかし、この目潰しにも似た攻撃は、確実に戦標船改装棲姫を前に進ませることに繋がる。

 周囲を爆発させ続けることで、神風や綾波の接近を防ぐ。暁に対しても少し多めに繰り出しているため、長門が食い止めているにしても視界が普段よりも遮られている状態。同じように、川内もなかなか近付けなくなってしまった。

 

「しまっ……上!」

 

 この爆発によって、イリスの視界も一瞬遮られてしまった。その時には、戦標船改装棲姫は真上に飛んでいた。尻尾を叩きつけることで振動を起こしつつ、爆発で遮り、その時にはもう跳躍済み。

 深雪は姿勢を崩しており、電は深雪についていた。結果、イリスはフリーとまでは行かずとも、守りが薄くなってしまっていた。

 

「……テメェ……! やらせねぇ!」

 

 何が来てもイリスには致命的。だから、深雪は無理矢理にでも身体を動かす。イリスを守るため、心の底から届くことを()()()

 

 

 

 

 これが、深雪の力の発現のトリガーとなる。伸ばした手から、一気に煙幕が溢れ出た。

 

 その伸ばした手は、奇しくも左腕。自ら改二へと昇華した際に失ったものを補った腕である。

 




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