再開された後始末は夜通し続けられ、そのまま陽が昇る。この時間になれば、昨晩の戦標船改装棲姫との戦闘で消耗していた者達も目を覚ましてくる。
入渠していた長門、神風、そして深雪は、この段階で治療完了。その間はグッスリと眠ることが出来たため、心身共に全回復と言ったところである。空腹だけは免れないものの、それさえどうにか出来れば、すぐにでも後始末に参加出来ると言えるほど。
そして戦闘に初めて参加することとなった一般事務員のイリスは、少々ハイの状態になってしまっていたものの、限界が訪れたことでスイッチがオフとなり、途端に死と隣り合わせとなった恐怖などに襲われている。
それを抑え込んだのは、非戦闘員であり、身体以外は一般人であるカテゴリーYの面々。戦闘の恐怖などをよく知っているだけあり、年齢関係なく宥めるのに一役買ってくれていた。
特に戦果を挙げたのは、直近で命の危機まであった黒井兄妹である。艤装に勝手に身体を動かされ、艦娘達と戦わさせられた挙句、戦場で死すら覚悟させられたほど。イリスの恐怖は痛いほどわかったため、添い寝というカタチで眠ってもらうことに成功した。
「お騒がせしてしまってごめんなさいね。もう大丈夫よ」
おかげでイリスも心身共に全回復。今日からもいつものように業務に励むと宣言。
勿論、妖精さんの目はこれからも使っていく。余裕があれば、1日に何度かはデッキから外を見て回るとのこと。一度あることは二度あったりするので、また戦標船改装棲姫のような見えない敵が現れるかもしれない。それを事前に知ることが出来るのは、イリスしかいない。
こればっかりは伊豆提督も何も言えないため、イリスにはよろしくと言うしかなかった。
「深雪ちゃん、大丈夫なのです?」
朝ご飯をモリモリ食べている深雪に、電は心配そうに問うた。大きな戦いの後は泥のように眠る深雪だが、今回はそれなりに普通。今回の煙幕の発現では、そこまで消耗していなかったということになる。
とはいえ、これまでは深雪自身にも非常に大きなダメージが入っていた。初めての煙幕の時は、出洲に完膚なきまでにボコボコにされた後、2回目はその時はほぼ無傷だったとはいえ、そうなった理由が海上での改二改装があったからだ。今回は最初から最後まで無傷。
「ああ、大丈夫。ただまぁ、滅茶苦茶腹が減っててさ、晩飯もまともに食わない状態で戦って、その足でドックに入ったし、仕方ねぇよ。あたしだけじゃないし」
そう言いながら視線を食堂の別の方へと向けると、深雪と同じように入渠し、それを終えた長門と神風が、同じように大盛りのご飯を食べていた。
長門は戦艦というのもあって、自他共に認める大食漢ならぬ
「それに、この後は後始末もあるからな。しっかり力つけないと」
「なのです。夜の間に大分終わったみたいですけど」
深雪達が休んでいる間に続いていた後始末により、さらに終わりに近付いたらしく、残骸自体はもうほとんど無いと言ってもいいほどだった。
残っているのは海を黒く染める穢れ。海域全域に拡がっているそれを浄化することによって、この後始末は終了となるのだが、とにかく範囲が広い。そしてこの作業に関してはうみどりの面々で行うこととなる。この後始末が初めてであるものには、海水の浄化は少々難易度が高い。それに、それが出来る機材がそこまで数が無いというのもある。
「じゃあ、あたし達は海水を綺麗にしないとな」
「なのです。今日で全部終わらせたいのです」
「だよな。もうそろそろ1週間だし」
後始末作業は本日で6日目。合間合間に深海棲艦が現れたり敵の襲撃があったりと作業を止められることが多かったものの、ついに終わりが見えた。
外では後始末が続く中、伊豆提督は軍港鎮守府に連絡を取っていた。後始末が終わった後は、潜水艦を曳航しながら入港。その際におおわしも同時に向かうため、軍港にはかなり大きめな空きが必要。
作業を手伝ってくれている貨物船は別口であるため気にはしていないが、何より丹陽達の潜水艦があるのが非常に大きい。
『ああ、近々ってことだよな。えらく時間がかかったみたいだけど、災難だったな』
「本当よ、全く。でも、今のところは全部解決出来たわ」
流石に時間が経っているので、保前提督も傷は完治していた。妖精治療の賜物である。
『被害状況からして、うみどりの修復には2〜3日ってところだな』
「本当に妖精さんの力は偉大ねぇ。大きな損壊ではないとはいえ、艦の修復をそんな短期間でやってくれるんだもの」
『本当にな』
通信で見えている保前提督の机には、明らかに大工という風貌の妖精さん、家具職人妖精と呼ばれる者が立っていた。破壊されたうみどりの状況を聞き、すぐさま日程を割り出せたのは、妖精さんの力があってこそである。
本業は家具であり、艦娘達の私室から執務室まで模様替えをあっという間にやってくれる存在。それは部屋だけでなく、うみどりのような移動鎮守府から、軍港都市の建屋そのものに至るまで、かなり自由に手を伸ばせる。しかも、作業が異常に短期間。
鎮守府所属であるため、使用出来るタイミングは限られているのだが、軍港では家具職人妖精を十全に使うことが認められている数少ない場所であるため、うみどりには複数人が担当し、かなりの短期間で修復を終わらせる方向となった。
『潜水艦の方は何とも言えないな。30年前からあるようなモノなんだろ?』
「ええ、丹陽ちゃんは第二次が終わってからずっと使ってると言っていたから、明石ちゃんの整備があったかもしれないけど、古いことには変わりないわね」
『うみどりとは違って、実際に見てみないと厳しいみたいだ。首を横に振られた』
カテゴリーBの潜水艦は長くこの海の中を潜航し続けていたいわば
潜水艦勢からは、潜水艦が修復されても、それを使って以前のように活動するかと言われたら、全員が全員悩み始めるほどにはうみどりに馴染んでいる。むしろ、前の生活には戻りたくないと話す者がほとんどであり、その潜水艦を元手に、新たな移動鎮守府を貰いたいとまで言う者がいるほど。
長年にわたる海中生活は陰惨としていたし、そこから知ってしまったうみどりでの楽しい生活を捨てたいと思う者はもういない。人間に対しての不信感が大きく拭えたことで、人間との再度の共存も可能になっているため、後始末屋の
『とにかく、まずは軍港に来てくれればいい。何なら、こちらの鎮守府に滞在も出来るようにしておくが』
「それはありがたいわね。うみどりで生活するにも、修復の迷惑になっちゃうかもしれないものね。でも……」
『救ったカテゴリーYのことだな』
「他にもいるけれど、深海棲艦の外見になっちゃった子がどうしても、ね」
軍港で少しの間生活させてもらえるのはありがたいことなのだが、どうしても難しいところがある。それが、カテゴリーYの存在。
桜と手小野はまだマシなのだが、平瀬と黒井兄妹、そして少し違うが純粋な深海棲艦であるセレスは、外見からして深海棲艦であると免れることが出来ないツノが生えてしまっている。
同じように改造されたカテゴリーMである白雲もツノが生えてしまっているため少々危うい。隠せるくらいに短かったらいいのだが、場所といい長さといい、非常に隠すのが難しいため、軍港に入ること自体が少々難易度が高い。
『まぁここはどうにかしてくれ。ハロウィンみたいなイベントにでもするか?』
「そんな簡単に行けば苦労はしないわよ。軍港都市だけはうみどりの現状を知ってもらう……とかになるかしらねぇ」
『……いや、むしろ世界的に知ってもらえばいいんじゃないか?』
保前提督が言い出したのは、大本営の力まで借りて、被害者達の権利を確実に手に入れようという算段。
瀬石提督はその全てを知っているし、大本営の発言力はかなり強い。今回の件を世界に発信し、その被害者であることを知らせてしまえば、見た目は深海棲艦でも人間である存在が受け入れられるのではと考えた。
しかし、伊豆提督は難色を示す。
「誰もがトシちゃんみたいに物分かりが良ければいいんだけれどね。深海棲艦の姿を見ただけでも拒絶反応が出ちゃう人だっていると思うわ」
『言い返せないな……むしろお前のところの艦娘達だって、何人かはそういうタイプであってもおかしくないだろ。それなのに、全員がしっかり受け入れてるんだから凄いと思うよ』
「ありがたい限りよ。ちゃんと差別化出来てるんだもの。救われなくちゃいけない子をちゃんと救えているのは、うみどりとしては誇れることなんだけれど」
伊豆提督の言う通り、深海棲艦の姿に変えられた人間であっても、その姿は誰がどう見ても深海棲艦なのだ。髪を染めても、メイクをしても、そのツノがどうしてもそれを示してしまう。
その存在そのものがトラウマとなっている者がこの世界にいないとは絶対に言えない。どれだけ優しくても、どれだけ無害でも、その姿であることを悪としてしまう可能性が高いということになる。
それではただでさえ自分の意思と関係なく姿を変えられたカテゴリーY達が本当に不憫。しかし、手段が無いから解決策も見当たらない。
『そこはもう少し考えてみよう。せめて俺の街では自由に振る舞えるようにはしてやりたいところだ』
「そうねぇ……せっかくの陸なんだから、のびのびとしてほしいもの。何処に行っても隠れ潜まなくちゃいけないとか、可哀想が過ぎるものね」
ここはおいおいどうにかしたいと課題となった。軍港都市ならば自由となれば、そこで何かしらの手段で永住ということも可能になる。
姿は深海棲艦であっても、艤装も無ければ中身はただの一般人であるカテゴリーY達を、ずっとうみどりに拘束するのも抵抗がある。むしろ、全てが終わった後ならば、生活を保障してあげなくてはならない。
「ひとまず、この件はここまで。これからも迷惑かけさせてもらうわね」
『もういろいろと諦めたから安心しとけ。とはいえ、見えない敵ってのはどうにか出来ないもんかな』
「うみどりにはイリスがいるからどうにかなってるけれど、普通なら回避不能よ。軍港も気をつけて……と言いたいところだけれど、どうしたものかしら……」
戦標船改装棲姫の能力、『迷彩』の曲解に関しても、どうにか出来る手段が必要である。計器すら欺く能力を今後多用なんてされようものなら、もう何処にも安全圏が無いと言える。
『そうでなくても軍港に誰かが侵入してくるんじゃないかとヒヤヒヤしてるんだ。鎮守府総出で24時間警戒態勢にはしているけど、見えないなんて言われたらどうにも出来ない。そうじゃなくても、足を掬われそうで怖い』
「そちらの工廠の子達とも相談したいわね。欺かれない計器が作れれば一番だけど」
『なんだよそのガキのバリア合戦みたいなやり方。でも確かに、あちらのやり方がガキの考えた最強の能力って感じだもんな。インチキにはインチキで返せればいいんだが』
こればっかりは、技術力の差を痛感させられている。出洲一派のインチキは今に始まった話ではないが、ここまで来たらそういう域を超えてしまっている。
「何か異変があったら、すぐに教えてちょうだい。とはいえ、こちらで何か出来るということは今は無いんだけれど」
『ああ、頼む。なるべくこちらで対処したいが、侵入者は厳重に管理しているつもりだからな。それを欺かれていたら……もうお手上げだ。ぬらりひょんみたいに溶け込まれてる可能性だってあるわけだし』
「怖いこと言わないでよ。軍港で何度も戦いたくないわよ?」
『んなこと俺が一番思ってるっての。次は失態じゃ済まないんだからな』
今のところは軍港は無事だという話だが、いつまた何かが起きてもおかしくないのが現状。特異点が来港するタイミングを見計らって仕掛けてくる可能性も視野に入れておかねばならない。
そういう意味では、グレカーレは本当に運が良かった。深海棲艦の身体にされたとはいえ、色合いが変わっただけだから、ぱっと見で深海棲艦っぽく見えない。